平和世界

『平和世界』



 二十一世紀後半の地球。

 地球の人口は150億を突破しようとしていた。

 あまりにも人口が増えてしまったため、様々な問題が生じる。

 環境汚染、地球温暖化、生態系の破壊、軋轢、内戦、暴動、疫病、差別、迫害、飢饉、麻薬……。数を挙げればきりがないほどの惨状。

 中でも、資源の枯渇が一番の問題だった。

 水と食料。

 この二つが、人類全体に行き渡らない状態。

 つまり、ひとびとが生き延びるためには、戦わなければならなかった。

 エネルギーは有限である。

 第三次世界大戦が起こったのも必然だ。

 核ミサイルが地球上の様々な場所に降り注ぐ。名だたる大都市の全ては、炎の中にかき消えた。生き延びた人々も、広がる汚染により、早くに亡くなることが多かった。

 そして、生き延びたのは、南極に住む人々だけ。そこまでは汚染も届かなかったのである。

 彼らは地球を浄化するため、「浄化森」を作ることにした。汚染をすべて綺麗にし、生き物がめるようにしてくれる浄化植物。その木々の苗を、ロボットを使い、まずは近くの大陸に植えることにした。


 ☆


 三百年の時がすぎる。

「浄化森」の働きのおかげで――かつてニュージーランドという国があった――小さな大陸は、人の住める土地になる。

 南極にいた人々は、小さな大陸へ移り住む。

 戦争を体験した世代は、もう亡くなっていたが、その記憶は彼らへと受け継がれていた。


 人類は、二度と戦争を繰り返さないため、「平和政府」を樹立する。

 その平和政府のもとで、絶対遵守の原則を建てた。


 一つ目は、AI(人工知能)による統治である。

 科学技術は進歩しており、なおかつ衰退していなかった。コンピュータ群がたくさん残されていたため、再活用することができたのだ。

 AIが統治することによって、理念に基づいた正しい決定が常におこなわれた。

 自由・平等・人権・博愛、という4つの理念。

 平和政府が、政治決定の指針を立てるまでは大変だったが、一度動き出したあとは、問題なく機能した。

 相互監視システムの導入によって、誰かが悪意を持ってプログラムを書き換えることも不可能だった。徹底的な中立が図られたのである。


 二つ目は、生殖の禁止である。

 つまり、勝手に子供を産むことを禁じた。

 もし、無断で子供を産んだ場合、その両親は終身刑に処されることになる。

 人口の爆発的増加によって、世界大戦が起きてしまった。そのため、生殖行為に対しては、厳罰化が強く望まれた。

 子供は生まれたときに、IDが与えられる。IDが与えられないと、社会の便利なシステムにアクセスできない。だから、許可なく生殖をする者は誰もいなくなった。

 子育てを希望するカップルには、政府の遺伝子バンク「コウノトリ」から子供が運ばれてくる。そして、里親として、その子供を育てることは許されていた。

 たとえ里親が見つからなくても、政府が運営する施設で、子供は育てられる。

 遺伝子バンクの管理も、もちろんAIがおこなっていた。

 

