満月荘の裏事情

藍條蒼

ずっと一緒に暮らしたいんです!

 ここ、満月荘には不思議な決まりがある。

 管理人以外の住人は、何があっても五年以上住んではいけないと。

 何故そう決められているのか理由は誰も知らないが、実は管理人が歳を取らない不老不死だからだ……なんて噂が流れていた。


「っあぁぁ! なんでクリア出来ないのよこのステージ‼︎」


 都会から少し外れた閑静な住宅街の奥から、女の子の甲高い声が鳴り響く。

 ゲームのコントローラーをクッションにバフバフと投げつけて八つ当たりをしている彼女は、この満月荘の202号室の住人、八代和佳奈。絶賛留年中の大学五年生なのだが、一日中満月荘のリビングに居座り大画面でゲームをしている、引きこもりのゲーマーだ。


「ちょっと和佳奈ちゃん! うるさいよ! またご近所さんに怒られるでしょ、僕が!」


 リビングから繋がるダイニングキッチンの奥から顔を覗かせたのは、噂の管理人、千月満琉。151cmの童顔で、小学生にも見間違えそうな風貌だが、これでも37歳の大人の男性だと本人は言っている。


「みっく〜ん、昨日アプデされたこのステージ全然クリアできる気がしないんだもん! 全ステランク一位総取りしてるムーン様は既にクリアされていらっしゃるというのに‼︎」


 ステージクリアにかかった時間で全国ランキングを競うらしいそのゲームを、和佳奈は昨日からずっとプレイしているようだった。


「ゲームにお熱なのもいいけど、いい加減単位やばいんじゃないの〜?」


「今年はもう留年確定してるからいいの」


「いや、なんもよくないよ!」


 清々しいほどまでに開き直っている和佳奈にツッコミを入れると、満琉は和佳奈の手に握られたコントローラーを取り上げた。


「あ、ちょっとみっくん! いくらみっくんであろうとも、私のゲームの邪魔だては許さないからね!」


「大事な話があるんです〜」


 返せと手を伸ばす和佳奈から隠すようにコントローラーを自らの背に隠すと、和佳奈の腰掛けるソファーの前にしゃがんだ。


「和佳奈ちゃん、後三ヶ月でここ契約満期だよ? 最初に話したけど、うちは長くても五年までしか住まわせてあげられない。次に住む場所、ちゃんと決めてる?」


「決まってないけど……みっくんには関係ないでしょ! なんとかするし。コントローラー返して!」


「ちょ、うわっ!」


 満琉の背中にあるコントローラーを無理やり奪い返そうとして、和佳奈はソファーから身を乗り出したが、勢い余って満琉を押しつぶすように床に倒れ込んでしまった。


「ご、ごめん!」


 慌てて和佳奈が上から跳び退くと、満琉はけろっとした様子で面白そうにクスクスと笑っていた。


「ちょ、なんで笑ってんのよ」


「ふはっ、そんなに勢いよく取り返しに来るとは思わなかったから、なんか面白くなっちゃった」


 背中を床にぶつけた痛みからか、はたまた笑いすぎてか目に涙を浮かべる満琉に、和佳奈はすっかり毒気を抜かれ、肩を落としながらソファーに座り直した。


「あれ? ゲームは諦めてくれた?」


 大人しく座る和佳奈を茶化しながら満琉も隣に腰を下ろす。


「そもそもですよ、なんで五年しか住んじゃいけないなんて決まりがあるわけ? 私はまだここに居座りたいんですけど」


 ぷくっと頬を膨らませ、和佳奈は満琉に詰め寄る。


「別に聞かなくてもいい話だと思うけどなぁ」


 無遠慮に顔を近づける和佳奈から顔を逸らし、満琉は頬を掻く。

 そんな満琉の困った様な横顔を見ると、和佳奈ははぁ〜あとため息を吐きながら満琉の肩に頭を預けた。


「私は別に、みっくんが不老不死だとか、成長が止まってるだとか、気にしないのに」


 唇を尖らせてぼやく和佳奈の言葉に、満琉は目を丸くした。


「え? ちょっと待って何それ。どう言うこと?」


 思いもよらぬ言葉に、満琉は和佳奈の顔を覗き込む。

 それに対して和佳奈は、バッと体を起こすと満琉の両手を掴んで握りしめた。


「不老不死なのがバレない様に、五年以上の付き合いを持たないようにしてるんでしょ? そんなの悲しいじゃん! 私にはもうバレてるんだから、変わらず一緒に居てもよくない⁉︎」


 満琉の手を強く握りしめながら早口で捲し立てる和佳奈に気圧され、満琉はえっとと口籠る。


「大丈夫、絶対誰にも言わないから! いや、噂になっちゃってる時点で結構もうアウトだと思うけど、確証を得てるのはきっと私だけだから問題ない! ね! 私をずっとみっくんと一緒に住まわせて‼︎」


