議論


 ――時間は流れ場所を変えて話は続く


 会談は再開され、宇宙人が弁舌をふるう。


「お互いに事情が判りかけてきたようですが、悪いのはソドニックでしょうね。我々としては彼からお金を取り返す事が出来ない以上、地球を貰い受けるしかありません。それも当然にです。あなた方としてはソドニックに損害賠償を請求するしかないでしょうね」


「それは無理ですよ」

 

 大統領は困り顔だ。


「とにかく、我々は地球の明け渡しを要求します。もしあなた方が拒否するなら、我々は大宇宙裁判所に告訴しますよ」


「大宇宙裁判所……」


「ええ、宇宙で一番の権威がある最高裁です。判決が下されればあなた方はこの星から強制退去させられる。それに我々はこの地球から人間だけを一瞬に蒸発させることだってできる。でもそれをしたら法に触れるし、大人気ない。でしょ?」

 

 大統領の顔に汗が噴き出していた。地球のピンチであり、歴史始まって以来の一大事に違いなかった。


 ◇


 宇宙に法が存在したとしたらそれは実に感嘆せざるを得ない事柄であり、謹んで法の制定者に敬意を払うべきなのだろう。だから正義だとか秩序だのをことのほか大事にする人類にとっては好ましい事に違いないのかも知れない……。けど。

 

 しかし、往々にして正義の裏側には不正が存在し、秩序の行きつく先には不条理が待っていることにも我々は気づかなければいけない。

 

 早い話が我々は地球が売られていたなどという事を断じて認めてはならないのだ。でしょ!?  (@_@;)! ネッ。



 ◇



「閣下。彼らの言っていることは根も葉もないデタラメなのではないでしょうか? とんでもない作り話で我々をたぶらかそうとしているのですよ、ペテン師ですよ奴らは。なにが宇宙裁判所ですか! 嘘っぱちにきまっている」


 軍服を着た鷲っ鼻の国防長官がそう息巻いた。

 

 ここはペンタゴンの会議室で、大統領ほか、大統領の呼び集めた信頼に値する諸氏が席を連ねていた。軍人、科学者はもちろん、優秀な法律専門家、それに国連事務総長までもが列席している。大統領は彼らに時間的余裕を与えてもらうのに成功したのだ。

 といっても彼らはたった十日間で人間の身の処し方を決めてほしいというのだ。速やかに地球を明け渡すなら六か月の移動期間を与えるというのがその主張だ。


「宇宙に法があるというのは本当かどうか、そしてソドニックがどんな話を彼らとしたのか、私には判らない。わかりっこないさ」

 

 大統領が溜息まじりにそういうと、科学者らしい額の広い男がしゃべりだした。


「閣下、彼らがソドニックに会ったのは事実だと思いますよ。でなけりゃ、彼らがソドニックの名をどうして知っているのですか。だから彼らの話が全部ウソだと決めつけることはできない」


「そうです。今回の件は地球の歴史が始まって以来の重大事です。だから慎重に対処せざるを得ない。彼らの言い分を良くきき法的にうまく対処できないかを考えるべきです」

 

 と若い金髪の中将。それに東洋人の弁護士が口をはさむ。


「法的に? まったくナンセンスだ。 表見代理が行使される前に、これは単なる詐欺ですよ。 ソドニックの行為は詐欺にあたり、この場合契約は当然に取り消すことが出来る。何の問題もない。こっちからソドニックを訴えれば片付く話なのです。それに彼らは『我々はこの地球から人間だけを一瞬に蒸発させることだってできる』とそう言った。これは脅迫にあたります。こっちから逆に訴える要素は多分にあるのですよ」

 

 弁護士は議論無用のような顔をしてお歴々を眺める。


「実は私も色々調べたのだがね、どういう訳か彼らの言う法はジャパンの法令に極めて似ている。だが似ているけれども同じではない。だから、そう簡単に詐欺や脅迫で片付く話かどうか……」


 そう言って顎を撫で慎重に考えている大統領に、鷲っ鼻が赤い顔をして抗議するように言った。


「閣下、これは陰謀ですよ。彼らの策略なんです。こんな間抜けな話がどこの世界にあるものですか。閣下、私は実力で彼らを排除するしかないと考えます」


「しかし実力行使は好まない。我々もきっと彼らも。何かいい案はないものか」

 

 大統領の温厚さが現れている。


「残念ながら実力は彼らが一枚上ですね。それは遠い星からこの地球にやってきたことで既に証明されている。それに彼らは野蛮人じゃない。取りあえず正当論を持ち出してきているし、法の厳守こそが彼らの主義らしい」

 

 若い金髪の中将が意外に冷静な言葉を続ける。


「しかし、人間がほかの惑星に、他の世界に移住するなどという事は考えられないし、ありえませんよ。第一その技術も方法もない。移住できる星を彼らが提供でもしてくれるのなら話は別ですが。とにかくここを離れるなんてできないし、それはたぶん人類の滅亡を意味する」


「待ってください。ソドニックは善良で優秀な科学者ですよ」

 

 甲高い声で国連事務総長がそう言った。アジア人で恰幅のいい好男子だ。この席では彼こそが唯一ソドニックに面会した男だった。


「そうだ。私は貴方にソドニックの事を詳しく聞きたかったんだ」

 

 と大統領が少し早口になった。


「あなたがソドニックに地球大使の称号を与えたのですよね。たしか」


「ええ、そうですとも。彼はその莫大な財産を投げ打って宇宙船を完成させた。できるだけ目立たないようにです。なにせ彼はこの地球には未だに物を食べることにさえ困っている人間達が存在する事実を憂いていました。だから自分が財産のすべてを宇宙船に投資してしまうのを後ろめたく感じていたんです」


「ほう、善良な人なのだね。ソドニックは」


「そうです。そしてソドニックはユートピアを目指して五年前に船出した。彼は出かける前に関係者に人類にとって貴重な宝探しの旅に出発すると言い残しました。だから私はソドニックを祝福する意味で地球大使の称号を贈ったのです。心を込めてね」


 それに鷲っ鼻の国防長官が不機嫌な顔で嘴をつっこんだ。


「閣下、ソドニックは気違いですよ。いかれているんです。奴は若いときに精神病院に五年も居たんですよ。奴は売国奴ですよ。国賊だ。なにが善良であるものですか」


「なんだ、長官もソドニックが地球を売ったと信じているじゃないですか」

 

 と金髪の中将。


「……」


「とにかくソドニックを探すのです。ソドニックに大至急会わなければなりません。そして彼から宇宙人に詫びさせるのです。それしかないでしょう」


「閣下、お言葉ですが、あのしたたかな宇宙人がもし彼が直々に売買契約は嘘だったと言っても、容易に引き下がるでしょうか? 到底そうとは思えません。なんやかや理屈をつけて地球をよこせと迫りますよ。きっと」


「じゃあ、他にどうしろと言うのです、長官!」

 

 さすがの大統領も声を荒らげでそう言った。

 

 その後も勿論議論は白熱したが、結局しまいには互いに罵り合う始末でこれと言う名案も解決案も出ぬまま会議は終結した。そして近々に緊急国際会議の招集が余儀なくされる運びとなった。大統領としては現状打開案を出せなかったのが恥ずかしく残念でもあった。

 

 肩を落とす大統領。その背中に金髪の中将が声をかけた。


「閣下、お察しします。よりによって大変な時期に就任されていたものです」


「そんな事はいいから、君は自分の職務を誠実に遂行してくれたまえ」

 

 大統領はそう言い残して職務室に去った……。

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