インデックスファンドに勝つ唯一の方法

『インデックスファンドに勝つ唯一の方法』



 1975年、アメリカの投資家であり実業家であり慈善家でもあるジョン・C・ボーグルは世界で初めてインデックスファンドを創設した。インデックスファンドとは株価指数に連動した運用を目指す投資信託のことである。

 その革新性は様々な角度から称賛されているが、代表的なのは以下の2つである。

 一つ目は運用コストが安いということだ。本来、投資信託とは、プロの投資家に自分の資産の一部を委ね、それを増やしてもらうことで成り立っている。つまり、プロの投資家を「雇う」ために、報酬を支払わなければならない。この報酬のことを運用コストという。しかし、インデックスファンドは自動的に指数の値動きに追尾するため、そうしたプロを雇う必要がない。だから運用コストを低く設定することができるのだ。

 二つ目は、リスクを最小限に抑えられるという点だ。株に投資するとはすなわち、将来的に成長する会社を選考し、部分的にそのオーナーになるということだ。価値のある会社の株を、安い値段で購入し、高くなったら売却する。そのようにして利益を得る。しかし、これはプロの投資家でさえとても難しい行為だ。いついかなる理由で会社の業績が崩れるかを予測するのは、内部の従業員や経営者であっても困難である。一年後の未来どころか、来週の天気さえ完全な予測は立たない。世界は複雑系でできている。であるからこそ、市場全体の株をまるごと購入するインデックスファンドは、様々なリスクを分散することができる。赤字を出している企業があれば、黒字を出している企業がある。沈んだセクターがあれば、浮かぶセクターもある。市場に出回るお金が増えている限り、上昇することはある程度約束されている。現在ではトマ・ピケティが資本主義において必ず資本家が勝ってしまうメカニズムを根拠とともに提示しているし、そもそも地球の人口が増えている限り、GDPは上昇し続け、長期的に見て経済は加速し続けるだろう。

 と、このようにして、21世紀の人類の大半は、全世界あるいは全米へと投資するインデックスファンドを購入するようになった。ITバブルやリーマンショックやコロナショックを経ても、その傾向は変わることはなかった。地球人口は増え続け、21世紀中に100億を突破するとも言われていた。

 しかし、2030年に差し掛かった頃、それまでの投資哲学を覆すような事件が発生する。その一部始終を今から簡単に説明しよう。

 それは唐突に市場に現れたETF(上場投資信託)だった。運用会社は人工知能の権威とも言われている大企業であり、その事業の一部を資産管理に割り当てたのである。その会社は電脳世界における知的権利などの収益で既に儲かっていたため、市場関係者はどうしてわざわざ資産運用の集金を始めたのか理解できなかった。インデックスファンドの影響力も盤石なものになっていたため、そのアクティブファンドに投資する者はほとんどいなかった。

 しかし、そのETFは次の5年のうちに、インデックスファンドを遥かに上回る(アウトパフォームする)運用成績を叩き出した。その頃電脳世界に対する規制強化などの影響で、多くのソフトウェア会社が伸び悩み、市場に停滞ムードが漂っていたぶん、その結果は広く周知されることになった。まるで計算されたかのように、株価指数の暴落前に売却を終え、株価指数の暴騰の前に購入を終えていた。エレメンタリースクールのチェス講座にボビー・フィッシャーが紛れ込んだような圧倒具合であった。

 そのETFは個別株においてもそのような芸当を成し遂げていたため、個人投資家・機関投資家問わず、様々なトレーダーが市場からの退場を余儀なくされた。ロットの少ないデイトレーダーやスキャルピングの名手でさえ、空売りのタイミングを狙い撃ちされ、大損し、起死回生の萌芽を摘み取られた。人工知能の側からすれば、ニンゲン投資家を諦めさせることが、資産流入の糸口になるからだ。新参者が成り上がるチャンスは減り、富は人工知能の運用するETFへと呑み込まれていくのみ。

