第23話 誘拐
用意された馬車に乗り、ぼんやりと窓の外を眺める。みんな試合を見に行っているのか、昨日と比べると街には馬車も人も少ない。
まだ誘拐と決まった訳ではないけど、さすがのアルマンも靴を片方落として気付かないのはおかしい。そもそも靴を片方だけ脱ぐ状況ってどんなだ? 靴を片方落とす事で世界一有名なシンデレラは、急いでいて脱げてしまった。でも男用の靴はハイヒールと違って急いだくらいじゃ脱げないよね。
連れ去られる前に自分で脱いで、周りに知らせようとした……? あのアルマンが? ……咄嗟にそんな判断を出来る子ではあるまい。揉み合って脱げたんだろうな。どちらにせよやっぱり誘拐の線が濃いか……
でも、キスどきゅのアルマンに子供の頃に誘拐されたなんて話はなかった。シナリオ的に使えそうだし武勇伝にもなりそうなのに何でだろう。あたしが一緒に来るという、ゲームのカロリーヌが絶対にしない行動を取ったせいで変わってしまったんだろうか……
けどそもそも、現実のアルマンとゲームのアルマンが違い過ぎる。
ゲームのアルマンといえば、攻略開始時はめちゃくちゃ冷たい寡黙な俺様で、会話の第一声は「あ?」がデフォルトだった。でも下ネタが一切駄目という可愛い所があり、他の女子に目もくれずヒロインにだけ優しくなっていくギャップにときめいていた。
だけどヒロイン以外の女子には「あ?」がずっと続くんだよね。そうなると全ての女性を敵とみなしている感じだ。
今のアルマンは勝手気儘ではあるものの女だから見下すということはない。父親の姿を見てそうなるなんてあり得ないし、これから入学までの3年の間に何があったらああなるのかしら……
もしかして……今回の事件で女性不信になった?
困っている女性を助けてあげようとしたのに誘拐されて恐い目にあったら、トラウマになるのも無理はない。女性に親切にする気がなくなっても仕方ないわ。うわこれやっぱりあの女が犯人でしょ。
って、あの女がいる!
「止めて!」
あたしが御者に向かって声を張り上げると、馬車の後部に立ち乗りしているユーゴが中を覗き込んだ。
「どうしました?」
「いたのさっきの女が! あやしい奴! 馬車を停めてー!」
路肩に停まった馬車を降りて、御者の兵士に伝える。
「すぐ伯爵に知らせて応援をよこしてもらってください!」
「はい!」
「ユーゴは私と追跡よ」
「はい」
あたしはユーゴと、馬車から見えた場所を目指す。
「この道に入って行ったの」
馬車が通れるほどの幅はなく、せいぜい大人が3人並んで歩ける程度の幅の路地だ。2人で覗き込んだものの、女の姿はもうそこにはない。奥を見たくても道がカーブしているせいでどうなっているかが分からない。建物が密着して並んでいて、通り沿いには壁とドアしかない為、これより先に入ってしまったら隠れる所がなさそうだ。
「行き止まりになっているかも知れないから下手に入らない方が良いけど、通り抜けできる場合はそっちから出て行っちゃうかも……私ここで見張ってるから奥まで行って見てきてくれない?」
「それはできませんよ。お嬢様も攫われるところだったんですから1人にはさせられません」
「馬車通りで堂々と攫うって事はないと思うよ」
ユーゴは承服しかねるといった苦い顔で首を振る。
「……応援が来るのを待ちましょう」
「ここで逃がしたら手掛かりがなくなっちゃうよ……」
あたしの予想が当たっているなら、これが誘拐事件だとしてもアルマンが殺される事はない。ゲームのアルマンは当然生きていたし、半裸のスチルがあったけど特に傷跡があるという事もなかった。それに、騎士を目指しているアルマンが多少暴力を振るわれたとしてもトラウマにまではならないのではないかと思う。
にも関わらず、きっかけを作った女を恨み、全ての女性を嫌いになるとすれば、相当酷い目に遭うという事だ……だからここで手掛かりを失う訳にはいかない。
「アルマン様なら剣の心得がありますからまだ何とかなると思いますが、お嬢様が攫われたらどんな目に遭うか分かりません。これ以上は駄目です」
ユーゴは、あたしが武力で戦えないというだけでなく、あたしの純潔が散らされやしないかと心配してくれているのが伝わって来る。でも……
「どんな目に遭うか分からないのは女だけじゃないよ。男にだって可能性はある」
「!」
ユーゴの顔には『確かに』と書いてある。
「なぜかは言えないけど、今それがかなり高い確率で起こりそうになっているの」
「そんな……」
