15秒の交信(コンタクト)

『15秒の交信コンタクト



 わたしは空を見つめている。

 たくさんの流れ星が流れている。

 今日は流星群の夜だ。毎年この日になると、数多あまたの光が降り注ぐ。

 わたしは丘の上にいた。他に、人はいない。静寂そのもの。空気は透き通っている。

 家から持ってきたポケットテレビを開く。それは小さい頃、廃墟はいきょで拾った落とし物だった。

 いまはまだ、ノイズが走っている。でも深夜の十二時、それは魔法に変わる。

 遠くから鐘の音がする。

 ノイズがやんだ。

 モニターをのぞき込む。

 そこには【わたし】がうつっていた。

【わたし】は言った。

「ルート君とは別れちゃった。彼はね、実は許嫁いいなずけがいたみたいなの。だから、バレンタインに告白しちゃダメ。頑張って、他の相手を見つけるんだよ。じゃあね、頑張って」

 プツン。

 映像が途切れる。

 画面に映っていたのは、そう、未来の【わたし】なのであった。それは一年後の【わたし】であり、今のわたしに向かって、アドバイスをくれるのだ。

 わたしはショックだった。

 ルート君は片想いの相手だった。

 ずっとずっと彼のことが気になっていた。

 今はまだ、彼とは友達関係だ。

 でも彼は、色々な親切をしてくれたし、優しかったし、礼儀正しかったし、何もかもが完璧な男の子だった。

 そっか、告白しても別れちゃうのか……。

 草原に寝転がる。

 落ち込んでしまったぶん、夜空の綺麗さが救いに感じる。

 どうしよう……。もっと違うことを、未来の【わたし】は伝えてくれると思ってた。

 去年、未来の【わたし】は、怪我について教えてくれた。わたしは階段を踏み外し、バタバタと転がって、頭を数針縫うほどの大怪我をしてしまうとのことだった。

 わたしは教えられた日、転ばないよう注意した。その結果、怪我せずに済んだ。

 だからわたしは、今日、そのことを過去の『わたし』に伝える。過去の『わたし』に、「X月X日に階段で怪我をするから、気をつけてね」と伝えるだけのお仕事。深夜二時、流星群がピークに達するとき、それを『わたし』に伝えるのだ。

 …………。

 未来の【わたし】の忠告を無視することもできる。

 そうすれば、わたしはルート君に告白するだろうし、付き合うこともできるだろう。

 でも、それでも最後には、予言通りに別れてしまうのか……。

 未来は変えられないのだろうか。

 運命は変わらないのだろうか。


 ☆


 午後二時、わたしは過去の『わたし』に伝言を伝えた。これで『わたし』は大怪我を負わず、平穏無事な生活を送ることができる。

「…………」

 この二時間、いろいろなことを考えた。

 わたしは……わたしはこのポケットテレビに、今までたくさん助けられた。この、特殊な機能を知ってから、多くの不幸を回避した。

 だけど、それはもしかしたら、未来をひとつに定めてしまったのかもしれない。

 未来にはいろいろな可能性がある。

 でも、「予言」を毎年聞いているせいで、可能性が閉ざされているのかも……。

 わたしは決断した。

 丘を下っていき、湖の前まで来た。

 桟橋さんばしに近づき、大きく振りかぶる。

 そして、遠くの方へと放り投げた。

 ポチャン。

 波紋はもんが広がり、ポケットテレビは湖の底へと沈んでいく。湖は深い。きっともう、取り戻すことはできないだろう。

 でも、わたしの気分はほがらかだった。

 たしかに、わたしはルート君に振られちゃうのかもしれない。

 ポケットテレビを見なくとも、既に未来は決定されていて、運命はくつがえせないのかもしれない。

 同じあやまちを繰り返してしまうのかも……。

 だけど、だからといって、わたしは挑戦するのをやめない。やめたくない。諦めたくない。

 未来はまったく分からないからこそ、未知だからこそ、わたしは希望を持つことができる。

 希望がない人生なんて、とてもわたしには耐えられない。たとえそれが――不確定の未来が、いっしょに不幸を運んでくるとしても……。


 わたしは大きく伸びをする。

 流れ星がキラリと光る。

 月が静かに浮かんでいる。

 来年の流星群、わたしは、どんな景色を見つめるのだろう……。

 そう想像するだけで、心がすこし軽くなる。

 ほんのわずかな寂しさと、解放感を抱きつつ、わたしは帰路へと就いた。








【Unschärferelation】is over.



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