第6話 大多数を守るという事の本質
僅かに洩れる松明の灯りに対し最大限の警戒をしながらラフィンを先頭に近づく一同。岩肌を手探りでなぞりながらゆっくりと近づくと少し離れた所から人の会話する声が聞こえてきた。
『…今日はエルリア行きの行商が山道を通る日だ。手筈は整ってるか?』
『ああ。問題ない。襲撃する為の準備は万端だ。』
どうやらこの後商人を襲うつもりらしい。目の前で語られる段取りにレジス達は思わず息を呑む。
『…それにしてもこの作戦は我ながら狡いと思うぜ。希望が絶望に変わる瞬間の奴らの顔がいつまでも離れなくて最高の気分だ。』
『くっくっ…分かるぜ?兄弟。なんせ魔物から助けて貰えたと思ったら共同で襲いかかってくるんだからな。』
(…っ?!奴ら、魔物を使役しているのか?!)
思わぬ証言にレジスの手が硬く握られる。だが、彼の肩に手を置いて静止をかける者が居た。マーレーだ。
『俺らより弱くてバカでその辺の人間より強いってのはとても役に立つなぁ?』
『あぁ。飯さえ与えれば喜んで手を貸しやがる。
『しかも飯ってのも人間が驚いたり絶望したりする時の感情だろ?俺らは美味い飯を食えて、奴らも大好物にありつける。最高のパートナーだぜ。』
どうやらこの山岳地帯に住むボガートを利用して商人から強奪しているらしい。更に彼らは手口も話し始めた。
『あれめっちゃ面白いよな。ボガードから助かるフリして奴らの前に出てそのまま襲うやつ。めっちゃ絶望した顔して逃げ惑うのが最高過ぎる。』
『ああわかる。あの手口考えたボスは最高だと思うぜ。たまんねえ位ゾクゾクしやがる。』
下劣な笑いと共に騒ぎ立てる盗賊達。その様子に苛立ちを覚えたレジスが飛び出そうとした時、慌てて止めたラフィンが彼の手を掴むと同時に足音が響いた。
『…逃げ延びた商人が居るんだ。いつこの場に討伐隊が来るか分からん。あまりべらべらと手口を話すな。』
『ボス!…失礼しやした。』
『全く…。俺自らこの場にいる意味を弁えろ。お前らじゃ話にならない相手が来たらどうするんだ。』
『へ、へぇ。しかし俺ら3人相手に余裕を持って見せるボスと一緒なら大丈夫では?』
『…まぁな。少なくともこの辺りに来る冒険者相手なら勝てるだろう。王都からこちらは辺境の地。大物狙いの熟練冒険者は皆王都の西に向かって行く。東側にあるこちらはエルリアから来たちょっとばかし腕が立つ程度の雑魚しか居ないからな。』
厳しく叱りつけるボスと呼ばれた存在はどうやら他の盗賊達とは違い腕が立つらしい。そしてこの場にいる盗賊はボスを含め4人。もし彼らと相対するならキリを守りながら戦闘を行う事を想定しても芳しく無い状況になる。
「…どうする?この場はかなり厳しい戦いになりそうだけど。」
潜めた声で状況を教えるラフィンから行動指標についての疑問が投げかけられる。対しレジスは数拍の思考の後拳を握りしめて答えた。
「…ここで引いて援軍を待てば確実に捕らえることは出来る。けどその間にも商人は襲われ皆が困る事になる。苦しいかもしれないがやるしか無い。なぁに。こないだのゴブリンの群れに比べれば数は少ない。チャンスはある。」
「同意します。ここで彼らを止める方が最善でしょう。」
「…オッケー。じゃあ私から提案。接敵後即レジスと私はボスらしき相手に張り付くわ。その間にマーレーさんとキリさんで他の三人をお願い。処理が終わったらボスを皆で狙う。これで行こう。」
ラフィンの提案に全員が頷く。その後小さな動作で装備の最終確認を終えた一同は飛び出す準備を整えた。
「…私のウインドカッターで行きますよ。3.2…風よ、我が声に応えよ。"ウインドカッター"」
洞窟内に響いた詠唱と共にレジスとラフィンが飛び出す。突然現れた敵襲に盗賊達は取り乱しながらウインドカッターをその身に受け肩や腿から血を流しながら身を構える。一拍置いて飛び出したマーレーとキリが広場を確認すると一人派手な装飾を付けている男に対しレジスとラフィンが斬りかかり、男が応戦している隙にチャンスを伺って飛びかかろうとしている三人の男達が居た。どうやら一人で応戦しているのがボスで周りが手下の盗賊達らしい。
盗賊達は更に現れたマーレー達に気づくと一人を残してこちらを向き、鈍く光る剣を向けて牽制し始める。
「…一人はあっちの援護を行おうって算段は通さない!キリさん!」
