第108話 出撃!

★★★(クミ)



 私は走っていた。

 馬車は途中で置いて来た。


 今は、自分の足で走ってる。


 私は、感じたんだ。


 スタートの街に帰って来たときに。


 あのときに感じた感覚。

 それに近いもの……ううん、もっと強いものを。


 トミ……もうひとりの私。

 彼女と初めて向き合ったときの感覚。


 それを感じた。

 彼女が、この場に来ている。

 それも……きっとこれは本体。


 彼女とは、私自身が決着をつけなきゃいけない。


 だって、これは私自身の問題だから。


 言ってやりたいことだってある。


 だから……私は門の防衛をアイアさんにお願いしたんだ。


 

 トミの気配を感じるのは、あの丘の上。

 もしかしたら、彼女の上司である自由王フリーダも居るかもしれない。


 慎重に、慎重に進まなきゃ……!


 私は走りながら、神経を張り詰めさせていた。



★★★(サトル)



 俺たちは今、オータムさんの屋敷の窓のない部屋に居る。


 クミさんが、精霊との契約を行った部屋だ。


 オータムさん曰く、ここが一番安全らしい。

 強度だけは一番頑丈な部屋だとか。


 ここに居るのは……


 俺


 親父


 爺ちゃん


 センナさんの親父さん


 ……男衆の、戦えない人間4人だけだった。


 ランタンの灯りひとつの薄暗い部屋で、俺たちは一言も発しないで佇んでいた。

 この部屋、床が無くて土が剥き出しなので、座ることには躊躇がある。


 俺は立っていたけど、爺ちゃんと親父と、センナさんの親父さんはそのまま座ってた。


 沈黙が、重い。


 俺は、それが耐えられなかった。


 だから、俺は言葉を発した。


「……オータムさん、今頃、この事件の元凶の混沌神官を見つけた頃かな?」


 ……そう。

 この屋敷の主のオータムさんは、少し前に出撃したんだ。

 センナさんの話を聞き


「そう……この件、混沌神官が仕組んだことなのね。……ならば、やる事はひとつよ。……大まかな場所を教えて頂戴」


 って言って。


 自分にやれること。

 それは、混沌神官を暗殺し、この件を終わらせる。


 街で暴れているあの100キロカマキリのような危険生物。

 どうもあれ、魔神カオナシだったらしい。


 ……連中、人間だけじゃ無くて動物にも変身できるのか。


 恐ろしい奴らだな。

 そのことを知って、俺はつくづく思った。


 俺たちは今、安全なところに逃げ込ませてもらってるけど、多分街はとんでもないことになってる。


 カオナシどもが一般人に化け、チャンスが巡ってくると同時に危険生物に変身。

 周囲の人間を襲いまくって、討伐されそうになったらまた別の誰かに化ける。


 そんなことを繰り返してるに違いないから。


 誰が化け物か分からない。

 隣に居る見知った顔が、いきなり猛獣に変身して襲ってくるかもしれない……!


 そんな風に怯えるだけならまだいい。

 ひょっとしたら、分からない怪物に怯えるあまりに、同士討ちすらはじまってるかもしれない。


 疑心暗鬼の恐怖に駆られ、無実の人が、無実の人を襲い合う。地獄絵図だ。



 ……この場に居る俺たちは、間違いなく本物だけど。

 それは、センナさんが保証してくれた。


 ガンダさんが教えてくれたことだけど、メシアの瞳の力を得た人は、邪悪の気配を正確に感じ取れるらしいので。

 目の前の人間が魔神の変身体だったら、確実に分かるそうだ。


 ……だから、オータムさんは混沌神官の暗殺に出向いていけて。

 そして、センナさんもこの場に居ないわけだけど。


「ああ、そうだといいの」


「オータムさんならきっとやってくれるだろう。黒衣の魔女って二つ名があるくらいの人なんだし」


 地べたに座って黙っていた爺ちゃんと親父が、俺にそう返してくれた。


 その声は空元気みたいなものがあったけど。

 未来への願いが込められていて。

 そして、皆の無事を祈る気持ちも込められていた。


 その声を聞いたとき。


 ……駄目だ。

 もう、我慢できない。


 俺は、限界を感じてしまった。


 止せ、って気持ちが警告を鳴らしてきたけど。

 駄目だった。


 ……言ってしまったんだ。


「爺ちゃん」


「なんじゃ?」


 地べたに座った爺ちゃんが、俺を見上げる。


 ……言ったら、俺はどうなってしまうのか?

