バスタの話し:王宮騎士団の団員のやる気のなさについて
「どうしたのよ。この手の話はあまりしたがらないじゃないの」
「いや、それがな。今日はドーリーの王宮騎士団のところまで行ってきたのだがな、中々にひどくて」
「ドーリーって国境地帯じゃない。どうやって日帰りしたのよ」
「早馬で行けばそう時間はかからない。お前たちが寝る頃に出発すればな」
強行軍に呆れ顔のフランを横目に、バスタが語り始める。
§
リーシュの少年騎士の話に声を漏らしてしまったのは、少年が目指す王宮騎士団のふざけた一面が原因だった。この日は辺境の街に駐留している騎士団を相手にする予定だった。王都からであれば、とびきり上等な早馬を使えば『辛うじて』日帰りで行き来できる距離にある地、それがドーリー。
目的地に到着したバスタが目にしたのは気だるそうに門の横で立つ騎士だった。
「バスタだ。今日はこの駐留地の視察に来た」
「バスタ? 誰だいあんた。約束があるなんて聞いてないぞ。行った行った」
門番の騎士はろくに訪問者の姿を見ず、それでいて門番用の詰め所にある来訪予定の資料も見なかった。来訪者の前で大あくびまでする。何たる怠慢、全く関係のない人間であったらこの場で斬ってしまいかねなかった。
「貴様、階級と名前は」
「どうしてあんたに言わな……きゃ……」
門番は視線を左胸に向けたまま固まった。そこにきらめく紋章は、騎士団に所属する人間であれば真っ先に叩き込まれるはずの知識。
「俺にそのような振る舞い、本部に逆らったと同義だ。並の処分で済むと思うな。司令は俺が探すからこのまま門番を続けろ」
フラフラとしてまともに立っていられない様子の騎士を横目に扉をこじ開ける。これはバスタなりの営業だった。剣術を伝えることを営業として対価を得ればよいと考えたのだ。そうすればオロローが求めているような買い手を探す必要はないのだから。
けれどもどうして、王宮騎士団本部の代理として拠点を指導して回ることに相成ったのである。
さて、門番にバツ印をつけて中に入ったわけだが、中も中々ひどい有様だった。全く別の騎士団に足を踏み入れてしまったかと不安を感じてしまう。しかし目につくものはどれも王宮騎士団だった。本部の紋章が押された文書も掲示されていた。すれ違う騎士は地方騎士の制服、しかも着崩している。誰もバスタの左胸に気づかなかった。
顔はどんどん険しくなってゆく。
バスタが駐留地の事務所を歩けば歩くほど、立場の高い人間が使う場所となるのがこの手の建物の作りだった。制服を着崩した姿こそ見かけなくなったが、バスタに敬意を払う素振りは全く無かった。ここまで来ると、むしろ門番が一番まともだったのかもしれない。彼は紋章のことを知っていた。
バスタが立ち止まるは最後の扉。情けとばかり、ドアノブには手を伸ばさなかった。左を見、右を見る。二人ほど騎士が歩いているのを見かけたが反応はなし。明らかにバスタを見ていたのに! 制服につけられた記号からすれば、この駐留地の幹部に違いなかった。
バスタは扉を叩くこともなく扉を開けた。半ば押し入るような形、部屋の主は机に向かって筆を執っている最中だった。
突然の闖入者に男は慌てふためく。
「な、何なのだね君は!」
「それはこっちのセリフだ、司令。そのような言葉よりも先に言わなければならないことがあるだろう」
「一体何を言わなければならないというのかね。突然押しかけるような……も……お方には……」
「そのやり取りはすでにやったからやめてくれ。バスタ特務官だ。王宮騎士団本部の要請で視察に来たのだが、よもや聞いていないとは言わせないぞ。俺一人でここまでたどり着けてしまったことをどう申し開きする? これほど分かりやすい格好をしているというのに誰も部外者のことを引き止めなかったぞ」
「それはその、同じ騎士団の服装ですし」
「本部と地方では異なるだろう。それを置いておいても、少なくとも滞在している間の世話役をつけるものではないか」
駐留地トップの人間がしどろもどろとなっている中の静寂は本来静かで重苦しいはずなのだが。背後から徐々に騒がしい声が聞こえてくる。しかも聞こえてくるのは門のところで聞いた声。説得? いや、懇願だ。心なしか、泣いているようにも感じられた。
「いやあ、おつかれバスタくん。十分仕事してもらったから、もういいよ」
「いや、あんた。俺が視察をするっていうのにどうしてここに来ているんすか」
「近くでちょっとした用事があってね。ついでに寄ってみたら外で門番が死にかけているから、ハハーンやらかしたなって」
王宮騎士団の副団長五人のうちの一人が押し入ってきたのである。
§
「それで、副団長がまた『面白い剣をまたよろしく』とのことだ。前金はもらってきた」
「あまり面白くない話だけれど聞いてあげる。その後はどうなったの?」
握りこぶしぐらいありそうな麻袋をテーブルに置く様子は不躾と言うか。戦うための剣でなくて遊ぶための剣が欲しいと言われて渡された金がバスタには面白くなかった。
「知らん。副団長はかなり大胆なやつだ。全員入れ替えるんじゃないか? まともそうな連中は別のところでしごいて、どうしようもない連中はクビかどこかの使用人だろうよ」
ふうん、と打つ相槌には関心のかの字も見られなかった。さも当たり前のように麻袋を手に取ったフランは話の内容よりもその重さに興味があるらしかった。
「辺境地帯は物騒になってきているからね、副団長も大変だ」
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