カモメちゃんの冒険
『カモメちゃんの冒険』
ロロコカ島はとても自然の美しい島です。
わたしは生まれたときからこの島で暮らしていて、毎日おいしい果物を食べて過ごしています。
海はきれいで、穏やかで、いろんなお魚もたくさん捕れます。この前はパパと一緒に小舟に乗って、トビウオを捕まえに行ったりしました。
午前中は勉強をしますが、午後はいつもフリーです。毎日友達と砂浜で遊んだりしています。一年中暖かいので、ずっと服は薄いままです。服を着ないで一日を過ごすこともあります。
わたしは島のあちこちを探検するのが好きです。そしていろんな生き物を観察するのが好きです。この前は一日中ヤドカリを眺めていました。
ヤドカリがお引越しをするところは面白いです。ヤドカリさんも自分の住まいを探すのに必死で、わたしのことを警戒したりはしません。
ロロコカ島にはいろんな生き物が暮らしています。生態系が豊かなのです。きれいなサンゴ
木に登って、ココナッツを取ることもあります。昔は木登りが苦手でしたが、いまはそれなりにうまくなりました。腕の力がついたのかもしれません。
午前中に勉強するのは正直ダルいです。本当は一日中遊んでいたいけれど、パパもママも許してくれません。島には学校がひとつだけあります。そこに毎朝かばんを持って通っています。
勉強は好きではないですが、それでも本を読むのは好きです。教科書じゃなくて、絵のついてる物語を読むのが好きです。島の中にいながら、島の外の世界を味わうことができるからです。
来週からはお祭りのシーズンです。お祭り前の期間は、勉強しなくて大丈夫だとパパとママは言っていました。
わたしは今、お祭りに備えて、花飾りを作っています。頭につける花飾りです。祭りのとき、女の人はこれをつけて踊るのです。もちろんわたしも付けます。
花飾りを作るのは地味に大変です。林をしばらく歩いたところにある花畑から、赤い花を選んで取ってこないといけないからです。
花畑は、島で好きな場所のひとつです。ここに来ると、ずっと甘い香りが漂っていて、心がほわほわするからです。何も考えず、花に囲まれて横になっていると、気分がだんだん落ち着いてきます。
ミツバチたちもこのお花畑が好きらしいです。ハチミツをせっせと作っていて、それをパンに塗るとおいしいのです。
島の奥には
祠には何があるのか……わたしにはうまく説明できません。そこには〝巨人〟がいるのです。
でも、巨人は生きているわけではありません。生き物ではありません。人形のようなものです。
小さい頃パパに
「このひとは、眠っているの?」
「そうだよ」パパは答えました。「昔の戦争で、動かなくなったんだ。壊れてしまったんだよ」
「それじゃあ、その前は動いていたの?」
「うん。遠い遠いむかしに、中の機械を破壊されてしまったんだ。それからずっとこの場所で眠っている……僕たちのために戦ってくれたんだ。だからこうして
「このひと、神様なの?」
「そうだね。島のみんなは、そう思ってるかな」
「もう、動かないの?」
「うん……部品も欠けているし、直す技術はもう失われているからね」
わたしは図書館でいろいろ調べてみました。でも、正直よくわかりませんでした。五〇〇年以上も前に大きな戦争があったと言われても、わたしにはピンと来ないのです。
キカイ、と言われるものが、その頃にはあったそうです。デンキ、というエネルギーを動力にして、キカイは動いていたそうです。デンキというのは、雷と同じものだそうです。
わたしは雷が嫌いです。お空がゴロゴロすると、怖くなって家の隅でプルプル震えてしまいます。そんな怖いものを使って巨人は動いていたそうですし、たしかに神様にしか思えません。
わたしは赤い花を集め終わりました。そして花飾りを作ったあと、ぐっすり眠って休みました。
お祭りの前日になりました。わたしは友達のレイレイちゃんと一緒にダンスの練習をします。
レイレイちゃんは運動神経はいいです。わたしよりもダンスがうまいです。わたしは振り付けをすぐに忘れてしまいます。
「もうちょっとリズミカルにヒザを動かしたほうがいいよー」
「うーん、でもー」
「途中のドラムの音、それをもとにするの。ほら、いちにさんし……」
「うー」
難しいですが何とか練習して何とかモノになってきました。とりあえず恥はかかなくて済むかな。
レイレイちゃんにありがとーと声をかけて、それから家に戻りました。
家ではママがシチューを作ってくれていました。お魚いっぱいのシチューです。
ママの作る料理はおいしいです。エプロンをつけて、どこかの歌をハミングしながら作っています。まごころを込めているのがわたしにも分かります。わたしもママみたいになりたいです。
パパとママ、それから弟のユーリと一緒にテーブルで夕食を食べていると
「カモメちゃん」とママが言いました。「カモメちゃん、明日のお祭り、緊張してない?」
「えっ、なんで」
「だって明日、カモメちゃんが12歳なって、はじめてのお祭りでしょ」
「うん、そうだけど」
