第57話 攻略

「これなら……いけるかもしれませんね」


 リフリジェレイター、ファイアスターター、アースアンカー、ディスチャージャー、グレートバリアリーフ、5つの武器を手中に収めた星宮ホシミヤさんは、笑みを滲ませていた。


 一方僕は、珠彩シュイロと再会を果たし、彼女と再びダンジョンを彷徨い続けていた。


「結局、今何人残っているのかしらね」


「さあ、僕には見当もつかない……」


「うーん、こうやってモンスターを倒し続けても埒があかないのかしら……」


 その時の珠彩シュイロは、僕に向かってくるモンスターたち3匹を一瞬で全滅させつつ会話ができるほどに腕が上達していた。


「そうかもしれないね」


「何他人事みたいに言ってるのよ。あんたのために……」


「ああ、ごめんごめんっ」


「あれから実羽ミハネも何回か倒したけど、歯ごたえがないったらありゃしない。こんなゲーム、無料でもやりたくないわよ」


「まあまあ、そういうゲームじゃないからこれ……」


「しっ…… 足音、聴こえない?」


「えっ?」


 タッタッタッタッ……


 確かに聴こえる。戦いを乗り越えた珠彩シュイロは、認知能力さえも鋭く研ぎ澄まされているようだった。迫りくる足音に身構える珠彩シュイロは、すでに剣豪の域に達していたことだろう。


 ガタンッ!


「あんたは……星宮ホシミヤ澪織ミオリ! ここで会ったが……」


月詠ツクヨミ珠彩シュイロ!? アースアンカー!」


 星宮ホシミヤさんが構えるのを待たずに斬りかかる珠彩シュイロ。その目には怒りを滲ませる。部屋の色は青。赤く変化することのないその部屋で尚、ふたりは刃を交える。


悠季ユウキもやったのね……ふん、その武器のモーションなんてもう見切ってるのよっ!」


 星宮ホシミヤさんがダメージを受けつつ繰り出す攻撃を回避しながら、少しずつHPを奪って行く珠彩シュイロ。それに対し星宮ホシミヤさんは、逃げながらポーションを飲み干して武器を持ち換える。


「くっ……ディスチャージャー! グレートバリアリーフ!」


「マノリアも……!」


 その僕の言葉を意にも介さず、珠彩シュイロ星宮ホシミヤさんが繰り出す放電を掻い潜る。跳ねて転がって、素早く立ち回る珠彩シュイロに、星宮ホシミヤさんは防戦一方となってゆく。


「くっ……やはりあなたの動き、油断できませんわね……」


 星宮ホシミヤさんは、珠彩シュイロが矢をかわした時点で勝てないことを悟っていた。彼女はグレートバリアリーフに守られることしか選択できない。


「ふん、そうやって武器を集めて、どうしようっていうのよ? 私の妹を倒す必要なんてあったの?」


「それは、このゲームを攻略するため、お兄様を助けるために……」


「はあ? なんで燈彩ヒイロを倒すと兄貴を助けることになるのよ? 意味が分からないわよっ!」


 防御されていては埒があかないと感じた珠彩シュイロは、一度身を引いて星宮ホシミヤさんの出方を伺う。そして、星宮ホシミヤさんは悟り切ったように息を整える。


「ゲームの中で妹を倒されたくらいなんですか。私は……あなたに果音カノン様を奪われたのですよ?」


果音カノンを奪った? 私が?」


「そうやってしらばっくれて……やはりあなたとは、この世界でもこうなる運命だったのですね」


 星宮ホシミヤさんが意味ありげに呟く。その瞳は、氷のように冷たく光っていた。


「この世界? VR空間でってこと?」


「問答無用!」


 星宮ホシミヤさんは放電の槍を自在に操り連続で突きを繰り出す。珠彩シュイロはその攻撃を掻い潜りながら攻撃を加えようとするが、星宮ホシミヤさんはバリアを展開せずに盾で攻撃を捌き、更に高速で突きを繰り出す。その動きは先程までの彼女とは打って変わって、珠彩シュイロを追い詰めようとしていた。


「くっ……なにこいつ……何があったって言うの?」


 星宮ホシミヤさんは無言で珠彩シュイロを攻撃し続ける。その動きは徐々に珠彩シュイロの動きを捉えるように研ぎすまされてゆき、ついには珠彩シュイロのHPを削り始める。僕は目の前で繰り広げられる光景に突き動かされるように声を上げる。


