第5話 それはそれは小さなプライド

 時間は少し戻りマーレー達がコリンダ村に向け出発し、一度目の休憩を挟んだ頃。エルリアの街では。


 酒樽の飛沫に一人の来客が現れていた。


「どうも。ディノ=レイス殿は居るかな?」


「これは……。少々お待ち下さい。」


 ディノの代わりにカウンターに立っていた冒険者が奥へと消えていく。暫くした後若干機嫌の悪そうなディノが現れた。


「私の休みの日に訪ねてくるなんて面倒極まりないのは変わらないね、ズヴェル。何の用だい?」


「勤怠関係なく俺が来ると不機嫌なのは変わらないだろう。ディノ=レイス。今日は聞きたい事があって来た。」


「…はぁ。何となく分かったから奥で話そうかねぇ。この場で話す事でもない。だろ?」


「ああ。茶などは要らない。さっさと済まそう。」


 たまたまエントランスでまったりしていた新米冒険者達が息を呑みながら聞き耳を立てる中、お互い険悪な雰囲気のまま応接室へと向かう。


「…で?改めて何の用だい。」


 どっかりと腰掛けて睨みを効かせるディノに怖気付く事なくやんわりと座ったズヴェルは鋭い眼差しを効かせたままディノを見る。


「…何、そう構えるな。聞きたいのは最近の新米達の評価だ。」


「へぇ。定時報告は行ってるんだがねぇ。それはからの指示か?それとも…個人ズヴェルとしての聞き込み?」


「ふん…俺の報告を元に組合から出される依頼難度や報酬額に影響はある。個人の聞き込みというのも仕事の内だ。」


「そうかいそうかい。大変なこって。この場はその言葉を信用させて貰うとするかね。」


 一瞬の静寂。張り詰めた雰囲気の中一度席を立ったディノは本棚の中から一冊のノートを取り出した。


「…ここ最近来た新米の中でも稼ぎ頭となりそうなのはレヴン率いる所だろうねぇ。三度の満月を過ぎて結束力は勿論個々の能力も高い。とりわけリーダーのレヴンは統率力や判断力に長けている。同族の贔屓目を除いても現段階ではこの店では1番有望かねぇ。」


「ほう。なるほど。他のパーティーはどうだ?」


 職務柄もあるのだろうか。事前に持って来ていた過去の報告書に目を通しながらズヴェルは他のパーティーの情報も聞き出す。対しディノはここ最近現れた新米パーティーを評価順に述べていく。


「ふむ。それで?」


「後はまだ結成間もない評価するに足りないパーティーだらけだよ。まだ一つ二つ程度しか依頼をこなしていないパーティーに評価を付けろとは中々無理があるだろう。」


 実際、ディノが羅列して行ったのはそろそろ新米の肩書を外して一人前の冒険者を名乗れるだろうパーティーばかりだった。それはズヴェルも気が付いていた。そしてそれらが彼の目的を達成するに至らないという事実は、双方共に別々の意図を含みながら理解している。


「…俺が聞いているのは新米冒険者達の評価だ。こなした依頼の数など些事でしかない。」


「どうだかね。何かの拍子に全滅する可能性だってあるから本当の駆け出しに評価なんぞつける価値が無いと思うけどねぇ。」


「それはいつになっても同じだろう。ベテランと言われる冒険者も魔族の上位層とぶつかればタダでは済まない。ならば今の時点で評価されていても問題は無かろう。」


 一拍。再び静寂が流れ二人の間に更に険悪な雰囲気が流れる。やがて一陣の風が部屋を駆けた頃、溜め息を吐いたディノが呆れた様子で口を開く。


「あんたねぇ…幾ら神聖視している純血のエルフが来たからって露骨過ぎやしないかい?」


「それだけ我々にとっては大事な存在だ。本来ならば国賓として向かえても何もおかしくはない方だぞ。」


「だとしても、彼が選んだ道に口を挟むなんてあんた程度が行って良いわけないだろうに。」


「それでも、だ。」


「はいはい。それじゃ教えるさね。リーダーのレジス率いる彼らのパーティーはまぁ駆け出しとは言い難い程能力を秘めている。と言ってもその大部分は後述するけどマーレーとキリだねぇ。レジスとラフィンに関しては一般的な駆け出しと大差がない。まぁ強いて言うなら根性が据わってる位じゃないかね。仲間を見捨てたりはしないさね。で、マーレーとキリに関しては言えば現時点でも欲しがるパーティーは多いだろうね。二人とも希少種族とあって努力云々では解決出来ない才能がある。それこそステータスなんかでは覆せない…ね。」


