第5話

 オバケ箒のたい、しぐさ、話しぶりはまるで人間のようだった。

 そう感じさせられているのもおかしな話だけど。

「あんまりどうだにしないものだから、つい息してないんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」

「わはは! 人さわがせじゃのう」

「本当に大丈夫かしら……」

「君ひとり? ってかカワウィーねー!」

(なんか増えてる……)

 あれから数分も経っておらず、かつ呼ばれてすらいないのに、ほかのオバケ箒たちがどこからともなく集まってきている。おかげでわたしはマラソン大会の勝利者インタビューみたいに囲まれてしまった。

 なんだか妙に圧迫感が強い。前後左右だけでなく、上下からも押しつぶされている気分だ。ふつう、こんなにも近く、拡大したかのように通学路の路面が見えるだろうか?

 わたしは呼吸を整えるべく、泳いでるときにいきぎをする感じで視線を上げた。そのひょうにぽつんと立ったオレンジ色の道路反射鏡カーブミラーが目に留まる。

「……たけ、ぼうき?」

 映っていたものの名前が口をついて出てきた。たちまちどうおそわれる。もはや息継ぎなどままならない。

 こんなの、こわいに決まってるじゃん。

 ――自分本来の姿であるはずの人体が、どこにも映っていないだなんて。

「うそ……ど、どうして、こんな……」

 いつしか箒になっていた。

 ほんと意味不明だけど、ほかに説明のしようがない。だって実際にそうなってるんだもん。

(背がちぢんで、目線も下がってる。だからいつもより路面を近くに感じたんだ……)

 妙な圧迫感の正体はなんとなくわかった。

 しかし、なおもわたしには納得できないことがある。

(人は死んだら竹箒になるの? ……冗談じゃないわ!)

 それを認めるくらいなら、いっそ箒のつくがみ――つまりは箒神のたたりにより、ひどい夢を見せられている可能性のほうがまだ信じられるというものだ。

(まあ、そんなのにウチが祟られる覚えなんて)

『証拠隠滅、よし!』

(祟られる覚えなんて――なんて――――)

 あるかもしれない。あれかもしれない。

 境内の掃除に使う竹箒。わたしがそれを藪に捨てたから?

 さすがに「まさか」と否定したくなった。けど、仮にそうだとすれば今の状況はほんとまずい。

「大丈夫っぽいとはいえ、心配だな。どこかで休ませたほうがいいかも」

「ええ、そうね。そうしましょ」

「じゃーオレんち来ない? ってかラインやってる?」

「ここはお医者様に任せるのが一番じゃろ」

(もしかしてこいつら、ウチに仕返しするつもりでここに……!?)

 冷や汗たらりとひとしずく。

 恐怖にふたたび立ちすくみ。

 ――見つかってるのに、逃げなくていいの?

 思わずわたしは、話し込むオバケ箒たちのすきめがけて、死にものぐるいで飛び出していた。

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