宇宙船


 暗い空間に浮かぶ宇宙船。わずかに赤みを帯びた銀色の胴体が太陽光を反射してきらりと輝いた。


「ソドニック博士、ソドニック……」


「ダーリンと呼べと教えただろうが、このおばかコンピュータが」


 ソドニックはコックピットから星々を眺めて憂鬱そうに顔をしかめた。林立した計器類を背に酒瓶が横に転がっている。


「ダーリン。あなたは自分が何をしたか覚えていますか?」

 

 声の主は船内コンピュータ『バル』であり、彼女?は、宇宙船の全ての機器の管理者であり、分析システムであり、操舵手でもあった。


「さあな、よく覚えていないよ。頭がガンガンするだけだ」


「端的に言ってあなたは地球を売ったのですよ」


「な、なにっ!いつのことだ。それは?」


「今から約二百時間ほど前の事です」


「誰に?」


「誰にって? 宇宙人にです。手足の長い連中ですよ」


「冗談だろ!」


「本当に憶えていないのですか?」


「憶えていないな」


「嘆かわしい。あなたは酒に酔ったまま契約をしたのです。あなたの胸ポケットのは小切手で三兆スペーシアが入っていますよ」

 

 胸に手を当ててソドニックがしばらく考え込んだ。


「もしかして…」

 

 彼は少し取り乱した。


「――ああ、私は。まさか夢だろ! よく思い出せんよ」


「あの時の記憶ファイルを再生しましょうか? 要点を抜粋しましょう」


「ああ、頼む」


「あの時、突然宇宙人たちが三人、この船に忽然と現れたのです。まったく不意にです」


 


 記憶データ

  * *


宇宙人:「あなたが地球の権原者であり、所有者の代理人であるなら私達は大変うれしく感じます」


ソドニック:「そうですとも私こそ地球大使であり、全人類の代理人であり、もっとも地球人類に信頼されている者です」


バル:「ソドニック博士。何言ってんですか?」


ソドニック:「黙ってろ! おばかコンピュータ。ヒック」


宇宙人:「ところで地球を売りに出されているとはどういう事ですか?」


ソドニック:「実は人類は随分と環境破壊をしでかしましてね。それでもって人口爆発でこのままだと食べるのにも困る。なのでいっそ地球を売ってもっと大きな豊かな惑星を購入しようと考えているんです。ウイ~ィ、ヒック」


バル:「ソドニック博士、忠告します。あなたは酒に酔っていますよ」


ソドニック:「ダーリンと呼べといってるだろ! おばか」


宇宙人:「酒に酔うとは? どういう事ですか」


ソドニック:「心地よいという事です。ウイ~ィ」


宇宙人:「そうですか、それは耳寄りな話だ。それでは我々に地球を売ってはいただけませんか?」


ソドニック:「高いですよ、地球は」


宇宙人:「そうでしょうね。相場だと二兆五千スペーシアはくだらないでしょう」


ソドニック:「いくらですって? ウイ~ィ」


宇宙人:「この際だ。素晴らしい地球に三千スペーシア出しましょう。金星が三個買える額ですよ」


ソドニック:「わかった。よし! 売った!! ヒック!」


  

  * *  



「あなたは長い船旅に少しうんざりしていた。そこで取って置きのワインを開けて飲み始めたんです。そう、高級で美味しくて度の強いワインです」


「ロマネ コンティか?」


「おっしゃるとおり。あなたの大胆不敵さというか、奇抜さには驚かされます」


「これが本当ならすぐに契約を解消しなけりゃ」


「もう遅いです。彼らはもう既に地球に居て表見代理の法的根拠を主張しています」


「どうする、バル。どうする。なあ、どうすりゃいい!!」


「計算できません。博士。いえ、ダーリン!?」


 



  それから一週間が経とうとしていた。


 

 

 少年は小生意気そうで、それでいてどこかとぼけたような表情をしていた。こましゃくれた13歳の少年。目が大きくクリクリと光っていた。

 

