過去回想【2】


「私の母は、眠ったまま私ともう一人……兄か弟を出産しました」

「眠ったまま?」

「はい。どういう仕組みかまでは分かりませんが、暖かい日……恐らく、春でしたね。生まれたからには生きねばなりませんから、私は這って母の指を吸ったんです。すると、喉のちょうどこの辺りに何かが刺さって……私が幼いながらに混乱していると、母は目を覚ましました」


 話を聞きながら、セヴォンはその光景を想像した。セヴォンは男性なので出産時の母体にかかる負担を身をもって知らないが、あれほどの出血を伴うのになんて可能なのだろうか。


「恐らく、その時に母の呪いを受け継いだのでしょう。すぐ寝てしまうのはそのせいですね」


 ──ソーレの語る出生時の状況が事実だとすると、母親が眠っていたのはと説明が付く。喉に刺さると言うことは形があるから、恐らく麻酔針だろう。出産の痛みに勝つ程の強い薬剤を幼児期に投与されたとなると、その時点で死ぬのが普通に思える。しかし、ソーレは生きているし、日中は元気に起きている。親から子に遷移したことで効果が弱まったのだろうか……?王族だから?


 なら、王族とは一体何なんだ?


 知的好奇心が煽られる、歓声を上げたくなるような喜び。それが言語化されそうだったから、セヴォンは水を飲んで誤魔化した。


「それで、ある日、目を覚ましたら母も兄弟もいなくなっていて……途方に暮れていたら、近くを通りかかった方が拾ってくれたんです。しかし、その……『お前は人間離れしているから、世に出れば迫害される』『私が守ろう』と……だから、ずっと屋内にいたんですよ」ソーレはそこまで言うと手元に視線を落とし、気まずそうに続けた。「あの城は見た目がそこに似ていたので、何となく嫌だなあ、と……でも、似ていると言うだけで別の場所ですもんね。生みの親であるのなら、もっと楽しいお話ができるかも……」


「……」

「養父のかたも悪い人ではないんですよ。彼はのうのうと生きているばかりの私にお役目を与えてくださったし、こうして手土産も用意してくださいました──あまりにおいしくて、道中、少し食べてしまったんですが。母上達にも気に入っていただけると良いな」


 そう微笑みながら籠の中身を覗くソーレは楽しそうだった。ソーレは幼い自分を置き去りした母親と、顔も知らない兄弟、何の便りも寄越さない父親との再会を楽しみにしていた。はじめはその内容が受け入れられず、架空の話だろうと結論付けた詩の内容を、今やこの詩の方こそが彼らの真意なのだと捉えていた。私の家族は私の来訪を歓迎してくれるに決まっている──だって、血の繋がった家族なんだから。疑うことすら知らない無垢な子供がそうするように、ソーレはそう信じきっていた。


「……すみません、面白くもない話を。あの、セヴォンさん。どうか最後に彼処のお店へ寄らせてください。あのお店、この辺りで一番賑やかなので。……わ、私が外出できる最後のチャンスかも?良いでしょう?お願いします!」


 ソーレは話を終えると途端に調子を取り戻し、ここぞとばかりに泣きの一回を要求しはじめた。


「先程から凄く楽しそうなんですよ。ほら、ご覧になって。あんなに暖かい雰囲気で……お願いします、行きたいです」

「そう言う時は、『行きたいです。行かせてください』じゃなくて、『行く』で良いんですよ」セヴォンは椅子にかけたコートを取って立ち上がると、店員を呼びつけて会計を済ませた。「……どうしたんですか?早く連れて行ってください。賑やかで楽しそうなお店とやらに」

「……!ええ、ええ!ありがとうございます!早速向かいましょう!」


 この辺りの店はどれも煌びやかだ。

 肝心のソーレが行きたがった店だが、セヴォンは方向を指されてもどの店を示しているのか分からなかった。まぁ、ソーレのことだから雑貨屋だろうと思って席を立ったのだが──これが失敗だった!酒場と言うには治安が良く、カフェと言うには下品すぎる。アルコールと笑いが耐えない、確かにでアットホームな店。


 (最後に行きたい店って、まさか……)


 苦手な騒々しさに絶句しているセヴォンを差し置き、ソーレは浮き足立って店員と話している。相席が絶対なようで、あれよあれよと座席が決まった。


「わあ、とても綺麗な色!これは何という……」

「ああ、旦那。これはねぇ、アンタ……あのー……うちが作ってる酒のがうまいけどね。あのー……」

「いやいや!ウチのが一番やって!す~ぐ人騙すのやめろ~?」

「はぁ〜!?冗談キツいって!」


 ああ、間違いない!最悪だ!

 この店は、どう足掻いても、……!

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