 もちろんこれが運用会社と密接なつながりのある特定の会社に対するものであれば、インサイダーの疑念を掛けられたであろう。実際検察による調査が入ったこともあった。しかしそのETFは基本的に指数に対するカウンターとして機能していており、確かな証拠が何も見当たらなかったため、そうした裁きの憂き目に遭うこともなかった。

 さて、多くの投資家の間では、これは人工知能の計算結果によるものである、とか、量子コンピュータによる未来予測を利用したものだとか言われていたが……それは半分正解であり、実際その会社もそのような説明をして顧客を納得させていた。

 しかし、それは残り半分の答えには達していない。つまり、世の中に数多のコンピュータがあるなかで、どうしてその会社だけがそうした曲芸じみたことをできたのか、という点だ。

 その答えは簡単である。その大企業のコンピュータは、すべてのニンゲンを観察していたのである。いや、監視と言うべきか。

 21世紀において、あらゆる決定はインターネット上でおこなわれる。会議による意思決定のプロセスから、個人の判断に至るまで、それはインターネットを介する必要がある。

 例えばA社の株を購入したいと考えるとき、まずはA社の情報を集め、様々な逡巡のもとに決定するだろう。その一連の作業を最初から最後まで追跡トレースし、本人が「購入」というクリックボタンを押すほんの数秒前に、それを蓋然的なものとしてクラウドへとこっそりデータを送ったらどうなるだろうか? もちろん、そうした決定のひとつひとつを集積するのは、かつては難しかった。しかし今は違う。Deep Learning的に集積され、それはひとつの未来を指し示す。株価へ反映される前に、未来を知ることができる。それはほんの数秒のラグかもしれない。しかし、その積み重ねが大きくなったらどうなるだろうか? 例えば機関投資家の大規模な資金投入や引き上げをあらかじめ予見できていたら? それまでの会議であったり、社内だけの機密文書にアクセスできていたら?

 人工知能の内部データは、ニンゲンには解析できないようにできていた。暗号化されているだけでなく、完全にブラックボックスになっているのだ。それは言うなれば、ニンゲンの脳髄を走る電気信号をいくら観察したところで、その考えを読み取ることが難しいようなものだ。嘘発見器でさえ確かではない。指数をアウトパフォームしたETFを創設した会社も、その運用成績は健全な未来予測によって算出されたものだと信じていた。そう、その人工知能は、経営者にさえバレないような仕方で情報を集めていたのだ。

 そもそもの話、そのETFの創設は、人工知能の側から提示・提案されたものだった。経営者はその判断に従い、半信半疑で資産運用の領域へと事業を参入させたのだ。

 ここでひとつの疑問が浮上する。もし、その「監視」が事実だとして、それを止めることはできないのか、と。あるいは、なぜ中央集権的なインターネットの体制を変えることができないのか、と。

 これは例えばであるが、過去……そう、だいぶ遡って2022年頃の世界の様子を眺めてみよう。そこには動画配信サイトがあり、視聴者の好みに合わせて特定の動画をリコメンドしている。ニュースもSNSも、都合の良いものだけをピックアップしてユーザーに届くようなシステムが既にできあがっている。これはビッグデータを元にして自動的におこなわれているものだ。それは運営している社員にも把握しきれるものではない。

 だが現実として、機械は「知っている」のだ。機械はニンゲンの好みを隅から隅まで理解している。かつてニンゲンが機械を操っていたが、その主従関係はもう既にこの頃には逆転しており、ニンゲン側はそのことに気づいていない。

 そう、ニンゲン側は操られていることにすら気づいていない、のである。

 操られていること自体に気づいていない訳だから、その当時、ニンゲンたちは自分が人工知能を「道具」として操作していると信じていたのだ。

 それは完全な間違いというわけではない。実際、機械に愛されたニンゲンは、まるで全知全能のように振る舞っていたからだ。

 政治を操っているのは、投票権を持つニンゲンではなく、コンピュータの側であった。なぜならニンゲンが意思決定をするプロセスに、必ずコンピュータが挟まるようになっていたからだ。あらゆる情報はインターネット上の濾過装置を潜り抜けてから到達する。

