凶星
「ですから、私が王家の皆様とお会いすると色々面倒な事に……」
「もう私とは会っているではありませんか。あと一人二人増えたところで変わりませんよ。何なら箝口令でも敷きましょうか?件の美少年と王家の関係について、一切の他言を禁ずる──ふふ、威厳たっぷりに言わないと」
「それだけは本当に止めてください。余計にややこしくなるので──」
跳ね橋が下り、二人の会話が中断された。
「──あ、貴方が俺の……」
「いや~っ!ねぇ、見て見て?目元が私にそっくり!まさか生きてる内に出逢えるなんて!ほら、髪もサラサラ!私にそっくりですよ!」
「なっ……!鼻は私寄りの形だぞ。肌の質だって──うーん、よく分からないが。とにかく、母親似と決めるにはまだ……」
『……なんつーか、あの。思ったより賑やかな御両親だな』
ソーレの両親はソーレに夢中なようで、背後にいるセヴォンに気が付いていないようだった。早朝の寒さなどお構いなしに盛り上がる、感動の再会を果たした家族──自分の選択は間違っていなかったと言い聞かせ、セヴォンは気配消しに徹した。
「──悪い、少しいいか。お前が兄上を護衛したという……」
「ルーン殿下──」
ソーレと瓜二つの顔に話しかけられ、セヴォンは深々と低頭した。ルーン・フォン・ザッハブルク──建国以来一度も途絶えなかった『双王制』崩壊の凶悪。──人は、独りだと選択を間違える。お前が王であるのなら、選択を違える事は赦されない。互いに血を分け、共に生を授かった兄弟姉妹双方を王として迎え、常に選択の是非を問い合え。常に立ち止まり、常に振り返り、常に足踏みをして明日を決めろ。王位の継承を理由に、家族同士で殺し合う事がないように。たった一人のくだらぬ野心で、国土が焼け爛れないように──初代ザッハブルク王が唱えた、絶対遵守の条文。巷では「この契りが潰える時、国の命運もまた潰える」「ザッハブルクは次代で滅びる」等と言われていたが、それらの声も今や杞憂となったのだ。凶星は今日という日を以って吉星となり、正しく慕われる事になるだろう。
「どうか顔を上げてくれ。本当に、何と言えばいいか……とにかく、礼を言うぞ。ジュヴァンの」吉星はソーレ達の方を見ると、困ったように続けた。「あんなにはしゃいで……王族らしさの欠片もないだろう、母上たちは。城の中でも、いつもあの調子でな……」
「──ルーン!お前も来ないか」
「はい、只今!……悪いな。では、また何処かで──はじめまして、兄上。貴方の弟のル──ええと、確かにそう……かな?はは……」
王族による賑やかな論争が気品ある談笑へと移り行く。ソーレはすっかり打ち解けているようだった。ソーレ達へ軽く会釈をし、セヴォンはその場を去った。このまま駅へ向かって、始発で次の国へ赴く──筈だったのだが。背を向けた後で轟いた悲鳴と絶叫を契機に、セヴォンは再び逆方向──僻地・ドゥグナへと馬車を操る事になった。
◇
「どうか気に病まないで」ソーレは続けた。「現国王の勅令ですから。誰であっても逆らえませんよ」
ソーレを国から追放しろ──なんとも急転直下な話だが、セヴォンは確かにそう命じられた。原因はソーレが国王へ渡した手土産──ドゥグナの村長がソーレに掴ませた小籠の中身だった。ソーレは愛する家族から受けた反応が余程ショックだったのか、先程までの饒舌さをすっかり失っていた。それでも、無関係のセヴォンまで傷付けてはいけないと自分を律し、馬を繰るのが上手い等と言ってその場を誤魔化しはじめた。
(……駄目だ。この人は誘えない)
時を同じくして、セヴォンはそう確信した。ソーレの持つ底抜けた慈しみと自己犠牲のきらい──本来なら長所と呼ばれるそれが、セヴォンの心に影を落とした。もしも僻地へ向かいたくないのなら、そうだと言ってほしい。ドゥグナへ戻れとは言われていないのだから、馬車を放り出して自分と旅に出ないか──そう誘い出す事ができたのなら、どれほど良かっただろう。先述した通り、セヴォンが行なっている遍歴は大犯罪の下準備だ。何の気兼ねもなく道連れにできる者といえば、同胞か、あるいは既に死んでいる幽霊──あるいは、悪人だった。ソーレは王子である前に善人だ。もしも断罪の手に絡め取られれば、「私が唆した」と嘘を吐いてセヴォンを護るだろう。そんな未来を迎えたところで、何が楽しいのだろうか。
「──まあ、生涯出禁と言うわけでもありませんし。24年程あの里で過ごして、今日まで五体満足だったんです。あと2年くらい余裕ですよ」
「そんなに長い間ドゥグナで過ごせたのは、何も知らなかったからでしょう」セヴォンは堪らず続けた。「今の貴方は、私と──沢山の人と、ものに触れて、他の生き方を知ってしまった。自分が置かれてる状態は普通じゃないんだって、自分は人間なんだからこんな事しなくて良いんだって知りながら、2年間も神に……欲望の受け皿になれるんですか?ドゥグナに居酒屋は無いんですよ」
「……そうですね。あの葡萄酒は美味しかった。夕暮れに響く鐘の音も、パンの食べ比べも──私一人では抱えきれない程の思い出ができました。それを一つずつ思い返していれば、2年などあっという間に過ぎ去ります。どうかご心配なさらず。私はまだ、彼らの神に為れます。……為れるんです。私なら」
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