第114話 らしくないわね
★★★(オータム)
「この姿はいいねぇ。可能性を感じるよ」
距離を置き、空中で対峙する私と敵。
向かい合ってる私の姿をした敵……自由王フリーダが、そんな事を言ってくる。
「前の男の姿は、ここ数十年間一番都合が良かったから、普段使いしてたけど、次からはこっちにしようかな」
毒が回っても強引に生命維持を続行し、呪文まで無理矢理唱えるとか。
使いこなせば前以上に無敵になれる気がするよ。
フリーダは、そう、私の能力を褒め称える。
「……あなたに褒められても嬉しくないわ。私を殺した後に、私の能力を悪用するって事よね?」
「悪用って言われると心外だけど、概ねそうだね」
へらへらと笑いながら、フリーダ。
今までフリーダだと思っていた若い男の姿。
それは、違ったらしい。
こいつに姿を奪われた上、悪事の片棒を担がされ続けていた名も知らない異能使いの男性。
正直、同情するわ。
酷い話。
尊厳も何もかも、こいつに踏みにじられたのね。
……こいつは、楽しそうだった。
「キミは色々と制限かけてこの異能を使ってたみたいだけど、僕ならもっと有用に使いこなせる自信があるよ」
自分の胸に手を当てて、彼? はそう宣言する。
……こいつは生かしておいてはいけない。
その決意を私は固めた。
ここでこいつを逃せば、こいつは私の姿で悪事を行い、私の能力が全てそこで使われる。
そんなの、許すわけにはいかない。
けれど。
「さぁ、続きをはじめようか!」
双方が使用している風の精霊魔法「天舞の術」
フリーダが私に変身する前は、私に分があった。
けれども、今は互角になっていた。
フリーダが私の天舞の術の才能を盗んだからだ。
……加えて。
私の動きに、完全についていってるどころか、徐々に先回りされるようになってきた。
おそらく、私の記憶をコピーし続けているためだ。
だから、私の考えている事が筒抜け。
……実力が同じなら、敵の考えが完全に分かる方が勝つ。
この男……いや、男なんだろうか?
こいつ、1対1なら絶対に誰にも負けないと言ったけど。
理由はこういうことか。
なるほど。
理解したわ。
理解してもしょうがないけどね。
……どうしよう?
私は焦っていた。
姿を見られ続ける間は、私は考えを読まれる。
その間は、おそらく私に勝ち目はない。
……ならば。
私は、飛行を続け、高度を落とし。
そのまま、地面の中に潜り込む。
まだ生きている、私の土の精霊魔法「大地潜行の術」
これで、地中に姿を隠すしか、今は方法が無いわ。
浅い層に潜んでいると、また見つけられかねないから。
私は少し深く潜った。
……どうしよう本当に?
術の残り時間の問題もあるけど、それだけじゃない。
ここなら攻撃はされないけど、こっちからも攻撃できない。
打つ手が、思い浮かばない……
「どうしたの?」
上から、声が聞こえる。
土の中に潜んでも、結構よく聞こえるのよね。
実際に埋められたらどうなるか分からないんだけど。
大地潜行の術だと、かなり外の音、良く聞こえるのよ。
「勝ち目ないから逃げちゃった?」
……半分は当たってるわね。悔しいけど。
現在勝算が無いのは本当。
逃げる気は無いけどね。
フリーダは土の精霊とは契約していないのか、土の中まで私を追ってきたりはしなかった。
もっとも、土の中では視界が利かないから、自分の最大の特殊能力が封じられる。
つまり、有利じゃ無くなるからしないだけかもしれないけど。
どうしよう?
……上手く行くかどうか分からないけど、相手の足元に浮上して、そこから至近距離の波動の奇跡を放つ?
でも、あいつもそれは警戒してるはずよね。
上手く行くかしら?
呪文を唱えた瞬間、気づかれるだろうし。
しかし、それ以外、情けないことに浮かばないのよね……
放電の術についても考えたけど、あれは別に呪文をボソボソ喋るだけでも発動するから。
でも、私の異能を使えば、感電してても行動不能にならない可能性あるから……
いっその事、浮上して組みついて、捨て身で波動の奇跡を唱えてみようかしら?
