通学路のトンネル

山岡咲美

通学路のトンネル

「いってきまーーす」



 杉滝健太すぎたきけんたは何時も早くに家を出る、冬の太陽が空を少しばかり明るくし始める時間、山をぬけ離れた場所にある小学校に通う為だ。


「あ、健太ちょっと待ってちょうだい」


 健太のお母さんがイソイソと冷蔵庫の方へ歩き、中から包みを持ってきた。


「なにコレ?」


「お萩だよ、ほら、トンネルん所にほこらさんが在るでしょ、あそこへ供えておいてほしいの」


「えー」


 健太は何でそんな面倒な事をって思った。


「いいから、いいから、お母さん畑で忙しいから」


 はあ………


「わかった……」


 健太は渋々お萩を受け取った。


「途中で食べちゃ駄目よ!」



 ドキリ!



「食べないよ、食べない」


「はあ、いい健太、あの辺りは事故が多いんだからちゃんとしないと」


 健太は少しうつむいて、何かを飲み込む様に返事をする。


「わかった……」


「はい、お帽子」


 お母さんが今では珍しい坊主頭の健太に帽子を深々と被せマフラーを巻いて手をさすり手袋をさせてくれた。


「前が見えないよお母さん」


 帽子のつばが健太の視界を遮る。


「ふふふ♪」


 お母さんは悪戯っ子のように笑い健太の頭を撫でてくれた。


「気を付けるんだよ!」


「はーーーい!」


 健太は片手にお萩を持って真っ黒なランドセルをバタバタさせながら山道を駆け降りて行った。



「このトンネルなんか恐いんだよな」



 健太は家から山を降り細いアスファルトの道を少し沢づたい歩くと、お母さんが言っていた祠のあるトンネルの前に立っていた。


「はあ、何であっちが登り道かな……」


 健太は少し上を見上げそう言った、実は祠はトンネルの真上にありその登り口はトンネルを通りぬけたその先にあった、このトンネル自体がその祠を移動させない様に掘られたものであった為向こう側が簡単に覗けて見えるほど短いものだった、工事の際に土砂崩れの人身事故が起こり祠と共に山を崩して道を造るのを諦めたのだ。


「まあ、あっちから登る人多いもんな」


 実を言えばトンネルのこっちの側は健太の家と砂防ダムがある程度で人はほとんど住んでいなかった、朝日を背に健太は思った。


 こっちの方が南で明るいんだからこっちに祠の道作った方が登りやすいのに……


「はあ、あっちは寒いし、たまに足元凍ってるんだよな~~」


 健太は何やら言い訳をし続ける。


「コレは仕方無いですな」


 健太の手にはお母さんの作った大好きなお萩があった。



「10メートルくらいかな?」



 口にお萩のあんこを付けトンネルの中くらいで健太が言葉をもらす、子供の健太にはそのくらいに感られたがもっと短い印象だ。



 トンネルはその短さの為かライトはいつもの切れいてとても暗く少し不気味に映る場所だった。



***



「ねえ、トンネルの話知ってる?」


 学校でバタリとかわいいピンクのランドセルを机に置いた住友菜緒すみともなおが口火を切る。


「健太君ちのトンネル?」


 空色のランドセルの秋本優弥あきもとゆうやが健太君の話をする。


「そうそう、あそこ昔事故があったらしくってお化けが出るらしいの……」


「事故にあった子供の幽霊でしょ?」


 優弥は良くある怪談話と切って捨てようとする。


「違う違う!お婆ちゃん!お婆ちゃんの幽霊らしいの」


 菜緒は嫌そうな優弥の顔みて面白がり更に続ける。


「子供が死んじゃった後もお母さんがその子を探し続けてるんだって」


「………」


 優弥は背筋がゾゾッってなった。


「じゃ放課後行こう!」


「はあ?!」


 菜緒がそう言った後、優弥は「何で?」と思った、行く理由が皆無である!



