異神の正体
読者諸君の想像通り、セヴォンは居酒屋のノリが大嫌いだった。下品な騒がしさ、渦巻く熱量、靴が貼り付く床……何を取っても生理的に受け付けない。対するルイは誰にも見えないのを良いことに他の客に混ざって爆笑したり、何も呑んでいないのに完全に出来上がったりしていた。
『あ〜〜良い。良い光景だ。これが世界平和だよ先生……お前もそう思うだろ?なあ!?』
こうなって来ると、いよいよ逃げ場がない。
「そうか……ッ、辛かったなぁ‼︎」
「そんな、私より辛い思いをした方々は沢山……」
「あ~兄ちゃん兄ちゃん!それはねぇ、駄目よ。いい?自分の『苦し~~!』って気持ちは他と比べちゃあ駄目!俺、いっつも言ってんじゃん!だってさぁ、兄ちゃんは今、『うっ!苦しい!』って思ってんだろ?兄ちゃんは兄ちゃんなりに『苦し~!』って思いながら、ここまで来たんだろ!?兄ちゃんは偉い!偉いよ~!」
「…………そうですよね~!?」
「自分で言っちゃってるよ!あはは……」
ソーレの頬は微かに紅潮し、良い感じに酔えているようだった。晩酌の誘いを丁寧に断わり、雑念に耽る──もしかすると、この下品な騒がしさもソーレにとっては喜ばしいのかもしれない。いつも遠くから眺めるばかりで、自分も混ざりたいと思っていた賑やかで楽しそうな所──それが
◇
「もしもし、生きてますか?」
「はぁ~い……」
──数時間は呑み明かしていたのだろうか。泥酔し、伏して眠っていたソーレの周囲には相当な数のワインボトルが転がっていた。どさくさに紛れて押し付けられたものも含めれば相当な支払い額になっていたが、まあ、人生の勉強代にしては安い方だろう。
「ああ、貴方……ふふ……まだ小さいのに、偉い偉いですね」
「小さくないです。誰と間違えてるんですか」
「えー?ふふ……」
ソーレはセヴォンに寄りかかると、尚も酔っ払い特有の譫言を繰り返していた。その譫言は誰かの罵詈雑言ではなく、とにかく歳下を労うようなものばかり──こうなってくると、セヴォンの脳裏に湧いていた仮説がいよいよ現実味を帯びてくる。ソーレの正体についての予測だ。……
……その宵、酩酊したソーレの口からうっかり零れた言葉をセヴォンは今でも覚えている。その言葉を以って、件の紙切れはドゥグナの教典となった。
セヴォンは、この日はじめて現人神という存在を知った。
◇
異神の正体は生身の人間で、ソーレの正体は異神だった──なぜ、ザッハブルクの王子が僻地の神に?もしかして、女神も人間なのか?じゃあ、神って何だ?誰が言い出した?──こんな状況でもセヴォンの飽くなき探求心は尽きなかった。一方で、宿についてから──上記の出来事を字に起こそうと机に向かい、微かに響くソーレの寝息を聞き流している時。彼を悩ませたのはインク切れや言葉選びではなく、少女と交わした約束についてだった。馬車も何もかも貸してあげるから、絶対に神様を連れ帰って!でないと、承知しないから!……
別に、少女からの復讐が怖い訳ではない。あのか細い腕から繰り出される暴力の程などたかが知れている。「約束だよ」なんて言葉はただの気休めであり、契った先の相手が容赦なく破るか、はたまた素直に守るのかなんて事はその時が来ないと分からないのだ。
少女は
ソーレは自由を求めている。
どちらか片方の願いが叶う時、もう片方の望みは破れてしまう。どちらを幸せへと導くのか──どちらを絶望させ、再び失意の底で苦しませるかはセヴォンの意のままだった。
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