第113話 それぞれの必殺技

★★★(センナ)



 やった……勝てた……!


 セイリアさんが放った矢を目玉に喰らい、そのまま頭の中まで食い込んだのか。

 あのドラゴン……アークカオナシのルゲンガが、突っ込んできた速度のまま身体を塵に変えて消滅していく。


 断末魔の絶叫を残しながら。




「……いちかばちか。賭けましょう。姉さんは、矢を1本、私は3本番えます」


 あのとき。

 これから行う最大攻撃から逃げたらお屋敷に行って、お父さんやクミちゃんの家族を殺すと脅かされて。

 私は、私たちは万事休すかと思ったけど。


 この土壇場で、セイレスさんが最後の策を出してくれたんだ。


 突っ込んで来るルゲンガを狙撃して仕留める。


 それを可能にするために……


 セイレスさんが、矢を3本番え。

 セイリアさんが、矢を1本弓に番える。


 誤認させるためだ。

 セイレスさんと、セイリアさんを。


 そうすることで、セイレスさんの方がセイリアさんだと思い込む余地ができる。

 ふたりとも、同じ数を番えると、どちらがセイリアさんかを判別するために、記憶を読む必要が出てきてしまう。

 そうすると、ギリギリで回避に成功される可能性が出てくる。


 でも、こうして一見どちらがセイリアさんか分かりやすい答えを提示しておくと。

 向こうも記憶を読む手間を省こうとする可能性がある。


 無論、見え透いた罠だと、逆張りされる可能性もあるけど。

 一瞬は、悩むよね?


 そこが隙になるかもしれない。


 ……その結果が、これだ。


 オータムさん、大丈夫かな?


 私は、アークデーモンの消滅をこの目で確かめた後。

 この場に居ない、セイレスさんとセイリアさんの雇い主の人の事を考えた。



★★★(アイア)



 こいつ……やっぱり強い。


 ここまで苦戦したのは何時ぶりだろう?


 見た目は裸に腰蓑っていう、バーバリアンな恰好だから、力任せの我武者羅な連続攻撃が来るのではないか? なんて淡い期待をしてたんだけど。


 このアークオウガ……オオタケマル。

 戦いの技術、本物だ。


 私はビクティ2せいを振るいながら、相手の技に驚き、焦りを感じていた。

 魔神相手だけど、見事、って言うほかない。


 一般に二刀流は攻撃よりも防御の面が強くなるって言われてる。

 武器がふたつあるのだから、連続攻撃にその妙味があると思われがちだが、そうじゃない。


 防ぐ手が2つになることが最大の利点なんだ。


 まあ、もっとも。

 防御の壁が厚くなるということは、それ即ち、カウンター攻撃をやりやすくなるということでもあるから。

 結果的に、攻撃面でも強化はされるということになるとは思うけど。


 で、こいつの場合は二刀流じゃなくて四刀流。

 防御の厚さ、半端ない。


 防ぐ手が4つもあるんだから。


 私の攻撃を全て、剣ひとつ。

 最悪剣ふたつで対処してる。


 剣ひとつの場合は、受け流し。

 受け流しが難しい場合は、ふたつ使って受け止める。


 普通の剣なら、私はひと振りやふた振り、そのままへし折って強引に仕留める自信があるけど。

 こいつの振るってる剣、どれも両手持ちで振るってもおかしくないような大振りの剣なんだよね。


 だからそういう攻略法は少し厳しそう。


 それに。


 もし、全力で叩きつけてそれでも受け止められてしまったら、受け止めに使われなかった剣が即座に私を斬るだろう。


 ……なので。


 結果的に、わたしの踏み込みを甘いものにしてるんだよね。

 この「四刀流」って防御の厚さが。


 カウンターを警戒させて、私を足止めさせてるんだ。


 ……まずい。

 どうしよう……?


