最終章 LAST SISTER
第59話 真実
「兄さぁぁぁぁぁんっ!」
遠くから僕を呼ぶ声が聴こえる。目の前は完全な闇、しかし、それはすぐに眩しい光に変わる。
「兄さんっ! ねえ、兄さんってばっ!!」
真っ白な視界が徐々に晴れて行く。そして、目の前に現れたのは――
「……
「うん、私だよ。あなたの、兄さんの妹……
「僕の……妹。そうか、そうだったね」
目の前の少女は、銀縁メガネの奥に光る黒い瞳でうっとりと僕を見つめたかと思うと、黒いサラサラのショートカット振り乱し、僕を両手で抱き寄せる。
「おかえり……兄さん……よかった」
僕の首の後ろまで手を廻した
「ごめんね、兄さん……本当にごめん。大丈夫? 意識ははっきりしてる? 動ける?」
「えーっと……意識ははっきりしてるけど、その、動けない……これ、外してくれないか?」
そう、僕はあの時ゲームの中で映し出された時のまま、椅子に縛り付けられていた。腕も足も強靭なベルトでガッチリと固定され、僕の身体は完全に椅子と同化していたのだ。
「あっ! ごめんなさいっ! 忘れてた!」
「……おいおい、忘れてたって」
「あははっ、ごめんってば……」
「今外してあげるね……あ!」
「兄さんが抵抗できないうちに、しておきたいことがあるの……」
彼女が次に取った行動は僕が予想だにしなかったことだった。
「……んーーーっ」
バタンッ!
「兄貴! 大丈夫っ!?」
乱暴に開かれた扉の音と同時に、聴きなれた声が耳に響く。しかし、
「……って、なにやってんのよっ!」
僕と
「しゅいろ……!」
「しゅいろちゃん……!」
僕と
「あんたたち、兄妹で何やってんのよ!?」
「……ぼ、僕は知らないよ」
「うう、
残念そうに呟く
「あんた、今兄貴になにしようとしたのっ!?」
「……キス」
「はぁ!? バッカじゃないの!? 頭おかしいんじゃない!?」
さっきより更に激しい剣幕で迫る
「そんなあ……ただの挨拶じゃん。それに、
その時、一瞬にして
「……あっ、あれは……兄貴を引き留めるために……仕方なくよ!」
「あっ、あの……」
僕は言い争うふたりのに遠慮がちに声を掛けた。
「なによっ!」
「なにっ!?」
ふたりは同時に僕の方に振り返る。
「そろそろほどいて欲しいんだけど……」
「あ、そうだったね……」
「そうよね……早くほどかないと」
ふたりはいそいそと僕の身体を締め付けるベルトを解いて行く。
「はあ……」
数時間縛り付けられていた僕の身体は、思うように立ち上がることができず、
「本当に大丈夫なの?」
「うん、ちょっと体が固まってるみたいだけど、大丈夫だよ」
「兄さん……良かった」
「
僕はその声に振り返る。僕が縛り付けられていた椅子の背もたれの向こうに見知った顔があった。
「
僕と目を合わせた
「
「あの人、図書館の……お姉さんです」
「ん、兄さん、どうしたの? 恥ずかしいよぉ……」
「
「
「!……あのーそれは……えっとね……」
「そういえば
「いつも私と一緒にいてくれた、アホの子ね」
「ああ……そのことか……それにはふかーい訳があってね……あはは」
「ボクにも説明して欲しいな。ね、
「まいったなぁ……」
「小学5年生の頃、クラスメイトの子に、『お兄さんといつまでも仲がいいのはおかしい』って言われてね、それで、『そうなのか』って思って、悩んじゃって、兄さんと話したくても話せない日が続いてたんだ。そうしたら、兄さんがネット上に小説を投稿しているのを見付けた。私はそれを読むのが好きだった。それでね、ふと気付いたんだ。私と疎遠になったから兄さんは小説を書くようになったんだって。そう思ったら前より更に話しにくくなっちゃった。でもね、兄さんの小説があまり読まれていないこともわかってた。それは、兄さんの感覚が普通の人たちとズレてたからなんだろうね。だから、マノリアさんが兄さんの小説に感想を書いてくれた時は、自分のことのように嬉しかった」
「ほう……」
