第5話 幼馴染み
アイツというのは幼馴染みの『イリナ・ジュエリー』である、冒険者としてこの国を出て行ったのは覚えているけど、あれから何年経ったんだろうか?
(最後にアイツが旅に出たのがいつだっけな……)
ダメだ、思い出せない、それぐらいは期間が空いている。兵士はここで待っていればいいと言っていたので俺達は軽く話をしていると、遠くからイリナがこちらへと向かってきた。俺は手をあげて挨拶してみる。
「よ、イリナ」
「変わんないわね、ネリス」
「お前もな……いや、少し胸が大きくなったか?」
「うわ、さいてーっ」
相変わらず元気そうなその姿に俺はちょっぴりと微笑む、イリナは腰辺りまで伸びた赤髪をサッと手で撫でてはどこか余裕のある顔を見せる。背中には丸太を両断出来るのかと思うほどの大きな剣を背負い、胸当てにはこの国の紋章が刻まれており、首周りに銀のチョーカーを身につけていた。
「お兄ちゃん、この人は?」
そうか、イリナの事は向こうの地区しかみんな知らないよな。
「彼女がイリナ、シュテッヒ騎士団の副団長をしているんだ」
イリナは一瞬タルトを見て俺の方へ向くと、疑うようなジトーッとした目で尋ねてくる。
「ええ、ネリスひょっとして妹いたの?」
「なわけないだろ、タルトはその……」
「その、な、なによ? まさか――」
生き倒れていたところを助けてもらった、なんて言うとイリナは俺を心配するかもしれない、ここは嘘をついておこうかな。
「友達だよ、命を救ってくれた恩人」
「そ、そうなの」
良かった納得してくれた。
「あ、えっと!」
あわあわと俺達を見るタルトにイリナは腰を少し落として両手を肩にかけた。
「大丈夫? 変な事されてない?」
いや何もしてねえよ、真っ先に疑われるのは心外だな。まあイリナの事だし冗談で言っているんだろうけど、それぐらいは……えーっと、もう何年の付き合いになるだろうか? 少なくとも10年以上の仲である事は間違いない。この国で貴族として生まれたイリナは貧民の俺を見てはお金や食べ物を恵んだりと、ハッキリ言って助けてもらった回数は計り知れない。
もちろん受けた礼を返した方がいいのはわかっているけど、全てイリナが断ってしまい俺もなんだかんだ返すのは
(でもイリナの弟さん、見た事ないんだよな)
ぐうう……。
また腹の音が鳴った。それを聞いたイリナは呆れる素振りで「また腹減ってるの?」と問いかけてくる。まあせっかく【トルム地区】に来てくれたし、飯でもおごってもらおうかなと俺はチラリとイリナを見て軽く要求をしてみた。
「なあ、イリナ……」
「ネリス、会う度に私恵んであげてるよね? もう何回目だと思ってるの?」
「あっと……えっと、ダメ?」
「少しは自立しなさい……っての!!」
イリナは俺の耳を指で掴み、上へ下へと引っ張ってくる。
「あいたたた! わかった! わかったって!!」
いってえ、耳が千切れたかと思った、というかイリナの言う通りこのままじゃダメだよな、1人で自立出来ないとこの先生きていけるかも不安だ、俺ももう15歳なんだし。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「あ、悪い。ありがとう」
タルトはよしよしと赤くなった耳を触ってくれた、そうだ、俺が変わりたいと思ったのはタルトと出会った時からだ。今も『変わりたい』と強く望んでいる。男に殴られたときだって自分の事を『情けない』と思った。それは嘘じゃない、俺は強くなりいんだ。
精神的にも肉体的にも今より俺はもっと強くなりたい。
「じゃあ、この辺の酒場でも行くわよ、タルトちゃんも来る?」
イリナは腕を組んではあとため息1つ吐くと、幻滅したような顔を俺に見せてからすぐにパッと切り替え、お腹を空かしていたタルトを誘う。
「いいの!? 行くーっ」
俺の時と対応が違い過ぎるだろ、ぴょんぴょんと跳ねながら嬉しがるタルトはイリナと手を繋いで2人仲良く酒場へと行ってしまった。取り残された俺はふと、夕焼けの空を見上げながら左手を空に向けてみる。
「剣術とか魔術とか、冒険者のイリナに学んでみようかな」
努力するきっかけはタルトと神様からもらった、なら何かを目標に頑張ってみようかな、15年俺は今まで何もしてこなかった、だからどれもこれも得てこなかった。だから全力で1つの事を頑張ってみるのもいいかもしれない、俺の空っぽな人生に中身が入っていくのかも、そう決意した俺は空を掴むようにギュッと拳を握る。
「なにしてんのネリス、置いていくわよーっ!」
イリナの呼ぶ声が聞こえたので視線を下げると急かすように手を振っていた。タルトもぴょんぴょんとして手を大きく左右に振っていた。