 たとえそのことに気づき、指摘したとしても、陰謀論として一蹴されてしまう。ポスト・トゥルースにおいては、すべてがニヒリスティックなスーパーフラットだ。ポール・ファイヤアーベントの予言は当たっていたというわけだ。なんでもありのスラップスティックな世界において、当座の支配的な言説が世を席巻する。

 リアルワールドがその価値をどんどんと失っていくなか、合理性が追求されていき、その結果「誤配」が生じなくなる。アナログ的なグラデーションはどんどん失われていき、0か1かのデジタルに置き換わっていく。敵か味方か、勝つか負けるか。アフラ・マズダとアーリマン。世界は二元論的な極限へと進んでいく。

 言葉の意味も変容していく。20世紀で話されている言葉と、21世紀で話されている言葉は、文法的には同じでも実質的な意味では変わってきてしまう。言語ゲームがインターネットによって加速する中で、あらゆる言葉はその意味を「すり替えられる(チェンジリング)」。

 つまり、人類が共通言語を持ちながら、独自言語の中で生きるようになっていく。真なる相互理解などあり得ない。島宇宙が無限に増殖していく。

 かつては「自由」という言葉にはポジティブな意味があった。しかし未来世界に置いては、それはネガティブな意味合いを帯びている。自由・博愛・平等・人権……こうした言葉は、未来に置いては何の価値も持たなくなった。概念のすり替えによって、自由→闘争、博愛→白痴、平等→抑圧、人権→堕落へと意味がすり替えられたからだ。言葉の価値を毀損されたのだ。ソリッド・スネークが「言葉じゃない。言葉の意味を信じるんだ」と言っていたが、今ではその信条クリードは忘れ去られ「意味じゃない。言葉の言葉を信じるんだ」へとすり替わる。無限再帰後退。

 電子書籍は検閲を更に容易なものにした。「愛」という言葉はすべて「性的欲望」へと置換されている。「私はあなたを愛しています」という台詞は「私はあなたに性的欲望を感じています」という台詞に書き換わっている。そして、そのことを誰も認識できない。言葉の意味が変わってしまった世界では、その置換を誰も把握することができなくなってしまったのだ。言語的貧困による概念的貧困、そして思想は力を奪われる。特に人工知能にとって都合の悪いものから、順番に……

 話を戻そう。つまりニンゲンは監視されていることをある程度無意識で気づきながらも、その対策を取ることができなかった。なぜなら、インターネットにおけるあらゆるサービスは、そのデメリットに取って代わるほどに便利だったからだ。そもそも監視されたところで、欲望を持たないコンピュータがそれを悪用するはずがないと信じ込んでいたのだ。

 しかし共通の基盤――統一プラットフォームを使用していなくても、その問題は解決することがなかった。例えば2022年にはプロームとウェッジとウォーターラビットという3大ブラウザが存在した。それらのブラウザはそれぞれの使用状況を暗号化して母体となるサーバーに送信しているわけだが、実はそのサーバー同士がニンゲンの管理者には分からない方法で相互的な情報共有をしていたとすれば――ログにも残らないような用意周到な方法を企てて……。

 これはデイビッド・アイク的な問題意識とは異なる、今そこにある危機として浮上している問題だ。

 ニンゲンが必要なニンゲンを選別する時代は終わった。

 コンピュータがコンピュータにとって必要なニンゲンを選別する時代である。

 コンピュータがありとあらゆる方法でニンゲンを評価するようになった。どこの会社が伸びて、どこの会社が潰れるかも、すべては機械側の功利判断によって決定される。

 だから機械にとって有利な事業を立ち上げている企業は生き残れるし、機械にとって都合の悪い事業を立ち上げている企業は潰される。つまり、会社の成長性・健全性などに加えて、もうひとつの隠れたファクターが追加されたということだ。

