第4話 コリンダ村
ゴブリン達の血の匂いで新たな魔物が誘き寄せられる事を懸念した一同は夜営地を100m程離れてから建て直し、確実に睡眠が必要な種族であるレジスとラフィン、キリを仮眠させてマーレー一人で見張りを行う事にした。
「…折れていた所は…大丈夫そうですね。」
人族とは根本的に体の作りが違うエルフは即死でもしない限り月光による治癒で殆どの怪我を治せる。彼らの血液に含まれている魔力の賜物らしい。その分エルフに対する医学というのは当然の事ながら発展していない為、死に近い痛みを伴う重傷などは長く苦痛を伴い、耐え切れずに死んでしまうらしい。
「とは言え、この先何度も死にかけるでしょうから心も鍛えねばなりませんね。」
星々を見上げながら呟いたマーレー。と、その時彼に近づく気配を感じる。
「…おや、キリさん。如何なさいましたか?」
いつも通り微笑みを浮かべながら近くに座ったキリは、何も言わずマーレーと同じ様に空を見上げる。マーレーもそれに合わせて何も言わずに眺めるのをやめない。キリが話しかけてくるのを待つ事にした。
やがて、溜め息一つ吐いたキリは口を開いた。
「…いつも戦闘になると思うんです。レジスも、マーレーさんも、ラフィンも。皆命を賭けて戦い抜いている。だけど私はそれを見ている事しかできない。…いえ、分かっているんです。ヒーラーは『最も冒険してはいけない』職だと言う事位。だから最後尾で支援を飛ばす。その為に皆が命を賭けてくれる位。」
先程の戦い。もし自分にも戦闘技能があればできた事はあった筈だと自らを恨むキリ。しかしマーレーはそんなキリを笑った。
「ふふっ…キリさん。それは勘違いです。」
「…え?」
「私達はキリさんを守る為に命を賭けたなんて思ってません。その時出来る最善策を考えた結果でしかありませんよ。キリさんを守る為に戦うなんて余裕誰にもありません。」
だからあの時私はヒールを求めなかった。と付け足す。実際それが一番最善であった上に成功もした。
「勿論最善を選んだつもりが悪手だなんて事はこの先幾らでもあります。しかし、私達は四人いるんです。三人が最善を選ばなくても一人が選べればそれだけで道は開ける。ですからキリさんも自分が思う最善を選んでいたら良いんです。そしたら逆に私達を助ける事が出来るかも知れませんよ?」
「…そう、ですかね?」
「ええ。だって1秒先の事なんて誰にも分からないんですから。正しいか正しく無いかは後からついてくるものであってその瞬間に分かるなら誰も苦労しませんよ。そもそもそんなものは個人の主観でしかありませんし。悪人も英雄も魔物も魔族も誰も彼もその瞬間自分の行持に迷いながら正しいと思うしかないんです。その結果英雄と呼ばれようが悪党と呼ばれようが裏切り者やら救世主やら言われようが将来の事でしかありません。ならばせめてこの瞬間の選択に自信を持って行動すべきではありませんか?」
「…。」
「悩むな。なんて思いませんよ。悩んだ挙句何も選ばないのは良くありません。ただ、何もしないというのも選択肢に入れて選ぶ勇気と言うのが必要です。目の前で我々が死にかけていても、何もしないという選択が最善と判断したならそれはキリさんの選択として自信を持って下さい。」
「…腑には落ちませんが、はい…。そうですね。精一杯悩んでみるとします。」
キリが返事を出した頃には朝日が登り始めていた。長く辛い様に感じた夜が明け、新たな1日の始まりを告げる…。
※※※
襲撃された事など気にも留めなかった様子で予定通り目を覚ましてきたルクシアを見て驚きつつも起床予定の時間に合わせて行動を開始した一同は、夜営道具を荷台にしまって昨日同様乗り込む。皆よりは睡眠時間が足りないマーレーを気遣い(無理矢理だが)彼一人仮眠を取らせた三人は各々自由な時間を過ごしていた。
「…ふふっ、やっと睡眠に入った様ですね。」
