銀杏の子

燈 歩

銀杏の子

「あぁ~っ、もうやだ! なんでここは銀杏落ちてるの!」


 ここは銀杏並木の美しい公園です。ずらりと並んだ大きな銀杏が、鮮やかな黄色いドレスで着飾っています。


「ふん、ぼくたちをふんづけるのが悪いんじゃないか」


 樹上ではまだまだ鈴なりのギンナンたちが好き勝手なことを言っています。


「ぼくたちはふんづられる運命なのかな」


「好きで嫌われ者になってるわけじゃないのにね」


「なんだよもう、ギンナンになんて生まれたくなかった」


 今日は一段と不満の声が多いです。


「わたしのかわいいぼうやたち、そんなことをお言いでないよ」


 母なる銀杏がさわさわとその黄色を揺らしながら、たしなめています。


「あなたたちの個性や生まれた場所を悪く言ってはいけませんよ。理不尽なことは、そりゃ数えていたらキリがありません。だけどね、わたしはあなたたちにこうして会えたことが幸せですし、あなたたちが旅立っていくのが、少し寂しくもあるのですよ」


 言い諭すように、母なる銀杏が言葉をかけていきます。


「そんなこと言われたって、ねぇ?」


「でも、ぼくたちを好きな人だって世の中にはいるって聞いたよ」


「ああ、毎朝見かけるほっかむりのおばあちゃんとか!」


「ぼくたちをたくさん拾っていくけど、どうするんだろうね?」


 ギンナンたちはまた好き勝手なことばかり口にします。


「ぼくたちを飾るのかな?」


「飾る? どうして?」


「ひとつひとつ、かたちが微妙に違うだろ? それを見て喜ぶとか」


「いいや、ぼくたちのことを人間除けとかにするに決まってる」


「人間除け? どうして?」


「下に落ちたぼくたちは、人間にはとんでもない臭いに感じるんだろ? だから、ぼくたちをたくさん集めて、畑や玄関先に撒くのさ。嫌がらせの一種だね」


「そうかなぁ。ぼくは食べるんじゃないかなと思うよ」


「食べる? どうして?」


「ぼくたちみたいに木に生るものは動物も人も食べるじゃないか。臭いは、そりゃすごいのかもしれないけど、それがクセになる人だってきっといるんだよ。ぼくたちって、どんな味がするのかな」


「えー、食べられるの嫌だな。ここじゃないどこかに、ぼくたちを植えてくれるんじゃないの?」


「植える? どうして?」


「だってぼくたちの母さんはこんなに美しい色をしているんだよ。その姿を見るために、この公園にだって人間がやってくるんだから、銀杏の木でいっぱいの場所を作ろうとしてるに決まっているさ」


「そうなのかなぁ」


「どうなんだろう」


 その時、強い風が吹き抜けました。


 こんもりとした黄色も、その陰に生っているギンナンも、風に煽られて大きく揺れています。


「母さんの黄色がまた空を飛んだぞ」


「本当だ、綺麗だね」


「あれ? さっきのギンナンがいないぞ?」


「あいつも風に乗って飛んでいったんだね」


「ぼくの番はいつになるかな」


「母さんを離れる時って痛いのかな」


「自由になるんだぜ。気持ちがいいはずだよ」


 風が止めば、またおしゃべりなギンナンたちは口を開きます。


「その時が来るのが分かれば怖くないのにね」


「その時が来るのが分かったって怖いまんまだよ」


「突然来るから面白いんじゃないか」


「ぼくはそんなふうには思えないなぁ、ずっと母さんと一緒にいたいもの」


「生まれてきたからには冒険しなくちゃ勿体ないだろう?」


「冒険なんかしなくても、ぼくはいいよ。そのまま、ぼくに起きることを眺められればそれでいい」


「どこか遠くに行ってみたいよね。母さんがいない景色はどんなだろう」


「嫌われるならとことん嫌われるよう、イジワルしてみたいなぁ」


「えー、ぼくはちょっとでも多く好かれたいと思うのに」


 ギンナンたちのおしゃべりは止まりません。


 秋の公園は今日も賑やかです。

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