第112話 さすがクミちゃんの旦那さん!

★★★(ルゲンガ)



 私はルゲンガ。

 アークデーモンだ。


 魔神カオナシとして魔界で発生し、同族間の殺し合いを経て、アークデーモンの位階にまで駆け上がった。


 魔神は魔界で発生する。

 創造神サイファーに連なる神官たちの召喚に応じ、人間界に出現した場合は仮初の肉体で、その死は本当の死では無いが。


 魔界では常に殺し合いが起きており、そこでの死は本当の死だ。


 ……私はそこでの殺し合いに勝ち抜き、アークデーモンになった。


 魔神たちは誰もがまずレッサー種として発生し、他の同族を殺すことでその力を吸収。

 吸収した力が一定に達すると、次の位階への進化が起こる。


 レッサー種は無限に、それこそまるで蛆虫のように大量に魔界で常に発生しているが、そこからグレーター種になれるのは半数以下。

 アーク種になると一握り。


 そしてロード種に至っては、片手で数えるほどしか居ない。


 そんな状況だ。

 私は自分がアークデーモンであることに誇りを持っていた。


 持っていたんだ。


 ……なのに。


 何故私は、今、苦戦を強いられている!?




 召喚主たるフリーダ様に命じられ。

 メシアの瞳を狩るために、スタートの街とやらに出向いた。


 気負いなど無かった。

 簡単な仕事。


 何せ、私はドラゴンに変身することが出来る。

 フリーダ様の思い付きで、コピーする機会を与えていただき。

 見事、獲得した私の虎の子の形態だ。


 ドラゴンになった私は、人間など物の数では無い。


 そう思っていたからこそ、何の気負いもなく向かったのだ。


 ……誇らしさは、感じていたがね。




 ドラゴンの私がスタートの街の上空に着くと、私は街を注意深く観察した。


 街の中で、人間を追い回しているグループは居ないか?


