お客様のご来店

 リーシュのお茶が振る舞われれば、言い争っていた二人は大人しくなる。お茶の色も最初のそれと比べればかなり薄い色で、対象的に香りはおかわりのほうが強かった。お茶と言うよりもハーブの香り。


 全員が一息ついたところで口を開くのはフランだった。


「それで、旦那。今日一番働いたのは誰? 今日の料理番免除は誰かしら?」


「といっても、今日も稼いできたのは一人しかいないのだが」


 唯一金を持ってきた一振りは腕を組んでうなずいているが、一方の二振りは猛抗議である。


「僕は男の子に剣の稽古をしたし、これからも稽古していくんだよ? すごい働いているよ」


「私なんてむさ苦しい酒場で視線にさらされながらも将来的な利益になる情報を仕入れてきましたのに。それが変人のお願い事を聞き入れたこいつよりも働いていないと言われてしまうのは心外ですわ」


「それがいつ金になるのかってことだ。先立つものがなければ飯は食えないだろ」


「私の提案を認めてくれれば旦那は大金持ちですのよ」


「だからアレを売るつもりはなくてだな」


「でもバスタの客には売っているじゃありませんこと?」


「道具としてじゃなくて観賞用にほしい、ということだったから」


「ならば私も観賞用として注文を取ってきますわ。どうせ売った後の使い道なんて分からないのですから」


 今日の料理番免除を争う戦いがいつしかフランの不満爆発会の様相を呈してきた。バスタは動じず、リーシュはフランのカップを取っておかわりを作りに行ってしまった。ただ一人、矢面に立たされているオロローはどうしたものかと思案する。


 そう、オロローはこの場が店内であることを見落としていた。ドアのベルが鳴ったこともフランの言葉に遮られて気づかなかった。


「……すまない、取り込み中だったか」


 耳にしたことのない声が降り掛かってきて、反射的に顔を上げれば戸のところに男が一人。服装はどう見ても王宮騎士団の服装。フランもバスタも相手の姿にすっかり固まってしまっていた。リーシュだけが平常運転、お茶の準備を続けていた。新しいカップを戸棚から取っているところ、フランだけではなく、来客に対しても振る舞うつもりらしい。


 オロローはというと。慌てて立ち上がってしまったものだから椅子を倒してしまった。


「お恥ずかしいところを見せてしまいました。大丈夫です、何かお探しでしょうか」


「武器をお売りいただきたい、あるいは、お貸しいただきたい」


 貸してほしい? 武器を貸す商売というのはしていないし、そもそも店先には刃物を置いていなかった。オロローは不思議な言動をする騎士に首を傾げるのだが、しかし。


「三振り、ここにあるだろう?」


「え、ええ、ないわけではありませんが」


 彼の言葉がオロローの身を凍らせた。初めて見る相手、しかし明確に剣の数え方を口にした。フラン・リーシュ・バスタに対して買い手を探してこいとは言ったものの、面と向かって言われるとそれなりに驚いてしまう。誰かが話をしたのか、噂を聞きつけてきたのか。


 おどおどするオロローを横目に、バスタが前に出て片膝を立てるものだから更に目を丸くしてしまう。彼の口から放たれる言葉にも。


「王宮騎士団特務官のバスタです。第三隊隊長グーベンス第三王子に直接お越しいただく場所でないかと。店主も戸惑っています」


そなたの話は聞いている。しかし申し訳ない、今回はお忍びだ。今の時間、私は執務室で事務をしていることになっている」


「私達は出会っていない、と。しかしどうして、急に我々を必要とするのでしょう」


「買った後の使い道なんて知らないのではなかったか?」


「お言葉ですがグーベンス様、少々特殊な剣でありまして、納得できなければ赴くことはできないでしょう」


 なぜかピリピリしだす雰囲気。王子とバスタの間に火花が散っているように見えてしまった。リーシュが淹れたお茶はテーブルの上で湯気を上げるばかり。フランは黙って二人、いや王子を見据えている。リーシュは愛想のよい表情をしているが、オロローは知っている。この時のリーシュはちょっとやばい。


「あ、あの」


 オロローの声は上ずっていて気持ち悪かった。


「今日はその、明日の準備もありますので。できれば日を改めて話を伺えれば、と」


 おもむろに視線がオロローに向けられる。気分は猫に睨まれたネズミだった。瞬間的に死を覚悟させられる。視線を合わせるなりすぐに言葉を発してくれればよかったものの、黙って見てくるばかりだった。緊張で体がおかしくなってゆく。王族に意見したのだ、後悔したところで口に出てしまったものは取り返せない。


「別の日に伺おうこととしよう。今日は突然ですまない。日取りの言伝は特務官に頼もう」


「仰せのままに」


 男はきらびやかなマントをひるがえした。戸の鈴も何となく緊張している、普段よりも長く音が響き渡っているように感じられた。


 鈴の余韻が消えた。オロローは一段落ついたことを意識したが、途端に体が立ち方を忘れてしまった。特に脚に力が入らなくなって、崩れ落ちればテーブルにしがみつくような格好となってしまう。


「今日一番働いたのは旦那だね」


 三振りは満場一致で、店主の料理番免除を決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鍛冶屋は普通を鍛えたい 衣谷一 @ITANIhajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