最終話 天海果音

 あのVRゲーム「シスターウォーズ!」をプレイした日から、5年の月日が流れた。


「先生、この度は『スペシャルスペルスペクタクル』の完結、お疲れ様でした」


「ありがとう」


 その後、僕が書き始めたライトノベルが出版されて、こうして出版社の会議室で編集者と打ち合わせをしている。


「今読者の間では異常な盛り上がりが起きています。小説は増版が間に合わないほどで、コミカライズの売上も上々。アニメ化の企画も着々と進行しております」


 僕のデビュー作は大々的にヒットを飛ばし、アニメ化の発表はネットニュースとSNSを大いに賑わしていた。


「嬉しいなあ……なんか小説家になったみたいだ」


「先生、まさかご自分が小説家ではないと思っていたのですか?」


「僕は書きたいものを書いただけだからね。それがここまで売れるなんて、お陰様だよ」


「『書きたいものを書いただけ』……そんなこと、外では言わないでくださいよ? 小説家志望の方々が黙っていませんよ」


「ああ、ごめん……嫌味に聴こえちゃうよね」


「まあ、私としては先生に書きたいものを書いてもらうだけで十分なのですが……そろそろ、次回作の構想も練っていただければと」


「そうだね。構想はあるんだ。少しずつプロットと設定を作ってるよ」


「期待しております。しかし、私としては前作に不満がありまして……正直に言わせて頂ければ、『スペシャルスペルスペクタクル』は95点の出来です。次回作はその辺を意識していただきたいかと……」


「95点! そんなに評価が高いの?」


「喜ばないでください。あとの5点の部分が大問題なのですから」


「……そんなに? どこが悪かったの?」


「この物語、最後に主人公のサイネスとヒロインのアカネイアが結ばれるじゃないですか? そこですよ」


「何が問題なの?」


「……私としては、サイネスと結ばれる相手に相応しいのは、ヒロインのアカネイアではなく……妹のマリンカだと思うんですよね」


「妹って……それはちょっとまずいんじゃないかな?」


「何がまずいんですか!? この世界では近親婚を禁じる法律なんてありませんよね? ファンタジーの世界なんだから、妹と結ばれるのも自由でしょう!?」


「そんな……それじゃ今までアカネイアがヒロインだと思ってたファンの方が……」


 その時、編集者のメガネの奥、黒い瞳がキラリと輝いた。


「マリンカのファンだって沢山います! この世界には妹好きの男性が大多数を占めているのですよ!」


「いやあ、大多数って……それは言い過ぎじゃないかな……果音カノン


「言い過ぎじゃないよ! 大体兄さんはいっつもいっつも他の女の子ばっかり構って、あれから私のことなんてちっとも気にかけてくれてないじゃない!」


「そ、そんなことないよ……果音カノンのことだってみんなと平等に……」


「平等? 平等ですって!? 私はそれが嫌なんだよぉ! もーっ! 兄さんのバカーッ!」


 ぶるるるるる……ぶるるるるる


 その時、果音カノンのスマートフォンが震え始めた。


「コホン……失礼、すぐに戻ります」


 果音カノンは電話を持って会議室を出て、廊下に場所を移す。


 ばさっ……


 僕は目の前にある、果音カノンが書いたアニメの企画書を手に取り目を通す。ヒロインのアカネイア役には湯崎ユザキこのみの名前が、妹のマリンカ役には星宮ホシミヤ澪織ミオリさんが名を連ねる。彼女たちは声優として様々な作品に参加し、その人気を確固たるものにしていた。そんなふたりをマネジメントしているのは由野ヨシノ悠季ユウキさんだ。悠季ユウキさんは天海アマミ家でメイドとして働く傍ら、きめ細やかなケアで彼女たちの実力を引き出している。


 ペラペラ……


 アニメの作画監督、キャラクターデザインを担当するのは月詠ツクヨミ燈彩ヒイロちゃんだ。彼女も果音カノンの編集によってマンガを出版し続けながら、僕の小説の挿絵、コミカライズはもちろんのこと、イラスト、アニメーションといった絵に関わる全ての仕事をこなせる器用さを発揮していた。