 私は、勝たないといけない。


 私は武芸を磨いている武芸者ではあるけど。

 今この場では、技比べをしてるわけじゃないんだ。


 守るために戦ってるんだから。


「見事な戦いぶりだ。驚嘆に値する。誇るがいいぞ、アイア」


 オオタケマルはガハハと満足そうに笑いながら、隙の無い四刀の構えを見せる。


 剣ふたつで下段から中段。

 残りのふたつで、中段から上段を守る。


 そんな感じの構え。


 どこから打ち込まれても、腕2本が即座に対処に動ける。

 そんな熟練した構えだ。


 ……良い身分だよね。

 お前は楽しそうで。


 こっちは全然楽しくないよ。


 これが仕合なら楽しめるんだろうけどね。


 ああ、羨ましい。

 ……羨ましいよ!


 決断、しなきゃいけないか。


 危なそうだからと、いつまでも仕掛けなければ、決着がつかないし。


 それにもしかしたら、ここで私を足止めすることで、何らかの援軍が来る時間を稼いでいるのかもしれない。


 ……そう。例えば、あのドラゴンに変身できるカオナシの、ルゲンガ? みたいな。


 もしそうなら、いつまでも手をこまねいていては駄目だ。

 やらなきゃ。


 私は、決断をした。


 自身が必殺技と定めている技を出す覚悟を。


 必殺技とは、文字通り、必ず殺す技。

 出すからには、相手を必ず仕留める必要がある。


 だから、ほとんど私はこの技を使ったことは無い。


 何故なら、どんな技でもネタがバレると、攻略法を考えられてしまうから。

 見られると不味いんだよ。


 分からなければ攻略しようが無いから、その必殺性が保たれる。


 今までのところ、この技を見て死んで無いのは、父上ぐらいのはず。

 父上なら口外しないで居てくれるから別にいいけど。


 ……でも、今日はそうはいかないな。


 私はまわりに居る冒険者や、警備兵の皆さんを気にした。


 これだけの他人に見られる恐れがあるから、今日限りでこの技は必殺技じゃ無くなる。

 しょうがない。


 まさか、口を塞ぐわけにもいかないし。


 諦めよう。

 次の必殺技、閃くかどうか分かんないけど。


 ……私は、ビクティ2せいを八相に構えた。


「……ほぉ? オヌシ、何かやる気だな?」


 オオタケマルのやつ、鋭いな。


 これがただの仕合ならまあ、良かったのにね。

 私の構えと気迫を見て、私が仕掛けようとしているのに気づいたらしい。


 ……仕方ない。


 私は、そのまま突っ込んで、八相の構えから、大上段に切り替え、正中線を狙った斬撃を繰り出した……


 ように見せかけて、ギリギリ当たらない見当違いの位置に斧を振り下ろす。


 ……異能に目覚めたとき、父上相手に出した技を、必殺技になるまで磨きぬいたんだ。


 この最初の大上段は囮で、ガードを上に集中させるのが目的だから、受け止められるとか、当てる気が無いのを見抜かれると技が破綻する。

 だから斬撃を繰り出す寸前まで、本気の本気で全力の唐竹割を出すつもりでいかなきゃならない。


 それを途中で中止して、強引に斬撃の軌道を変えるわけだから、そこの稽古は本当に苦労した。


「なんとぉ!?」


 オオタケマル、剣を3つ使ってそれを受け止めようとしていたけど。

 寸前で強引に私が斧の斬撃の軌道を変え、当たらない位置に振り下ろしたことに驚いていた。


 ……戦士冥利に尽きるけど、これで終わらせる!!


 振り下ろした姿勢から、全身の力を使い、逆袈裟の斬り上げで胴を狙う。


 オオタケマルは、残った一刀を使い、それを受け止めようとするけど……


 押し切ってやる!


 私の意識は、狙いの胴体に集中していた。


 ……そのときだった。


「サイファーよ。この者より光を奪え」


 呪文……?


