【第三章】旧都の吸血鬼

第一夜 | 廃土を踏む

 数時間後。

 サミュエルの諸注意も早々にセヴォンはピエトラへ向かった。ザックを見付け届けてくれた礼にと示されたこの光明──願ってもみない挽回のチャンスを逃してなるものかと逸った。ピエトラに着いた頃、辺りはすっかり夜になっていた。街はどこを見ても閑散としており、酒屋どころか宿屋すら閉まっている始末だった。困ったな──とは思わない。セヴォンは人気ひとけのなさを寧ろ好機と捉え、堂々とその名を呼び始めた。


「ヨハン」「カルロス」

「リチャード卿」……


 深更のピエトラに同胞はらからを求める声が木霊する。


「マークさん」「ハイド氏」

「サクラギ先輩」……


 セヴォンが合流を急ぐのには理由があった。

「ハーラルさん」「ローラ」

「ウェステンラ辺境伯」……


 ──おかしい。真っ当に生きる輩ならまだしも、女神暗殺を試みるような面々が夜中に寝る筈もない。もしや、もうこの街を発ったのだろうか。ならば……


「ルイ……」

「ルイ?」セヴォンがそう口にしてみた時、背後で青年の声がした。「君。今、ルイと言っただろう。人捜しなら手伝うぞ」

「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで。僕以外に人がいると恥ずかしがるんです」

「へえ、猫みたいな奴だな。他に特徴は?いつから居ないんだ」

「……いつでしょうね。最後に話したのがいつか覚えてないから、もう随分前からいなかったのかも。それと、深い青色の目をしてたような気がします。それ以上の事は……すみません、こればかりは」

「……そうか。紺碧の。酷な事を言うようだが、君が捜している方はもう亡くなった可能性が高いな。随分前というのが具体的に何時頃なのかにもよるが……」


 よくできた人間というものは例えその姿が見えなくとも品格が溢れ伝うもので、セヴォンは自分でも気が付かない内に声の主へ敬意を払っていた。青年はその後も慰めの言葉を続けたが、ルイが既に死んでいるだなんて事は当たり前なのでセヴォンは終始不思議がっていた。──会話を切り上げる為の演技ブラフにまんまと引っかかるだなんて、どこまでなのだろうと。


「──後を追いたいか?」


 物騒な物言いに驚いたセヴォンが目を凝らすと、自身を見詰める青年の瞳が憐憫で満ちているのに気が付いた。


「……別に」

「そうか。なら、良いんだ。君と君の捜し人の関係がどうだか知らないが、君まで彼奴きゃつの狂歯にたおればソイツも悲しむだろう。今晩出歩いてる奴は君で最後なんだ。帰り道は分かるか?君さえ良ければ、家まで──」青年はそこまで話すと何かを見取り、急に謝りはじめた。「──ああ、そうか。そういう事か。何と詫びれば良いか……とりあえず、今晩はウチに泊まると良い。後の事は明日……いや、今晩等と。どうかその深傷が癒えるまで、好きなだけ泊まってくれ」


 形式的な遠慮の素振りを挟んだのち、セヴォンはこのお人好しの厚意を受け取る事にした。この善意の裏にどれ程の思惑が潜んでいようと、ごと喰らい尽くして根城にしてみせようと考えていた。セヴォンが青年の為人ひととなりを知り、この考えを深く後悔するのはまだ先の話である。


 青年の邸へ向かう道中、青年はやれだのだのとしきりに語った。此処は花とクリーム菓子とアコーディオンに溢れたみやこである筈なのに、今や見る影もないと。今、目の前に広がるピエトラは本来の姿でなく、これを恥じた市民らが自ら門戸をとざしたと。尤も、この辺りのピエトラ情勢は既にセヴォンの知るところだった。国交を断つ程の醜態とは何なのか。捜索班の面々や斥候は無事なのか──ルイは何処にいるのか。セヴォンはこれらを調べ上げる為にピエトラの廃土を踏んだのだった。

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