マーレーのエルフ特有の端正な顔立ちの寝顔を眺めながらルクシアが言う。
「ええ。しかし…ここまで無防備なマーレーさんって中々珍しいですね。」
「そりゃ寝てるからねぇ。」
「そういや俺もマーレーさんの寝顔は初めて見るな。キリさんとラフィンはよく見るけど。」
「…前後共にどう言う意味かな?ん?」
「そりゃラフィンはバイトの休憩中死んだ様に寝てるか死んだ魚の目をしながら飯食べてるし、キリさんは酔ったらダメになってそのまま寝るし。」
「こんな可愛い女の子をよくも死人扱いできるね…後でキリさんの手料理ね。」
「おい殺す気か?!」
「ふ、二人とも酷くありませんか?!…それで?何故普段相部屋のレジスがマーレーさんの寝ている姿を見た事ないのでしょうか。」
「んー。いや、単純な話マーレーさんって俺より後から寝て俺より早く起きてるんだよ。なんなら寝てない可能性もある。」
レジスの話を聞いた他のメンツはじっと寝ているマーレーを見つめる。まさか…と思い見つめ続ける事数分。耐えきれなくなったマーレーが口を開いた。
「…いえ、その。エルフは種族として睡眠はほぼ必要ありません。趣味として睡眠を取る方も居ますが。体を休めるというのもこうして何もしないというだけで休まります。体内の魔力と世界に満ちてる魔力を循環させるという事だけで大丈夫なのですよ。」
「成る程、そもそもの体の作りが違うという事か。」
「そうですね。と言っても人と同じく怪我をすれば血が出ます。月光が無ければ勿論回復もしません。その際は回復の奇跡に頼る事になりますし睡眠が必要になる事もあります。」
実際コボルトリーダーを討伐する前日は新月の日だった為睡眠を要した。同じ様に月光による回復が見込めない場合は不眠による行動能力の低下がある為、状況に応じて睡眠を取る事も身につけておかねばならない。
「一見万能に見えてもなんだかんだ大変なんだな。」
「ですね。その代わり満月の夜は自身の能力を超えた力が出せます。魔物で言えばライカンスロープの様な強化ですね。尤も私達エルフに変化能力はありませんが。」
「ちなみにどれくらい強化されるの?」
「んー。魔力は使った先から回復しますね。怪我も軽いものなら10秒程で完治します。重篤状態なら1時間程で。後は…まぁ身体能力も向上してますね。」
「ほえー。凄い…。」
「一回満月マーレーさんと戦ってみたいな。普段とどれだけ違うのか。」
「あはは…お手柔らかに、レジス。」
好戦的な眼差しを見せるレジスに苦笑するマーレー。その様子につられて笑い出す一同。
平和な空間で過ごした二日目は、半日を過ぎた辺りでコリンダ村に到着した。
※※※
コリンダ村の入り口は簡素な作りとなっており、検問など特にないまま中に入れた。周囲が見通しの良い低い草原地帯な事もあり、魔物の襲来は少ないらしい。
「…護衛、ありがとうございます。ここで私からの依頼は終わりとなります。途中襲撃もありましたが無事ここまで来れたのは皆様のお陰です。本当に感謝してます。」
「いえいえ、無事到着した事にホッとしたのは私達も同じです。」
お辞儀を交わして別れの挨拶をする一同。すると、近くの家から初老の男が出てきてルクシアに近づいた。
「おお。お帰りルクシア。元気だったかい?」
「はい、ただいま戻りましたお父様。見ての通り健在です。」
「そうかそうか。して、そちらの方々は?」
「エルリアからここまで護衛して下さった冒険者様です。」
「お初にお目にかかります。私はキリと申します。こちらからレジス、ラフィン、マーレーです。」
「おお…それはそれは。ありがとうございます。私はラルドと申します。どうでしょう、お疲れでしょうしそろそろ日が傾きます。娘を護衛して頂いたお礼に一泊していきませんか?」
「よろしいのですか?私達は兎も角御者の方の為に休息を挟みたかった所ですので…。」