 混沌神の神の奇跡について、それほど詳しいわけでは無い私は、その呪文が何の呪文か分からなかった。


 戸惑う。


 次の瞬間。


 ぬるりっ、と私の兜の中に、何か気持ちの悪い温かいものが入って来た。

 それが首と頬に触れた。


 それはぬるぬるしてて、濡れてて。

 軟体動物の触手みたいで……


 ……それがカエルみたいに口から伸びた、オオタケマルの舌だと気づいたとき。


 私は、目が見えなくなった。



★★★(オオタケマル)



 ……なかなか、凄まじい技だったぞ。

 相当な稽古を積んできたのだろうな。


 だが、ワシもワシで、修練は積んできたのだ。


 ……どうだ?


 ワシの奥の手……舌を使った『暗闇の奇跡』は?


 暗闇の奇跡……呪文を唱えた直後に触れた相手の視力を奪う神の奇跡だが。

 別に「触れれば良い」ので、それが手である必要は無いのよ。


 ワシは、それを舌でやることを思いつき、手よりも速く舌を伸ばし、相手の鎧の隙間に潜り込ませ、相手の素肌に触れる修練を積んだのだ。


 ワシと戦う相手は、ワシの剣ばかりに注目しよるから、この技を回避できた者は今までおらん。


 ……終わりだな。


 なかなか歯ごたえがあったぞ。


 ワシは、突然目が見えなくなった驚きで、鋭さが無くなったアイアの斬撃を捌き、距離を置いた。


 ……アイアは、目が見えなくなったことで狼狽えておった。


 そりゃそうじゃな。

 しょうがない。


 見えないということは、それほど重いことだ。


 ぶんぶんと戦斧を振り回しておったが、悲しいかな、当たらぬ。


 見えんのだからな。仕方ない。


 ワシはなるべく足音を殺し、ゆっくりとアイアの背後を取った。


 ……早く終わらせてやらねばの。

 この状態で、仕留めぬのはさすがに残酷と言うもの。


 この状況で諦めて、命乞いをしないあたり、ワシはお前が好きだぞ。

 一思いに、やってやるわ。


 アイアは立派な甲冑を着ておる。

 剣による斬撃では、仕留めるのに時間が掛かろうというもの。


 ……だから、こうしてやるのが一番の慈悲よな。


「サイファーよ。薙ぎ払え」


 そっと。

 アイアの背中に手を当てて。


 ……ワシは、ゼロ距離での波動の奇跡を放った。


「ギャア!」


 ……アイアは、吹っ飛んだ。

 相当な重量があるにもかかわらず、だ。


 どれほどこの魔法のゼロ距離が高威力かということの証明か。


 鎧を着ていても、意味を成さないほど。


 人形のように吹っ飛び、兜がぶっ飛んで、ワシの前方5メートルくらいの位置に、うつ伏せで倒れ込んだ。


 兜の中から、見事で美しい長い黒髪が零れ落ちた。


 ……さらばアイアよ。お前の事はなるべく忘れずにおいてやる。

 見ると、まだ愛用の武器を握っている。


 なんたる戦士魂……!

 素晴らしいぞ。

 サイファーもきっとお前をお褒めくださるだろう。


 そう、ワシは戦士への冥福を祈ったが。


「んんっ……!」


 なんと。


 ワシは驚嘆した。舌を巻いた。


 ……なんと、アイアはまだ死んでおらんかった。

 ゼロ距離の波動の奇跡をまともに喰らったというのに。


 震えながら地面に両手を突いて、必死で身を起こしてきたのだ。


 なんたる強さ。

 人間にしておくには惜しい!


 アイアは、ガハッと血を吐きながら、何かブツブツ言っておった。

 死んでなかっただけで、瀕死なのは間違いないのか。


 ……哀れな。


 ちょうどいい。

 戦士に相応しく、その首を刈り取ってしんぜよう。


 魔法で仕留められるより、より誉れ高き最期ではないかな?