組みついて接触すれば、ゼロ距離だし。
回避は不能よ。
こっちもだけど。
あとは、どっちが先に呪文を唱えるか。
……ほとんど博打だけど、それしかないかしら……?
そう、私が特攻作戦を決意しようとしたときだった。
こんな声が聞こえたのよ。
「オータムさーん」
……クミちゃんの声!?
私は血の気が引いた。
そんな! 帰ってくるには早過ぎる!?
どういうことなの!?
……私がフリーダが私の姿を手に入れた、と知った時。
一番恐れていた事。
フリーダが、私の姿で油断させ、私の周りの人間たちを殺戮してゆく。
それを、一番恐れていた。
一瞬で、私の頭の中から、作戦の事が吹っ飛んだ。
「クミちゃん、どうしてこんな早くに? しかもよく見つけられたわね?」
……続いて、フリーダの声。
まずい……!
クミちゃんは、フリーダの正体を知らない。
私の姿をした者が、私だと思う可能性が高い……!
ただのカオナシならボロが出るかもしれないけど、あいつは記憶のコピー、技能のコピーまで可能な最上位種。
化け方のレベルが違う……!
「ええ。とても重要な事実に気づいたので、急いで帰ってきました」
「……重要な事?」
「私、すごく重要な事をフリーダの手のものに知られてしまったみたいなんです」
「そう……それはまずいわね」
ダメ……気づいてクミちゃん……!
そいつ、私じゃ無いのよ……ッ!
気が付いたら、私は動き出していた。
「クミちゃん、そこから動かないでね?」
「……オータムさん?」
まずい、まずい、まずい!
私の頭の中は、クミちゃんのことで一杯だった。
元々は、偶然人攫いに攫われそうになってたのを助けたのが切っ掛け。
そこで異能の発現を偶然目撃し、イチから異能を指導したいという欲望のまま、彼女を私の屋敷に住まわせて、異能の修行の師匠になった。
その後、彼女は結婚相手を見つけて、出て行って。
そして、彼女を強くしないと彼女の未来が断たれるという恐れから、戦闘訓練をし、私の助手にして。
そして、そして……
いつの間にか、とても大切な助手で、弟子になっていた。
そんな子が、フリーダに騙されて、命を奪われるかもしれない。
冷静では居られなかった。
クミちゃん……クミちゃん……!
浮上し、外に飛び出した。
飛び出し、叫んだ。
「クミちゃん! そいつは偽物よ!」
……そこには。
たったひとりしか、居なかった。
してやったり、という表情の、クミちゃんの姿をしたフリーダが。
……いや。あれは、クミちゃんとそっくりの、別の子ね。
だって、眼鏡の形が違うもの……
そっか……
もっと冷静になれば良かった……
クミちゃんが殺されるかもしれない、ってことで頭が一杯になってた……
全く、らしくないわね……
フリーダの動きが、スローモーションのように見える。
フリーダは……変身した。
今度は……
長い黒髪。
全身に着た金属鎧。
手に持った巨大戦斧。
……アイアさん。
こいつ、アイアさんまで、どこかで盗み見て、姿を盗んでいたのね……
アイアさんの姿になったフリーダは、彼女が浮かべることのない、酷く邪悪な嗤いの表情を浮かべ……
まっすぐに突っ込んできた。戦斧を振り上げて。
私の回避行動は……間に合わない。
必死になり過ぎて、身体を出し過ぎた……
全く、らしくないわね……
私は、アイアさんの姿をしたフリーダが、彼女の愛用の巨大戦斧を振り上げて、斬撃を繰り出してくるのを冷静に見つめる。
そして、衝撃。
私の肩口から、脇腹までを巨大な物体が切り裂いていった。
体重が、軽くなっちゃった……
首から下は、右腕と、右胸半分しか身体が無くなった私。
そのまま私は、宙を舞って……
地面に落ちる寸前。
私は、クミちゃんの姿を見た。
向こうから、走ってきていた。
……今度は、本物。
だって、泣いてるように見えたから。
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