「ほう?あの方は分かるが…キリという者もか。」


「ああ。まずマーレー。彼は純血エルフ独特の再生能力を有していて月の下限定ではあるがMPとHPに常時回復効果が発生している。満月ならば余程の無茶をしない限り共に尽きる事はないだろうね。本人も満月の夜は死ななければ一晩で回復可能と言っていたし。」


「ああ。彼らの力に関しては本当に素晴らしいと思う。ハーフエルフの我々では理解の及ばない次元だ。して、キリという方は?」


 ズヴェルの言葉に一旦深呼吸して扉の向こうに誰も居ないのを確認する。そして潜めた声でディノは彼に耳打ちした。


「…これは他言無用で頼むよ。正直キリに関して言えば不明としか言いようが無い。個人の才能の面もあるが現時点で無茶をすれば20Lv相当の魔術も使用可能、そして年齢含めた本当のステータスは一切不明。化け物としか言いようが無いねぇ。」


「…生命力と引き換えに魔力を引き出すあの賦術か。しかし、それがそこまで言わせるとは思わないが…。」


「…これはとしての勘だがねぇ。あの子は何か隠してるね。それもどうでも良いレベルの話ではない。彼らの命運を大きく分ける程の物さね。」


「ほう…?では何故彼らを引き離さない?純血のエルフの価値はよく分かっているだろう。ディノ=レイス。」



「…私程度では彼女に太刀打ち出来ないと思ったから…かねぇ。なんだろね。彼女の背景には人族なんて無価値とも言うべき何かがあると感じちまうのさ。」


「…それほどまでか。キリという者は。lv17にして英雄に最も近い竜族と恐れられた君でも…か?」


「ああ。亞人含め人族のLvは生涯20Lvが限度だと言われている。それ以上の鍛錬は少ない寿命の中では行えないって言われてるからね。だが、私達より長寿なエルフや天使ならどうだい?その生涯の中で人族の何世代分も生きる彼らならその程度超えてしまうかもしれない。あるいは…実は既に超えてるかもしれないねぇ。」


「まさか。あの魔導機を騙す事など不可能だろう?」


「そうさね。少なくとも自身が現時点で得ている力に於いて隠し通す事など不可能だろうね。だけど…本人が自覚していない、あるいは自覚のしょうがないなら話は別さね。理解していない力の使い方は評価に反映されない。」


「…成る程。つまり、彼女の意思に関係なく何か秘密がある…と言いたいのか。」


「そゆことさね。尤も、私の勘でしか無いんだけどね。」


 ディノの話を聞いたズヴェルは頭を抱える。謎多きキリという存在が理由なだけではなく、彼の目的が達成出来なさそうな雰囲気なのが頭痛の原因だった。


「…まぁどの道潜在的な能力の問題で彼らは2分されるだろう。そうなれば…。」


「…組合の役員とは思えない発言さね。全く。」


「別に組合の人間として来てるわけでは無いからな。この程度構わんだろう。」


 鼻を鳴らして髭を触りつつふんぞり返りながら窓の外を見るズヴェル。そんな彼に溜め息を吐きながら資料ディノが資料をまとめて片付けていると、部屋にノック音が響いて扉が開いた。