 ……街では、カオナシの数が急激に減っているらしい。

 フリーダ様のお言葉だ。


 と、するなら、暴徒という感じではなく、ハンターのような明確な意思を持ち、冷静に人間狩りのような行いをしている連中が居るはず。


 すると……居た。



 メイド2人と、モヒカンの男。そして小柄な女が1人。


 メイドたちは弓と刀で武装しており、若い女を追い回していた。

 双子のようだ。顔かたちが一緒だった。服装も、一緒。


 逃げている若い女……見ると、次の瞬間、そいつは立ち止まり、振り返って、人間大の蟷螂に変化する。

 若い女は、カオナシだったのだ。


 ……確定だな。このグループだ。


 別段、そのカオナシの命を助けなければいけない理由も無いので、そのまま、ゆったりとスタートの街に舞い降りた。


 ちょうど、巨大蟷螂に変身したカオナシが、メイドたちに矢を射られた上、刀で首を刎ねられた瞬間だったかと思う。


 舞い降りた私は、宣言してやった。


 ……難易度自体は低くても、与えられた役目は重い。

 それなりの振る舞いがあるはずだ。


 私はアークデーモンなのだ。他の魔神とは違うのだよ。


「我が名ハるげんが! アークデーモンであル! メシアの瞳ヨ! その命ヲ頂戴すル!」


 連中は、驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに油断無い感じで身構えて来た。




 勝負はすぐに付く。

 吉報を持って帰り、フリーダ様のお褒めをいただこう。


 ……召喚主を満足させる度、我ら魔神は、お力をサイファーよりいただけることになっている。

 もしかすると、そのうち私はデーモンロードへの昇格が出来るようになるかもしれない。


 デーモンロードになる事……それは、我ら魔神たち共通の夢だ。


 私は楽観視していた。

 この……人間どもとの戦闘を……。



 私はまず最初に、そのグループの記憶を読んだ。



<名前:セイレス 職業:オータム家メイド 得意武器:刀 生まれ:貧困家庭……>


<名前:セイリア 職業:オータム家メイド 得意武器:弓 生まれ:貧困家庭……>


<名前:ガンダ・ムジード 職業:オロチ神殿付き神官兼冒険者 得意武器:片手斧 生まれ:ムジード一族族長家……>


<名前:センナ・カムラ 職業:蕎麦屋の看板娘 特筆事項:メシアの瞳継承者……>



 我らカオナシのアーク種以降の位階での特殊能力であるこの記憶のコピー。

 発動自体は任意だ。


 だから、フリーダ様や、トミの前では基本発動させない。


 理由は「勝手に記憶を覗かれると、いい気はしないから」ということと「余計な情報が頭に入ると、うっとおしい」


 この2点だ。


 情報が入ってくると、どうしても頭の中で情報処理で労力を使う必要が出てくる。

 必要ならするけれど、必要も無いのにしたくない。


 だから、いつもやるわけでは無いのだ。


 ……まぁ、兎に角。


 記憶を読んだ私は、喜びの絶頂に達していた。


 居たから。メシアの瞳が。


 ……そうか……この胸ぺったんの、ちんちくりん短髪娘が、次の法王候補者なんだな……?


 やったぜ。

 私が、記念すべき「最初にメシアの瞳を殺した存在」になれるのだ……!


 なんたる栄誉よ!


 私はすでに、勝利した気分だった。




「オロチ様、我らに限界突破の奇跡を!」


 ……そんな風に、記憶を覗いて、これから得られる戦果に私が気分を高揚させている隙だった。


 まず、モヒカン革鎧の男が、強制神オロチの神の奇跡を使用したのだ。

 確か「限界突破の奇跡」というやつだ。


 その瞬間、メイド2人の動きがさっきまでと明らかに変わった。


 人間の限界を超えたような速度で駆け、跳躍し、武器を振るってきた。


 ……ここで、私は気づいてしまった。



 このメイド2人、容姿が完全に揃ってて、どっちがどっちだかわからねえ!?



 これが、大問題だった。


 この2人、能力も揃っているなら何も問題無かったのだが。


 ……得意武器が、違う。


 セイレスの方は、刀が得意で、厄介なことに、この女、鉄を斬ることが出来るようだ。

 鉄斬という技らしいが。技術だけで、鉄の刀で鉄を斬れるのだ、この女は。


 つまり、この女の剣は回避しないと、ダメージを受ける。

 この、鉄より硬い鱗でも、防ぎきれない。


 実際、私の指の先端を、その斬撃で斬り飛ばされた。



 そしてセイリアの方は、弓。

 さっきから、弓に矢を3本同時に番えて放ってきているのだが。

 

 ……その悉くが、無駄撃ちで無かった。


 回避行動を取らないと、それ悉くが翼の脆い部分だとか、目だとか、口の中だとか。


 当てられるとまずい個所を狙っていた。


 ハッキリ言って、異常な腕前だった。



 装備を揃えているせいで、目を離すとどっちがどっちだか分からなくなる。


 判別するには、記憶を読む必要があり、それで意識の一部が消費され、隙になり。

 結果、さらに攻撃を受け、余裕がなくなる悪循環。


 ……なまじ記憶を読む能力があるせいで、やらずには居られないのだ。


 そんなとき、ふと、思った。


 ……こいつらまさか、私が襲来することを見越して、双子の容姿を合わせて来たのか!?


 そんな馬鹿な!? ありえない!!



★★★(センナ)