女性が1人で、暴れる12歳の男児を抱えて逃げるなんて不可能だ。だから必ず共犯の男がいる。そいつこそが、アルマンにトラウマを植え付けるのだろう。
あたしが恐れているのは……〝性的虐待〟
もしアルマンがその被害に遭った場合、性格上それを誰かに話す事は絶対にない。そう考えれば、ゲームのアルマンが誘拐されたこと自体を語らなかったのも納得なのだ。
あたしの表情を見て、切迫した危機を感じ取ったらしいユーゴは口を開く。
「分かりました……私が見てきますから、ここにいてください」
あたしは大きく頷く。
そうしてユーゴは走って路地に入って行き、すぐに戻ってきた。
「どうだった?」
「この路は行き止まりでした。でも途中で十字路があって、どちらへ行ったかは判断できません」
「ぬうう……」
ここで待っていればいつか出てくるかも知れないという希望的観測が消えた。もう既に取り逃がしている可能性もある。
「私が囮になるしかないか……」
「お嬢様!」
ユーゴの顔には『絶対駄目』と書いてある。
「女の狙いは貴族の子供だろうから、私が目に入れば絶対に食いついて来るよ。向こうから来てもらうのが1番早いわ。でもユーゴと2人で歩いていたら声なんて掛けて来ないでしょ」
ユーゴはジェイドバイン侯爵家の兵士の制服を着ているのだ。一緒にいたらどう見てもお嬢様とその護衛だ。
「関係のない輩が食いついて来る危険だってありますよ」
「だね」
それじゃ意味ない。ううう、もっと刑事物のドラマとか見ておけば良かった……
「どうすりゃいいの……」
「カロリーヌ嬢っ」
途方に暮れていたところへ背後から声が掛かった。
「伯爵!」
兵士を2人引き連れたシャルトエリューズ伯は息を切らしていて、走って来た事が窺える。
まさか本人が来るとは思わなかった。
「ここで例の女性を見たんです。でも見失ってしまって……ユーゴに見て来てもらったらこの先は十字路になっているそうです」
「ありがとうございます。後はお任せください」
シャルトエリューズ伯はそう言って、路地へ入って行く。
あたしも後に続こうとしたら、二の腕を掴まれて足だけ前に進んだ状態になった。その勢いのまま見上げると、ユーゴが首を横に振っている。
「ここで待ちましょう」
「えー」
非常に不満だと目で訴えたが、ユーゴの意向は固い様だ。
「ちぇっ」
ユーゴが心配してくれているのも、あたしが行っても何もできないのも分かっているので強行はできない。
「長官のお邸までお送りします」
路地を覗き込んでいたら、さっきまで乗っていた馬車の御者が戻って来ていた。
「ね、ユーゴはこのままここで見張りをしてくれない?」
シャルトエリューズ伯達は全員で入って行ったので、この場所から逃げられてしまう危険も残っている。
ユーゴの顔には『1人にするのが心配』と書いてあるものの、渋々頷いた。
「……分かりました」
そうしてあたしは馬車に乗った。
別荘に戻ると、早過ぎる帰りに別荘の使用人達とアメリーは驚いている。
「随分お早いお帰りですね。伯爵とアルマン様はご一緒ではないのですか?」
「それが……」
アメリーに問われ事情を説明すると、皆一様に顔色を青くした。
「ああ、お嬢様……」
アメリーの顔にはあたしが無事で良かったと安堵する表情が浮かんでいるものの、アムブロスジア家の使用人達の手前、言葉にはせず抱き締められた。
アメリーは元々は乳母なので赤ちゃんの頃は毎日抱っこされていたのだろうけど、物心がついて以降、抱き締められた記憶はない。普段はしないその行動で、あたしを大事に思ってくれているのだいうことが身に染みた。そして、ここへ来てやっと自分も危なかったのだと実感してぞっとする。
ひとまず玄関ホールのソファに座ると、執事に声を掛けられた。
「昼食はお召し上がりになられましたか?」
時計を見ると、とっくに昼を過ぎている。
「いえ」
「何かお持ち致しましょうか?」
「ありがとう。ここで頂きます」
「かしこまりました」
食事を頂いた後、そのままホールで何か連絡は来ないかと待つものの、誰も訪ねて来る気配がない。でも何かする気にもなれず、だたじっと正面玄関の扉を見ていた。
すると、馬の足音が聞こえてきて外に飛び出る。
邸の前に停まった馬からシャルトエリューズ伯が降りて来た。
「伯爵! アルマンは無事でしたか!?」
「はい。でも……」
続いて馬から降りたアルマンを見てほっとしたものの、伯爵の表情は冴えない。
「何かあったんですか?」
まさかもう手遅れだったとか……?
