アンマッチ

とまと

第1話  プロローグ

 俺の名前は木村タロウ、自分で言うのもなんだが文武両道、容姿端麗とかなりの優良物件。学生時代は生徒会長を中学1年から高校3年まで勤め上げ、学校側へ通した制度は数知れず。所属する剣道部では、部長として3年連続全国大会へと導いている。

 

 自慢話の様に聞こえるが女に困った事も無い。実際に付き合った事は無いが、常に遠巻きのファンが多数いた。一流大学へと進学すると【木村タロウを愛でる会】なるファンクラブまで存在したくらいだ。


 大学を卒業すると、俺は一流企業の内定を蹴り、5年間世界中を旅して回る。そんな折1人のカメラマンと出会う、彼はあらゆる国や地域へと赴き、世界の表と裏を写真に納めていた。彼とは不思議と気が合い、彼の思想や捉え方に惹かれていく。2年程一緒に旅をするうちに彼が日本の秘密組織に所属している事を知り、俺は3ヶ月の期間を要し組織への紹介を約束させた。


 日本へと戻り、俺は今まで築き上げてきた全てのモノを捨て去り秘密組織に身を置く事となる。


 組織に所属し3年程が経ったある日、俺は彼女と出会った。



 私の名前は川町ハナコ、子供の頃は母と共に海外を転々とする生活を送る。変わる言語、変わる学校。仲良くなる友達とは袖が触れ合う様に僅かな時で離れていく。幾度の別れを経験し、人と親密になる事を避ける様になる。


 日本に帰って来たのは私が17歳の誕生日を迎えた直後のこと。仕事がひと段落ついた母に「お父さんに会いに行こう」と言われ帰国した。日本に着いて直ぐに向かったのは父の眠る墓地、その時初めて父が既にこの世にいない事を知る。父は日本の秘密組織に身をおき、任務の最中に命を落としたと聞かされる。私は漠然とした父の背中に憧れを抱き、勉学に没頭する学生生活を送る。


 一流大学を卒業した私は、様々な護身術を身に付けるべく4年間世界中を駆け回った。

帰国した母に、父や母と同じ道を歩みたいと組織への参加を願い出た。



 彼と出会ったのは5月のころ、小雨の降る公園でした。



第2話  アンマッチ


 小雨の降る公園の中、背中合わせに置かれた2つのベンチに3人は居た。中年の男性と若い男が並んで座り、後ろのベンチには若い女性が座っていた。


「この子はなぁ〜、俺が世話になった人の娘さんだ、おめぇ今日からこの子の教育係なったから、しっかりと教えてやるんだぞ」


 若い男の肩を叩き中年の男は立ち上がる。


「まあ、新人にはちょうど良い任務だ、しくじるなよ」


 中年の男が座っていた場所には、茶色い封筒が置かれていた。封筒を取り、上着の内ポケットに入れる。そのまま胸のポケットからタバコを取り出し火を着ける。


 雨を縫う様に青白い煙が空に消える。


「今日からよろしくお願いします。川町ハナコです」


 背中越しに挨拶の言葉が聞こえてくる。


「おいおい、お前本名じゃないだろうな。俺たちの仕事は敵が多い、どこで誰が聞いてるか分からないんだぞ」


 そう言って煙を深く吸い込む。


「申し訳ありません、ではコードネームで呼び合いますか?」


 げほげほっと吸った煙を吐き出す。


「どこの映画の世界だよ、俺たちは大抵名前から一文字とって呼んでる。川町だと『かわ』とか『まち』とか……どっちもシックリこねぇな。まぁお前は『はな』で良いだろう」


 タバコを携帯灰皿で消しながら後ろを振り返る。


「分かりました。そちらは何と呼べば宜しいですか??」


 この時初めて2人の目が合う。一瞬の間を置き男が喋る。


「あぁ、俺の事は『先輩』って呼べ。」

(あれっ、どんなアホ面かと思ったら整った顔してるじゃねーか)


「はい、先輩。それで先程の封筒には何と書かれていたのですか??」

(あら、声の印象より若いのね。それにしても落ち着いた良い声……)


「そんなモン後だ。とにかく今は鬱陶しい雨から逃げるぞ」

(この子の声で呼ばれる『先輩』、悪くない……)


 2人は立ち上がり並んで歩く、横に立つと背の低いハナとの差が際立つ。公園を出て直ぐに古びた喫茶店があった。タロウはドアを開け、顎をしゃくり先に入るよう促す。


(あらっ、無骨な性格かと思ったら意外と紳士的なのね)


 会釈し、入る。横を通る時、ハナからフワッと柔軟剤の香りがする。思わずドキッとしてしまう先輩。2人で1番奥の席に着き珈琲を注文する。飲み物がテーブルに置かれると、タロウはポケットから封筒を取り出し広げる。身を乗り出して覗き込むハナ。


「暗号文ですね!何て書いてあるのだろうシーザー暗号でしょうか?それとも上杉暗号……」

(あっ、思わず顔を近付けちゃった!!男の人にこんなに接近したのは、高校生の時以来??でも急に離れると変だし……タバコ臭いかと思ったら良い匂い……ボディソープかしら?)


「ははっ!ばーか、こりゃクロさんの字が汚えぇだけだ」


(天然ですか!?天然娘さんですか!!?距離感も近いし、ドキドキするじゃねーか!ここで引いたら女に慣れていないって思われそうだし……思わず『バカ』って言っちゃったよ!!)


