都市伝説ノ伝染
鷹夏 翔(たかなつ かける)
都市伝説ノ伝染
第1話 うわさ
これは
夏休みが終わり2学期に入ったあと、龍太郎のクラスに転校生がやってきた。
名前は
ただひとつだけ、彩香には欠点がある。それはーー。
「あたしら帰るから教室の掃除よろしくね」
「えっ!」
「なに? なんか文句ある?」
「べつに…」
「そうよねぇ〜。ブサイクのあんたはあたしの言うとおりにしてればいいんだよ。じゃあ、掃除よろしくね」
彩香は自分より容姿が劣る人を見下していた。
特にクラスの中で一番大人しく地味な女子生徒にはあたりが強く、なにかと嫌がらせをしていた。
今日もその女子生徒に掃除を押しつけ、彩香は意気揚々と取り巻きたちを連れて教室を出ていく。
離れたところから様子を見ていた龍太郎は、彼女の友人たちと協力し掃除を手伝ってから下校した。
◆ ◆ ◆ ◆
その日の夜。龍太郎は小学校の頃からの親友である
今日起きたことを話せば、斂は『そういう輩はどこにでもいるんだな』と
龍太郎は苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「前に“そういうのはよくないぞ”って注意したら、“藤堂くんが暴力を奮ってきた”なんて叫んだから職員室に呼び出されたわ」
『おまえ、顔が
斂の指摘に龍太郎はむっとなる。
他の男子と比べて龍太郎は身長が高く、さらに彫りが深い顔をしているため同年代と見られない。また、母親が欧州人であることで生まれた頃から金髪。さらに家が任侠一家というものだ。
見た目と家柄で敬遠されている龍太郎だが、実際は
龍太郎は少し怒った口調で「やかましいわ」と返すと、仕返しとばかりに斂に尋ねた。
「そういうおまえは中学に上がってから友達はできたのか?」
『俺はいつも通りだ』
「あー。まだ友達できていないのか」
『…ほっとけ』
ふてくされたような斂の口ぶりに龍太郎は図星だと察する。
斂は幼い頃に両親を事故で亡くし、母方の祖父である
その孫である斂も霊感がかなり強く、剣八郎のこともあって小学校に入ったばかりのときは軽率な連中にいじめられていたことがあった。
「いじめられてはいないよな?」
『ちょっかいをかけてくる連中はいるがな。ほとんどは言い負かしているし、拳を向けてくるやつは返り討ちにしている』
「おまえに喧嘩を吹っかけたやつは後悔しただろうな」
斂は剣八郎に体術を習っていることもあり拳で敵う相手ではない。喧嘩に自信がある龍太郎も1度だけ手合わせしたが、まったく歯が立たなかった。
ちなみに斂と龍太郎が仲良くなった経緯としては龍太郎も“霊感体質”だったこと。決め手となったのは龍太郎の人柄の良さだと、
「いじめられていないならいいけどよ。本来なら俺もおまえの中学校に通うはずだったんだけどな」
『ああ。うちのハゲ校長が龍太郎の家にビビって入学拒否したっていう…』
「そうそう。しかも入学式3日前にだぞ。うちのおやじがブチ切れるのも当然だよな。まあ、隣町の中学校に入れたから事なき得たし」
『おまえのおやじさん、ハゲ校長の家に乗り込んでたな』
「そんなこともあったな。おやじが真っ当なことを言うからあっちの奥さんが感銘して加勢したとか言ってた」
過去に起きた話で盛り上がるなか、ふと龍太郎は自分が通う中学校のうわさ話を思いだした。
「そういえばうちの学校の通学路で妙な女が現れたんだ」
『妙な女?』
「おう。まだ暑いのに赤いコートを着ていてな、腰まである長い黒髪で顔は隠れているんだ。それで電柱の陰に立って帰宅する生徒にこう聞いてくるんだ。“わたし、きれい?”ってーー」
龍太郎の話を聞き、斂は呆れた口調で告げる。
『まだそのネタが続いているんだな』
「お、なんか知ってるのか?」
『知ってるもなにも有名な都市伝説“口裂け女”だ』
「…口裂け女?」
『本当に知らないんだな』
知らない口振りの龍太郎に、斂は口裂け女について教えることにした。
口裂け女は1979年頃から爆発的にうわさが広がり、社会問題にまで発展した都市伝説のひとつである。
赤いコートを身にまとった背の高い若い女性で、顔を半分ほど覆い隠す大きな白いマスクを着けているのが特徴だ。
