第3話 狩る者と狩られる者

「助かりました。ありがとうございます。」


「あいさ。」


 一度ゴブリン達から距離を取りラフィンと合流したマーレーは、敵から目を離す事なく伝える。短く返事したラフィンも同様に。


「レジスとキリさんならじきに奴らを倒しこちらに来るでしょう。その間にアーチャーだけでも。」


「なんなら二人であいつ倒すのも良いかもね。行くよ!」


 軽く息を整えた二人は再びゴブリン達に向かい駆け出す。当然矢が放たれてきたが風の加護に逸らされ、自慢の速度で回避された一向に足を止めさせられる事はない。そのまま二人はホブゴブリンの近くに居るゴブリンアーチャー達に斬りかかった。


 ※※※


 一方その頃、レジス達はゴブリン二体を倒した後に騒音で起きてきた御者とルクシアに説明をしていた。


「成る程、ゴブリンの群れが襲来していたのですね。皆さんはご無事ですか?」


「俺達はね。マーレーさん達は増援を倒しに行ってる。」


「なんと…お二人だけで大丈夫なのですか?」


 心配そうに尋ねるルクシア。その心配はレジス達も同じだった。


「…少し危うい可能性があります。しかし、この場を空けてしまうと言うのは更なる危険が及んだ時にお二人を守る事ができなくなります。」


「…成る程、確かに我々は身を守る術がございませんからね…。」


 キリの言葉に俯くルクシア。依頼した身とは言え自分達が足を引っ張る様な状況に複雑な心境を抱いているらしい。そこで、レジスは一つ提案をした。


「…キリさん。俺に支援をかけてくれ。で、そのままマーレーさん達の方へ。」


「…しかしそれではレジスが怪我をした時に誰が?!」


「それはあの二人も同じだ。そして目に見える脅威は恐らく彼方にある。まずはそちらを排除しないとこの後増援が来た場合全滅する可能性もある。それじゃ本末転倒だ。」


「…分かりました。それでも無理はしないで下さいね。」


 レジスの提案に従う事にしたキリは、彼にプロテクションとマッシブパワーをかけてマーレー達の方へ向かう。その後ろ姿を見送ったレジスはルクシア達に微笑みかけた。


「なに、あっちのメンツは亞人のハーフが二人に純血のエルフだぜ?すぐに倒して戻ってくるから安心しとけ。その間、人間の俺には人間にしか出来ない事をやるまでさ。」


 ※※※


 ホブゴブリン付近にいた二体のゴブリンアーチャーを仕留め、残す所大物一匹となったところで駆け付けたキリが到着する。


「二人ともっ…無事ですか?!」


「キリさん!…ええ、残すはホブゴブリンだけです。ところでレジスは?」


「彼にはルクシアさん達の護衛の為残って貰ってます。全員空けるとお二人が危ないので…。」


「確かに。ナイス判断だね。」


 状況確認しながら陣形を整える。目の前には自分の子分達を失ってか憎悪を見せるホブゴブリン。彼我の距離は20m。一駆けすれば接敵距離だ。


「…私らに支援を。ラフィンさんに撹乱して貰いつつ私が魔術で削ります。」


「畏まりました。かの者達に光の加護を"プロテクション"」


「出し惜しみはしない!!ダブルアロー!」


 キリの支援を受けた瞬間全力で駆け出しながらラフィンが矢を放つ。それを棍棒で振り落としたホブゴブリンはラフィン目掛けて全力で駆け出した。


 その間に集中をしていたマーレーが地面に手を当てる。


「鉱石よ…我が声に応え敵を貫け!"アイアンバレット"」


 魔力が地下深くの鉱石に反応し大地を突き抜けてホブゴブリンに向けて弾丸の様に飛び出す。金属性の中位魔術にしてLv3で習得可能なこの魔術は、燃費の割に使い勝手があまり良くないのだが、月明かりの下で戦うマーレーは戦いながらMPが回復していく為問題にはならない。そしてその威力はウインドカッターやシャドウニードルとは比較にならない程高威力な為、ホブゴブリンは思わず怯みその身を貫かんとしていた鉱石を振り払う。鮮血を撒き散らしながらラフィンよりもマーレーの方が危険だと察知したらしい。陽動していたラフィンを振り払いつつマーレーに視線を向ける。そのまま跳躍してマーレーの側まで飛び込み勢いのまま棍棒を振り下ろす!