「アルマンを庇ってユーゴが怪我を……」
「え……大丈夫なんですか?」
「刃物で刺されてかなり出血しています」
「そんな……」
あたしが残って欲しいなんて言ったせいで……
「闘技場で待機している医師の所へ送らせました」
シャルトエリューズ伯は執事に視線を移す。
「闘技場へ迎えの馬車をやってくれ」
「はい」
そして再びあたしに視線を戻した。
「犯人たちに余罪がありそうなので、私はまた取り調べに行かなくてはなりません」
「はい」
「カロリーヌ嬢からの情報がなければ今も闘技場で手掛かりを探していたところです。アルマンを発見できたかどうかすら怪しい。本当にありがとう」
あたしが首を横に振ると、シャルトエリューズ伯は再び馬に乗り、去って行った。
アルマンに目を向けると、口をぎゅっと結び、目に涙を溜めている。
「何か酷いことされてない……?」
「手と足と口を縛られて転がされてただけ……」
見た感じ、変に怯えた様子はなく本当にそれだけで済んだみたいでほっとする。
「女の人に指輪を探して欲しいって言われて連れて行かれたの?」
「うん……ごめん」
絞り出す様な小さな声でそう言ったアルマンからは、罪悪感でいっぱいになっているのがありありと伝わってくる。
キャラクターとしては萌えたけど、ゲームのアルマンの性格がこの事件のせいで形成されたのであれば、ヒロインにしか心を開けない人間にも、困っている女性に手を差し伸べられない男にもなって欲しくない。
「相手の良心を利用して悪事を働く奴が悪いんだよ。ユーゴのことはアルマンのせいじゃない」
アルマンは俯いたままぽろぽろと大粒の涙を零す。
「親切にする事が悪いんじゃないの。〝あの女〟が悪いだけだからね。ユーゴには、ごめんじゃなくてありがとうって言ってあげて」
腕で涙を拭いながら、アルマンは頷いた。
ユーゴに謝らなければならないのはあたしの方だ。
「あの、ユーゴの所へ行きたいんですが、馬車に乗せてもらえませんか」
執事にそう言うと、少し困った顔をして口を開く。
でもその声はアメリーの声にかき消された。
「なりません!」
「アメリーお願い、ユーゴを迎えに行かせて」
アメリーは厳しい表情で首を大きく横に振る。
アメリーはあたしの傍を離れたことを酷く後悔し、自責の念に駆られている様に見える。そして、これ以上危険な目には遭わせないという信念の様なものを感じる。
あたしはアメリーの目を見て、落ち着かせる為の言葉を選んで口にする。
「アメリー、私は大丈夫。確かにアルマンを攫った女に声を掛けられはしたけど、それがあったからアルマンを見付けられたんだよ。もしアメリーが一緒に来ていたら女が私に声を掛ける事はなかっただろうから、全部これで良かったの。それに犯人は伯爵が捕まえてくれたからもう危険な事はないよ。あのね、ユーゴに残って欲しいって言ったのは私なの。だからここで待っているだけなんて無理。アメリーなら分かってくれるよね?」
「……でしたら、私も参ります」
「俺も行く!」
ぎょっとしてアルマンを見ると、執事に早く馬車を出せとせがみ始めた。
「ちょ、アルマンはここに居なよ」
「俺はお前より強いからお前のことは俺が守る!」
ユーゴの代わりにという意味なんだろうけど、ぶっちゃけ足手纏い感が半端ない。とはいえアメリーにもう危険な事はないと言った手前、危ないから来るなとは言えない。
執事は言い出したら聞かないアルマンをよく知っているのか、何も言わず馬車と護衛の兵士を手配してくれた。
あたし、アルマン、アメリーの3人で馬車に乗り、闘技場を目指す。
「アルマン、勝手にどっか行ったら駄目だからね? 絶対だよ」
アルマンは口を尖らせて頷いた。
悔しいけど、さっきまで好き放題やっていたので言い返せないといったところだろう。
「それで、ユーゴはどんな状況で怪我をしたの?」
「お父様達が部屋に入って来て、そしたら犯人の男が俺の首にナイフを当てて下がれって。そのまま外に出て大通りまで連れて行かれたらユーゴがいて……」
うわ……あたしがその場にいなくて良かった。犯人に出くわして盾がもう1つ増えるところだった。
「そいつはユーゴが投げ飛ばしたんだけど、近くに停めてあった馬車から別の奴が飛び出してきて、ユーゴに引っ張られてぎゅっとされたらユーゴが刺されてた……」
よく分からん。
「……刃物でかかって来られて、ユーゴがアルマンを抱き込んで身体で受けたという感じ?」
アルマンはこくりと頷く。
「ユーゴはどこを刺されたの?」
「背中から横にかけてすごい血が出てた……」
そしてアルマンは眉を寄せてまたうるうると目に涙を浮かべた。己の非力さが悔しいのだろう。ここで変に声を掛けてもプライドを傷つけるだけになりそうで、そっとしておくことにした。
闘技場に到着すると、競技が全て終わったのか観客で混雑している。
あたし達はアムブロスジア家の兵士の案内で人の波に逆らって中へ入り、救護室に到着した。
おかまバーのチーママが悪役令嬢に転生したので恋をします 愛桜 @kyoka9
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