 まさか、こんなことになるなんて。


 聞いておいてよかったよ。


 サトルさんの……提案。



「セイレスさんと……セイリアさんでしたっけ?」



 現在の街は、きっとカオナシのせいで地獄みたいなことになってる。

 本当はやるべきではないかもしれないけど、救える命を救わないのは私はやっぱりできない。


 一番守りたい人を安全な場所に避難させたんだ。


 だから……これから、街に出て、カオナシを退治しに行きたい。


 そう、訴えたら、ムジードさんは「……しょうがないでござるな。お付き合いするでござる」って言ってくれて。


 セイレスさんも


「ならば、私も姉さんと一緒にお付き合い致します。主人であるオータム様が戦われているのに、メイドの我らが安全な場所に引っ込むなど……」


 そう言ってくれたんだ。

 で、3人が準備をはじめたとき。


 横でそれを聞いていた、サトルさんが言ったんだよね。


 セイレスさんと、セイリアさんに。


「セイレスさんと……セイリアさんでしたっけ?」


「はい。何でしょう? ……できれば、手短にお願い致します」


 セイレスさんが刀のベルトを腰に巻き、セイリアさんが矢筒と弓を装備しているところだった。


 彼は言った。


「おふたりは服装は全く同じです。そのまま、武装も同じにしてくださいませんか?」


「……えっと……?」


 セイレスさんは、理解できてないようだった。


 こう、返した。


「私は、刀が一番得意で、姉さんと離れて暮らす間、どうも刀の腕だけは姉さんを超えたようで」


「そうなんですか」


「逆に、姉さんは弓が得意で、弓の腕は、私など及ばないです」


「そうですか」


「……余計な武器を持って行くより、身体を軽くして、機動力を上げるべきでは無いですか?」


 そう、セイレスさんが自分の思うところを口にしたんだけど。


 サトルさんは、こう言ったんだよね。


「……実は、魔神カオナシには俺の家も酷い目に遭わされて」


「ええ。存じ上げてます」


 その件、セイレスさんも関わったって前に聞いたことがある。

 黒幕だった混沌神官を捕まえるのに、助力したって。


 そのセイレスさんに、サトルさんはこう続けたんだ。


「その事もあって、妻から色々、カオナシの事だけは教えられてるんです」


 サトルさんが危惧しているのは、アークカオナシか、カオナシロードが襲ってきたときの事だった。

 連中は、記憶を読めるから、ものすごく危険だ、と。


 で、その場合の対策として、彼が提案したのは……


「おふたりの装備を完全に揃えて、容姿で判別できないようにしてみるのはどうでしょう?」


 記憶を読まないと、どちらがどちらか分からないようにしておくと、なまじ記憶が読める分、混乱が起きるんじゃ無いか?


 そういうアイディアだった。


 ……聞いたとき、天才かと思ったよ。

 この人、やっぱクミちゃんの旦那さんなんだなぁ……


 クミちゃんが一緒に居ても、嫌にならない人なだけ、あるんだ……


 すごいよ……!


 それが今、こうして生きてる。


 襲ってきたアークカオナシの、ルゲンガって言ったっけ?


 見るとね、分かるんだ。


 セイリアさんや、セイレスさんを見るとき、一瞬、止まる。


 ……きっと、記憶を読んでどっちか判別してるんだね。

 ふたりで、警戒しなきゃいけない武器が違うから。


 記憶が読めなきゃ、分からないから両方警戒せざるを得ないけど


 読めるから、ついつい、それが隙になると分かってても、やっちゃうんだね。きっと。


 ……ちなみに、揃えたのは装備だけじゃない。


 目の色も、揃えた。


 本来は髪の毛の色も違ったんだけど。

 セイリアさん、本当は白髪なんだよね。


 でも、それだと目立つので、普段はセイレスさんとお揃いにしてて。

 茶髪に染めてた。


 後は目の色が違ってて。

 セイリアさんは赤で、セイレスさんはブラウン。


 それで、セイリアさんが茶色の瞳になる目薬を使おうとしたんだけど。


 セイレスさんが。


「その薬は目に負担がかかります。私が合わせますから、姉さんは使わないで下さい」


 ただでさえ、髪の毛が痛む毛染めを普段からなさってるんですし、って。

 自分が目の色を変えた。


 で、今は完璧に、容姿が一緒。


 私でも微妙に判別がつくか自信ない。


 それぐらい、そっくり。


 セイレスさんとお付き合いがある私でそうなんだから、このアークデーモンには無理な相談だよね。

 見た目だけで、判別するの。



「アアアアアッ!! 小賢しイッ!! 消し飛ベッ!!」


 散々、セイレスさんに身体を斬られ、身体の柔らかい個所に、矢を射られ続けて。


 ルゲンガは、明らかに怒り狂った声をあげて……


 その、指が1本欠けている、大きな前足の裏を、こっちに向けてきた。


 ……波動の奇跡を使う気だ!


 私は一歩前に出る。

 同時に、セイレスさんとセイリアさんもその後ろに引っ込んだ。


「サイファーヨ! 薙ぎ払エ!」


「メシア様! 我らを守る盾を!」


 ルゲンガの「波動の奇跡」を、私は「聖盾の奇跡」で受け止める。


 術者の周りを、鉄壁の不可視の防壁で防御する魔法だ。


 ……私だって、高位神官なんだから。

 これぐらい出来るよ!



★★★(ルゲンガ)



 ちいいいいいいい!!!


 この寸足らずの色気の無いガキ!


 俺の波動の奇跡を防ぎやがった!!