「くっ…!」


「マーレーさん!!」


 突然の事に反応が遅れたマーレーはプロテクションによる光の残滓を撒き散らしながら後方に吹き飛ぶ。辛うじて堅樫の杖で身を守ったものの衝撃を殺しきれず大打撃を受けたマーレーの両腕は力が抜けた様にだらりとしていた。


「いっ、今ヒールを…っ!」


「だ、大丈夫ですから、それより前をっ!!」


「っ?!」


 その勢いのままキリに襲い掛からんとするホブゴブリン。一瞬の視線の交差の後にやりと笑ったその一撃。


「させるかぁぁぁぁっ!!」


『ギィィィッッ』


 すんでの所でラフィンの矢がホブゴブリンの目を穿つ。振り上げられた棍棒の一撃はキリの体を掠る様に外れ、一生を得た。


「っ…助かりました、ラフィン。」


「ハッ…ハッ…だ、大丈夫?」


「ええ、なんとか。」


 一旦距離を取って体勢を立て直す。その間にマーレーもなんとか起き上がり合流した。


「マーレーさんっ…腕が。」


「っ…折れてるだけです。ラフィン、この杖を右腕に縛り付けて貰えませんか?」


「えっ…う、うん。分かった。」


 言われた通りに杖を右腕に縛りつける。即席のギブス代わりに扱うらしい。


「今日は月が出ています。負傷した場所も回復し始めてるので私は大丈夫です。キリさんはラフィンの支援と回復を。ラフィンは引き続き奴を翻弄しつつ削って下さい。私が仕留めます…!」


「っ…ですが。」


「キリさん、私の腕がしばらく使えない今ラフィンが倒れたら前衛が居ません。彼女は私達の生命線です。お願いします…!」


 口の中に溜まった血を吐き出しつつラフィンに告げる。あくまで回復を受け取らないマーレーにキリは焦燥した。だが、現状マーレーの回復を行っている間にホブゴブリンを足止めするのはラフィンただ一人。半端な状態で彼女が倒れたら全滅の恐れがある。例え間に合ったとしても次はラフィンの回復を行なっている間マーレーは一人で前線を貼らなければならない。そうなればジリ貧になるだけだ。


「今できるベストを尽くさねば死しかありません。やりましょう。」


「…っ。わかりました。」


「それじゃ行くよっ!」


 淡いピンクの傷一つない唇を噛み締め血を滲ませながらキリは頷く。了承した様子を見たラフィンは即座に駆け出しホブゴブリン相手に接近戦を挑む。その間マーレーが集中して魔力を高め、キリがラフィンに支援を飛ばす。


「ノロマな君には捉えられないだろうねっ!!」


 ラフィンの速度を活かしたヒットアンドアウェイの攻撃に合わせる速度がないホブゴブリン。その一撃は軽いものの何度も切り刻まれ、返す振り下ろしは空を切る事に苛立ちを見せながら無我夢中で棍棒を振り回す。そのいずれにも当たらずに攻撃を繰り返すラフィンと彼女の攻撃力を少しでも上げるために支援マッシブパワーを飛ばすキリ。勿論もしものためにプロテクションが切れない様に留意しつつヒールも打てる準備を行う。生魔転換はまだ行わない。MPポーションを飲みながら備える。


(今使える魔術は3つ…。ウインドカッターとシャドウニードル…それにアイアンバレット。ウインドカッターはあの魔物相手では牽制にしか使えないだろう。シャドウニードルは…奇襲には使える。仕留めるにはやはりアイアンバレット。そうなると作戦は…。)


「風よ、我が声に応えよ!」


 ラフィンが翻弄する中ウインドカッターの3連射。9枚の不可視の風刃がホブゴブリンを切り裂く。表皮を切り裂く程度にしかならないがそれでも対応が出来ない風刃にホブゴブリンの苛立ちは更に増す。