そこでパパは口をはさみました。「やっぱり、気づいてなかったんだね。うん……でも、それで良かったのかもしれない」
「え、なにを?」
「明日のお祭りはね、
「セイジンノギ?」
「つまりね」ママは言いました。「カモメちゃん、明日でオトナになるの」
「えっ、どういうこと?」
「本当はしきたりで、
「えっと、去年がミーナちゃんでしょ。その前がポンくんとイユユちゃんで」
「そうだね」パパはうなずきました。「みんなは今、どこに居ると思う?」
「えっと、そのあと学校で見かけなくなった。他の島に行っちゃったって……」
「そうだよ、みんな旅立っていったんだ。それがオトナになったあとに、必要なことだからね」
「ちょっと待って!」わたしは混乱しました。「わたし、この島から出ていかなくちゃいけないの!?」
「うん……そうだよ」
「でも、わたしなにも……学校の先生も友だちも、なにも言ってなかったよ! 島から出ていかなくちゃいけないなんて……」
「それはね、カモメちゃん」ママが申し訳なさそうに言いました。「成人の儀のことをはっきりと
「そんな……そんなこと突然言われても、わたし……」
「カモメ、そんな怖いことではないんだよ」パパが言いました。「怖くはないけど、ちょっと大変で、ちょっと寂しいことかもしれない。パパもママも、12歳になって故郷の島から飛び出したんだ。ほとんど何も知らないままね」パパは思い出すような遠い目をしました。「そして旅をして、お互いを知って結婚したんだよ。あの頃は僕たち、まだ若かったね」
「そうね」ママは答えました。「15の頃ですもの……もう14年前になるのかしらね」
「ああ、そんなに
「ねえあなた、初めて会ったときのこと覚えてる?」
「えっと確か――」
そんなこんなでパパとママは思い出話に盛り上がっていました。でもわたしはそんな場合ではありません。
自分の部屋に戻って、ベッドで横になりました。
そんな……
せっかくのお祭りの前日なのに、まったく心が晴れません。
わたしはどうなるのでしょう? ずっとこの島で暮らせると思っていました。
でもわたしは、もうすぐ、島の外に行くことになるというのです。
パパやママとは、お別れになってしまうかもしれません。友だちとも会えなくなってしまって……。
なぜ急にこんなことになってしまったのでしょう?
今まで気がつかなかったわたしが悪いのですか? 神様が決めたことなのですか? どうしてこんなことに……。
「カモメちゃん、お風呂に入っておいでー」キッチンの方からママの声が聞こえました。返事をする気分になれず、布団をかぶってじっとしていました。
しばらくするとママが部屋にやってきました。
「カモメちゃん、お話があるの。ちょっと来てくれる?」
「……」
ママについていき、ママの部屋に入りました。ママは机の前に座り、引き出しを開けて何かを取り出しました。
手渡されたのは古びたアルバムでした。見開きに女の子の写真がありました。わたしと同じくらいの歳に見えます。髪は長く伸ばしていて、白いワンピースを着ていました。目が大きく可愛らしい顔立ちです。しかしその表情は、どことなく不安そうです。
「これ、もしかしてお母さん?」
「そう! ちょうど成人のときに撮った写真なの。私もね、旅立つ日はとっても不安だったな」ママは昔を懐かしむように言いました。「でもね、そんなに心配する必要はないのよカモメちゃん。この島の近くにもたくさんの島があるし、どこの島民も優しいのよ。だからね、カモメちゃんが納得のいく場所を見つけるまで、自由に旅していいのよ」
「でも、この島には帰ってこれないんでしょう? もう二度と会えないなんて」
「そんなことはないわよ」とママは答えました。「もし本当に旅に出るのがつらいなら、この島にとどまることもできる。でもね、カモメちゃん、ひとつの島だけでずっと生き続けるのは、とても
「でも、怖いものは怖いもん……」
「そうね、もし心配なら、一番近くのププルペ島に行くといいわ。そこならなにかあっても、すぐに戻ってこれるでしょう? そうやってちょっとずつ遠くの島に行けば、だんだん慣れてくるわ。わたしもそうやって、旅の仕方を覚えていったの」
「他の島に行って、受け入れてもらえるかな……」
「だいじょうぶ、みんな成人の儀について知っているわ。ほら、ご近所のアベルくんも、おととしに他の島からやってきて、今では家を建てたりしてるでしょ? あんな感じで気楽にやればいいのよ」
祭りの日になりました。
わたしの心臓はとってもバクバクしていて今にも胸から弾け飛びそうなほどです。心臓ってどうやって動いているんでしょうか。なんで勝手に動いちゃうんでしょうか。不思議です。止めることができるなら止めてほしいです。
気楽にやれるわけなんかありません。
わたしは
祭りはいつものように始まり、そして終わりました。
昼間は
そして、時間が来ました。
わたしたちは
到着したあと、わたしは服を着替えました。白くて、とても
祠の中は広いです。奥には巨人がいて、その前に
その祭壇の上には、
わたしは、