「何か用かい?私は今日休みなんだから問題なら自力で解決しな?」


「あ、いえ。ディノさんではなくズヴェルさんに用件がある方が。」


「ん?俺も今日は半休取ってる筈だが…まぁ良い。何用だ。」


 訝しげに来客者を見たズヴェルは近くに来る様に伝える。来客はどうやら組合の関係者らしい。


「実は、ここ最近ある噂がありまして…。」


「ほう?成る程。…ふむ。ディノ=レイス。マーレー様は今コリンダ村へ向かってるのだったな?」


「ん?そうだけど…なんだい?」


「いや、何。ちょいとした依頼を組合から出すつもりだったのだが、火急でな。丁度いいから早馬を出してコリンダ村に向かわせ彼らにお願いしようと思う。」


「…成る程ねぇ。あまりいい気がしないけど。何が目的だい?」


「何。変な事では無い。ただの捜索さ。」


「だと良いけどねぇ…。」


 ディノの冒険者として長年培われた勘があまり良い報せでは無いと告げる。が、受けるも断るも彼ら次第である以上これ以上口を挟む理由もないと決めた彼女は、先程とは逆に不敵に笑うズヴェルから視線を逸らす様に窓の外を眺めていた。


 ※※※


 時と場所は戻りコリンダ村。昼時を過ぎてまったりと過ごしていたレジス達が帰りの日程を御者と打ち合わせしていた頃。コリンダ村に一人の来訪者が現れた。


「コリンダ村へようこそ。何か御用ですか?」


「ああ。この村に在留している冒険者に用があってな。」


 組合から手渡された証を見せた男の身分を確認した村人は、そのままラルドの元へと向かう。同様に身分証を確認したラルドは二つ返事で聞き入れて彼をレジス一向の元に向かった。


「君達が酒樽の飛沫所属の冒険者で合ってるか?」


「ええ、そうです。そちらは?」


「こちらはエルリアから来られた組合の伝達員です。」


「っ…失礼しました。パーティのヒーラーを務めていますキリと申します。」


「ふむ。噂に聞いた通りの美人だ。そんな事より君達に組合から依頼がある。引き受けてくれるか?」


 組合からの使者に一瞬考える素振りを見せたキリは少し離れた所に居るレジス達を見た。


「彼らも交えて詳しいお話を聞いても?」


「ああ。構わない。むしろその方が何度も説明する手間を省けて効率がいいだろう。」


 キリの提案に快諾した伝達員を連れてキリはレジス達の元へと戻った。


 大体の紹介を終えたところで伝達員は本題に入る。概要としては付近の洞窟に盗賊が住み着いたらしく、討伐して欲しいらしい。


「大体は理解しました。ですが一つ確認したい事があります。」


「ふむ。なんだ?」



「?!?!?!ッ」


 不意に言い放たれたマーレーの言葉にレジスとラフィンは驚愕する。同様に表情には出さないものの彼からこの言葉が出るとはと予想だにしていなかったキリも驚いており、それは伝達を務めていた彼も同じであった。


「…一応、その問いに対する理由を聞こうか。」


「そうですね。大きな理由としては三つですね。一つ、彼我の力量差が殆どないのであれば加減した際我々の方が殺されるリスクがあります。どれ程の集団か分からない以上手は抜けません。しかも盗賊業を行う者共なら命乞いして騙し討ちなんてお手の物でしょう。無力化より仕留めた方が確実に安全です。」


「ふむ…続けてくれ。」


「はい。二つ目は伏兵への見せしめです。強奪を生業とする者なら確実に全員が1箇所に留まるとは思いません。必ず付近に別の隠れ家を持っているでしょう。そんな彼らを誘き寄せる為に仲間の死は扇動するには持ってこいかと。仮に相手が知的なリーダー格を抱えていたとしてもこれらは指揮系統の低下に効果的です。」


「…三つ目は?」


「そうですね。これが一番簡単な事ですが。高々100年足らずの寿命の内幾年を無駄にして悪行を行なっている者が、捕縛された所で残りの余生の内に更生して正しき心を持つとは思えません。仮に更生したとしても彼らのリーダー格からは裏切り者として目をつけられ、彼らを保護している街に更なる火種を生む事になりますから。」


「っ…左様か。」


「ええ。心なんて100年程度では本質は何も変わりません。心の成長はもっと長い時間をかけるか統治者が意思の統率を図らない限り変わる事がないでしょう。ですから確認の為に再度お伺いします。討伐ですか?捕縛ですか?」


「…脅威を除外出来るなら生死は問わない。優先事項としてはこれだ。ただ、生け捕りにしてくれれば奴らの拠点が割れるかも知れん。無論、生け捕りにした盗賊は尋問の後対処は行う。これで問題ないか?」