女性は学校帰りの子どもに「わたし、きれい?」と聞いてくる。「きれい」と答えると、「これでも…」と言ってマスクを外す。するとその口は耳もとまで大きく裂けていた。反対に「きれいじゃない」と答えると包丁やハサミで斬り殺されるという。
口裂け女の話を聞いた龍太郎は「そんな話なのか」と理解した一方、赤いコートの女と口裂け女の相違点を斂に伝える。
「確かに顔はよく見えなかったが、マスクは付けてなかったぞ。あと話しかけられてもみんな気味悪がって無視してるそうだ」
『無視して襲われたってことはないか?』
「襲わてはいないな。無視されたらあっちもしつこく聞いてこないらしくて」
『それはそれで気味が悪いな。まあ、変に刺激しなければ大丈夫だと思うが…。なにかあったらすぐ警察を呼べよ』
「おう」
斂の警告を聞き入れた龍太郎は日曜日に会う約束をして電話を切った。
第2話 増長
翌日。学校に登校した龍太郎が教室に入ったときだった。
「藤堂くん! お願い、助けて!」
「ーーは?」
突然目の前にすっ飛んで来て助けを求めてきた彩香に、龍太郎はわけがわからず立ちつくす。首をかしげながら彩香の表情を窺うと、いつもの強きな態度はなりを潜め不安そうに辺りを落ち着きなく見回している。
とりあえず朝のHR《ホームルーム》が始まってしまうため、龍太郎は「話は昼休みに聞く」と言って彩香を宥めてから自分の席に着いた。
それから午前の授業を終え昼休みになると、龍太郎は彩香を連れて屋上へ向かう。
屋上の外へ出ると、自分たち以外に人がいないことを確認してから龍太郎は話を切りだした。
「佐倉。急に頼んでくれって言われても困る。いったいなにがあったんだ?」
「実はーー」
彩香は昨日起きたことを龍太郎に語り始めた。
取り巻きたちを連れ、彩香は通学路を歩いていた。
ふと彼女は電柱の陰に立っている女の存在に気づく。残暑なのに赤いコートを着ており、腰まである長い黒髪が特徴的な人物だ。
(うわあ…。なんかやばい人がいるよ)
直感的にそう感じとった彩香は視線を逸らし、取り巻きたちと談笑する。
女の真横を通りかかったとき、彩香の耳にか細い声が響いてきた。
「ーーねぇ。わたし、きれい?」
それに反応してしまった彩香は足を止めて振り返る。彼女の目に映ったのは、皮膚が赤く爛れ、
驚いた彩香は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて身を引く。
そんな彼女を見て、女は愉快だとばかり唇をつり上げ同じ質問を口にした。
「ねぇ。わたし、きれい?」
女の不気味なそぶりに取り巻きたちは怖くなったのか、そのうちのひとりが彩香にそっと耳打ちする。
「無視しようよ、彩香。なんか気味悪いし…」
しかし、彩香はその言葉を受け入れなかった。
女の態度に腹が立った彩香は声を荒げて叫んだ。
「全然きれいじゃない。ブサイクなんだからマスクぐらい付けなさいよ!」
彩香の発言に取り巻きたちは言葉を失う。
そして、さっきまでヘラヘラしていた女の表情が一変。憎悪のこもったまなざしを彩香へ向けていた。
彩香は背筋が寒くなり、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。
女は体を左右にゆらゆら揺らしながら、一歩ずつ彩香へ近づいてくる。目の前まで迫ってきた瞬間、取り巻きのひとりが彩香の腕を強く引いた。
それでわれに返った彩香は取り巻きたちと全速力でその場から逃げ去る。途中で振り返るも、女が追いかけてくることはなかった。
しかし、今朝になって彩香は通学路でその女がうろついているのを見てしまったのだ。怖くなった彼女は遠回りして裏口から登校した。
そのことを取り巻きたちに相談すると、彼らは「藤堂くんの知り合いに刑事さんがいる」と口をそろえて言った。
そして、彩香は龍太郎に助けを求めたのだ。
彩香の話を聞き終え、龍太郎はため息をつく。
取り巻きのひとりが「無視しよう」と言ったのに、彩香はいつもの癖で自分より容姿が劣る相手を罵倒したのだ。自業自得と言いたいところだが、彩香にもしものことがあったらと考えたら気分が悪い。
「わかった。俺の方から知り合いの刑事…正確には友人の知り合いなんだが、まあ細かいことはいい。とりあえず刑事さんに例の女の話は言っておく」