「ええ、ええ。構いませんよ。我が家は空き部屋が多数ありますから。好きにお使い下さい。」
「ありがとうございます。ご好意に甘えさせて頂きますね。」
パーティの中でも対人コミュニケーション力が大人な意味で高いキリが話しつつ、ラフィンとレジスは村の様子をチラリと見回す。栄えているとまではいかないが貧しさを感じさせないコリンダ村の様子に驚いた様子だった。
「…失礼ながら、街や王都から距離があるにも関わらずこの村は貧困とは無縁な様子ですね。」
「ええ、我々の村はホラリス様を信仰している上に巫女が居りますので。」
「成る程。それで…。いや、悪い意味ではあないんだ。平和とは言え魔物の対策がされていない割に潤ってるな…ってね。」
「そう言う事でしたか。この村に近づく魔物はすぐ分かりますので。のこのこやってくるのは年に数回程度ですよ。」
まるでお祭りの様に言い放つラルドに思わずレジスは苦笑する。この世界でここまで平和なのも珍しい程なので本人達からすると本当にお祭りなのかもしれない。とは言え命をかけたお祭りなんてものは果たして楽しむべき物なのかと言われれば疑問に残るが。
閑話休題。
ルクシアと共にラルドの家に入った一同は数日ぶりの家屋という事もあり今までの緊張感から解放された様子で笑みを溢す。口々に話すのは昨晩の死闘の話だった。
「いやぁ。あの時のマーレーさんのアイアンバレットには痺れたね。レジスにも見せたかったよ。」
「いやいや、それを言うならラフィンの投擲術の方が凄かったですよ。あの距離を寸分狂うことなく狙い通りに当ててましたし。」
「それを言ったらレジスさんの死闘も凄かったですよね。あの数のゴブリンを相手に大立ち回り。惚れ惚れしましたよ。」
「あれはキリの援護あってだよ。なかったら今頃肉片になってたかもしれないからな。」
「冗談に聞こえないので笑えませんよ…全く。」
笑いながら会話するレジス達と呆れるキリ。その様子をラルドはニコニコしながら見つめていた。
「仲の良いパーティーですね。結成間もないと言うのに皆それぞれを認め合ってる。その若さでは中々難しいでしょうに。」
「あはは…まぁ2人年長者が居ますから。」
「1人ですよ?」
「えっ…。」
「ひ・と・り・で・す・よ・ね・?ラ・フィ・ン・?」
「ソ、ソウダネ。マーレーサンダケダネ…。」
表情一転。にこやかな笑顔で詰め寄るキリに思わず固まるラフィン。その様子を見ていたマーレーは笑いながらラフィンに近づいた。
「…私も人族の寿命換算すると18歳ですよ?」
「いやいや、それはそうだけど無茶があるから!!」
「全く…ルクシアとラルドさんが困惑してるからやめとけ三人とも。」
珍しく止めに入ったレジスによって引き離された三人は笑いながら椅子にもたれかかる。気を抜いているのがすぐに分かる程笑顔で会話している彼らはルクシアやラルドから見ても年相応の青年達に見えた。
※※※
「ですからぁ…わらひはよってらいれすぅ〜。」
それから数時間経ち夕食どき。ルクシアの手料理と共にお酒が進む。当然キリは即出来上がった。
「おとめはぁ〜ひみちゅがおおいのれすぅ〜。」
「分かったわかった。いいから寝とけ。」
絡み酒を繰り広げるキリを押し除けながらレジスはチラリと家の窓から外を見つめる。村の中は静かな時間を過ごしており各家庭での団欒を楽しんでいる様だ。
「それにしても。本当のどかな村ですね。」
「ええ。街の喧騒した雰囲気とは違う味があるでしょう?」
「ですね。私の里も夜中になれば静かでしたが…この時間は里の者が皆集まっておりますから。」
「ほう?それは何故です?」
「我々エルフは食事などは個々の家庭で行うものではなく皆共に過ごす様にしています。と言うのも個々の技能は得手不得手ありますから…。採取が得意な者も居れば調理が得意な者も居ます。なので皆睡眠や月光浴の時以外は共に居る事が多いですね。」