 恐ろしかった。


 でも、言わずには居れなかったんだ。


「……俺さ、爺ちゃんの事、見捨てることを考えてた」


「は?」


 言った瞬間。

 爺ちゃんはポカンとした様子で俺を見て。


「……何の話か分からんのだが」


 そう、怪訝な顔で返されてしまう。


 俺は、言葉が足りなかったことを自覚した。

 悩み過ぎて、丁寧に切り出すことを忘れてしまってたらしい。


 自分が「言わなきゃ駄目だ」と思ったことばかり考えていた。


 ……ますます、恥と、罪悪感が強まって来た。


 分かるように、言い直した。


「……魔神に殺されそうになって、俺、クミさんとの子供をまだ抱いてない。今は死ねない。そればかり考えてたんだ」


 子供のせいにするな。

 そういう非難を受けるかもしれない。


 そう思ったけど。


 嘘じゃないんだ。それは。


「頭の中は、クミさんに自分の子供を産んでもらって、その子の成長を見守る。そればっかり。そのためなら……爺ちゃんを助けに行くのは止めた方がいいんじゃないか?」


 子供のせいにして、家族を見捨てる決断をする準備をしていた。


「そう思ってしまった!」


 言うのは血を吐くように辛かった。でも……


「爺ちゃんがここにいるのは、たまたま運が良かっただけなんだよ!」


 ……もう、黙っている事が出来なかったんだ。


 ……ああ、そういえば「離婚して欲しい」ってクミさんが言いだしたとき。

 クミさんも「自分のやったことから目を背けて、何食わぬ顔でヤマモト家のお嫁に収まってるのがどうしても裏切りに思えた」って言ってたっけ……


 多分、クミさんもこういう心境だったんだろう。


 爺ちゃんを1度は見捨てる心の準備をしていたのに。

 そうしなくて済んだからと、また普通に爺ちゃんと一緒に暮らすなんて。


 良くない結果を導くに違いないけど、これは果たさなきゃいけない事なんじゃ無いか?

 そういう想いが、抑えられなかったのか……きっとクミさんも……


「……あのな」


 最後まで聞き。

 爺ちゃんはしばらく黙ってたけど。


 再び、口を開いたとき。


 出て来た声は、呆れを含んでいた。


「……爺ちゃん」


 俺は、それを「俺が見限られた」と受け取った。

 もし「お前はなんて酷い孫なんだ」って言われたとしても、言い訳する気は無かった。


 けど……


「もし、ワシを助けに来ることで、お前が死んだら、ワシ、死んだ婆さんにあの世で謝らないといけなくなるんじゃが?」


 ……え?


 爺ちゃんは、地べたに座ったまま、腕を組んで、続けた。


「……どうせあと数年で死ぬ年寄りを命賭けて救ってどうするんじゃ。危ないなら躊躇いなく見捨てろ。それの何が間違っとるんじゃ」


「そうだな……」


 親父も参戦してきた。


「結婚してまだ間が無くて、子供も居ないお前が真っ先に死んだら、死んだ母さんがお前を産んだ意味が無くなるな」


 ……ふたりとも、全く怒っていなかった。

 ただ、呆れていた。


 そしてふたりに言われた。


「命の優先順位を間違えるな」


 って。


 ……爺ちゃん、親父……


「……良い父上とお爺さんをお持ちですな」


 ポンポン、と。


 いつの間にか隣に立ってたセンナさんの親父さんが、俺の肩を叩いた。


 俺は頷いた。

 いつの間にか、泣いていた。


「……どうしても悪いと思うなら、自分の子供にも同じように向き合ってあげなさい」


 センナさんの親父さんの言葉に、俺は頷いた。



★★★(酒場のあの子)



