第58話 契約

 ガチャリ……


 聴きなれない音が、僕と珠彩シュイロ星宮ホシミヤさんの耳に届く。そして、僕はすぐさまその答えを知ることになった。


「光が……白くなった」


 そう、僕が置き去りにされていたそこは、実羽ミハネが言っていた"始まりと終わりの部屋"であった。そして、しばらくの間を置いて、耳慣れた声を僕は聴く。


「兄貴! やったわね!」


珠彩シュイロっ!」


 一目散に駆けつけてきた珠彩シュイロは、僕に抱き着いてくる。そんなこと、予想だにしていなかった僕は彼女を支えきれず倒れそうになる。


「もうっ、だらしないわねぇっ!」


「しょ、しょうがないじゃないか……」


 しばらく見つめ合う僕と珠彩シュイロ、しかし、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、僕から一歩離れ、そっぽを向く。


「……っと、時間制限があるんだったわね」


「そ、そうだね」


 僕は冷や汗をかきながら返す。


「どうやったら出られるのかしら? 兄貴は知らないの?」


「分からない……」


 そう答えた時、もうひとりが入室してくる。


星宮ホシミヤ……澪織ミオリさん!」


澪織ミオリ! やったわよ! あとはここからどうやって出るかだけど……」


「リフリジェレイター!」


 いつかのように氷の矢が珠彩シュイロの頬をかすめる。しかし――


「今回は、やれると思ったのですがね……」


 再び矢をつがえながら、星宮ホシミヤさんは珠彩シュイロに鋭い視線を送る。


「……ふんっ、そんなものに当たるものですか! それで、急にどうしたの? 私と……やる気なの?」


 放たれた二の矢は、肘を上げて背中を少し逸らした珠彩シュイロの腋の下を通り抜ける。


「やはり、私が……お兄様と脱出するのです! そして、果音カノン様に……」


「遊んでる暇なんてないって言うのに……仕方ないわね」


「アースアンカー!」


 星宮ホシミヤさんは珠彩シュイロの接近に武器を持ち替える。しかし、即座に構えた珠彩シュイロが放つ素早い斬撃は、星宮ホシミヤさんへと幾重にも傷を刻んで行く。そして、徐々に体力を奪われてゆく星宮ホシミヤさんの斧による攻撃は、全て回避されてしまう。


「どうやら、モンスターを倒し続けてきた私の方に分があるようねっ! あんたが相手してたのは雑魚の実羽ミハネだけだものねっ!」


「くっ……速い!」


 星宮ホシミヤさんはダメージを受けながらも斧を振るうが、その軌道上に珠彩シュイロを捉えることはできない。


「このままでは……やられるっ!」


「あんたが言ってたように、プレイヤーがひとりになるのが脱出の条件かもしれないわね! トドメよっ!」


 しかし――


 ズバーンッ!


「えっ……?」


 パリーンッ!


 光となって砕け散った星宮ホシミヤさんの後ろから現れたのは――


珠彩シュイロちゃん、悠長なことしてるからだよ……」


 星宮ホシミヤさんが居た場所から武器が散らばる。漁夫の利で星宮ホシミヤさんを下した実羽ミハネは、その中からひとつを拾い上げ、その名前を呼ぶ。


「グレートバリアリーフッ!」


 [実羽ミハネさんと堡礁盾ホショウノタテとの契約が成立しました]


「何っ!?」


 珠彩シュイロは瞬時に実羽ミハネに斬りかかるが、その攻撃は全て水鏡のバリアによって弾かれてしまう。態勢を崩しそうになりながらも、水鏡の反動をうまく受け流して攻撃を続ける珠彩シュイロ


