第4話

 兄に「行く前に掃除しろ」「絶対だぞ」などと念を押されたあげく、玄関に立てかけてあった竹箒まで押しつけられてしまった。

 ねちっこい。ほんとねちっこい兄である。

「どうしてウチがこんなこと……そんなにきれいにしておきたいなら、清掃員でもやとえばいいじゃん……」

 お父さんに至っては、口を開けばやれ「れいげんあらたかなしんいきだ」とか「ほうきがみ様を大切にしろ」とか、かたくるしいことばっかり。

 しんにかかわる家柄だから、掃除ひとつとってもありがたーい修行のつもりなのだろう。

「あーもう、やめやめ! こんなの、未来の陸上選手に必要ないもんね」

 わたしは玄関からちょっと歩いたところにあるやぶに駆け寄り、そのままぽいっと竹箒を放り投げる。

しょういんめつ、よし!」

 こうしておけば、玄関に戻すよりはさぼったことに気づかれにくい。

 あとは兄に見つかる前にさっさとランニングしに行くだけだ。

「さーて、いい汗かくぞー」

 右脚を半歩下がらせ、回れ右。

 すっかり身軽になったつもりでわたしは境内を抜け出し、石段をテンポよく下りていく。

 入り口の鳥居をくぐった先の横断歩道も、ちょうどいいタイミングで青信号になった。立ち止まる理由もない。走り抜けてしまおう。

 ――そう思っていた人間に、命の危機から身を守るすべなんてあるだろうか? いいえ、あるわけがない。

 だからわたしはけたたましいクラクションとブレーキの音におどろくあまり、道路をわたねこのように静止してしまったのだ。逃げなきゃ車にかれてしまうとわかりきっていたのに。

「ひっ……!?」

 両目がぎゅっと閉じられる。視界は光を失った。

 もうじき命も失われるはず。せめて痛いのは一瞬だけであってほしい――。

 しばらくして、わたしはふと、疑問を抱く。どうしてこのような想像をふくらませるだけの時間的余裕があるのだろう? と。

(もしかして、助かった?)

 試しに閉じられていた両目をおそおそる開いてみる。するとあまりにみょうで信じがたいものがわたしの視界に飛び込んできた。

「――もしもしおじょうさん? 大丈夫?」

「……………箒がしゃべってる……」

「ああよかった。意識はあるみたいだね」

 きっとここはごくかなにかで、わたしはさっきの事故で死んでしまったに違いない。

 オバケのように生き生きとした箒について理解するのに、そう考える以外の方法はまったくもって思いつかなかった。

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