「サンキュー!まだまだっ!!」


 テンポ良く切りつけながら距離を取ったタイミングで矢も放つ。息付く間もない猛攻に合わせる事が出来ないホブゴブリンは遂に痺れを切らす。


『ギィィィッァァァァァァッ!!!!』


「っ!しまっ…?!」


 ラフィンが踏み込んだ瞬間に放たれた咆哮。先程よりも怒りと憎悪が混じったそれは速度と手数において圧倒的なアドバンテージを得ていたラフィンの足を地に縫い付ける。たった2秒。だが無限にも思えるその時間はラフィンの優れた視力を鋭敏にし、間近に迫るホブゴブリンの醜い顔の毛孔まではっきりとさせていた。ゆっくりと流れるその時間。頬を徐々に軋ませながら動かない体に向けて振り下ろされる棍棒。目を離す事すら許されないその瞬間は致命打を受け入れるまで永久にも感じる。






 刹那。









「…"シャドウニードル"」




 その腕を空中に繋ぎ止めた5と静かに、それでも明確な意思を持って放たれた魔術が耳に届く。


「ラフィンッ!!離れて下さい!!」


「ッ…ありがと!!」


 間一髪。目前にまで迫ってた一撃から抜け出したラフィンはすぐに離脱。一旦キリの近くまで離れる。対しマーレーはここが勝負どころと見極めたのか、更なる集中をしながらキリから封を開けたMPポーションを受け取り、首を動かして一気に流し込む。


「ラフィン、ここからは近づかないで下さい。ありったけの魔力を込めて奴を仕留めます。」


「分かった、頼んだよ!」


「っ…。」


 この状況で何も出来ない事に苛立ちを覚えるキリ。果たして本当に何も出来ないのか。と。


(…手立てが無いわけではありません。しかし、ですか。)


 脳裏に響く彼女にしか聞こえない声。警鐘よりも明確に感じ取れるその声はキリに取っては絶対だった。


 そんな事は知らない二人は隣にいるキリを信頼している。キリと言う存在の為に命を賭けれる程。たった1ヶ月。マーレーに関しては1週間程しか経っていない仲なのに。


「…私、は。」


「。キリさん?」


「い、いえ。」


 思わず聞き返したラフィンに微笑みで返す。毎日抱き枕代わりに抱き着いてくる彼女位は本気で守るべきだと思ってしまう。例えそれが神に逆らう事だとしても。


 そのタイミングを知ってか知らずか。目には見えなくても高まりを感じる魔力の奔流がマーレーを包む。その一撃に生命の危機を本能的に感じたのか。ホブゴブリンが一層慌てる様にもがく。彼を縫い止める針は微動だにしない。その確固たる意思で貫かれた細くとも頑強な影の針はホブゴブリンの生涯の中で一番鮮明に記録されるだろう。そしてそれを放った人物が次に放つ一撃も。


「鉱石よ…



 我が声に応え…



 敵を貫け!!!!!」


『ギィィィッギィッギァァァッ!!!」


 最期の悪足掻きとも言える咆哮。しかし有効範囲から距離を置いた彼らには届く事なくー


「“アイアンバレットォォォォォォォォォッ"!!!!」


 ホブゴブリンの咆哮に負けず劣らず喉が焼き切れる程叫んだそれは、込められた魔力に合わせる様に先程の比にならない数の鉱石の礫が浮き上がる。数百にも及ぶは一斉にホブゴブリンの方へ目掛け飛び出す。一切の回避も妥協も許さぬ鉱石の弾丸。その一つ一つに『必ずここで斃す』と言う意思が込められたそれらはホブゴブリンの硬質な皮膚を食い破る様に穿ち、貫き、食い込む。