「見事だ。今、楽にしてやる」


 ワシはのしのしと、蹲る偉大な戦士に歩み寄る。


 ゆっくりと剣を振り上げながら。


 一撃で決めてやらねばな。

 敬意は払ってやりたいと思った故。


「……何か言い残すことはあるか?」


 聞いた。

 それぐらい、ワシはこいつを気に入っておったから。


 すると……


「……オロチ様……」


「神への祈りか」


 ワシは、少し失望した。

 最期の言葉が、神への、しかもサイファーと敵対するオロチへの祈りなど。


 ……所詮、人間か。

 自分で立てぬほど、弱いという事か……。


 まぁ、仕方あるまい。

 そう、思った時だった。


「……私の傷を癒してください」


 続く言葉がそれだったのだ。

 次の瞬間だった。


 アイアの身体が輝き、みるみる傷が癒えていく!


 ……治癒の奇跡、だと?


 こいつ、神官だったのか!?


 いやまて、それなら何で、暗闇の奇跡を喰らったときに、すぐに目を治さなかったのだ!?

 暗闇の奇跡を打ち消す魔法は、そんなに位階は高くないはず!?

 治癒の奇跡が使えて、そちらが使えぬなど、考えにくい!


 にもかかわらず盲目を放置し、即死の危険のすらある、ゼロ距離の波動の奇跡を受ける意味は?


 何故だ!? 何故だ!? 何故だ!?


 思考する。

 そしてワシは、思い当たった。


 ひとつの可能性に。


 ……まさか、ついさっき、神に愛されたということなのか!?

 それしか考えられぬ!


 ……その結論に辿り着いたとき。


 ワシは、致命的なミスを犯したと自覚した。


 ワシの下半身が、上半身と泣き別れになっていたのだ。


 あまりの事に動揺するワシの隙を、アイアは見逃さなかった。


 蹲った姿勢からの、巨大戦斧による胴薙ぎ。


 それは一撃で、ワシの胴を両断した。



★★★(アイア)



『この状況で諦めぬ汝に、我が加護を与える』


『我が名はオロチ。決して諦めるな』


 ……波動の奇跡を至近距離で喰らって、死にそうになったけど、生きていたので戦うために必死で立ち上がろうとしたら。


 そんな声が聞こえてきた気がした。


 そして次の瞬間、私の頭の中に使用可能な魔法の名前が書きこまれた感覚があった。


 私はそのとき、オロチ様の神官になったんだ。


 そしてまず私は『開封の奇跡』を使用し、魔法による盲目を治した。

 その次に『治癒の奇跡』を使ったんだけど……


 オオタケマルのやつ、それが私の最期の神への祈りと勘違いしてくれたから。

 無事、唱え終えて、こうして逆転することが出来たんだ。


 ……危なかった。本気で死を覚悟した。


「み……見事だ……」


 下半身を無くしたオオタケマルが、仰向けでその上半身だけの姿を晒し、私にそう言って来た。


「そいつはどーも。……舌で舐められたのは許さないけどね。気持ち悪い」


「戦士ならば些細なことは気にするな」


 言って、ガハハと笑って見せるオオタケマル。

 無茶言わないで欲しい。


「誇るがいい。このアークデーモン……アークオウガのオオタケマルを破った事。末代まで誇るがいい」


「……」


 オオタケマルはそう、自分を倒した私を褒め称え。

 徐々に、黒い塵になって消えていく。


 まず、分断された下半身が消滅し。


 残った上半身は、切断面、4本の手の末端。

 そこから塵に変わっていった。


 そして最後にオオタケマルの首だけが残り。


「……さらばだ。また、会うことがあれば存分に戦おうぞ」


 そんな勝手なことを言い残して消滅した。


 私はそれに


「……二度とゴメンよ。変態魔神」


 そう返して、安堵と疲労のため息を吐く。


 すると。


「おおおおおお!!」


「見ろ!! 俺たちの戦女神が、アークオウガを打ち倒したぞ!」


「俺たちも後に続けええええええ!!!」


 周りの冒険者や、警備兵の皆さんは、私の勝利で士気が上がったようだった。

 

 生き残りのレッサーオウガや、グレーターオウガに勇敢に立ち向かってる。


 ……さて。


 残りの仕事、やりますか。


 私はビクティ2せいを握り直して、生き残りの魔神たちへと再突撃をした。

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