決めた、俺は変わるんだ。
頼れる男になりたい――。
◇ ◇ ◇
酒場へ入るとまず目についたのは大量のテーブル、材質は木で作られており、獣族、そしてドワーフ達が酒を飲みながら話に花を咲かしている。そのうちの1つが空いていたので俺が先に座ると、対面にはタルトが座りその間を挟むようにイリナが座った。俺はタルトに救われた経緯をイリナに話すと、「ふーん」と腕を組んで感心した表情をする。
「ネリスって恩を感じたりもするのね、意外」
「まあ、な……」
イリナが抱く俺のイメージ像というのはめちゃくちゃ酷そうだな、そりゃ毎回何かを恵んでもらっていたらそうなるか。
「というか前から言おうと思ったんだけどね、食い方はどうにかならないの? 手掴みせずフォークとか使いなさいよ」
「なんだよフォークって」
「これよこれ!」
そんなピッピッて強く指差されてもなあ、第一どうやって使うんだよこんなの、俺は「わかった」ととりあえず言ってから食べ物を掴むとイリナは呆れた表情で「もういいわ」と言った。いや別に食えるんだったら食べ方なんて何でもいいと思うんだけどな、イリナは細かすぎるんだよ。
「イリナさんありがとう!」
食べ物を口に入れすぎたのか、小動物のように頬を膨らませたタルトはもごもごとイリナにお礼を言うと、満更でもなさそうなニヤッとした表情をしてなぜか俺を見た。一体何を求めているんだよ、というか食い方は俺と一緒なんだからそこは指摘してくれ、どうして俺だけなんだ。
「ねえネリス~?」
「んん?」
「こんな純粋
よくわからないがイリナは嬉しそうに肘をピシピシと当ててくる、今日一番でどう返していいかわからない行動だ、捕まえるも何もタルトは俺にとっての恩人だ、それ以外特にない。
「えへへ……」
……と思っていたがその言葉にタルトは下を向いて照れていた、女の子の心境ってのはよくわからないけど、タルトにとって好意的に見られているのはわかった。だからこそ俺はとぼけたフリをしようと思う、なぜかと言うと俺は誰かを愛した事も愛された事もない、つまりこの状況をどうしていいのかわからないんだ。
「え、ちょっと待ってネリス、本気にしてるの?」
俺はポリポリと頭をかき、適当な場所を見ていると何かに勘付いたイリナは目を驚かせながら俺に尋ねてくる。いや、さっきからイリナの感情がよくわからないんだけど、そしてタルトはタルトで俺の言葉を期待して待っている。
「え、なにが?」
「いやだから、さっきの話よ」
「ああ、タルトにはいつも感謝してるよ、もちろんイリナにもな」
うまく誤魔化せたかな?
「もういいわよ……」
うーん好きってなんだろう、そんなに深く考える事でもないんだろうけどタルトが俺の事を気に入っているのに肝心の俺が適当に答えたらダメなのはわかる。そもそも俺のどこを気に入ったかはわからないけど、あのキラキラとした顔を裏切るような発言は言えなかった。
(……わかんねえな)
何度考え直してもタルトは命の恩人以外には見れない。
「えーっと、タルトちゃんだっけ? これからどうするの?」
イリナが今後の事を尋ねるとタルトは悩みながら答えた。
「うーん……。お兄ちゃんと一緒にお金を稼ごうかなって」
「ええ!? この商売すらも上手くいかなかったダメな男と一緒に!?」
(おい、ひとこと余計だ!)
タルトの助けになってあげたいが、お金の無い俺には何も出来ない、自分の生活だけで精一杯なんだ、だからこの件はイリナに任せる事しか出来ずにいた、それをどこか俺は悔しいと思っている。
「それなら私が定期的にお金の仕送りをしてあげようか? それなら生活も出来るでしょ?」
「本当に!? でもそしたらイリナお姉ちゃんが……」
心配した顔でイリナを見つめていたタルトを安心させるようにポン、とイリナは1回胸を叩いてニッコリと笑う。
「大丈夫、お金はたんまりあるの! でもどうしてお金が必要なの?」
「それは、お母さんが夜遅くまで働いていて……私が何とかしてあげたいの」
会話に入れなかった俺は食事を続けた。そんな時ふと、例の話を思い出す、あの変な石の事と超能力、そして神様と名乗った彼女の事だ、世界を旅してるイリナだったら何か知っているかもしれない。
神に【時間停止】という能力で「この世界の戦争をなくせ」とか急に言われたけど、どう考えても難しいだろこれ(旧題:8つの種族は超能力を使って世界を動かす) 杏里アル @anriaru
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