『ギァ…ァァァ…、ァ、…』


 次第に薄れていく絶叫。同時に消え去った影の針の支えを失ったホブゴブリンは白目を剥いて仰向けに斃れる。


「すっ…ご…。」


「…ゼェ…ゼェ……、本気、ですから。」


 思わず感嘆の声を漏らすラフィンに対して、肩で息をしながらマーレーは言い切る。そして文字通り何もしないまま山場を乗り越えたキリは一人複雑な表情をしていた。


「…とりあえず、マーレーさん、腕を治さなきゃ…!」


「…いや、実はそれなりに、治り始めてきてますから、気にせず…!」


 苦笑しながら言葉を交わす一同。そんな彼らはホブゴブリンが完全に死んだものと考えていた。


『ギィィィッ…ァ…ッ!!』


「?!?!」


 体を起こす事すら不可能なまでに消えかけた命。しかしそれでもその顔は歪んだ様に不気味な笑みを浮かべていた。そして一言。


『…愚か、な、ニンゲンども…め。き、さまら、の、仲間、は…おれさ、ま達、と地獄、へ連れてく、ギァ…ギァ、ァ』


 そのまま目の光を失うホブゴブリン。完全に命を奪った筈なのに三人の胸が騒ぐ。


 その瞬間彼らの耳に微かに聞こえるゴブリン達の鳴き声。その位置は



「ッ…レジス!!」


 彼らの野営地に他ならなかった。


 ※※※


「くっ…この数は流石に多いな…っ!」


 レジスを囲む醜悪なゴブリン達。その数15匹。1匹1匹は取るに足らない彼らの最大の武器はその数である。異常なまでに繁殖するゴブリンは組合からも撃ち漏らしがない様伝えられている。何故なら彼らはその低い知能で敵を覚えるから。人を殺す快楽を覚えてしまうから。目の前の敵を襲うコボルトなどとは違う狡猾さがあるから。


「くそっ…あっちで撃ち漏らしがあったみたいだな…とは言え仕方ない。全員潰す!!」


 気合を入れたレジスは剣を手に取り周りを見渡す。キリの支援はまだ残っている。今のうちに出来るだけ多く数を減らさなければ。


 やる事が決まれば行動に移すのみ。手始めに目の前のゴブリンに斬りかかる。当然応戦してくるゴブリン達。動き始めたレジスに向かい一斉に飛びかかる。


「ほらよ、これなら関係ないだろ!」


 レジスの放った一撃は目の前で塞ぐゴブリンの棍棒に軽い衝撃を与える。そのまま手前に引き寄せる形で力を入れたレジスはゴブリンを飛び越えて輪の外に出る。全てのゴブリンを目の前に捉える形を取ったレジスは勢いそのままに飛びかかるゴブリンをいなし、弾き、切り返し…まるで組手を行うかの様に相手取っていた。


「へっ…この程度の動きならギルドの人達の何倍も可愛く見えるぜ。」


 思い出されるのはヘイトアクションを覚える為に繰り返された筋肉達との耐久組手。型に拘らない彼らの攻撃手段は文字通り地獄だったと言える。だが今回はたった15匹。更にはだ。思う存分に斬りつける事が出来る。


「…ってもあの人達が俺の剣で死ぬとは思えないけどなッ!!」


 1匹、2匹ととどめを刺しながら斬り斃す。なるべく彼らの注意がルクシア達に向かない様にしなければならない。視界の端で彼らのテントに誰も行ってない事を確認しながらヘイトアクションによる挑発を続けるのが今レジスに出来る最善手だった。


(せめてマーレーさん達の方が終わって、こっちに気付いてくれたら楽なんだが…楽観視し過ぎか?)


 心の中で希望的観測をしつつ次々と斬り伏せる。だが、5匹目を切り倒した所で感触に違和感が現れた。


「チッ…切れ味が悪くなり始めたか。」


 剣に限らず刃物というのは際限無く物を斬る事が出来るなんて事はほぼほぼ無い。それこそ、一級品の剣ですら手入れを怠れば鈍と化す。一般的に売られている鉄の剣なら尚更だ。とは言えレジスは手入れを怠っていた訳ではない。単に生物の血肉を斬ると言うのは刃に油や血糊が付着していく。それらは悪い意味で刃を包むコーティングとなっていく。これを普段なら砥石を使い削り落としていくのだが、乱戦ともなればその様な暇はない。故に切れ味鋭い剣はその討伐数を増やす度に鈍な鈍器へと変わり始める。だが、『殴る』を目的とした武器に比べ『斬る』を目的にした武器は用途が違う為取り回しに差が生まれる。具体的に言えば、棍棒やフレイルはどの面で殴っても同じ威力があり、殴る為に最適なグリップの利き方がする。指で言えば人差し指と中指辺りが最も力を加えやすい作りになっている。しかし、両刃の剣や片刃の物などは斬る瞬間の刃に瞬発的な勢いが必要となる為人差し指を支点にし、最も剣先から遠い小指が力点になる様に作られている。一見ここだけを聞けば剣の方が威力として充分に感じるのだが、剣の場合肉に食い込んでしまう。その瞬間的な時間のロスは死線においては致命的になる為、殴る目的なら圧倒的に棍棒の方が役に立つ。


