神様がいた村


「作家さん?アンタ」

「まあ……」


 事態の解決方法としてセヴォンが選んだものは至ってシンプルだった。謝罪と──この二つだけ。彼の言う口説きというのは相手を褒め殺す事ではなく、自分自身の売り込みやプレゼンに近かった。使用したプレゼン資料は、自身が制作している『世界紀行』という書物とそれに書かれるという事の意義。セヴォンは懇切丁寧に少女を説き伏せ、ドゥグナへ侵入した。門の内部は、予想以上の未知と不思議が渦巻いていた。一々書き連ねていては、ペンのインクが切れてしまう程に……


 興味の対象が次々と移ろうセヴォンに対し、ルイの関心はただ一点にのみ寄せられていた。自身の記憶とはあまりに異なる、異世界の如き光景──生前世話になった威勢のいい青年達が、皆まみれの老人になっているという事実に頭を悩ませた。霊である自身の時計は既に止まっていて、何十年経っても髪の一本も伸びない事、逆に、セヴォンたち生者に流れる時は止まっておらず、彼らの時は進み続けている事などは承知の上だった。それでも、自分が死んだのは精々二、三年前くらいの事だから、彼らの歳の取り方は異様だった。一条ルイという男の特徴として、自身の悩みを口に出さないというものがある。彼に言わせればこの上ない美徳らしいが、今となっては短所だとしか思えない。


 ルイが死して尚一人で悩んでいる間、セヴォンは心のままに村を散策していた。辿り着いたのは、宙に舞う布たちが集う村の中心部──見事な尖塔が立つ広場だった。前回の反省を踏まえてさっさとスケッチを済ませ、中へ入る。尖塔の内部には、空の玉座と長い階段があるだけだった。

 なんだ、誰もいないのか。

 そう呟いてとっと出ようとすると、背後から声が聞こえた。


「神サマがいなくなっちゃったからね~」

「……いたの」

「いちゃ悪い?こう見えて掃除に洗濯に忙しいの。あ、そのへん拭いたばっかだから踏まないで──」

「いや、そうじゃなくて、神様……」セヴォンは我を忘れて聞き返した。「いたの?此処に。本当?」

「な、何?急に。いたけど……」

「…………そう……」


 ──なんて都合の良い展開だろう!汽車を下ろされて、やさぐれ歩いた果ての集落にがいた……?女神がこの空間に居たのなら、本の執筆なんて回りくどいことをしなくてもじゃないか!とっとと村中から探し出して、首を切り落として──一気に高揚したセヴォンは更に質問を重ねようとしたが、その瀬戸際で、何とか理性が追いついた。ドゥグナがお人よしの多いザッハブルクから助成を受けず、とまで称されている理由──ドゥグナが戴く神は、女神とは異なる独自の神だという事を思い出したからだ。


「この村には昔……って言っても、つい最近なんだけど。とにかく、前まで神様がいたの。女神さんじゃないのよ?若くてイケメンでー……ふふっ、優しい人でー」


 少女は僅かに頬を染め、神の特徴を語りはじめた。


「なんかね、私たちから話しかけるのはいいんだけど向こうからは駄目で、御言葉は全部村長さん経由で頂くんだけど……アンタ、羨ましいからって誰かにバラさないでよ?──私はあるの。で話したこと」


 少女は続ける。


「『今日のご飯は貴女が?味が濃くて美味しかったです』『まだ幼いのに偉いですね』『私は貴女の頑張りを見守っていますよ』って。──やばくない⁉私、その日は生きてて良かった〜って思ったの!もう本当に嬉しくて花咲いたって言うか……え、花咲いたってなんだろ?まぁいいや、なんだろ……もうとにかく、キャ~!みたいな!?」

「妄想が得意なんだね」

「はあ!?事実なんだけど!謝りなさいよ!ちょっと!」


 セヴォンは少女の猛攻を躱しながら、尚も異神についての情報を集めた。

 その異神は男性である事。その異神は、数日前に何処かへ旅立った事。村長は、何故か異神の再来を豪語している事。だから、塔の内部を掃除しているのだという事。──その後の情報は、異神がいかにイケメンであるかなどのものだったのでここでは割愛する。少女の口から語られる異神像は主観に塗れており、神というより生きている人間について語っているようだった。かの奇譚に熱中するあまり、物言わぬ神々の彫刻に入れ込んでしまう。その末に「神が私に語りかけてきた」と錯覚し、初恋の如く舞い上がる──そのような現象は、特に珍しい事ではない。セヴォンの瞳には、少女が【狂信者】のように映っていた。


「……たぶん、好きだったの。でも、仕方ない事よね。こんな訳分かんない村にあんな人がいたら、誰だって好きになっちゃうよ。──あーあ、早く帰ってきてくれないかなあ」

「……」

「会いたいなー、今どこにいるのかなー」

「……その、会えるといいね。いつか」

「何言ってるの?アンタが探すのよ」

「は?」


 青天の霹靂とでも言うべきか、何と言うか……少女のの返答に、セヴォンは心底困惑した。


「『はあ?』じゃないでしょ!『はあ?』じゃ!か弱い女の子が困ってるんだけど!助けてあげたいって思わないの?」

「か弱い?どこの誰が?悪いけど、アンタは今まで会った女子の中で一番逞しいよ。──なあ、ルイはどう思……ルイ?」

『……すっげえ言い辛いんだけど、俺、純愛モノにめちゃくちゃ弱くてさ……正直、めちゃくちゃ助けたい……助けてやりてえよ』


(嘘だろ……)セヴォンは涙ぐんですらいるルイを凝視し、有り得ないといった風に首を振った。「正気か?」

『当たり前だろ!逆に聞くけど、ここまで話されてスルーする理由ってあんのかよ?』

「僕にがない」

『まあ、確かにそうだな。でも、ソレがそんなに損か?』ルイはセヴォンの心臓のあたりをつついて続けた。『お前もココでは分かってんだよ。可哀想じゃん、助けてやろーぜ』

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