「はいっ!かの者達に光の加護を!!"プロテクション"」
光の加護を受けて防御力を上げたマーレーは、同じく加護を受けボスを引きつけているレジス達から三人とも引き離す為に残りの一人へと斬りかかる。慌てて身を翻してマーレーの細剣を受け止めた盗賊(仮にCと付けておく。)は残る二人(A.B)と共にマーレーを見据えつつ囲い込む様に立ち位置を取った。
「チッ…てめえら何者だ。どうやってここを嗅ぎつけた?!」
「…そんな事易々と言うものではない。君達と違ってね。」
「んだとこのクソエルフがっ!!」
マーレーの嘲笑に対し即座にキレたBが斬りかかる。それをいなす様にしながら細剣を振ったマーレーの隙をA、Cが続け様に狙いをつけて攻撃する。
「オラッ、とっととくたばりやがれ!!」
「テメェを痛めつけて売ったらさぞ儲かるだろうなぁ?ほら跪きやがれ!」
「できるものならやってみるといい!」
大振りで襲いかかる盗賊達をいなし、躱し、弾き飛ばしては鞘で胴を打って追撃を行う。3対1の構図の中でさながら舞っているかの様に動くマーレーの剣技は、彼が100年の年月をかけて会得したエルフ独自の剣術に他ならない。
魔術に長け賦術を得意としない彼らの一族は生まれながら筋力という武において最も重要なステータスが他に比べるととても低い。その彼らの唯一にして無二の弱点を克服する為に築かれたこの剣術は、相手の力を利用して逆らう事なく受け流す、さながら暴風の中で身を揺らす柳の如き柔軟さで受け流しては返す言わば柔の剣である。その動きは卓越したエルフであれば一近接師団の中に単独で放り込まれても長時間生き抜くと言われている程だ。
「くそ、なんで当たんねえんだよ…!ガハッ…!」
「くっそ…がァァァァッ!!!グハッ…」
「こ、こっち来んなバカが!!ヌァッ…!」
都合何度も斬りかかってる彼らは苛立ちを見せながら動きは次第に荒くなっていく。一方マーレーは余裕の表情を見せながら更に盗賊達を挑発していた。
「続きます!ラフィン!!」
「わかってるよ!!」
岩壁を蹴りながら飛び出したラフィンは、普段扱う弓ではなく腰元に携帯している短剣を取り出して斬りかかる。遮蔽物が多く距離が取りにくい洞窟内での戦闘ならではのスタイルだ。
「チッ…すばしっこい…!!このっ…?!?!」
「くそっ、危ねぇな!!」
エルフの剣術と獣人の素早さを活かした翻弄により同士討ちを狙われながら戦う盗賊3人は次第に動きがどんどんと大振りになりながら精度を欠いていき、益々2人の策略にハマりつつある。そして2つの影が互いに交差し盗賊達が互いの頭をぶつけた所でマーレーが静かに手を翳す。
「闇達よ、影を伝いかの者達を射抜け"シャドウニードル"」
『ぐぁぁぁぁッ…?!』
瞬間。手足の軸となる関節を的確に貫く影の針が彼らの足元から伸びる。力量差をしっかりと見据えた上での拘束行動に思わずラフィンもにっこりと笑った。
※※※
後方での戦闘から完全に意識を逸らしたレジスは、目の前にいる実力差との対峙に集中していた。
「ほう?駆け出しにしてはいい目をしているな。幾らか冒険でもしてきたか?」
「…それが仕事なもんでね。」
「仕事…か。そうか。野暮だな。行くぞ。」
すぅ…と息を静かに吸ったボスは地面一蹴。乾燥した土を蹴り上げてその巨体にそぐわぬ速さで突進を仕掛ける。対してレジスは即座に反対側に比べ空間が狭い右側へ回避。土煙とボスの突進を回避したレジスがそのまま地面をしっかりと足で掴み、そのまま特攻を仕掛ける。
「若い…!!」
「ッ?!?!」
だが、その行動を予測していたボスは大剣を自身の右側から左へと片手で斬りあげる。前のめりになっていたレジスは、寸での所で前のめりになって前転する事で致命傷を避ける。背中を浅く切り裂かれたレジスは口の中に入った砂利を吐き出しながらボスを睨んだ。
「避けたか。運の良い。」
「チッ…左側に避けなくて正解だった。」
あえて狭い方へと逃げたのはボスの利き手の関係だった。利き手である右手のある左側に逃げていた場合大剣を振り上げた際、手前で回避できるスペースと時間が全くない。あえて狭い方へと逃げた事により右から左へ振り上げた際に数瞬の余裕が生まれる事、そして体の反対側に振り上げなければならない分小回りが効きにくい点で選んでいた。
「だがいつまでもうまく逃げれると思うな。」
「逃げるだけだと思うなよ。こちらから行くぞ!!」
