第109話 また会ったわね

★★★(トミ)



 丘の上からスタートの街を見下ろしながら。

 私はフリーダと一緒に居た。


 私はフリーダとふたりきり。

 その彼は。


「面白いし、嬉しい展開になって来た」


 楽しそうだった。


 まず、街の門の前に差し向けたオウガたちの軍勢が、急激に減り始めた。

 あの戦力で、これは異常事態。


 レッサーですら、並の戦士なら数人でかかってやっと倒せる相手。

 この減り方はあり得ない。


 蟻の群れに象が乱入して、踏み殺しまくってる。

 そんな勢いで減ってたそうだ。(召喚者であるフリーダは、自分が召喚した魔神が倒され、魔界に強制送還されたとき、その魔神との契約が切れることが感覚として分かるので)


 それに気づいた瞬間、フリーダはオオタケマルに出撃を命じた。

 そのとき、フリーダは別に不満そうでなく。


「僕の記念すべき戦いだ。このくらいのアクシデントがあって然るべき」


 むしろ、楽しそうだった。



 次に、街の中に差し向けた、カオナシの一団も数を減らしていた。


 これに気づいた瞬間、フリーダは大笑いした。

 心底嬉しそうに。


「すごい。カオナシまで減ってる。これはあれだね、偶然倒されたとか、カオナシがヘマをしてやられたとか、そういうのじゃないね。……誰かが確信をもってカオナシを倒してる」


 言って、真顔になる。


「……間違いない。この街に確実にメシアの瞳が居る。これで確証が持てた」


 ……カオナシが変身して街に潜んでるのに、それを見破って的確に倒して回る。

 それは、正確に、広範囲に「法神メシアの基準で邪悪と断ずる存在」を察知する能力を持つメシアの瞳の能力なしでは不可能な芸当。

 これで証明されたんだ。


 ルゲンガが持って来た情報が、間違っていなかったことが。


 だから、フリーダは即座に指示した。


「ルゲンガ。まだカオナシが生き残ってるうちに、街の中でカオナシを狩り尽くそうとしてる連中を探し出して、始末しろ。……そこにメシアの瞳が居るはずだ」


「お任せを」


 言ってルゲンガは、私たちの前でまたドラゴンに変身した。

 身体を膨張させ、人間の女の姿から、巨大な翼ある爬虫類の姿に変身する。


 完全に変身を終えた後。


 ルゲンガは天に向かって大きく吠えて、その吠え声を響き渡らせ。


 突風と共に、羽ばたいてスタートの街に向かって飛び去って行った。


「……後は吉報を待つだけだな。ドラゴンに変身したルゲンガに勝てる人間が、この状況で街中に留まっては居ないはずだ」


 そんな戦力が居るなら、最初に門の方に回っているだろう。

 それが彼の見立てだった。


 スタートの街に向かって飛んでいくルゲンガを見送りながら。

 私も「まず大丈夫だろう」と思っていた。


 ルゲンガはアーク種だから、コピー能力は姿と身体能力以外では記憶まで。

 だから、ドラゴンが先天的に持ってる才能である「精霊の力由来の、精霊魔法、ブレス」は使えない。

 けれども、あいつには「強靭な身体」と「サイファーの神の奇跡」、そして「記憶のコピー能力から生じる、限定的な読心能力」がある。

 それだけあれば、十分なはずだ。


 だから、これで私たちの勝利は決まったようなもの。


 ……だったら。


「フリーダ……これで、首尾よくメシアの瞳を討ち取れたら」


 街を攻め落とすのは止めるの?


 私はそう聞こうとした。


 だけど。


「いや、それでも街は落とすし、住民の皆殺しは確実にするよ」


 何らかの方法で、メシアの瞳の死を偽装されていたら事だしね。

 手は抜かないよ。最後まで。


 ……彼は、先回りしてそう答えて来た。


「……そう」


 私は、諦めの吐息を漏らして空を見上げた。


 ……そのときだった。


 フリーダが、身を翻した。


 ふざけてるとか、踊ってるとか、そういうのじゃなかった。

 明らかに、回避の意図を持った動き。


「……よくここが分かったね?」


 くるり、と側転するように身を翻し、着地したフリーダは不敵に笑う。


 ……何? 何なの?