 ふざけんな!!  ふざけんなぁああああああああ!!!


 俺の波動の奇跡で、街の建物は余波で一部吹き飛び、道は抉れたが、メシアの瞳のちんちくりんとその周りだけ、綺麗に残ってる。


 で……


 ちんちくりんの防御で守られている間に、あの双子たちは二人とも、弓矢で俺を狙ってて……


 まずい!


 回避しないと!!


 俺は羽ばたき、射られる前に上空に避難する。


 ……逃げながら、考えた。


 確か、メシアの瞳って、回復系の神の奇跡が全て常時発動してる状態なんだよな……?

 そういえば、魔力の回復を促す魔法って、確か無かったか……?


 確か「魔力回復の奇跡」って。


 俺は使えないけど、そういうのがある、って話をどこかで聞いた覚えがある。


 もし、その魔法も常時発動に入るなら……


 あのちんちくりん、無限に魔法を使ってくる可能性がある……?


 もしそうなら、魔法の撃ち合いはジリ貧だ。

 俺は普通の人間よりは多く魔法を使えるが、それでもやっぱり回数制限がある。


 無限に使えるわけじゃ無い。


 だとすると……魔法を連発するのは分が悪い……!!


 どうする……どうする……考えろ……考えろ俺……!


 ……あ!


 そのとき、俺は閃いたのだ。


 連中の記憶を読んでおいて、良かったと感じた瞬間だった。


 矢を警戒しながら、空を舞い、精一杯の声で下の奴らに呼び掛ける。


「イイカよク聞ケ!」


 これは名案だ。

 連中は受けざるを得ない。


 悪魔的発想……!


 俺、魔神だけどな!


「コレカラ、俺ハ天高く羽ばたいテ、そこからお前ラ目掛けテダイブすル!」


 超高度からの急降下体当たり。

 いくら神の奇跡でも、防げない威力を出せるほどの。


 これをやるのだ。

 やつらに。


 ……こう、釘を刺しておいてな!


「逃げたラ、お前ラの屋敷ニ行って、そこの奴らヲ殺しテやるからナ! イイカ、そこかラ絶対に動くナ!!」


 ……どうだ?

 動けまい?


 俺は、奴らの記憶を読み、連中が守りたい人間を屋敷に置いてきていることを知っていた。

 それを、使わせてもらうのだ。


 ……辛いよな。守らなきゃならんもんがあるってさあ?


 こっちはありがたいけどな?


 これで……これで勝てる!!



 俺は、羽ばたいた。

 空高く、舞い上がる。


 下を見る。


 まだ、居る。


 逃げてない。


 喰らったら絶対に瀕死になるの分かってるはずなのに。


 逃げられないんだなぁ……?


 さすがにこの高度だと、記憶を読める程度に個人を確認するのは不可能だが、居る事さえわかれば十分だ。

 さっそく、俺は勝ちに行くことにする。


 ……急降下を開始した!


 ぐんぐん、ぐんぐん速度が上がる。


 奴らに近づく。


 近づくと……見えて来た。


 あの双子は、ふたりとも弓を構え、矢を引き絞っていた。


 片方が、矢を3本。もう片方が……矢を1本!


 最後の悪あがきか!?


 でもな、この速度でも、ギリ回避行動は取れるんだよ!


 それに、残念だったな!?

 それをするなら、ふたりとも、矢を同じ数番えるべきなんだよ!


 矢の数違えば、どっちがセイリアか丸わかりじゃねえか!!


 詰めが甘いんだよッ! 間抜けええええええ!!


 俺は勝利を確信し、さらに接近する。

 さらに、スピードを上げながら。


 そのときに、矢が発射された。


 俺は3本の方に注視していた。


 こいつの矢さえ躱せば……


 だが……発射されたのは……


 


 ドシュッ!


 ……え?


 1本の矢は、寸分違わず正確に俺の目を射貫き。


 俺のスピードもあり、目から脳にまで食い込んだ。


 あ……あ……?


 そんな……


 この俺が……この俺が……


 アークデーモンの、この俺が……!!


 人間に……負けるなんて!!?



 そして



 ウゲエエエエエエエエエ!!!


 最後に俺の喉からそんな叫び声があがり。


 俺の仮初の肉体は塵に帰り、俺は人間界から消滅した。

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