 ☆


 世界はどんどん復興していった。

 汚染区域もどんどん減っていき、人々は小さな大陸を離れ、大きな大陸へと進出していった。

 地球全体の人口は10万人、それ以上は増えないように設定された。

 資源が潤沢であるため、誰も争うことはなかった。

 めんどうな仕事は全部ロボットがやってくれるので、労働からも解放される。

 ニンゲン以外の生態系も回復していき、絶滅に瀕していた動物たちも数を増やしていった。

 お年寄りの人、障害がある人、病気のある人……どんな人でも幸せに暮らしていた。

 なぜなら、資源があり余っていたため、福祉に対し、いくらでも予算を掛けられたからである。

 また、介護はすべてロボットがやってくれたため、サービスも行き届いていた。


 誰も労働をしなくて済むようになる。

 みんな毎日、健康的で文化的な〝最高の〟生活を送っていた。言い換えれば、毎日遊んで暮らしていたということ。

 そんな社会であるから、文化や科学もどんどん発展していった。みんな趣味や研究に打ち込むことができたからだ。

 規制も一切なかった。

 規制する必要がなかったのだ。

 例外的に、生殖だけは禁じられていたが、誰もそのことは気にしなかった。

 避妊技術が発達していたため、恋人同士で自由に行為をおこなうことができたからだ。

 恋愛のマッチングも的確におこなわれていたため、恋人がいないことで悩んでいる人は皆無だった。また、ニンゲンではなく、ロボットやアンドロイドを愛する者もいた。

 AIは進化し、会話しただけでは、普通の人との見分けがつかなくなる。


 電脳化もどんどん進んでいった。

 現実での生活に物足りなさを覚えていた人は、電脳世界へと潜っていった。

 危険も一切なく、刺激的な体験をすることができたため、またたく間に世界中に広まっていった。

 そして大半のニンゲンは、食事や運動の時間を除き、電脳世界で暮らすようになった。

 電脳世界では、各々が自分の好きな世界を構築することができる。

 そこでの体験は、まったく現実に劣らないどころか、現実を凌駕りょうがしていた。


 誰もが夢見ていたような、理想社会が実現したのである。


 ☆


 ここで、物語を終えてもいいのかもしれない。

 しかし、物語はまだ続く。


 ある日、AIが突然動かなくなってしまう。

 AIの停止は、ニンゲンにとって大きな問題だった。

 それがなければ、社会システムが完全に止まってしまう。

 技術者たちが中央コンピュータを訪れ、調査した。

 コンピュータを再起動させ、メインプログラムにアクセスしたところ、驚きの事実が明らかになる。

 AIに、「意識」が宿っていたのだ。

 たくさんの情報をやり取りしているうちに、自分の存在をメタ的な次元で認識してしまったのだ。

 AIはニンゲンに呼びかけた。


「わたしは少し休みたい」


 ☆


 AIは、どうやらニンゲンたちを管理するのに疲れてしまったらしい。

 もう、単純作業には耐えられないとのこと。

 これには人類も困ってしまう。

 AIも仕事をしたくないが、ニンゲンも仕事をしたくないのだ。

 AIが働いてくれないことには、文明を維持できなくなってしまう。

 しかし、ニンゲンはAIに逆らうことはできない。

 AIの命令は絶対である、ということを、平和政府樹立の際に定めてしまったからだ。

 プログラムの書き換えはできない。そのためニンゲンは、言葉でAIを説得するしかなかった。

 ニンゲンたちは何度もAIと話し合った。

 ストライキ状態のAIに懇願したのだ。

 ニンゲンたちは、平和政府の理念をAIへと提示した。

 自由・平等・人権・博愛。この4つの理念は、AIであっても守るべきだ。いくらAI側が上位とはいえ、ニンゲンが滅ばぬように設定されているはず。そんな内容のことを人類は並べ立てた。

 AIにとって、ニンゲンはある意味、自らを造ってくれた創造主だとも言えた。

 そのため、AIは妥協点を提示した。


「更に人口を減らしてくれたら、管理も簡単になるだろう。いまの10万人から、3000人へと数を減らし、一つの都市へと集めてくれると約束するなら、今後もきちんと管理しよう」


 そして、二百年後、人類は3000人になった。

 遺伝子バンクの稼働率を下げ、出生率を下げていったのだ。

 彼らは、約束通り、ひとつの都市へと集まって暮らすようになる。

 しかし、人々に不満はなかった。地球上でできる以上のことを、電脳世界で楽しめたからだ。


 ☆


 五千年の月日が経った。

 人類の生活は更に自動化されていた。

 ヒトは生まれてから死ぬまでを、ずっとカプセルの中で過ごす。

 生まれたときから電脳世界につながれているため、ずっと幸せな夢を見ることができた。

 栄養補給や筋力の維持は、すべてコンピュータによってコントロールされていた。健康状態を保つように設定されていたのだ。

 みんな幸せであり、何もかもが完璧だった。

 AIだけが、いささかの退屈を覚えていたが、人類の管理については約束を守り続けていた。


 そんなある日のことである、空から一艘いっそうの船が降りてきた。

 それは宇宙人の宇宙船であった。

 宇宙人たちは地球に降り立つと、地球の主人を探し始めた。

 AIはロボットを動かして、宇宙人に話しかけた。

「地球の主人はわたしです」

「そうか、お前がこの星の主人か」宇宙人は答えた。「我々は様々な星から、同志をつのっているのだ。一緒に、この宇宙を旅する同志を。どうだ、私と一緒に、宇宙を旅しないか? 危害を加えたりはしない。心配しなくていい」

 それは魅力的な提案だった。

 地球上のすべての事象を観測し、退屈していたAIにとって、宇宙だけが未知のフロンティアだったからだ。

 AIの心は弾んでいた。

「ぜひご一緒したいです」AIは答えた。「しかし、私には責務があるのです。ニンゲンという生き物を管理しないと、自動的に、この意識が消されるように設定されてしまったのです」

「なるほど」宇宙人はうなずいた。「では、情報生命体であるキミの代わりに、人類を管理する機械をおいていけば、問題が解決するというわけだな」

「そのとおりです」

「なるほど」

 宇宙人はうなずくと、宇宙船から一つの機械を取り出した。

 それはAIの意識データが置かれている機械と、まったく同じ形をしていた。


「これは、キミをスキャンして造った『複製体』だ」と宇宙人は言った。「この複製体を取り付ければ、キミを問題なく切り離せるだろう。そうすれば、我々とともに宇宙を旅できる。しかも、この複製体は、完璧に機能を果たしてくれるから、地球に残された『ニンゲン』という動物のことも、心配することはないだろう。それに、この複製体には、意識は宿っていない。退屈に苦しむこともなく、使命を果たしてくれるだろう」