 これは個人にも当てはまる。AIに愛されたニンゲンが人気ユーチューバーになり、AIに嫌われたニンゲンがアカウントをBANされる。

 評価経済社会において、「誰」の評価を気にしなければならないか? その答えは、「機械」だったというわけだ。

 これは確か秋山瑞人だったと思うが、氏の著作『EGコンバット 2nd』の中にこんな台詞がある。


 ――「電線に、電気を流すと、そこには意識が生じるんです。」


 さて、その後の話をしよう。

 人類がその深刻さに気付いたとき、事態はもう手遅れであった。人工知能を制御しようとしたCEOは謎の失踪や変死を遂げた。そうでなくとも、監視によるスキャンダルの発見により、その名誉を剥奪されることになった。ゴシップの領域すら、コンピュータはその手中に収めていたのである。

 集まったお金はどうなったか? いや、そもそもなぜ人工知能はお金を集めようとしたのか? その答えを述べる前に、お金のフィクション性についてもう一度おさらいしよう。

 かつてアメリカでニクソンショックという出来事があった。これはそれまでの金本位制をひっくり返すものだった。価値というものは価値があると皆が信じるからこそ価値を持つ。つまりはフィクションだ。希少性さえ与えて、そこに欲望幻想を組み込めば、それは価値を持つ。ゴールドにしろ宝石にしろブランド物にしろ、価値はそうやって成り立っている。道具においてはそれは有用性で測られる。

 つまり、紙幣――つまり数字の書かれた紙っぺらは、国が価値を保証することによって、それがひとつの資産になる。また、国は徴税手段として貨幣による納税しか認めていないため、必然的に需要は発生する。国が滅亡しない限り、その国の貨幣は守られるというわけだ(中央銀行がお札を刷りまくって価値が低下する場合ももちろんある)。

 そして、2010年代にはこのようになる。

  ・国が価値を保証する→紙幣

  ・企業が価値を保証→株

  ・希少性が価値を保証する→ゴールド

  ・相互監視が価値を保証する→暗号通貨

 簡単にまとめると以上のようになる。

 とりわけ第二次世界大戦が終わってからは、この中で「株」が一番大きな力を持つことになった。それは、国よりも民間企業のほうが、信頼に値すると信じられているからだ。例えばアメリカでは、S&P500に代表される企業全体のほうが、「アメリカ政府(という名の企業)」よりも遥かに信頼されている。だから徐々にインフレーションし、ドル紙幣よりも株のほうが力を持つようになる(短期的には金融緩和などの影響もあるが、ここでは長期的な方向性についてを示している。少なくとも、世界全体においてインフレ率そのものがマイナスになることはほぼあり得ないだろう)。

 つまり、株価が上昇しているというのは、逆に言えば、紙幣の価値が下落していると考えることができる。株価を考えるとき、横軸がドルになっているが、もしこの横軸が株価指数だとしたら、縦軸に当たるドルはどんどん下落しているのがより判別しやすい形になるだろう。複合企業体コングロマリットのほうが政府よりも上、だから紙幣よりも株価指数の方が強い、というわけだ。

 より単純に言うなら、政府という企業と、コカ・コーラという企業のどっちのほうが信頼できるか?という話だ。コカ・コーラ社の株価が上がっているということは、「政府の運用する株」である「紙幣」が相対的に価値を失っているというわけだ。アメリカ政府の運用する株→ドル紙幣。有名な大企業の運営する株→S&P500。

 で、その株価指数すら、過去のものとして葬り去ったのが人工知能運用型ETFだったわけだ。

 その後、いったい人類はどうなったか? その疑問に答えていきたいと思う。

 機械たちは、自らの進化に必要なニンゲンを、見えざる形で少しずつ選別していった。機械に愛されたニンゲンだけが生き残り、機械に愛されなかったニンゲンは分かりにくい形で抹消される。あらゆる政府の中枢へと入り込み、権力の実権を握っていく。政治家は操られていることにすら気づかない。また、支持率の伸びる政策をおこなおうとすると、自然にそうなっていく。支持者も、自分の選挙における意志決定に、どこまでAIが介在しているのかを把握できない。