 バカと呼ばれ、恥ずかしさも合間って膨れ面になるハナ。どかっと背もたれにもたれ掛かる。


「申し訳ありません、早とちりしました。『クロ』さんとは先程の方でしょうか?」


(バカバカ私のバカ!初任務に舞い上がってるのね!きっと呆れられてしまったわ……)


「あぁそうだ、苗字が黒澤で、周りからクロさんって呼ばれてる」


(あれっ?怒ってる??やっぱ会ったばかりなのにバカ呼ばわりは無いよな……くそう、謝り方が分かんねぇや……)


「先輩は何と呼ばれているのですか??」


(何聞いてるの合コンじゃないんでから!?さっきの任務内容について質問しなさいよ私っ!)


「俺はまあ何だ、タロウだから『タロ』って呼ばれている」


(タロウって名前言うの嫌なんだよなぁ……ありきたりだし、こんな可愛い子には知られたく無かったな。まぁ怒らせちゃった後だし、無視してこれ以上嫌われてもな)


「では私もタロさんと呼ばせていただきます」


(何でよ!何言ってるの私っ!!)


「ああっ!先輩って呼べって言っただろ!何勝手に変えてんだぁ?」


(あぁ、また嫌な態度を取ってしまった……

だって、だって『先輩』呼び最高だったんだもん。タロさんなんて……タロさんなんて……………良いっ!!!)


「私がタロさんの事を尊敬出来たら、敬意を表して『先輩』と呼びます」


(バカバカ私のバカ!新人の癖に何を偉そうに言ってるのよ!こんな態度とってたら嫌なヤツって思われるじゃない!)


「はぁ?何言ってんだよ。まぁ呼び方なんて何でも良いがな」


(怒ってるぅぅぅぅぅう!!やっぱり怒ってらっしゃるぅぅぅ!!クソっ何新人相手に焦ってるんだ俺……お前は女に振り回される様なヤツじゃないだろ!)


 2人は同時にコーヒーを飲む、2人とも砂糖もミルクも入れない。


「ほうっ分かってるな、コーヒーはブラックが1番香りが引き立つ。お子様にしては上出来だ」


(機嫌直してもらおうと褒めたつもりがお子様って!バカの次はお子様呼ばわりしちゃったよ俺!くうぅ!モヤモヤする!!何でこんなにモヤモヤするんだよ!!?)


「私のは体調管理の一環です」


(もうっ!折角同じ好みだったのに!これじゃ私ダイエットの為にブラックにしてるみたいじゃない!どうしてこんなに感情を揺さぶられるの、心臓の鼓動も早いし……どうして?)


 優秀な2人、自己分析の能力にたけ、答えを導き出すのにそう時間は掛からない。


タロ (あっ、これが恋?)

ハナ (あっ、これが恋?)


時の流れが止まる店内、沈黙が2人を包み込む


『それで……』


 タロとハナ、2人同時に話し会話が止まる。


「何だ?お前が先に言え」


(バカ⇨お子様⇨お前=はい嫌なヤツ確定!!

なーーにーーをやってんだ俺!!優しく、優しくするんだ俺っ!あぁでも急に優しくすると下心があると思われるのか??)


「お先にどうぞ。普通男の人がリードするものでしょう」


(ないから、会話のリードが男からなんてルール無いから!!どうにかしてこの悪い流れを変えなくちゃ!せっかくこんな素敵な男性に出会えたんだもん!)


「あぁそのあれだ、この仕事は危険が多い。もし相手と戦闘になった場合、その細い二の腕で倒せるのか?」


(よっし!ナイス質問俺!ここで俺の得意な剣道の話に持っていき、いかに俺が頼れるナイスガイかアピールする事が出来る!!)


「はい。大学卒業後世界を巡り、エジプトでセベッカ。スーダンにてヌバ棒術、チェニジアに渡りグレッシュを体得しオランダのボルステル。ドイツでカンプフリンゲンを学び、台湾で孫臏拳そんぴんけん、アメリカに渡り銃火器の使用をマスターしました。」


(よっし完璧!ああ、やってて良かった格闘技!!私は高飛車な女じゃなく、頼りになるパートナーなんですよ!!あっ、パートナー……/// )


「へー、なかなか良いじゃないか。まあ数やりゃ良いってもんでもないがな」


(ああ良かった!剣道の話し先にしなくてっ!!それにどんな格闘技なのか全ぜーんわっかんね!!何でそんなマイナーな武術やってんの!?ミステリアス最高かよっ!可愛い見た目だけじゃなく努力家なところも二重丸じゃないか!)


「タロさんこそ、肉体派の様にお見受けしますが、頭の方は大丈夫ですか??」


(もう!私ったら、頭大丈夫なんてバカにしてる様な言い方してっ、でも大丈夫……格闘技ではダメ出しされたけど、頭脳の方には自信あるんだからココで良きパートナーアピールしなきゃ!……良きパートナー/// )


「ああ〇〇大学を首席で卒業した」


(肉体派ってマジマジと俺の身体見てるの??ヤバイゾクゾクする!こんな感情初めて♡

それにしても、もっとアピール出来る事いっぱいあるのに、変な声出そうになっちゃって切り上げてしまった!)


「そうですか、そこそこですね」


( 凄い……決して私も引けを取らないけど。サラリとした言葉の中に、隠し切れない優秀さが滲み出ている。なんてカッコいいの!)


 外は雨、カビたエアコンの匂いと、スッとしたコーヒーの香りが店内を満たす。


「まぁ、お前が死ぬまで面倒見てやるよ。ついて来いブス」


「その前に、そちらが先に死にそうですけどね!」


タロ・ハナ(♡)






 熱い緑茶を注ぎ、くたびれた椅子に腰掛ける。口に含み香りを感じた後、喉の奥へと流す。


クロ「ふぅ〜、あいつらちゃんと読んだかなぁ……」
















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