フランの話し:ギルド横の酒場の美味しい果実について

 フランが告げた言葉にバスタは耳を疑った。


「どういうことだ。そのような話、騎士団では聞かなかったぞ」


「そりゃそうよ、まだ公になっていないだろうし、バスタごとき立場の人間に教えることじゃないもの。でもね、噂は結構出回ってしまっているのよ」


「ドーリーにそのような雰囲気はなかったと思うが」


「剣術バカだからどうせまともな情報収集をしていないのでしょう?」


  §


 酒場は酒場でもギルド横に看板を構える、この街一番の酒場だった。王宮騎士団から商人、更にはそれぞれの下働きから自称剣士、自称魔法使いまで。商いに関してはとにかく間口が広いギルド、その隣にあるというのだから当然客層も厚かった。


 フランはその酒場で何をしていたのか。


「はいおまちどうさま」


 見るだけで汗臭さを感じるような一行に酒を供するのがフラン本人だった。給仕としてテーブルやカウンターを回りながら、商品と引き換えに情報を回収して回っているのである。


 注文が一段落したところであたりを見渡すと、どうもきな臭い雰囲気が点在しているように見えた。街で暮らす人々は何となくで分かる。大抵が初見ではないし、初見であっても常連と一緒だったり、持ち物が『ちょっとそこまで』程度のものだったりする。


 知らないグループがいくつか。


 そのうちにはカウンターで酒を飲む制服姿の男もいた。街中の酒場を訪ねるのに立派な装備を身につけるだろうか。王宮騎士団の服であれば理解できる、が、それとは少し異なる。ほんのちょっとだけ、というのがミソだ。


 酒に酔った人間のぼんやりとした視界では王宮騎士団であるかなんて判別できまい。王宮騎士団の上層部とよく接することがなければ、幹部が着る服に近いことも分かるまい。


 厨房から声がかかった。届ける先はフロア真ん中の大きな卓で食事を取っている一行だった。この街の人間ではないが、遠くから商品を売りにやってくるお得意さんだった。


「今日はフランちゃんがいるのか、今回の商売はうまくいきそうだ」


「あらそう? それでしたら、何かお金になりそうなお話はあります?」


「これから刃物の需要が高まりそうです。剣の類を作れる工房をどこか知っていますか」


「そうですね――」


 フランはチラリ騎士団騎士風の男を見やる。頭がわずかにぐらついたところ、こちらの様子を伺っていたか。オロローのためになるなら情報を惜しみたくないが、すんでのところで飲み込んだ。


「ひいきの金物工房が一つありますが、本人はあまり自信がないようでしてね。刃がついてないものでしたらぜひとも。ベルなんていかが?」


「せっかくのご提案ですが、それは残念です」


「武器の需要が増えると? 穏やかではありませんね」


「南部からの商人たちは大体同じことを考えているかと。そろそろ手を付け始めておきたいのです」


「南部、となると国境、国家間の問題ですか」


「さすがフランさん。私の知っている情報を総合すると、いつもの何倍もの武器の在庫が必要でしてね」


「それほどまで大規模なものを予想されているのですか」


 再び団員もどきに目を光らせてから、フランは立ち位置を変えた。おもむろに、カウンターから商人を遮るような形で。


 更には、商人の耳元に口を寄せてささやきかける。


「差し支えなければ、理由を、秘密を教えていただけませんか」


 座っている商人。耳元でささやくフランの口。口を近づけるためには体を倒さなければならないわだが。この時、商人の前には美味しそうな果実が二つ揺れるのである。当然、わざと揺らす。


「ええと、相手はどうも、奇妙な剣術を使うらしいのです。剣術と言うか、剣そのものですね。剣から魔法がでるらしいのです。この目で見たわけではありませんが、確かな筋から。剣がたくさん折れてしまうだろうという予測です」


 この商人は酒と胸に弱かった。フランにとっては絶好のカモである。


  §


「というわけで、旦那、あの武器を売りに出しましょう。これは商機ですわ。南部から王都にかけて移動する商人が普通の武器を求めているということは、旦那が作るような武器はどこにもないということ。これを売りに出せば」


 フランの提案にはしかし、首を横に振られてしまう。


「俺は普通の武器が作りたい。あんな珍妙なものは武器とは呼べない。癖が強すぎる」


「それ、暗に私達をけなしているってことでして?」


「いや、そんなつもりはなかったのだが」


「言ってやるなフラン、旦那は普通の武器に対して憧れがすぎるだけだ」


「バスタも人のこと言えないじゃない」


 バスタとフランが言い争いを始める中、リーシュが飲み干したカップを回収した。今日の出来事を話しているとどこかしらで小競り合いがおきるので、リーシュは決まっておかわりの準備をするのだ。


 バラバラに振る舞う三振りの様子を、オロローは頬杖をつきつつ温かい目で見守るのであった。

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