不思議と、もう緊張はしていませんでした。どちらかというと、ヘビさんに追い詰められたネズミさんが、自分の絶望にさえ絶望している――すべての意欲を
「では、よろしいですか?」
「……はい」
わたしはうなずき、それから盃に手を伸ばしました。
液体の表面にわたしの顔が反射します。
これ、本当に飲んでもだいじょうぶなのかな……。ちいさな不安がわたしの心を捉えます。
しかし、だからといってどうすることもできません。盃の水は、一気に全部飲み干さないといけないのです。そしてその間、誰もおしゃべりが許されていません。わたしも、それを見ている島民の皆さんも……。
意を決して、液体に口をつけました。ごくごくと飲んでいきます。ちょっと甘いような気がしました。なにかのジュースなのでしょうか。
わたしは液体を飲み終えて、それを祭壇に置きました。
これで、わたしもオトナになった、というわけです。
わたしはその日、ぐっすり眠りました。
でもこれで終わりというわけではありません。そう、わたしは次の日、旅立たなければならないのです。
目が覚めると、パパとママがリビングの椅子に座っていました。
テーブルの上にはかばんが置いてあります。わたしが眠っている間に、いろいろな物を用意してくれたようです。
「カモメ、体調はだいじょうぶかい?」
「うん、だいじょうぶだよ」
「カモメちゃん、朝食、何食べたい? ママ、好きなもの作ってあげる」
「えっとね、それじゃ、サンドイッチがいいかな」
ママはテキパキと料理をして、サンドイッチを作ってくれました。パンはふわふわで、中のレタスや卵は新鮮で、とっても美味しいです。この料理を食べるのが最後になるのかと思うと、わたしは自然と涙をこぼしていました。
「あらあら……」ママが
「ううん……」わたしは首を振りました。「そうじゃなくて……。美味しくて……美味しいから涙が出ちゃったの。もうママの料理が食べられないと思うと……」
「カモメ」パパが言いました。「儀式は儀式だけど、カモメはいつでも戻ってきていいんだよ。もし体調が悪かったり、この家が恋しくなったら、戻って来たって良いんだ」
「でも、旅立つのは絶対……なんでしょ」
「うん……そうだね、少なくとも最初は、別の島を訪れなくちゃいけないかな。なかなか他の島に
「…………」
「最初は難しいし、何をやったらいいのかわからないと思う。でもね、実際にやってみると、案外なんとかなるものだし、そんなに怖くないんだ。自分が世界で何をするか、じゃなくて、世界が自分に何をさせたいのか、って考えるんだ。そうするとね、自然と道はつながっていくものなんだ」
「パパの言ってること、よくわからない……」
「カモメちゃんは大丈夫ってことよ」ママがわたしの近くにきて、そしてわたしのことを抱きしめました。ママの胸はとっても柔らかくて、そして暖かいです。「ププルペ島にはいろいろと伝えてあるし、向こうのみんなもとっても優しくて、歓迎してくれるわ。みんな温和で、優しいもの。それにカモメちゃんは明るいから、すぐに打ち解けるわ」
「そうかな……ぜんぜん自信ないけど」
「自信なんて無くたって良いんだよ」パパは言いました。「自信なんて後からついてくるものだよ。むしろ、自信がないほうがうまくいくことなんてよくあるものさ」
「…………わかった。それじゃ、頑張ってみる」
わたしは家から出て、目的の場所に行きました。
そこは
崖の近くには、大きな台座があって、その
わたしの後ろには、応援に来たオトナのひとたちがいます。パパとママもいます。弟のユーリは来ていません。この場には、オトナだけしか集まれないからです。
ユーリには、旅立つことを伝えられませんでした。だから、眠っているユーリの
わたしは台座に立ちました。風が吹いていて、わたしの服がパタパタします。
ちょうど追い風になっていて、良い具合です。これなら、あまり体力を消費せずにププルペ島へたどり着けるでしょう。
わたしは後ろを振り返りました。そして、大きくお
もう、振り返りません。
どうせ旅に出るのなら、避けられない運命なら、一生懸命やってやるぞ、という気持ちが今の自分にはありました。
うまくいくかはわかりません。自信もありません。勇気もありません。
でも、それでもやっていこう。やっていくしかないのです。
お日さまが
絶好の、旅立ち日和です。世界のすべてが、わたしを待っている気がしました。
わたしは翼を広げました。
そして風にのって、高い空まで
気がつくと、一羽の白い鳥が、わたしに並ぶようにして飛んでいました。
その鳥は、わたしを励ますように小さく鳴くと、そのままどこかに消えてしまいました。
視界はどんどん広がっていきます。透き通った光が、海を照らします。
わたしは前を向き、風の音に耳を傾けながら、二つの青の境界に向かって、どこまでも飛んでいきました。
――これが、わたしの冒険の始まりなのでした。
【The Departure of Kamome-Chan】is over.
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