龍太郎はそう伝えると、さらに忠告を付け加えた。
「但し、これからは相手の容姿をののしったりするな。今回の件はそれが原因だし、また怖い目に遭いたくなかったら二度とするな。わかったか?」
「わ、わかった…」
彩香は素直に龍太郎の言葉を受け入れた。
前なら自尊心が高く注意しても言うことを聞かなかった彩香だが、昨日の出来事で相当参っているようだ。
これを機に人を見下す態度を改めてほしい。龍太郎はそう思いながらその日の放課後は彩香と一緒に帰った。
帰宅後。龍太郎は斂に連絡を入れ、彩香に起きた出来事を説明してから知り合いの刑事に伝えるようお願いした。
しかし、それは無意味となってしまうのであった。
第3話 伝染
翌日。学校に登校した龍太郎は朝のHRで担任の口から「佐倉さんが変質者に襲われた」という報せを聞いた。
龍太郎と別れたあと彩香は家で大人しくしていたのだが、両親から「残業で帰るのが遅くなる」という電話を受け、夕飯の買い出しにコンビニへ向かった。
その帰り道、突然赤いコートを着た女に襲われ、相手の持っていた包丁で深い傷を負ったとのこと。
幸い通行人が多い場所だったため、女は駆けつけた警官たちによって逮捕。彩香はすぐに病院に運ばれ一命を取り留めた。
彩香が無事と聞いて、龍太郎はひと安心する。
すると、彩香の取り巻きであるひとりの女子が担任に尋ねた。
「先生! 彩香ちゃんのお見舞いに行きたいんですけど、どこの病院に入院していますか?」
「ああ、お見舞いのことなんだが…。残念だけど、佐倉さんの両親に断られてしまったんだ」
担任の返答に彩香の取り巻きたちは「なんで断られたんですか?」「理由を教えてください」と問い詰めるも、担任はそれに答えず彼女たちを宥めてから教室をあとにした。
クラスの生徒たちがざわめくなか、龍太郎は担任の表情が苦々しいものだったことを見逃さなかった。
(佐倉の両親が見舞いを断るっていうことは、けがの具合が良くないのか?)
詳しい話を知りたかったが、担任がそう簡単に打ち明けることはないと思った龍太郎は授業に集中することにした。
しかし、1ヵ月たっても彩香がクラスに顔を出すことはなく、2ヵ月たった頃には担任が「両親の仕事の都合で引っ越した」と朝のHRで告げた。
◆ ◆ ◆ ◆
彩香が引っ越して1週間たった頃。
龍太郎は斂の自宅へ訪問した。手土産に抹茶わらびもちを渡せば、常に真顔を保っている斂の表情筋がわずかに緩んだ。
斂は小さい頃から抹茶スイーツが好物だ。それを初めて聞いたとき、龍太郎は(見た目に反して渋いな)と思った。
斂の自室に移動し一緒に宿題をやっていると、斂が思い出したように口を開いた。
「ずっと前の話なんだが、爺さんと外食に行ったんだ。その帰り道、赤いコートを着た女が女子高生を襲っているところに遭遇したんだ」
「…は!?」
斂の話を聞いて、龍太郎は驚いて顔を上げる。
「おまえ、あの事件の現場にいたのか!」
「ああ。…なんでそんなに驚くんだ?」
「その襲われた女子高生は俺の元クラスメートなんだ」
そして龍太郎は彩香が襲われた経緯を斂に説明する。
話を聞いた斂はひとり納得したように頷いた。
「…そうか。だからあの女はーー」
「あの女がどうかしたのか?」
龍太郎が尋ねると、斂は険しい表情を浮かべて答える。
「その彩香ってやつ、もう“日常”には戻ってこれないな」
斂はあのときの出来事を思いだす。
祖父に押さえつけられた赤いコートの女は、口もとを両手で覆い隠した女子高生・彩香を嘲笑いながらこう言ったのだ。
『ーー次はアンタの番だ!』
口もとを覆い隠す彩香はその言葉に戦慄する。彼女の指の隙間からは赤黒い液体がとめどなく流れていた。
たまたま通りかかった人が気に入らず暴言を吐いてしまうこともあるでしょう。
大抵の人は聞き流してしまいますが、ときには事件になってしまうことも…。
彩香さんのように都市伝説の一部になりたくないなら、言葉を慎むようにしましょう。
都市伝説ノ伝染 鷹夏 翔(たかなつ かける) @kakeru810
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