「はっ! たぁっ! とぉっ!」


「無駄だよ、珠彩シュイロちゃん、こうなったらもう私の勝ちだ……!」


「何っ! 言ってん! のよっ!」


 強がりを見せる珠彩シュイロであったが、攻撃は全てノーダメージで処理される。


「このまま防御し続ければ、あと1分で制限時間が来て、私は菜音ナオトくんと添い遂げられるっ!」


「くっ! そんなに経ってたなんて……はああっ!」


 それでも攻撃の手を緩めない珠彩シュイロ。一瞬でも隙ができれば、そう願いを込めた刃であったが、実羽ミハネの身体を捉えることができない。その時僕は、足元に転がっている武器に目を落とす。


(これは……確か、光破銃ハカイノヒカリとか言われてたな……)


 一瞬、僕の頭の中を、妹を自称してきた女の子たちとの記憶が駆け巡る。悠季ユウキさん、星宮ホシミヤさん、燈彩ヒイロちゃん、このみ、そして――目の前で死力を尽くして戦い続ける――珠彩シュイロ


実羽ミハネは、僕が消えればみんなから僕の記憶も消えると言っていた。僕が世界から消える。それでいいのか? 彼女が僕を忘れるなんて……そんなのは…………いやだ!!)


 僕はその銃を拾い上げる。そして、グリップを両手で握り、引き金に指をかけて、砲身の先を防御に徹する実羽ミハネに向ける。


「……やめるんだ」


 僕のその言葉と行動に実羽ミハネは一瞬驚き、水鏡の向こうから僕を見つめる。


「ふーん、その武器、使えると思ってるの?」


 その口調には余裕が満ち溢れていた。しかし、僕はバリアの向こうに輝く、彼女の瞳に向けて言い放つ。


「もう、終わりにしよう……果音カノン!」


 [菜音ナオトさんと光破銃ハカイノヒカリとの契約が成立しました]


「……!」


 実羽ミハネの唇が微かに動き、何かを訴えている。しかし、僕はそれを見届けずに引き金を引いた。すると、白い光が一直線に伸び、一瞬にして実羽ミハネへと到達する。


「…………」


 光はグレートバリアリーフを貫いた。目の前の眩い光に照らし出された実羽ミハネは――笑っていた。それは、さっきまでの嘲笑ではなく、とても安らかな笑顔だった。そして、光は尚も突き進み、実羽ミハネの身体を破壊する。


 パリーンッ! ……カランカラン


 光となって砕け散った実羽ミハネは、サーキュレイターを残して消え去った。


「兄貴……! な、何があったの? 今、果音カノンって……」


 僕は、その手の中に抱いた銃のフレーバーテキストを読み上げる。


「カノン……光属性の銃、その光は、対象を完全に破壊する……」


「ねえ! 果音カノンがどうしたっていうのよ……?」


 柄にもなく狼狽える珠彩シュイロに、僕は憂いを湛えた目で応える。


「わからない。だけど、僕が果音カノンを止めなきゃいけないんだって、咄嗟にそう頭に浮かんだんだ……」


 地震は起こらない。説明の通り、実羽ミハネは完全に破壊されたのだろう。そして、白い部屋に残された僕と珠彩シュイロは呆然と立ち尽くしていた。


「それに、あの時実羽ミハネは……にい」


 僕が言いかけたその時、散らばった武器と、珠彩シュイロのブラッドレイン、そして僕が持っている、カノンがカタカタと震え出す。


「「うわっ!」」


 思わずそれを武器を手放す僕と珠彩シュイロ、すると、武器たちはふわりと浮かび上がり――


 キーンッ!


 耳をつんざく音を立てて、全ての武器が粉々に砕け散った。そして、その色とりどりの粒子たちは、部屋の中央で竜巻のように渦を巻く。それが徐々に収束し、光の渦の中で何かを形成して行く。


「これって……」


「……梯子?」


 武器の欠片たちが作り出したのは、いつの間にか天井に空いていた穴に続いている、七色の梯子であった。


「そっか、そういうことね……」


「……ああ」


 珠彩シュイロと僕は顔を見合わせて頷く。そして、僕たちふたりはの梯子を登って行く。珠彩シュイロを先頭にして。僕はいつか見た白い布地を再びその眼に映しながら、そのゲームがクリアされる瞬間を迎えるのだった。

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