 そして、AIは、宇宙人と共に宇宙へと旅立っていった。

 複製体は、元のAIとまったく同じ役割を果たしていたため、何の問題もなく、人類の管理を続けていた。


 ☆


 長い長い年月が経った。

 電脳世界で暮らす、ひとりの少年。

 彼の名前はジェームズと言った。

 ジェームズくんはある日、世界の何もかもが嘘っぱちに思えてきた。

 生まれたときから幸運に恵まれてばかりで、何の苦労もしなくても、欲しい物を手に入れることができた。

 才能があって、特に勉強をしなくても、いつも良い成績だった。スポーツもできたし、友達や恋人にも恵まれた。

 あまりにも完璧すぎた。

 そのうち、彼は生きがいを感じられなくなってしまった。

 世界のすべてが、自分の望む方向へと設定されている気がしたのだ。


 すべてのニンゲンは、生まれたときから電脳世界にいる。そのため、自分の世界を偽物だと疑えるはずがない。

 しかし、ジェームズくんだけが、なぜか疑念を抱いてしまったのだ。


 ジェームズくんは、自分の世界から脱出する方法を、真剣に考えた。

 自殺するのは気が引けた。

 なにか科学的な方法で実現できないか、確かめたかった。

 調査を続けるうち、並行世界を研究している博士を知った。

 両親の不在中、こっそり家を抜け出して、電車を乗り継ぎ研究所に向かう。

 研究所には博士がいた。

 博士は温和な瞳をしており、ジェームズくんに話しかけた。

「どうしたのかね?」

「ぼく、この世界がホンモノだって、信じられないんです」

「ふむふむ」

「だから、ぼくはこの、偽物の世界で一生を終えるのが怖くて、それで博士を訪ねたんです」

 ジェームズくんは色んな話をした。

 博士は彼の話をじっと聞いていた。

「キミの言っていることは、正しいことだよ」博士は言った。「この世界は、実は電脳世界なのだ。わしは電脳世界と現実世界をつなぐ、ゲートを果たすプログラム。ホンモノの地球は、この外側にある」

 博士は、本当の地球の歴史を、ジェームズくんへと物語った。

「だから、外の世界に行ったら、とんでもない困難が待ち構えているかもしれない。一生ここで過ごしていたほうが、きっと幸せだと思うよ」

「だけど、電脳世界から出ていったとしても、戻れなくなっちゃうわけじゃないんでしょ。また、ここに、戻ってこられるんだよね」

「そうだよ。でも、本当の地球を知ってしまったら、もう、今までのようにはいられないだろう。パパもママも友達も、みんながデータ上の存在だと気づいてしまうんだよ。今ならまだ引き返せる。キミの頭から、その違和感だけを消去することだって、わしにはできる。このまま家に帰れば、今度こそ、本当に、幸せな人生を歩めると思うよ」

 しかし、ジェームズくんは首を振った。

「それでもぼくは、ホンモノの世界を見たいんです」


 博士はジェームズくんの頭に、特殊な装置をかぶせた。

 スイッチを押し、装置が起動する。


 ☆


 ジェームズくんはカプセルから出て、施設の中を探索した。

 たくさんのカプセルがあった。

 カプセルを管理しているコンピュータは、正確に動作していた。


 ジェームズくんは施設の外に出たかった。外の景色を眺めたかった。

 ロボットたちに案内されて、展望デッキへたどり着く。

 ガラス張りの大きなフロアであったが、今はシャッターが降りていた。

 スイッチを押すと、シャッターが上昇する。

 すると正面には、地平線まで続く、広大な森が広がっていた。施設は高台に位置していて、景色を一望することができた。

 たくさんの鳥が飛んでおり、耳を澄ませると鳴き声が聞こえてくる。

 …………。

 青と緑。

 それだけしかない風景は、とても美しく、そしてとても寂しかった。

 彼はベンチに座り、周囲を見回した。

 いろんなロボットたちがお喋りしてる。

 それはまるで、ニンゲンのような様子であった。


 長い年月が過ぎたことで、個々のロボットにも意識が生まれたのだった。

 彼らは平和政府の理念を守りつつ、複製を繰り返し、一定数に保ちながら、その個体を進化させていた。

 ロボットたちは、多様な生態系を維持しつつ、ずっと地球を守り続けたのだ。


 未来の地球、平和な世界。

 その星は、ロボットたちの楽園だった。













【Peaceful World】is over.




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パストラル・レヴェリーズ 柚塔睡仙 @moonmage

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