「待ってくれ!」


 ふたりは動きを止めて僕の方を見る。


「これはゲームだろ? それにここは青い部屋、一度青くなった部屋が赤くなることはない。ふたりが争う必要なんてないだろう?」


「……確かにそうね。このゲームをクリアするのが目的だったわ」


「私は、何を……」


 冷静さを取り戻した珠彩シュイロ星宮ホシミヤさんは、己の行いを恥じるように俯く。僕はそんなふたりに問いかけた。


星宮ホシミヤさん、珠彩シュイロ、君たちは実羽ミハネを何回倒したんだい?」


「8回……」


「私は4回。あんな弱っちい奴、何度出てきても同じことよ」


「そう、弱いんだ。なんでゲームマスターとも言える実羽ミハネがそんなに弱いのか、考えてみようよ」


「それは、選んだ武器が……」


 星宮ホシミヤさんがそう言いかけて言葉を止める。


「うん、でもね、実羽ミハネは最初にあの武器を入手することを『知ってた』って言ってた。だったら、実羽ミハネが自分を倒させるのは罠だって思えない?」


「そっか、自分を倒さないと進めないっていう状況を作り出すことが、実羽ミハネの狙いなのかもしれないわね」


「あの風による吸引力も、そのためのこと……そして、日向ヒナタ実羽ミハネを倒した時の地震は……」


 僕の言葉に、珠彩シュイロ星宮ホシミヤさんはそれを裏付ける言葉を続けた。僕はその言葉を受けて、更に推論を展開する。


「そう地震だ。果てしなく広く思えたこのダンジョンは、実羽ミハネを倒すたびに部屋の位置が変わって色も元通り。再構成されていた。でも、プレイヤーの居る部屋自体には変化を起こさない。これによって、再構成されていることを悟られないようにしていたのだろう」


 星宮ホシミヤさんが僕のあとに続く。


「では、再構成される前に達成すべきことがある?」


「きっとそうね。部屋の床のスイッチを踏んで、出現したモンスターを全滅させると、青い部屋になる。じゃあ、全て青い部屋にできたら、何かが起こるのかもね」


 珠彩シュイロの声は少し期待を滲ませていた。


「それをさせないために実羽ミハネはわざと倒されていたと……分からないけど、やってみる価値はありそうだね」


 僕はその言葉と共に、ふたりの目を見る。


「では、日向ヒナタ実羽ミハネに見つかる前に、全ての部屋のモンスターを倒してしまえばいいのですわね」


「うん、それはそうなんだけど……そんな簡単に事が運ぶとは思えないわ」


「そうですね……一度見つかったら最後、彼女は自分が倒されるまで執拗に追いかけてくる。風による吸引力を使って」


「そう、それに、彼女は移動速度も私たちより速い。きっと、武器の特性によるものね。どうすればいいのかしら?」


 星宮ホシミヤさんと珠彩シュイロのふたりは交互に意見を交わす。そして――


「僕に提案があるんだ。ふたりで力を合わせて欲しい」


 こうして、珠彩シュイロ星宮ホシミヤさんのふたりは共闘することとあいなった。僕はといえば、エンゲージが起こらない青い部屋に残ることにした。


「兄貴、待っててね。じゃあ、行くわよ……澪織ミオリ!」


「待ってください。私は武器を5つ装備している。一度契約した武器は死ぬまで外せない。きっと、大量の敵が襲ってくることでしょう」


「わかったわ。じゃあ、私が先に部屋の中のモンスターを片付けて、青くするから、澪織ミオリはひとつ前の部屋で待っていて。勿論、実羽ミハネが来たら……わかってるわね?」


「ええ、承知しました」


 というわけで、ダンジョンの部屋をしらみつぶしに青くして行く珠彩シュイロ星宮ホシミヤさん。そして、ふたりの前に、当然彼女が現れる。


「あらあら、珠彩シュイロちゃんと澪織ミオリさん、いつの間にか仲良くなったんだね」


澪織ミオリ、頼んだわよ」


「ええ……グレートバリアリーフ!」


「ふふ、星宮ホシミヤさん、それで私を止めようってわけ? じゃあ、珠彩シュイロちゃんを狙うまでだよ!」


 素早くターゲットを珠彩シュイロに定め、駆け寄る実羽ミハネ、しかし、彼女が背を向けた相手、星宮ホシミヤさんは、冷たい眼差しで狙いを定める。


「リフリジェレイター!」


 ザクッ! カチーンッ!


 そして、氷の矢尻が実羽ミハネを襲う。実羽ミハネに突き刺さった矢は、実羽ミハネの全身を凍り付かせ、動きを完全に止める。


「ふぅ……凍り付いている時間はそう長くはないでしょう。早く片付けてきてくださいね……月詠ツクヨミ珠彩シュイロ


「わかってるわよ! そいつの足止め、頼んだわよ!」


 星宮ホシミヤさんは、リフリジェレイターで実羽ミハネに狙いをつけたまま珠彩シュイロを見送る。珠彩シュイロは素早く部屋を周り、モンスターを出現させては殲滅させていった。


「36部屋しかなかったなんてね……リセットされていたから気付かなかったけど、ただの6×6の正方形のマス目じゃない……ホント、捻りの無いゲームね」


 そんな悪態をつきながらも、珠彩シュイロはブラッドレインのHP吸収能力に頼ることなく、ノーダメージで次々と部屋を攻略していく。一方、星宮ホシミヤさんは――


「はっ!」


 ザクッ! カチーンッ!


日向ヒナタ実羽ミハネのHPはあと60%……早く片付けて、月詠ツクヨミ珠彩シュイロ


 珠彩シュイロは虫、獣、魚、鳥、人、どのモンスターに対しても、全く苦戦することなく勝利する。


「はっ!」


 ザクッ! カチーンッ!


 実羽ミハネのHPは残り20%。あと一撃でダンジョン全体がリセットされてしまう。その時――


 ガチャリ……


 聴きなれない音が、僕と珠彩シュイロ星宮ホシミヤさんの耳に届く。そして、僕はすぐさまその答えを知ることになった。


「光が……白くなった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る