 私は事情が呑み込めない。


「出てきなよ? ……って。言っても素直に聞くわけ無いか」


 ……ここで、さすがに私も分かった。


 今、フリーダは襲われたのだ。

 だがそれを寸前で察知したフリーダは、それを回避した。


 それが、さっきのフリーダの動きの理由……。


 ……そして、当然のことながら。

 出てこいとのフリーダの呼びかけは、無視される。


 だから。


「しょうがない」


 そう言ったフリーダ。

 彼の耳が、突如、変わる。

 ……蝙蝠のものそっくりの形に。


 ……彼の異能の技のひとつ。

 獣化、だ。


 自分の身体を、別種の動物のもののように変化させ、元の生物より遥かに高性能にした、動物の特殊能力を使用する。


 今、彼は蝙蝠の能力を使用し。


 口から、私には聞こえないけれど、超音波を発している。


 この技を使用すると、周囲の状況が手に取るように分かるそうだ。

 目が不要になる、なんて笑いながら以前彼は言っていた。


 一瞬後……


「……そこだね?」


 斜め後ろに顔を向け、彼は右手を変化させながら突き出した。


 彼の右手が、まる蠍の尾のような形状に変化し、伸びる。

 伸びる蠍の尾の先端の毒針が、地面を深く抉り抜いた。


 だが、毒針はそこに潜んでいた誰かを仕留めるには至らなかった。


 何故なら、一瞬前に、そこから人影が飛び出して、それを回避したからだ。


 そこに居たのは……


「……こんにちは。また会ったわね。2度と会いたくなかったけど」


 飛び出した人影は空中で1回転し、フリーダから7メートルほど離れた場所に着地した。

 ……その人影。私は見覚えがあった。


 1度、会ったことがあったし、セイリアの1件で、彼女の事を調べるに至ったから。


 ……この、スタートの街を根城にしている高名な冒険者『黒衣の魔女』オータム。


 この美しい姿。忘れようもない。


 黒いズボンに黒いシャツ。

 そして黒いコート。

 

 ウエーブの入った長い黒髪。

 そしてこの世のものとも思えないほどの美しい顔。


 複数の精霊と契約し、法神の1柱であるオモイカネの神官でもある異能使い。

 敵に回すと一番厄介な相手だと思う。この街では。


 実際、混沌神官の暗殺をよく依頼され、全て成功させてきた経歴の持ち主。


 いうなれば、私たちみたいな人間を殺し慣れている女……!


 フリーダを助けなきゃ……!


 私は、自分も異能を発動させて、加勢しようとしたが


「トミ、キミは逃げるんだ」


 え……?


 フリーダの、そんな言葉。

 釘をさすような言葉だ。


「で、でも! 相手、強いよ!?」


 私は不安だからそう言ったんだけど。


 続くフリーダの言葉。

 有無を言わせないものがあった。


「……だからだよ。キミを守って戦うと骨が折れそうだからね」


 ……お前は足手まとい。

 そう、言葉には無いが、ハッキリと言われたんだ。


 ……悔しかったけど。

 その通りかもしれない。


 私の方を振り返りもしないで、彼は私に向かって最後、こう言った。


「大丈夫。……僕は1対1なら、絶対に、誰にも負けないからね」


 ……そう。


 彼は究極の、サイファーの神官なんだ。

 私なんかとでは、次元が違うんだ……


 だから……言うとおりにするべき。

 全部、彼に任せて……


 私は頷くと、後退りし、そして背を向けて走り去った。




 ……走りながら、私は考えた。

 あの戦い、きっとフリーダが勝つはずだ。


 彼の言う通り、彼相手に1人で戦って、勝てる人間がこの世に居るとはとても思えないから。


 でも……


 全てを彼に任せ、彼の言うがまま、言うとおりに行動する。


 ……そんな自分。

 本当に、それでいいの?

 それって、自分の意思があるって言える?


 そんな気持ちが、頭を擡げてくる。


 でも、それは……


 ……良いに決まってるでしょう?


 私は即座に否定した。


 何故なら、彼の語る理想の世界に、私は生きてみたいから。

 目的地が同じだから、結果的に言いなりになってるように見えるだけ。


 それだけの話なんだ……!


 考えるのを止めているとか、そういうのじゃない。

 それは言いがかり。


 惑わされては駄目。


 気にしては駄目。


 一面的に見えることで、負い目なんて感じちゃ駄目。


 私は、第2、第3の道本家で起きた悲劇が起きない世界が欲しい。

 見てみたい。


 そのためには、フリーダの言う法の支配を撤廃した世界が……


 選ばれた人間の判断が、全て尊重される世界が……


 要らない人間を即座に消せる世界が……



「……見つけた」



 ……思考に嵌り過ぎていた。


 無我夢中で走ってる私の前に。


 誰か居た。


 その誰かは、私を探していたみたいだった。


 ……一体、何で?


 そんな疑問は、その誰かの顔を見た瞬間、即座になくなる。


 その誰かは……


 私と全く同じ顔、同じ髪型、同じ体型で、ただ、眼鏡の形だけが違う。

 私と違う、丸眼鏡……


 そんな姿の、女の子。


 ……もうひとりの私。


 クミと名乗る、私の半身だったのだ。

 私の半身は、私の事を厳しい表情で見つめていた……。

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