***



「さっさと通り抜けよ!」



 健太はこのトンネルの学校での噂は知っていた、崖崩れで死んだ子供の幽霊が出るらしいとか、その母親が子供を捜してさ迷っているとか言う話だ。


「幽霊なんてバカみたいだ……」


 健太がそう言うには理由がある、その事故にあった幽霊を知っているからだ。



友美ともみちゃんだったら会いたいな」



 事故で死んだ双葉友美ふたばともみは健太の幼馴染みだった、友美と健太はとても仲が良く家も隣同士と言う事もあって家族ぐるみの付き合いがあった。


「神様なんていたって護ってくれなきゃ意味ないよ……」


 健太は子供を探す幽霊なんてのもあり得ないと思った、だっておじさんもおばさんも一緒にその事故で埋まったんだから。



「そんなバカな噂してる奴が居たらぼくが殴り飛ばしてやる!」



 健太は口に付いたあんこを舐めとった。



***



「菜緒ちゃん今揺れた?」


「うん、揺れたね優弥君……」


 菜緒と優弥は頭を1つの机の下に入れて顔を見合わす。


「何か密談って感じだね♪」


「菜緒ちゃんて恐いものないの?」


 その日の朝は地震のニュースでもちきりだったが菜緒だけは放課後の計画に胸を踊らせていた。



***



「ウソ?」



 健太は暗闇の中に居た、トンネルが崩れたのだ。


「誰かー」


「誰か居ませんかー!」


 健太は少し声を張り上げたが誰かに聞こえるとは思っていなかった、この辺りには民家はなく人なんて通らないのだ。


「えーと、たぶん学校に着いて無いから学校から連絡があって……警察とか来てくれて」


 健太は結構冷静だった、空間はあったしきっと救助が来て助けてくれる、そう思った。


「服いっぱい着てるしマフラーや手袋もしてる、寒くない、寒くない」


「食べ物はさっきお萩食べたばっかだし、お母さんのお弁当もある、魔法瓶に暖かいお茶もあるから飲み物もある……」



「……あんまり体力使わない様にしないと」



 健太は出来るだけ体力を使わないように丸まっている事にした。



***



「ねえやめようよ菜緒ちゃん、良くないよこう言うの」


 優弥は薄暗い山道を歩きながら前をどんどんと進む菜緒に着いて行く、足元には枯れた枝葉が落ちて居てあまり人が通らない場所だとわかる。


「なに言ってんの優弥君、こんなに可愛い女の子と一緒なのよ、ラッキーじゃん!」


「…………」


 優弥は何も答えなかった、確かに菜緒は可愛いかったが言いたくなかった。


「ふふーん♪」


 菜緒は振り返るとニンマリと笑い、ひとスキップして先へと進んだ。


「うう……」


 優弥は気持ちを見透かされた恥ずかしさで視線をそらす。


「ねえついでに健太君の家にも行かない?」


「なんで?」


「良いじゃん、少し遠いけど行って見ようよ」


「嫌だよ健太君って恐い子だって噂だよ」


「そうかな?私は噂に踊らされたらダメだと思うけど」


 菜緒ちゃんは幽霊の噂に踊らされてココまで来たんじゃないの?って優弥は思ったが既に諦めムードだ。



***



「お母さん……」



「警察来ないな、学校から連絡いってないのかな?……じゃあぼくが帰らなくてお母さんが警察に連絡する?……学校への道捜すかもだからその時気づいて……その後助けが来る筈だから……」


「やっぱり少し寒いかな………」


 どんなに強がっても寒いのだ、マフラーがあっても手袋があってもまぶかに帽子をかぶっても今は冬だ。


「お萩ちゃんと届けなかったからバチがあたったのかな……」


「け……」



 ?



「健…」


「声?」


「健太…ん」


「僕の名前?」


「健太君……」


「友美ちゃん?」


「健太君!」


「友美ちゃんだ!!」















「………お母……ん」


「……お母……さ……」


「お母……さん」


「ごめん……なさ……」


「ご……め……なさい」


「…お母さ…ん……ごめんな…い」


「お母さん……ごめんなさい……」



「お母さん、ありがとう……」



***



「通れないね、優弥君……」


「そうだね、菜緒ちゃん……」


 2人の目の前には完全に崩れたトンネルがあった、何十年も前に崩れたそれは日が当たらないせいか苔むし、トンネルの中から涙の様に垂れる地下水が落ちては流れ、落ちては流れしていた。


「菜緒ちゃんあれ」


「花?」


 トンネルの前に小さな石の台があってきれいな花と子供が喜びそうなお菓子やおもちゃと共に毛布やマフラー手袋などが置いてあった、きっと健太君のお母さんが置いたのだと2人は思った。


「健太君の家行く?」


「ううん、行かない……」


 このトンネルをのり越えるとその先には廃虚と成った杉滝健太君の家があるのだが、優弥が聞くと菜緒は直ぐ様そう答えた、ココは幽霊の出る心霊スポットでは無く、人が死んだ現場なのだ……。



 太陽が崩れたトンネルの影を2人へと落とした。



「菜緒ちゃん!」


「何あれ?!」



 2人は影の先を見上げる、そこにはまるでトンネルにくさびでも打つかの様にたたずむ石の祠があった。



「怖いよ優弥君……」


「帰ろう菜緒ちゃん!」



 僕と菜緒ちゃんは山道を転がる様に駆け降りた、決してを振り払う様にそこから離れ家へと帰った。




 祠には何かの許しを請うかのように異常なほど大量のお萩が供えられていた。

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