 一息に言葉を吐き出すと、和佳奈は勢いでギュッと満琉を抱きしめた。


「ちょ、ちょちょ、待って待って!」


 口を挟む隙間がなく唖然としていた満琉は、話の途切れた今だと抱きしめてきた和佳奈の肩をぐっと押して引き剥がす。


「ここに居たいからって、勝手に僕を不老不死にしないでくれる⁉︎」


「勝手にじゃ無いもん! 噂されてるんだもん!」


「噂されてるの⁉︎ なんで⁉︎」


「知らないわよ! ってえっ? 不老不死じゃ無いの? 違うの?」


「違うよ!」


 一通りのやり取りを終え、きょとんと首を傾げる和佳奈の肩から手を離し、満琉は頭を掻いた。


「ここの入居者さんは、大体二月から五月の間に入居してもらってるんだけど、それにも理由があって……」


 初めて決まりの理由を話し始めようとしてくれた満琉に、和佳奈は興味津々に頷く。


「五年に一度、六月から一月まで、僕の家族が帰ってくるんだ、ここに」


「……え? それで、なんでみっくん以外の人がいちゃいけないの?」


 あまりピンとこない理由に和佳奈は首を捻る。


「えっとね〜、部屋が埋まるんですよ」


「ん?」


「この満月荘、本当は家族で住んでる一軒家で……両親と兄弟と祖父母と僕で、十部屋全部埋まっちゃうの」


 想像が付かずに頭にクエスチョンマークを浮かべながら、和佳奈は眉間にシワを寄せる。


「家族が帰ってこない間だけ、学生さんとかお部屋を探している人に貸し出してるんだよ。だから長くて五年って決まりにしてるの。入居時期によっては一年しかいられないけどって約束の人もいる」


 満琉が身振り手振りをつけながら説明してくれて、和佳奈はようやく理解が追いつく。

 納得がいった顔をしている和佳奈の様子を見て、満琉はソファーから立ち上がり、和佳奈の前にしゃがみ込んで顔を覗き込んだ。


「だから、どう頑張っても後三ヶ月しかここに置いてあげれないの。ごめんね、和佳奈ちゃん」


 申し訳なさそうに眉を下げる満琉の顔を、和佳奈はしばらくじっと見つめると、良いことを思いついたとバッと立ち上がった。


「わかった! なら、その八ヶ月間は、みっくんの部屋に居候させて貰えばいいんだ!」


「え? えぇ⁉︎」


「八ヶ月経ったら、また五年間住んでも大丈夫ってことでしょ? ならその間だけルームシェアみたいな感じでどう!」


 私天才! と自分を称賛している和佳奈を横目に、満琉は頭を抱える。


「いやいやいや、男と女で一部屋は流石にダメだし、あのはちゃめちゃな家族には合わせられないよ」


「大丈夫! みっくんは不埒なことなんてしないだろうし、はちゃめちゃ家族もバッチコイ!」


 すっかりその気になってしまった和佳奈の腕を引き、満琉は彼女を一旦落ち着かせようとソファーに腰を下させる。


「流石に一緒に住むのはまずい。でもとりあえず八ヶ月だけ別の場所でって方法は考えてみよう。またその後五年間住むことはなんの問題もないしね」


「えぇ〜、私はみっくんと一緒に住むの楽しいと思うんだけどな〜。別に手を出してくれちゃったっていいんだよ〜?」


 えへへと茶化す様にそう答える和佳奈の頭を、満琉は軽く叩く。


「大人をからかうんじゃありません」


 はぁ、と大きくため息を吐き、満琉は立ち上がると共有スペースの引き出しに資料を取りに向かう。


「……本気なんだけどなぁ」


 他の人に聞こえない様にぽつりと和佳奈が呟くと、満琉が和佳奈の前に何枚か紙を差し出してきた。


「この辺の管理人さんとは仲良いから、八ヶ月だけって言う条件でも住まわせてもらえる様に口利きできるかも。割と近場の物件を選んだから、住みたい場所選んでくれたら手続きとかは僕が引き受けるよ」


 前々から用意してくれていたのであろう物件の資料には、和佳奈が退所しなければならない三月末から入居可と書かれた付箋が貼られていた。


「どうしても一緒に住むのはダメ〜?」


「ダメ〜」


 ムーと口を尖らせる和佳奈に資料を渡すと、満琉は時計に目を向け立ち上がった。


「そろそろご飯炊き始めなきゃね。ゲームは程々に」


 取り上げていたコントローラーを和佳奈の頭にコツンと当てて笑いかけると、満琉はダイニングキッチンへと消えていった。


「はいは〜い」


 やる気のない返事を返すと、和佳奈はコントローラーを握り直し、クリアを目指してまた新しいステージに挑戦し始める。


「あ!」


 ステージの始まる音に被せて、キッチンの奥から満琉の声が飛んでくる。


「そのステージ、始まったらまず左に行ってごらん。後で必要なアイテムが隠されてるから」


「え! マジ⁉︎」


 キッチンから飛んでくる満琉の助言を聞きながらステージを進むと、十五時間近くかけてクリア出来なかったこのステージを、難なくクリアすることができた。


「やったぁ! クリア〜‼︎ 見てみてみっくん! 二位! 二位になれたよ!」


「お! おめでと〜! すごいじゃん」


 見てみてと呼ばれた満琉はリビングに一度顔を見せると、大喜びで画面をスクリーンショットする和佳奈の頭をくしゃりと撫で、 食事の支度へとまた戻っていった。

 スクリーンショットを眺めながらニマニマとしていた和佳奈は、ふと画面を見ながら首を傾げた。


「あれ? ムーン様と私しかクリアしてないのに、なんでみっくんあのルート知ってたんだ〜?」


                             終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

満月荘の裏事情 藍條蒼 @aiedasou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