 故にレジスは足元に転がる棍棒を拾い、迫るゴブリンの横面に思い切り振り抜いた。想定外の殴打に思わず足を止めるゴブリン。だがそれでもレジスの殴打が止まる事なく、更に数体気絶させていく。気付けば15体居たゴブリンが残り6体まで減っていた。ここでキリの支援が切れる。ここからは自力での戦闘になる。ヘイトアクションの効果がある分目を離されない為、レジスが崩れるまではルクシア達に危害が加わる可能性は低いが、普段とは違う得物を使いこの状況を乗り切らなければならないとなると自分の想定通りにならない事が多い。


「…それでも乗り切らなきゃならないんだがな。」


 冷や汗をかきつつ棍棒を振る手の感触を確かめる。まだやれる。そう確信して言える。と安堵しゴブリンを睨みつけた時だった。


「ひぃっ…たっ、たすけ…」


 テントの中から今にも倒れそうな程顔を青ざめた御者がゴブリンに連れられて出てくる。言葉を放つ事は無いがどうやらこれ以上動いたら彼の命が無いと言いたいのだろう。


「くっ…まだ居たのか…っ。」


 警戒が甘かったとレジスは焦燥する。武器を手放す様に身振り手振りで支持を飛ばしてくるゴブリンに対し素直に従う。その様子をしっかりと確認したゴブリン達はレジスの周りから武器になりそうな物を全て蹴散らし、棍棒をトントンッと肩で鳴らして醜い笑顔を見せる。


「これまでの報復ってか…。けっ。」


 まずは俺がと身振り手振りで自己主張していたゴブリンが前に出てきて棍棒を思い切り振りかぶる。そのままレジスの顔目掛けて思い切り振り切る…がそれをレジスが避けてゴブリンの後ろで騒いでいた別のゴブリンの顔に叩きつけられる。あらぬ方向に首が曲がったゴブリンは同士討ちでその数を減らしたのだが、当然、『次避けたらこいつを殺す』と言わんばかりに御者の首を掴み上げていた為従う事にする。



 次は狙いを外さない様身振り手振りで会話を交わすゴブリン達だが、流石に御者の命がかかっている為避ける気も反撃する気もないレジスはそれでも不敵な笑みを浮かべたまま棍棒を振りかぶるゴブリンを睨みつける。



「俺一人に時間かけ過ぎたな。クソゴブリン共が。」


『練技!!"ワイドシュート"』


 走りながら弓を水平に持って振り絞り、レジスの前に並ぶゴブリンの脳天目掛けて5本の矢が突き刺さる。自慢の速さを生かして駆けつけたラフィンだ。そのまま苦悶するゴブリン達にとどめと言わんばかりに短剣を振って首を切り裂いた彼女はレジスの近くで止まると軽く息を切らしながら無事を確認した。


「そっちは終わったのか?」


「うん、マーレーさんがなんとか倒してくれたよ。…ってあのゴブリン私の撃ち漏らしかぁ。」


 御者を捕まえているゴブリンを見つめたラフィンは彼の左手の甲を見て気不味そうに呟く。マーレーを救った後あのゴブリンのとどめを刺す前に次に行ってしまったのが増援の理由だった。


「まぁここまで聞こえる咆哮があったんだ。余程厳しい奴と戦ったんだろ?しゃあない。」


「あはは…それで護衛対象を人質に取られてたらざまないけどね。」


 なんともない会話をしながら二人は御者を捕らえているゴブリンを睨む。数の利を失ったゴブリンは例え人質を捕らえていたとしても敵ではない。それを分かっているのか、残ったゴブリンは怨念の籠った眼差しで二人を見ながら即座に攻撃させない様に御者を盾にして二人から距離を取ろうとする。それもレジス達にしか効果が無いのだが。


「風よ、我が声に応えよ"ウインドカッター"」


 当然ラフィンが居るという事は後からマーレー達も駆けつける。マーレーからすれば対象との間に人質があろうとも関係の無い事である。こうして、夜の襲撃者達の最期は不可視の風刃によるとどめで幕を閉じたのだった。

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