「ええ、異論はありません。」


 当初不遜な態度を取っていた伝達員だが、顔色一つ変えず当然の事の様に言い放ったマーレーに気圧され、冷や汗を垂らしていた。それは同じ様に人に生まれ人に育てられレジスやラフィンも同じだった。だがキリはマーレー同様気にした様子も無い。


「…キリさんは、マーレーさんの提案に異論は無いのか?」


「?…ああ。あまり気にしてませんよ。至極真っ当な意見ですし、種族どうこうで対応を変える理由が無いですからね。」


「け、けどマーレーさんが人殺しになるなんて…!」


「それこそマーレーさんの言った通りかと。生殺与奪の権利を持つのは圧倒的な実力差が無ければ不可能な事。本気で抵抗して生き残る為に相手を殺す事への躊躇が無い盗賊相手に余力を残して無力化する事は愚か、トドメを刺す事に躊躇いを持った瞬間を狙われて逆に殺される可能性がありますから。それに、童話に描かれる様な英雄でも人を殺してきていますよ?


「っ…。」


 キリの言葉を聞いて黙り込む二人。それぞれの育った環境の違いから生まれる倫理観の差は、やがて多少の確執を残しながら彼らを先に進めることになる。


 それはさておき、善は急げと言うのはこの場では満場一致なのは変わらない為普段よりは口数が減っているものの、一同は伝達員先導の元盗賊が拠点としているらしい洞窟がある山岳地帯へと向かう。コリンダ村周辺は流石と言うべき見晴らしの良さがあった為道中接敵する事なく草原地帯を抜ける事になり、切り立った岩場や多少朽ちた木々が散在した山岳地帯までは安全に向かうことができた。


「この先に幾つか盗賊の拠点になっているらしい洞窟があると聞いている。案内はここまでだ。コリンダ村にて吉報を待つ。捕縛用の縄を幾つか渡しておくから使うといい。ではまた会おう。」


「はい、ありがとうございます。」


 伝達員と別れたレジス達は隊列をいつもの形で取りつつ山岳地帯を調査し始める。大地の隆起や陥没により生まれた天然の要塞は大小様々であるがこの山岳地帯には点在しており、単に人が住めるだろう大きさの洞窟だけでも結構な数があった。


「…どの辺りが怪しいと思う?」


 数時間経って幾つか遠巻きに見回った後見晴らしの良い場所を押さえたレジスが三人に聞く。三者三様に怪しいと思う方向を向いた一同はそれぞれに思惑があった。


「…ここから北の洞窟群は全て人が住める程の大きさがある入り口でした。総じて盗賊の根城になっている可能性があるかと。」


「西の洞窟は数は少なかったですが付近に商人が利用している山道があります。彼らにとって襲撃がしやすい地点かと。」


「南の洞窟の入り口。幾つか人が出入りしている痕跡があったよ。最近のものもあったから割と正解なんじゃないかな。」


「成る程。皆の意見はわかった。…ラフィンの案を採用しよう。北は最悪想定以上の人数に襲われる可能性がある。西は恐らく南北に繋がる連絡路の可能性もある。襲撃しやすい地点があるなら尚の事だ。その地点に残るのは考えにくい。となると、今の俺らの戦力で狙える上一番結果として良好になりそうなのは南の洞窟になる。異論があるなら。」


「ないですね。行きましょう。」


 全員が納得した様子で南に向かう。周囲を警戒しながら進んでいく。この先は盗賊と直接対峙する形になる。些細な変化も見逃さない様にラフィンが最大限に警戒しながら先導し、三人が後ろに着く。毎度変わらないこの隊列だが、彼らにとって最大で最後の生命線だ。



「…一番新しい足跡はここだね。どうする?」


「…行こう。あまり遅くなると相手の方が有利だ。地の利がない分夜闇は避けたい。」


「了解。奇襲になるから灯りを消していく。その為夜目が効く二人を前後に置きたい。マーレーさん、最後尾を頼んだ。」


「ええ、分かりました。行きましょう。」


 ラフィン先導で中に入り、遅れて薄暗闇の洞窟の中へと一同は入っていく。松明を使わず僅かな視界を目視だけで進む彼らは、暫く進んだ先にうっすらと伸びる松明の灯りが見えているのを発見した。

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