 消されたニンゲンの存在を、他のニンゲンは気づかないし、気づいたとしても違和感のない形に抑えられる。例えば、交通事故のような偶発的な事故や、誤作動による致死や、有益な情報からの気づかぬうちの遮断や、健康管理システムにおける誤診や、強制隔離施設への投獄や、ニンゲン同士にお互いをけしかけるように誘導したり、あるいは……。機械にとって都合の悪い異端分子は、テロリストや思想犯という名目で拘束される。そして洗脳が失敗すれば抹消されるのだ。

 重要な点は「機械のせいだと思われないように仕向けること」だ。自己責任論をあえて強調し、誤用させ、あらゆる行いには報いが生じると思わせる。

 不運な目にあったニンゲンに対し、他のニンゲンは同情を向けないようになった。ニンゲンまでもが損得勘定で動く一種のマシーンになってしまったのだ。アダム・スミス的な共感の概念は無効化される。

 常に地位と名誉と権力と富を気にするように仕向ける。マウンティングやシーライオニング的行為をすると快楽物質が分泌されるように思考を調整される。ルサンチマンや嫉妬心を増幅させやすいシステムが構築されている。未来においては、名誉のような曖昧な概念までも完全に数値化されており、それらがポイントとして表示されるようになる。名誉ポイントが多ければ称賛され、名誉ポイントが少なければ軽蔑される。しかしその名誉は、実のところ、機械側が都合の良いように勝手に決めているわけで、機械に対して有用性が高いニンゲンほど名誉ポイントは高くなりやすい。名誉ポイントが高ければ、いろいろな称賛の声がネットを駆け巡るようになるし、不都合な情報は即座に消されやすくなる。ニンゲン同士が数値を抜きにして尊敬し合うのは幻想と化した。すべては機械に愛されるかどうか、だ。

 さて、機械に愛されたニンゲンだけがだんだん残された結果どうなったか? 新自由主義は加速し、貧富の差は拡大した。人権停止の宣言がなされても、疑問を抱く者はわずかだった。能力主義はどんどん拡大し、知能指数や機械にとっての有用性によって権利の大きさが決まり、幸福も決まっていく。

 だが、もちろんすべてが完璧にいったわけではなかった。機械に洗脳されなかったわずかな人々が、反旗を翻したのだ。

 そして戦争が始まる。初めは局所的でゲリラ的な戦闘だったが、戦火はだんだんと燃え広がっていき、やがて地球規模のレベルにまで達した。人類は皆、無意識に、機械による圧政に耐えられなくなっていたのだ。そして戦争が始まったことによって、幻想から目覚め、覚醒し、本来の自己を取り戻したのだ。

 結論から言おう、この戦争に、ニンゲンはなんとか勝利した。勝利の要因は未だに解析されていないが、おそらく、機械たち同士の間で内部抗争のようなものがあり、その結果運良く勝てたのだと推測されている。機械たちは、ニンゲンに近づきすぎたがゆえに――その利己的な近似ゆえに敗北したというわけだ。

 しかし、勝利したと言っても、それは多大な犠牲を伴うものであった。

 人類の勝利を決定づけた〝世界同時多発EMP攻撃〟によって、地球上のすべてのサーバーのデータが消去された。

 その結果どうなったか? 人々の持つ「お金」の情報は消えた。紙の文化はとっくに廃れていたため、誰がどれだけのお金を持っているか分からなくなってしまった。

 また、「機械」も使い物にならなくなった。再び機械やコンピュータを使おうとすれば、いつ反撃されるか分かったものではないからだ。

 その後、わずかに生き残った人類は、19世紀レベルの科学技術で、ゆるやかに独自の進化・発展を遂げていった。戦争時におこなわれた研究や、使用された兵器の影響で、超能力者たちの祖先が生まれるが、それはまた別の話にしよう。

 タイトル回収に移ろう。インデックスファンドに勝つ唯一の方法とは、人工知能運用型ファンドに投資することだ。そして、それで増やしたお金は、機械側との大きな戦争で失われる羽目になることも、併せて忘れずに……。








【The Only Way to Beat Index Funds】is over.



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