売られていた地球
松長良樹
地球の買い主現る
――この話は、まったくおかしな話なのだが、法的にみれば問題がないようでもあり、いや、やはり心情的には納得など簡単に出来そうもないが、大宇宙基本法が存在していたという、驚くに足る厳粛な事実を我々は重く受け取らざるを得ないのだろうか?
暮れも押し詰まった夕暮れ時に彼らは何の躊躇もなく正々堂々と、連邦議会の上空に現れてカラフルな拡声器を使ってこう言い放った。
「この星(地球)は我々が購入した。だから君達はさっさと出て行け!!」
最初は道行く人もただきょとんとしているだけで、最近ユーチューブに押され気味のTV局がへんなドラマでも撮っているのだろうと思って悠長に構えていたが、その楽観的な予想は見事に裏切られた。
彼らはインデペンデンス・デイ並の母船を難なく連邦議会の横の広場に着地させた。
彼らとは言わずと知れた地球外に存在する知的生物であり、宇宙人そのものだった。彼らは細くて軟弱そうな体に異様に光るトカゲのような眼を持っていて、狡猾そうな表情をキリリと引き締めていた。またその表情の中にコメディアンのようなひょうきんさも併せ持っていた。
やむなく軍が出動する羽目になったのだが、彼らが驚くほど紳士的な態度で終始応じたので、時間はかなりかかったものの大統領との面会の運びとなった……。
大勢の報道陣・科学人・軍人・やじうま等の見守る中で彼らは彼らの為に敷き詰められた赤い絨毯の上にその姿を現した。そして大統領が慎重に近づき握手を求めると顔をしかめて渋々握手をした。
「とにかく私達はここに契約書を持っていて売買契約は完全に成立しているのだから即刻地球を明け渡してもらいたい」
宇宙人が流暢な英語で早口でそう言うと大統領は苦笑いしてしばらく考え込んだ。そして言った。
「すばらしい、あなたたちは英語を話されるのですね。まあ、そんなことより、あなた方の為に歓迎の席を用意しております。今後の友好のしるしでもありますし」
すると彼らは両手を振って、うんざりというジェスチャーをした。
「歓迎の席? 無意味です。どうか退去なさっていただきたいですね、この星から即刻」
「それはどういう意味なんですか?」
と大統領。
「どうもこうもありません。地球を買ったのですよ、私たちは」
「そうですか。で、いったい、誰から?」
「ソドニックという地球人です。その者があなた方の代理をしたのです。彼は信頼できる代理人です」
と言って彼らは契約書をその場でひろげて見せた。大統領はそれをあまり真剣に見なかった。そして言った。
「ソドニック? さあ、きいたこともありませんね。そんな者は」
「このとおり、契約は成立している」
宇宙人が契約書のソドニックのサインの部分に指をあてた。大統領は冷静な顔だ。
「まことに遺憾なことですが、そのソドニックという人物はきっと嘘つきか詐欺師でしょうね。あなた方はソドニックに騙されたのですよ。きっと彼は、えっと彼女かな? 頭がおかしいのです。きっとそうに違いありません」
大統領が悲しそうな表情を浮かべた。
「もし騙されたのなら、ご同情申し上げます」
しかし宇宙人は大統領の言葉を意に介さなかった。
「いえ、我々は地球を購入したのです。間違いなく」
大統領が反論する。
「地球には法と言うものがあるのです。法的にちょっと難しく言うなら、今回のそれは無権代理というものに当たりますね。地球を売買する権限なんてソドニックにはない。無権代理に於いては、原則としてその本人に効果は帰属しない。つまり契約は我々が追認しない限り無効ですよ」
「そうでしょうか?」
今まで後ろにいた背の低い宇宙人が前に出てしゃべりだした。インテリ風な宇宙人だ。
「宇宙にも法はありますよ。厳粛で崇高な法がね。我々はそれを忠実に守ってきた」
大統領が唖然とした。宇宙人は続ける。
「だから、もしソドニックが詐欺師だったとしても、仮にそうであったとしても、私たちは地球人というものをよく知らなかったのです。だからソドニックを心から信じて契約をした。それに大枚三兆スペーシアはすでに支払い済みなのです。我々の行為は善意・無過失であり、この場合表見代理が成立する。契約は有効なのです。参考までにここに表見代理の要件を述べますと 一、無権代理人が代理権を有するような外観を有すること。無権とは権利のない人間の事です。彼は上等な服を着て裕福そうで威厳があり、私は地球の所有者からすべてを委任されていると言った。 二、相手方が外観を信頼して善意無過失で取引したこと。これはすでに申し上げた。 三、本人が代理人の外観について帰責事由を持つこと。ソドニックは宇宙へ旅立つ際に国連から地球大使という肩書を授与されていて、これもまた我らが彼を信じてしまうための帰責事由であるとみなされます。つまりこれらの要件に今回の契約は適合する」
「……これは驚いた。あなた方の法は我々の法律と実によく似ている」
大統領は開いた口が塞がらないようだ。
「似ている? 我々の宇宙法は全宇宙のどんな方より優先される。いわば絶対法なのです」
「……」
暫らく押し黙った大統領はこれ以上の議論を避けた。賢明と言える対応だ。
「わかりました。あなた方の主張をもう少し吟味させてください」
「もう少しと言うと?」
大統領は時間を下さいとうまく彼らに頼み込み、時間を作ってソドニックとう人物を徹底的に調べさせた。
その結果に大統領は驚きを隠せなかった。イゾーラ・ソドニックは世界の知られざる大富豪(一昔前ドバイで天文学的数字になる程の大儲けをした世界の大富豪の一人)であることが判明した。
彼は実業家である反面、天才科学者であり、変人・奇人でもあった。そしてソドニックは自作のロケットを作りあげ、5年前に宇宙旅行に単身旅立ち、それきり行方知れずなのだった。
そのソドニックが宇宙のどこかで彼らに遭遇し、地球を売ってしまったらしいのだ。三兆スペーシアとは地球のお金でいくらなのかも見当もつかなかった。
こうなると笑い話ではない。とんでもない話だ。地球の危機とも言えるのではないだろうか?
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