リーシュの話し:教会で剣士を目指す少年について

 全員分のお茶を用意したリーシュはフランの横に座った。フランとリーシュ、バスタとオロロー。席の並びはいつも同じだった。


「じゃあ、今日は僕から話すね」


 みんながお茶を口に近づける中、手を付けることなく話し始めるのはリーシュだった。


「今日はね、隣町の教会まで足を伸ばしてみたんだ。ほら、僕って剣なのだけれど剣としての能力はそれほどじゃないでしょ?」


「まあ、そうだな。リーシュは防御特化だから」


「剣としての力はないけれど、持っているだけでどんな攻撃も受け付けない、が僕の取り柄だからね。相手を傷つける必要はないけれど守る力は絶対にほしいところはどこだろうって考えたら、教会かなと思って」


  §


 しかし、いきなり約束もないのに訪れた子、見た目だけでは子供か、あるいは成人したてのような印象となれば話を聞いてくれるわけもなかった。価格交渉をするタイミングも、売り込みをするタイミングもなかった。ただ、


「守りのための剣はお入り用ですか」


「そのようなものがあればいいかもしれませんねえ。さて、せっかくですからうちの子どもたちと遊んでいってください。寄付はもちろんですが、こちらで預かっている子たちと遊んでくれることも十分助けになりますから」


 とまあ、散々だったわけで。


 隣町のことはよく知らなかったリーシュ。営業が終わったら街を見て回ろうと思っていたところ、せっかくのお誘いがあったから乗っかることにしたのだという。


 曰く、かわいい。真っ直ぐで元気いっぱい。守ってあげたい気持ちがウズウズしてくる。


 頭の中がこどものことでいっぱいになったリーシュは、子たちの境遇を想像しつつ教会の庭に足を踏み入れれば。


 一人、木の棒を振りかぶる少年がいるだけだった。


「ねえ、ここは君一人だけなの?」


「みんなは王都から騎士が来たらしいって言ってどこか行っちゃった」


「君は行かないの?」


「行かない。もっと強くなってからじゃないとだめなんだ」


 問いかけに対してリーシュを全く見ることなくひたすらに木の棒を振る。真剣な眼差しを見ていると、リーシュの剣としての本能がうずいて仕方がなかった。


「騎士になりたいんだ」


 リーシュが投げかけた問いかけには大きく頷く。それだけで十分だった。


「じゃあ、僕に一撃当ててみてよ。僕もね剣のことは分かるからさ」


「ええ、なんか弱そうな体――って、どこからその剣を出したの?」


「ひ・み・つ。大丈夫、刃はついていないし傷つけることもないし」


 リーシュが握るそれは刺突剣だった。ただでさえ細い刀身、それが中間辺りから更に細くなるフォルム。


「僕は攻撃しないよ。僕は守るだけ。さあ、おいで。それとも、こんな弱っちい見た目の僕にビビっちゃった?」


 安易な挑発は幼い少年を焚きつけるには十分だった。いっちょまえに木の棒を構えると勇ましく声を上げてリーシュに飛びかかった。


 真っ直ぐで思い切りがよい。けれども動きは単純、予想は簡単。リーシュにはまだ振りもしていない棒の軌道が見えていた。剣を使うこともなく一歩だけ動けば横を少年が通り抜けてゆく。勢いを殺せないまま少年は壁にぶつかった。


「騎士を目指す男の子がこの程度でどうするの? まだまだだよ。もっと僕を攻めてみなよ」


 痛みに顔を歪める子を相手にリーシュが動くことはなかった。痛み方も決して異常な様子には見えなかったし、手を出すべきではなかった。手を差し伸べれば彼は騎士になれない。どこか心に弱さを持つ子になってしまう。たとえどれだけ鍛えたところで、心の片隅のどこかしらから、救ってもらおうと甘える手が伸びてしまう。


 少年は立ち上がる。おでこをぶつけたらしい、右目の上の部分が赤くなっていた。しかしそれを気にかけないかのよう、目には力がみなぎっていた。目から炎が揺らめいているように感じられた。


「さあ、おいで」


 少年は再び立ち向かう。


  §


「それで結局、戻る時間になるまでずっと一緒だったんだよね」


「それで、その子の剣筋はどうだったの? お姉さんに教えなさい」


 すでにお茶を空にしているフランが問いかると、リーシュの顔が途端にとろけてしまった。情景を思い浮かべてニヤニヤが止まらなくなっているようだった。


「剣筋は悪くないけど、ちゃんと訓練しないと難しいかなってぐらい。でもね姉さん、その子の騎士を目指す理由ったらかわいいの。育ててくれている教会に報いたいっていうのと、お姫様を守りたいんだって」


「何そのかわいい子。私も一緒に教えたい」


「だめだよ姉さん。姉さんの剣は猛毒じゃないか。訓練しでもしたら毒で倒れてしまうよ」


「私だって毒を盛る相手ぐらい選びますよ。そんな少年に毒なんてかわいそう」


「それに姉さんがいたら訓練に集中できないよ。男の子だもの」


 リーシュとフランが言葉を投げあっている中、輪の外にいるバスタは腕を組んだまま天井を見上げていた。辛うじて見える眉間にはシワが深く波打っていた。


 かと思えば、ポツリと一言。


「その話、あの連中にも聞かせてやりたい」


 会話が一瞬の内に刈り取られる。通りから聞こえる街の声。ひと振りに集まる視線。特にフランはひどい顔をしていた。この世が終わったかのようだった。

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