「この化け物!」


「正体を現せ!」


 私は、壁際に追い詰められて、街の人たちに取り囲まれていた。


 いつもは、私がウエイトレスをしている酒場で、お酒を飲みに来てくれてる人たちに。

 どうして、こんなことになったのか……


 朝、私の仕事は夕方からだから、普通に朝の仕事をしていたら。


 私が住んでる長屋の近くの大通りの方から、何か騒がしい声がする。


 行ってみると……


 大きな獣……多分、熊……が、通行人を襲って、食べてた。


 私はへたり込みそうになったけど、ここでそうなると、自分も死ぬ。


 無我夢中で逃げ出して……


 気が付くと、私が働いている酒場の前に居た。


 そしたら、言われたんだ。


「こいつ、化け物だ! 俺は確かに見た! こいつが獣から人間に姿を変えるのを!」


 ……私を指さしてそう叫んだのは。


 いつも私の店にお酒を飲みに来てくれる、太鼓腹のおじさんだった。




「違います! 信じてください! 私は人間です!」


 私が泣きべそをかきながら必死で訴えても


「そんな嘘を信じると思うか!?」


「化け物め!」


「目を離したら襲ってくるに違いない!」


 私を取り囲んだ人たちが、目を吊り上がらせて、私の訴えを掻き消すように言い募ってくる。

 取り囲んでる人たちの中に、昨日まで酒場で、唐揚げや、焼き魚、肉を運んであげていた、お客さんだった人たちがたくさん混じってることに気づき。

 私は絶望した。


 昨日までは「お姉ちゃん、可愛いね」なんてたまに言ってくれた人たちだったのに……


 そんな私の絶望は、次の一言で最大値になった。


「皆さん、殺られる前に殺りましょう!」


 ……私を最初に告発した、あの太鼓腹のおじさんだった。

 私を取り囲む人たちの最後列で、完全に正気を失った顔でそう言ったんだ。


 その言葉に


「おう!」だとか「そうだ!」とか。

「また変身される前に、殺してしまおう!」って。


 心臓を掴まれるような、恐ろしい合いの手が入る。


 ……嫌……嫌……私、人間なのに!

 どうして皆、分かってくれないの!?


「違うから! 私人間だからああああああああ!!!」


 泣きながら叫んだ。

 でも、聞き入れてもらえなくて。


 たくさんの手が、私を掴んで……


 それで……



「ぎゃあああああああああ!!」


 ……最初の苦痛の悲鳴は、私じゃなかった。


 全員の動きが止まった。


 その悲鳴の主は……



 あの、太鼓腹のおじさんだった。


 おじさんが、後ろから刀を持ったいかにもなメイドさんに斬られてた。


 茶髪のボブカットで、目が赤いメイドさん。

 来ている服は、定番のエプロンドレス。

 背中には弓と矢筒を背負ってた。


「な、何をする!?」


 おじさん、背中の傷はそんなに深くなかったのか。

 死んではいないようだった。


 振り向いて怯えた声で、自分を背中から斬って来たメイドさんに非難の声をあげた。


 あげたんだけど……。


 突然、おじさんの後頭部に、矢尻が生えたんだ。

 メイドさんがひょい、と身体を横に動かした直後だった。


 おじさんが、矢で撃たれた……?


 ……私はそのときまで気づいて無かったんだけど。


 メイドさんの背後に、さらに3人の人影があって。


 ひとりはこのメイドさんと、寸分違わない格好の、同じ茶髪ボブカットで、赤い目をしたメイドさん。

 ……双子?


 双子っぽいその彼女は弓を構えていて、矢を撃った直後だったみたい。


 ……あのもうひとりのメイドさんが「ひょい」と横に避けた瞬間に、狙いを定めて撃ったっていうの……?


 武道の事はよく分からないけど、それが普通じゃない事だけは私にも分かった。


「皆さーん! 落ち着いてください!」


 その弓メイドさんの隣に居るのが、小柄な感じの女の子。

 着物姿で、どこにでも居る町娘って感じ。


 顔立ちは純な感じで、可愛かった。


 そんな子が、手でメガホンをつくるみたいなことをして、叫んでた。


「確かな証拠も無いのに、証言だけで他人を疑うのは止めてください! 私たちが倒して回るので、皆さんは生き残る事だけを考えてー!」


 ……倒して回る?


 どういうことなの?


 それは、次の瞬間、分かってしまった。


 ……弓で射られたあの太鼓腹おじさんが、いきなり塵になって消えちゃったからだ。


「……この御仁は、人間ではござらん。魔神だったのでござるよ」


 後ろの3人の中の、最後のひとりが腕を組んで、そう重々しい感じで教えてくれた。


 赤い髪のモヒカンで、顔がちょっと怖い男の人だったけど。

 体つきも立派で、革鎧着てて、斧を持ってて。

 ハッキリ言って、悪党にしか見えない人だったけど……


 話し方に、なんだか誠実な人柄を感じてしまった。

 直感的に「あ、この人きっと良い人だ」って分かってしまった。


「ここに居る人は全員人間で~す! 人間じゃ無かったのはさっきの太ったおじさんだけで~す」


 小柄な女の子、メガホン継続でそう言ってくれた。


 ……説得力はあった。


 この集団の中で、人間じゃない存在を一発で見抜いて、迷いなくピンポイントで倒したんだから。


 皆、顔を見合わせた。


 ……結構、スゴイ事……いきなり斬りつけて来た上に、矢で射殺した……をやったわけだけど。

 その結果、見事敵を倒して見せたからか。


 皆、落ち着いてしまってた。不思議。


「それでは~! 皆さん、できるだけ、この集団で固まって、生き残ってくださいね」


 ぶんぶん、と小柄な女の子は手を振り、背を向けて走り出した。


 次の邪悪はこっちです! って言いながら。

 他の3人がそれに付き従って走っていく。


 そして4人組の姿が完全に見えなくなったとき。


 私は、命を拾ったことにようやく気付いた。

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