 彼は連邦議会の横の広場の長椅子に腰掛け、口笛を吹いていた。そこに宇宙人が不意に現れた。普通の子だったら気絶するか、逃げ出すかするだろうが少年は決して慌てなかった。


「君は誰だ?」


 まず、宇宙人が質問した。彼らは三人でソドニックと面会した三人でもあった。


「誰でもいいいでしょ」


 少年がそっけなく答えた。


「誰でもいいけど、こんなところでなにしてんの僕?」


「その僕はやめて。バカにされてるみたいだから」


「……」


「ところでさあ、おいしいお話を教えてあげようか。僕は実はソドニックの息子なんだ。名はソドニックジュニア。ソドニックには子は僕しかいない。僕は一人っ子さ」


 顔を見合わせる三人の宇宙人。すかさず少年はソドニックと自分のツーショット写真を彼らに見せる。


「ソドニックの坊や。で? おいしいお話ってなんだい」


「火星に興味ないかな、あんたたち?」


「火星? 我々は火星を良く知ってる。欲しい星のひとつだ」


「そりゃ良かった。実はパパから連絡があってね。地球の売買を少し考えさせてはもらえないかって」


「……なに言ってる、ジュニア。それは契約済の話だよ」


「だからさ、だから地球の代わりに火星を買わないかって」


「……火星ってソドニックの物なのか?」


「そうとも。勿論パパのだ。登記簿謄本だってあるよ」


「それは知らなかった。彼は大した資産家なんだな」


「ああ、そうさ。パパは大富豪だよ」


「それで条件は?」


「同じだ。三千スペーシア! 火星の地下にはあんた達が涎を出しそうな資源が誰にも手を付けられないまま眠ってる」


「本当なんだろうね。我々は地球人ともめるのはもう嫌だし」


「あんたらが宇宙裁判所とやらに訴えて、判決が出るのはいったいつのことだい?」

 

 宇宙人が思わず顔をしかめる。


「契約書も持ってるよ。火星は無人だ。誰も追い出す世話がない。よく考えてOKならこの場で権利書をあげるよ。これでチャラだ。どうだい。悪い話じゃないだろう?」


 三人の宇宙人の相談は三十分に及んだ。そして一人の宇宙人が少年をじっと見た。


「よし、わかった! 契約成立だ」


 ソドニックジュニアが微妙に笑った。

 


 彼らが地球を去るのは実に速かった。そして火星は彼らの物になった。

 火星には彼らの了解なしには行かれなくなった。だが、とりあえず地球の危機は救われた。

 

 しかし考えてみるとソドニックがジュニアに本当に連絡したのかわからない。ソドニックジュニア個人の機転なのか。それとも……。

 

 大統領はほっと胸を撫でおろしたが、鷲っ鼻の国防長官は不機嫌である。

 

 その後彼らの手によって火星は開拓され、整備され幾つもの高層高級マンションが立ち並んでいる。火星は超近代的な星に生まれ変わったのだ。しかし今は誰も住んでいない。というのも火星は賃貸に出されているのだ。宇宙人は計算高い投資家でちゃっかりとしていて抜け目がない。


 しかしどう考えても火星がソドニックの物の訳がない。いったい誰の? とにかくもしかするとソドニックはまた酒に酔っていたのかも、

 

 もしそうでなければ、これは最初からソドニックが仕掛けた計略なのか? 真相はもうしばらくすればわかることだと思う。

 



 ※追記



 ソドニックは今、火星の高級賃貸住宅でソドニックジュニアと共に暮らしている。凄い豪邸で国連事務総長は既に招かれているという。

 

 又、三兆スペーシアは裁判所がソドニックの手から取り上げてしまったのは当然としても、火星がもう人類の物ではないというのは、どうにも寂しい限りである。




                    

                  了










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売られていた地球 松長良樹 @yoshiki2020

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