 ぶるるっ


 僕のスマートフォンに通知が入る。それは、「スペシャルスペルスペクタクル」のアニメ化への期待を寄せるファンの方々のメッセージだった。それは、SNS「メルクリア王国」の中で激しく取り交わされている。マノリアは、王女としてネット上にSNSという王国を築き、その運営に従事していた。そして、彼女の今の名前は、マノリア・天海アマミ・メルクリア。そう、兄弟姉妹制度で正式に僕の妹になったのだ。


「はい、天海アマミ果音カノンですが」


 そして、実の妹である果音カノンは、僕の作品の編集の他に、アニメやマンガ、ゲーム、いわゆるオタク的なジャンル諸々のプロデューサーとして幾多の作品を手掛けていた。彼女自身も、趣味の延長としてスマートフォン用のゲームを作成しては公開し、数々のスマッシュヒットを飛ばしている。そうそう、あのVRゲーム「シスターウォーズ!」で僕の妹になる権利書を勝ち取った彼女はと言えば――


「もしもし、珠彩シュイロだけど……」


「これはこれは、社長ではございませんか……わたくしめにどのような御用で?」


 廊下に出た果音カノンは、やけにかしこまった口調で電話に対応していた。


「そのわざとらしい喋り方やめなさいよっ! 果音カノン! 今、兄貴はどうしてるの?」


「いえいえ、わたしくなどが社長に無礼を働くことは許されませんからね。しかし、聞き捨てなりませんね……」


「なにがよっ!?」


「兄さんのことを兄と呼んでいいのは、私とマノリアさんだけでしてよ? 勝手に私たちの兄さんを取らないでくださいますか?」


「……ただの癖よ! 菜音ナオトはどうしてるのかって聴いてるの! これでいい!?」


「ふふ……先生は今、私と打ち合わせの真っ最中です。邪魔をしないでいただけますか? 社長」


「そ……そう、でもね、最近の菜音ナオト、以前にも増して忙しくなってると思うのよ……その……せっかく結婚したっていうのに……私のこと、あんまり構ってくれないような気がして」


 月詠ツクヨミ珠彩シュイロは僕の妻となり、出版、編集、アニメスタジオ、ゲーム開発、芸能事務所などを手掛ける企業、「ムーンライトエンターテイメント」の社長として手腕を振るっている。僕と果音カノン悠季ユウキさん、燈彩ヒイロちゃん、星宮ホシミヤさん、このみ、マノリアは、彼女の下で日夜活動に勤しんでいるのだ。果音カノンはみんなへの罪滅ぼしとして、珠彩シュイロにそんな会社を創ろうと持ち掛け、その資本金を捻出し、経営の基礎を築いた。


「そうですか? ご多忙なのは社長の方でしょう? ちゃんとお相手して差し上げてるんですか?」


「……ぐっ……だっておかしいじゃない! 夫婦なのに……えっと……一度もしてないのよ……?」


「……ぷっ……あはははははっ! 珠彩シュイロちゃん、じゃあまだ……なんだねっ? くくくくっ!」


「何がおかしいのよっ! そんなの別にいいでしょ? そういうことじゃなくて……はっ、まさか、あんた……」


「ん、どしたの? 何かに気付いちゃった?」


「まさか、まさかまさか、果音カノン、あんた、実の兄と……」


「あーっはっはっはっは! まさか、私のせいだと思ってるの!? 珠彩シュイロちゃん、そんなこと考えてたんだ……フフフフフッ」


「うっさいわね! 大体あんたは怪しいのよ! いつまでも兄貴にベタベタベタベタつきまとって!」


「兄妹ですし、編集者と作家だからねっ! そりゃ一心同体も同然だよ……でもね……珠彩シュイロちゃん、違うよ。それには訳があるんだ」


 果音カノンはメガネの奥の黒い瞳で窓の外、遠くを見つめ、口元に不敵な笑みを浮かべながら、ただ、珠彩シュイロの反応を待つ。


「な、なによ……早く教えなさいよっ」


「……それはね、兄さんがラノベ主人公になったからだよ」


 ――シスターウォーズ! 完――

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シスターウォーズ! マノリア @mitoco

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