背中にうっすら響く痛みを頭の隅に置きながらレジスはボスに向けて走り出す。それに対しボスはゆったりと大剣を構えてレジスを見据える。レジスの選択は明快。大上段からの斬りかかりを行った。当然ボスはその攻撃に対し大剣を当て正面から打ち崩す。だが、その勢いを利用したレジスは全身の力をコントロールしてボスの力を利用した旋回をする。
「練技!!"旋風刃"!!」
「グッ…?!」
横一閃。大剣の柄ごと切り裂いたレジスの剣は、ボスの腹部に浅くない裂傷を与える。思わず膝をついたボスは即座に腹部へと手を当て簡単な回復魔術を唱える。致命傷を逃れつつも苦悶の表情を見せるボスを見たレジスは剣を向けるのをやめて語りかける。
「今の一撃で引いてくれ。無駄な殺生はしたくない。」
「ハァ…ハァ…俺に、引けと?」
「ああ。二度とここを根城にしない。そう誓うならー」
その瞬間、レジス目掛けて飛んできた大剣がプロテクションによって弾かれる。慌てて剣を構え直したレジスがボスを睨みつけた。
「なっ…?!」
「小僧。貴様は一つ勘違いしているな。この世界で生きるには対峙した以上生きるか死ぬかしかない。俺らはどんなに汚い手を使っても生きて生きて奪っていく。それが人生ってもんだ。」
「だったら今からやり直せば…」
「クククッ…それが一番の勘違いなんだよ。俺らは今の生き方になんの悪気も感じていない。やり直す?何の為にだ。俺らはこの生き方が良いんだよ。」
大笑いをしながらじっくりと回復魔術で傷を癒したボスは、弾き落とされた大剣を拾い直して再びレジスに剣を向ける。
「ほら、構えろ小僧。今からが本番だ。」
「っ…!!」
同じ様に構えるレジス。だが、その剣先は先程までとは違い動揺していた。その気持ちの揺れを見逃す程甘い敵などでは当然ない。一気呵成に距離を詰めた。
「ぐっ…!!」
「オラオラァァァッッ!!まだまだ!!!!!」
そのまま一息で剣戟乱舞。猛攻を加えたボスはブレブレになりながら必死に弾くレジスの体を蹴り飛ばす。まともに受けたレジスは小さく唸り声を上げて後方へ吹き飛び、洞窟の壁へと思い切りぶつかる。
「ガッ…?!」
「今のは良い音がしたな。トドメだ。名も知らぬ冒険者よ。」
崩れ落ちたレジスに対し風を切りながら大剣を振り上げる。だが、その大剣が振り下ろされようとした矢先。風の刃を飛ばしながらマーレーがレジスを庇う形で立ち塞がる。皮膚を浅く切り裂かれながらマーレーの姿を目視したボスは鼻で笑いつつゆっくりと大剣をマーレーに向ける。
「エルフか。しかも純血ときた。成る程。中々に面白い。」
「こちらとしてはあまり面白く無い状況ですがね。…シッ!!」
短い言葉を交わした後迷いなく突き出された刺突の一撃を繰り出す。その一撃を僅かな動作で逸らしながらマーレーの鳩尾めがけて膝蹴りをお見舞いする。勿論マーレーもただで受ける訳にもいかない為、細剣を引き寄せる動作に合わせて軸をずらし衝撃を流す。続けてその場に足を踏み込ませて逆足で蹴りを放ってきたボスの攻撃を、踊る様にステップで躱しながら位置を変える。その間に音を立てず身を潜めてたラフィンが飛び出してレジスを抱えてキリの元へと退却し、即座に回復を行える様に展開する。たった一瞬の事だが、レジスの事をボスの意識から外す事ができた隙をついた救出作戦を練っていたらしい。その事に気づいたボスは軽く舌打ちをして4人を改めて見据えてゆっくりと構え始めた。
「…純血エルフに竜人と獣人のハーフ…それに、お前はなんだ?人の理解に及ばない存在だな。見た事がない種族だ。全員高くつく。腕も立つから買い手も多いだろう。死なない程度に痛めつけてやるよ。」
「こちらとしては生かしておく理由がないので殺します。」
「上等だ。かかってこい冒険者ども。」
視線が絡む。一拍の呼吸の後に駆け出す二人。狙い澄ました一撃を交差させ火花を散らしながら、細身の剣と身の丈程の大きな剣を重ね互いに短く息を吐きながら何度も何度も打ち合う。大多数から奪う者と大多数を守る者という構図から互いに命を奪う者へと変わった瞬間。命のやり取りという細い綱の上で戦う二人は、体から吹き出す汗すら拭う事を拒み、ただひたすらに目の前の敵を討つ為に集中していた。
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