第4話 愚者の末路
宿屋で傷を癒したアルド達は、オイネやムア達と別れ、ザミの民を連れて次元の狭間を通り、古代の水の都アクトゥールを訪れていた。
アクトゥールの小舟の前で、アルド達は、ザミの民に話をする。
「ここから東の大陸に出る商船があるらしい。それでなら、多分帰れるだろう」
ザミの民はおどけて話始めた。
「なんだよ! 最初から言ってくれりゃ俺があんな思いしなくてもよかったんじゃねぇかよ! あーあ、苦労して損した」
エイミはもう呆れてど突くこともやめたみたいだ。
リィカが口を開いた。
「地でやっているところが、アンドロイドながらゾッとしまシタ」
アルドが腕組みしながら言う。
「サイラスに来てもらってまた驚かしてもらうか」
「いやいやいや、冗談の通じない奴らだなあー。冗談だよ、冗談」
ザミの民が焦りながら言っていると、強面の男がやってきた。
「おう、おめぇらが言ってた奴らかい! 東の大陸にいきてぇんだってな?」
アルドは答える。
「ああ。こいつ一人だけなんだが、大丈夫そうか?」
そのアルドの後ろでザミの民は隠れるように文句を垂れる。
「おい! 本当に大丈夫なんだろうな! この男の人相、怖すぎるぞ! 絶対人を殺してるようなやつだぞ! たぶん!」
(絶対なのか、たぶんなのかどっちなんだ)
そんなザミの民をずいっと覗き込む強面の男は「まぁ人間には違いねぇか」と独り言を呟いた後、話し始めた。
「乗員が一人増えるくらい構わねぇんだが、結構な船旅になるぜ。ちなみに命の保証なんてもちろんできねぇ。それでも構わねぇのか」
アルドは、腕組みして答える。
「問題ない。すぐにでもどうしても帰りたいって本人の希望だ」
ザミの民は駄々を捏ね始めた。
「ちょっと待てよ! 冗談じゃない! もっと安心できる船があるならそっちにしてくれよ!」
アルドが答える。
「すぐにでも帰りたかったから、あんな騒動を起こしたんじゃないのか? わかっててあの騒動止めなかったのはそういうことなんじゃないのか?」
厳しく問い詰めるアルドに、ザミの民は小さい声で反抗した。
「あれは、イザヤが勝手にやったことだ。俺のせいじゃない」
アルドは、下を向いて呆れ果てた。
強面の商人はその会話の間に入った。
「なんの話かぁ知らねぇが、今、東の大陸から単独で何度も来てる商人は俺くれぇのもんだぜ? まぁ命の保証ができねぇのは俺も同じよ。俺が生きてる限りは、東の大陸に届けてやるから安心しな」
ドンと胸を張る強面の商人。
アルドは答える。
「ああ、心強いよ。あとは本人次第だから、こいつから返事を聞いてくれ。俺達はここまでだから。お代はこれで足りるか」
そういって、アルドは商人に代金を支払った。
「ああ、これだけあれば構わねぇ。さぁザミの兄ちゃん、あとはテメェで決めな! 三日後、ここを出るからよぉ! それまでに決めてくれよな! 俺は酒場にいるからよ!」
そう言って商人は去っていった。
ザミの民は、アルドに文句を垂れ出した。
「なんで勝手に決めるのさ! 俺がいつあの船でいいって言ったよ! 俺が俺の命を賭けるんだ! 俺に乗る船を選ばせてくれたっていいだろう! 代金も勝手に払っちゃってさ! その金を俺にくれよ! 俺が探してきて俺が交渉してくるからよ! さぁ!」
そう言ってアルドに代金をせがむザミの民に、いつの間にか近くまで来ていたサイラスが背後から答える。
「他人を頼っておるのに、その態度はあまりに自分勝手すぎるのではござらんか? 恥を知った方がいいでござるよ」
ザミの民はビクリと反応し、素早くアルドを盾にした。
「い、いいいい、いつまでも、貴様ににに、お、お怯える俺だと、お、おお思うなよ! 妖魔が!」
震えながら言うザミの民にサイラスが質問をする。
「そういえば、自分自身がカエルの妖魔に乗り移られていたのに気絶はしなかったんでござるな」
エイミが答える。
「たぶん、自分で自分が見えないから大丈夫なんじゃないかしら。自分を省みたことが人生に一度もなさそうだし」
リィカが続ける。
「おそらく、イザヤに小舟を襲われたことが最大のトラウマなのでショウネ。それで、サイラスさんを恐れているのでショウ」
