鍛冶屋は普通を鍛えたい
衣谷一
商品のご到着
オロローは今日も槌を振るう。
火と静かに対話し、金属と対話し、耳を傾ける。
赤を通り越してもはや白みを帯び始めた炎に金属の棒を差し込み、ふいごで火力を上げる。取り出せば炎の色が金属に移っていて。間髪を容れず金床に横たえた。そうしてから振り上げる金槌には年季を感じさせた。
叩けば工房中に甲高い音。
余韻。一度耳にしてしまえば心を鎮めてくれそうな音の連なりは無数に飛び跳ねる魚のよう。しかしオロローの耳に聞こえるのは癒やしではなかった。では何か? と問われてしまえば答えるのは難しいものの、ある時は悲鳴、ある時は怒号。ある時はマッサージの際に思わず漏れてしまう喘ぎ声。
打っては炉に戻し、再び取り出しては打つ。汗がどれだけ流れようと、汗が目の中に入ってどれだけしみようが構わなかった。一心不乱に素材へ命を刻み込むのだ。
時間も忘れて、外の様子がどうなっているのかも分からず。振るう腕の疲労感は少しずつ無視できないほどになって、しかし手を止めて金属を休ませてしまえば求めている業物にならず。
頼むからちゃんとした出来のものになってくれ!
否。オロローは穏やかでない内心を抑えるために腕を止めることができないのだ。
――そうしてできあがったモノが、オロローの眼前にあるのだが。
オロローは店先で頭を抱えていた。
「何でいつも……」
テーブルの上にあるのは短剣だった。横たえてある分にはごく一般的なそれのようにも見えるのだが、しかし。オロローが短剣を手に取った途端その異様さが露わになる。
ぐにゃん、と刀身がしなった。それが金属とは全く信じることができなかろう。まだ植物と言われたほうが理解できる。さて、改めて紹介しよう、オロローがついさっき鍛えた短剣だ。ただし、妙に刀身が柔らかくて一度振り下ろせば倍以上の長さになって襲いかかるという、ムチのような一品。
テーブルを横断する傷が刻まれた。
「俺は普通の武器が作りたいのに、どうしてこんなことになっちまうんだ」
オロローは普通の武器が作れない。正しくは、刃がつく金物を鍛えると異様な能力付きのゲテモノができあがってしまう。誰かにかけられた呪いの一種かと考えた時期もあった。そこで解呪をお願いしたこともあったが、『呪いなんてかかっていないですね』と言われて高い金だけをぶんどられるという始末。
武器でないものならと包丁を鍛えてみたら、刃体を発射する一品ができあがった。しかも打ったら柄のところから刃体がにょきにょき生えてくるのである。
それでもいつか、まともなものが作れると願いたいオロローは、日々鍛えてはゲテモノを生み出してしまうのであった。
ちりいいん、と売れ筋一番のドアベルが鳴った。澄んだ響きはオロローを慌てさせる。すっかり気分が沈んでしまって、商売のスイッチが全く入っていなかった。
けれども、顔をあげた途端に引きつった表情が先程の沈みきった目つきに戻ってしまった。
「ただ今戻ったよー」
メリハリのある体の女を先頭に、フェミニンな子、体の仕上がっている男が入ってくる。
「今日の結果はどうだった?」
「私はだめだったねえ」
「僕のところは残念ながら」
「俺もだめだったが、それとは別にいつもの物好きから一本」
オロローの問いかけに答えるのは営業の結果。
「そうか、また在庫か」
「もうさ、そろそろ在庫って言い方やめない旦那? 私達だって、見た目だけは旦那と変わらないわけだし」
「僕もちょっと、姉さんの意見に賛成です。それに僕は、このまま売れなくても」
「在庫でいいだろ別に。俺らは剣だろう」
剣。そう、三人の正体は剣なのだ。間違いなくオロローの手によって鍛えられた剣。できあがった時もゲテモノだったが、鍛えた翌日にはすでに人の姿で好き勝手していたのだ。
店中央のテーブルに男と女――の姿をした剣が腰掛ける。中性的な姿は店の片隅でお茶の準備をしていた。
「フラン、バスタ。それで今日は商売になりそうなものはあったか? リーシュ、俺にもお茶を入れてくれ」
人の姿をするのだから自分で営業してこい、という旦那の指令の元、自らを売り込みに行った三振りの報告会が始まる。
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