一瞬、マノリアと
「それで、中学に上がる頃、私はネット上に溢れているあらゆる情報を読み漁っていた。それは、兄さんが小説を書く力になれればと思ってのことだった。でも、やっぱり話しかけられない。それでね、かくれんぼを提案したんだ。見つかった時にスマホで兄さんの小説を読んでれば、それを契機にしてまた打ち解けられると思ってね。でも、兄さんは私を見付けてくれなかった」
視線を逸らしている
「私はその頃、視力が悪くなっていくのも感じていた。スマホの小さい画面を見続けた結果だろうね。だから、父さんにメガネを買ってもらった。兄さんはそんな私に、『目、悪くなったの?』なんて言って……そしたらなんか、兄さんが憎らしくなっちゃった。逆恨みだよね。私がひとりで勝手に近眼になったのにね……でも、心の中では兄さんが小説を書いていることを応援していたんだ。でも、兄さんは小説を書くのをやめちゃった」
「ごめん……」
僕の言葉が聞こえなかったかのように、
「それからずっと、兄さんがやることなすこと、全てが気に障るようになっちゃった。だから、小説を書くこと以外の創作活動に傾倒する兄さんが許せなかった。それで妨害していた。だけど、自己嫌悪も感じていた。だから、私は兄さんがみんなに読んでもらえる小説が書けるようにと考えたんだ……それでね」
「兄さん、それにみんな……私、謝らなきゃいけないの。実は私、嘘をついていた。家族や親戚のみんなは……事故なんかに遭ってないんだよ」
衝撃が走る。僕は
「
「
「な、なんでそんなことをしたのよっ! なんで居なくなったのよ!?」
「
僕は
「僕に足りなかったのは……経験だったのか……」
「そう、それを補うために、兄さんに急成長してもらうために、私はそんなことに手を染めてしまったんだ……」
「じゃあ、『兄弟姉妹制度』と『おひとり様税』っていうのも……」
「ううん、それは偶然が重なっただけ。政府の方針まで捏造することはできないからね。その偶然と、
「じゃあ、さっきの
「それは私が利用させてもらっただけ。
「勿体ないお言葉です」
「それで、なんで私がこんなゲームを考えたかって言うと……マノリアさんを追いかけて兄さんが居なくなっちゃうのは、流石に止めなきゃいけないと思ってね。ちょっと強引な手を使っちゃった」
「待ってくれ、
僕にはそれが信じられなかった。
「そうだよ。私、この街で隠れて暮らしながら、ゲームを作る勉強をしてたんだ。VRのシステムはうちの財力があれば容易く用意することができた。急造品だから、
「人の記憶を奪って、痛覚まで刺激するシステムを作ったっていうの……? あんたが?」
「ああ、あれはただ単に視覚と聴覚を使った催眠みたいなものだよ。痛いような気がするだけ。それに、記憶をコピーとか消去って言うのは完全に嘘なんだ。そんなことできるわけないじゃない」
「それにしたって……
「やだなあ、
「わ、私だって
「あんたは黙ってなさい。……信じられないけど、
「そうだね……
「その通りです。
「あんた、さっきから
「……
「だから、意味がわからないって言ってるのよ!」
「まあまあ、落ち着いて……」
なぜか言い争いを始めた
「あ、そうだ、
「なにこれ……『
「そうだよ。
「ふーん……私が兄貴の……妹にね。こんな細かい契約書、よく作ったわね」
「えへへ……」
ヘラヘラと笑う
クシャクシャクシャッ……
その紙を丸めて投げ捨ててしまった。
「いらないわよ。こんなもの」
「……またまたぁ、
「それは人として当然の倫理を重んじただけよっ!」
「あはははははっ!」
声を上げて笑う
「さて、
「そうだよ。私たちとおにいを弄んだ責任は重いよ?」
「あはは……あーはは……は、はい……ごめんなさい」
マノリアとこのみの不満に、
「まあまあ、今日の所は……コホン、
「「うん、ただいま」」
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