ザミの民はアルドの後ろで震えながら言う。
「う、うるさいっ! お前らはあの経験をしてないからわからないんだっ! お前らだって同じ体験をすれば、同じようになるに違いないんだ! 偉そうに俺を語るんじゃなーーーい!」
アルドは振り返って、ザミの民に言った。
「さっきも言ったけど、今の俺達にできるのはここまでだ。あとは、自分で決めて、自分の思うようにやってくれ。俺たちの決めた船に乗るも良し。別の船に乗るも良し。この大陸に留まるも良し。そのためのしばらくの金は、ほら」
そう言って、アルドはザミの民に小銭を持たせた。
ザミの民は礼も言わず、その金を持って立ち去った。去り際に大声で「はっ! そんな妖魔がいるような奴らと一緒にいれるかよ! 金さえありゃなんとでもならぁ! あばよ!」と言って消えていった。
アルドは、腕組みをして言う。
「あいつ、本当に大丈夫なのか」
サイラスが答える。
「イザヤは自分とあの者を重ねて見ていたのでござろうか……。それで、身体を張ってまで面倒をみようとしたのかもしれないでござるな」
三日後、ザミの民はアルドが手配した船とは別の船に乗ろうとしていた。船長は優しそうで恰幅のいい男だった。船は二回りも大きく、乗員も二十人程だった。沖に更に大きな船が待機している。
隣で出港準備をしているアルドが手配した強面の船長が、ザミの民に声をかけた。
「悪りぃことは言わねぇから、その船だけはやめときな。そいつら、有名な人拐い商団だぜ」
優しそうな顔をした恰幅のいい船長が言い返す。
「嫌ですねー。根も葉もない噂ですよ。気にせず安心して航海を楽しんでくださいね。代金に見合った航海を提供いたしますよ」
ザミの民は、アルドからもらった代金を渋って少量船長に渡した。
「ほぉ、この代金ですか。いいでしょう。あなたは特別乗員としてお招きいたします。まず手続きがありますので、着いてきてくださいね」
そう言って、ザミの民は恰幅のいい船長に連れられていった。
強面の船長は「俺ぁ忠告したからな」と言って船を出した。
アルド達は、現代の港町リンデに戻っていた。
アルドは、漁師夫婦を探して以前見かけた灯台前に来ていた。夫婦の姿はなかった。
リィカはツイテールを回転させながら推測を話す。
「十中八九、オイネさんは漁師の旦那さんの元文通相手だと思われますノデ! あの後、どんな修羅場が繰り広げられたのか、とても興味深いです」
アルドが、提案する。
「なあ、また、これも俺が関与する必要が無いんじゃないのか。夫婦喧嘩は犬も食わないっていうじゃないか」
サイラスが同意する。
「確かに。それは、拙者の時代でも同じでござるよ」
エイミも海を眺めながら頷く。
「未来でも変わらないわ。夫婦は喧嘩するものよ。喧嘩も出来なくなっちゃう方が深刻なのよね……」
四人はしばらく黙り、波の音だけが沈黙を埋める。
アルドがふと口を開いた。
「そういえば、東門で爆薬を持ってた商人が捕まったり、一時的だけど夫婦仲が良くなったり、噂話によって助けられた人達がいたな。噂話もまんざら間違いばかりでもないのかもな」
エイミは海から振り返って訂正する。
「そんなの結果論よ。今回はたまたま噂通りの出来事が起こったけど、もし何もなければ徒労に終わっていたわよ。注意することに越したことはないわ。けれど、噂話を流す人間の目的がいつも善意とは限らない。別の目的が常にあると考えることね」
「今回の場合は、イザヤが復活するために、噂話を流して人々を不安にさせ、そのエネルギーを吸収するという裏の目的があったのでござるな」
「噂話とは、目的もなく流れる事もアリますノデ! 常に目的があるとも限らないです」
話し込んでいるアルド達に男が駆け足でやってきた。
「おーい! そこにいるのは、頼めばなんでも手伝ってくれるって噂のアルド一行じゃないのかー?」
アルドは腕組みをして唸った。
「じゃあ、この噂は誰が何のために流しているんだろうな」
<了>
愚者の末路 芽里 武 @merrytake0
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