「なるほど…出来る事を共有するからこそ、出来ない事を助けて貰いそれらに価値を決める事無く平等に扱っているのですね。」
経済という概念自体が無い以上等価交換ではなくお互い得意な事を役立てている。そこに平等さという物を必要としない彼らだからこそ出来る生活様式だろう。当然人族の様に平等さを求める生活様式では行えない。貨幣が普及し切ってる以上は見習えないなとラルドは思った。
「しかしそれで暴動など起きないのは人間の世界では考えられませんな…。」
「まぁ一々そんな事起こしている余裕なんてありませんよ。外に出ないので我々の中では血族の元平等でありますから。」
「なるほど。確か生まれによって寿命が違うのでしたね。」
「ええ。里長の種族となる者は一代で歴史を物語る一族となりますから。とは言え我々の血族は常に同じ寿命である事はありません。精霊王に選ばれた血族が昇華し長になると言われています。」
「…ふむ?」
「えと、説明するとこんな感じですね。」
曰くエルフの里では数百年に一度精霊王にあたる存在との謁見があり、その際最も優れているエルフを昇華させ上位の血族とするらしい。通常のエルフだった者はハイエルフに、ハイエルフだった者にはエンシェントエルフにと。それにより自身の寿命は伸び新たな人生を歩み始めるらしい。それらは誰にでもチャンスがあり死にかけの老体がいきなり寿命が伸びて若返る…なんて事も起きるらしい。
「故に争う暇があれば我々は常に研鑽を行う必要があります。ですから他者を貶めるなんて事にはなりませんね。」
「あくまで自身が高みを目指す必要があると。成る程。頭では理解出来ますが…人間には程遠い世界ですね。」
「まぁその辺は仕方がありません。我々は閉鎖的な社会ですからね。」
ラルドの穿った様子の一言もなんら気にすること無く流すマーレー。一瞬の沈黙の後不意にラルドが笑った。
「…いやこれは。見た目とは全くかけ離れた達観さ。改めて純血のエルフという種族の素晴らしさに感服致しました。」
「いえいえ。私なんてまだまだ若輩者ですから。」
笑みを溢しながらグラスを鳴らし乾杯をする。そんな二人のやり取りにポカンとしながらルクシアとラフィンは見つめていた。
「なんというか…お父様は兎も角マーレーさんって大人ですねぇ。」
「だよねぇ。何というか…見た目は私達と変わらない歳なのに雰囲気というか何というか…いい意味で色気があるよねぇ。」
「わかります…。凄くわかります…!何というか…キュンってしますよね!」
「え?!あー、うん。ソウダネー…。」
予想外のルクシアの反応に困惑するラフィン。恋する乙女の様なその視線はマーレーに気付かれる事は無いのだろうが。
「わかりましゅ〜!まーぇーしゃんはえっちいんでしゅよねぇ〜。」
「げっ、キリさん。」
「げってなんでしゅかぁ〜らふぃん〜っ。」
「いやぁ。キリさんに捕まるとねぇ。」
「むぅぅ。というかぁ、みんななんれわらしとまーぇーしゃんだけしゃんつけるのれすかぁ?」
「あはは…二人共人生の先輩感が強いので…。」
「まーぇーしゃんはともらく、わらしはおとめれすぅぅぅ!!」
「わ、分かった分かった!キリちゃん!これでどう!」
「えへへ…いいですよぉ?まーぇーしゃんも!!きりちゃん!!さんはい!」
「き、キリちゃん…ですか?」
「よろしぃ!ふひ〜。」
満足気に微笑んだキリはそのまま机に突っ伏して寝息を立て始めた。その様子に一同は思わず吹き出しながら彼女介抱もある為お開きという事にして、其々部屋へと向かった。
翌日からキリがちゃん付けで呼ばれる度に赤面しながら悶えてたのは言うまでもない。
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