第110話 自由王フリーダの真実
★★★(オータム)
「絶対に負けないとは、大きく出たわね」
私はあの自由王を目の前にして。
全神経を彼に集中させていた。
口にする言葉は余裕があるものだったが、私の心は全く違っていた。
相手は自由王フリーダ。
100年も前からその名が通っていて。
今まで、殺されもしないでずっと生き抜いてきた混沌神官。
油断できる相手では……無い。
最初は、基本通りに「大地潜行の術」を使用し、地中から近距離まで近づいて、操髪斬で首を狙ったんだけど。
それは寸前で見抜かれてしまった。
私の異能で強化した髪が身体に触れる僅かな感覚を察知したってことだろうか。
……と、すると。
普通に操髪斬を仕掛けても、同じように躱される可能性が高い。
さすが自由王。
簡単には勝たせてくれないって事ね……
私は凶悪犯罪者相手に、何だか高揚感めいたものすら感じてしまっていた。
殺し合う相手として、申し分ない相手という、そのような感じ。
……神に愛された者としては、あまり褒められた感覚では無いのかもしれないけれど。
「そりゃま、事実だからね」
フリーダは笑っていた。
見た目は、少し冷たそうな印象はあるけど、整った顔立ちの赤い髪の美青年。
素顔を見たのはこれがはじめてだけど、最初の印象通り、やはりものすごく若い。
どうみても、20代だ。
……100年前からある名前を名乗っているのに。
「……僕には誰も勝てない……1対1じゃね」
彼はそう言うと、芝居がかった仕草で両手を広げ
「風の精霊よ。僕に翼を授けたまえ」
……風の精霊魔法!
それもおそらく「天舞の術」
術者に飛行能力を与える精霊魔法。
雷の精霊魔法「飛翔の術」と内容は一緒。
だけど……
同じ術者が使った場合、一般には天舞の術の方が性能が高くなる。
速さが全然違うのだ。
いつでもどこでも使える飛翔の術と違い、屋外か、屋外にすぐに通じる場所でしか使えないというデメリットはあるけど。
ただ、屋外で飛行能力を得たいという場合であれば、完全な上位互換。
彼も、この術が使える……!
私も風の精霊と契約しているから、天舞の術で攪乱する手で立ち向かおうと思っていたけど。
これは、厳しいかもしれない。
ふわ……と彼の身体が浮き上がる。
……まずい。
こちらも同じ術を使わないと、機動力の面で劣ってしまう!
「風の精霊よ。私に翼を授けて!」
私も彼に続いて、術を発動させた。
★★★(トミ)
私はクミと向かい合っていた。
彼女は、いつかのように、緑色のブレザーに似た戦闘服の上に、革鎧を着た姿で。
杖を持って、立ち塞がっていた。
沈黙。
何も言わない。
私も。
しばし、そのまま向き合う。
そして……
「……ひとつ、聞いていい?」
最初に口火を切ったのは、クミの方だった。
「……何かしら?」
返す私。
だけど……
何を聞かれるのか、なんとなく分かっていた……
「あなたは、邪悪な人間をすぐに殺処分できる世の中を作りたいのよね?」
「……ええ、そうね」
そう。
この世には、生きていていい人間と、そうでない人間が確実にいる。
生きていてはいけない人間は、分かり次第すぐに殺さなければいけない。
どうせ、悪事しか働かないのだし。
それに、まかり間違ってそいつが子供を作ってしまうと、子供にそいつの罪が移ってしまう。
何もしていない子供に、罪が移動してしまう。
不幸の連鎖だ。
そうならないために、腐ったリンゴと判定された人間もどきは、早急に社会から取り除かないといけないのだ。
更生だとか、説得だとか、教育だとか。
そんなのは、不幸を産む悪魔の戯言だ。
……私は、それを前の世界で学んだ。
「……そう」
クミは、私の答えを聞き。
……さらに続けて来た。
「だったら当然、あなたが命を取る人間は、全員殺されて当然の罪人だと?」
「……そうね」
私は答える。
……声が、震える。
クミが何を言いたいのか。
私にはなんとなく分かっていた。
「だったら、教えてもらえるかな?」
……続く言葉に。
私は心臓を、握り潰されるような苦しみを感じた。
「スタートの街の人が一体どんな罪を犯したの?」
★★★(クミ)
……絶対に言ってやろうと思っていた。
もし、この場でトミに会うことがあれば。
フリーダは確実にスタートの街の殲滅作戦を実行してくる。
そのときに、トミはどうするのか。
……もしかしたら、トミはフリーダに従わず、フリーダに歯向かって処刑されているかも。
その可能性も、考えていた。
もしそうなら、彼女は自分の中の正義を守ったことになる。
だったら、まだいい。
まだ、救いがある。
殺されてしまうのは不幸だけど、人間としてはまだ救いがあると思う。
酷いのは、もうひとつの可能性。
……フリーダに逆らわず、街の大虐殺に手を貸している。
これだった。
目的に目が眩み、正義も何もかもかなぐり捨てる。
最低の選択だ。
……そして、どうやら。
私の予想は、後者が当たったようだった。
トミは、顔を真っ青にして、震えていた。
一番聞かれたくないことを、聞かれてしまった。
……顔に、そう書いてあった。
「……どうしたの? サァ、早く答えなさいよ」
私の語尾は強まった。
だって、許せなかったから。
……大切な、私のこの世界での故郷になるであろう、このスタートの街を襲ったこと。
それだけじゃない。
私の魂の半分を持ちながら、他人の言いなりになり、自分の意に反する悪事に加担する。
なんて情けないの。なんてみっともないの。なんてくだらないの。
……許せなかった。
私だから、許せなかった!
「……仕方ない事なのよ」
そして。
……出てきた言葉。
仕方ない。
……なるほど。
「どうしても、スタートの街を全滅させなきゃいけないから? だから、仕方ない?」
……補足してあげた。
全然違う、っていう返答が来ることをホンの少しだけ、期待しながら。
「……メシアの瞳が居る限り、この国は滅ばない。この国が滅びなければ、フリーダの作りたい国を作ることはできない……」
そうよ、って言いたくないんだろう。
トミは、うわ言のようにその「理由」を口にする。
……見苦しいね。
「へぇ」
それを聞き、私は言った。
トミが言ったことの是非じゃない。
……もっと、本質的な事。
「つまり、目的があるなら、罪のない人を殺すのも仕方ないって事なんだ?」
言ってやった。
言ってやったとき。
トミの顔がみるみる強張った。
すぐに言葉が返って来た。
「……ち、ちが……」
「何が違うの?」
認めたくないから、感情で反論しようとしてるね。
でも、容赦しないよ。
……私は続けた。
「私は罪のあるなしを聞いたの。そしてあなたは「仕方ない」って答えた」
何で「仕方ない」なのか。
「仕方ないとは、罪が無いけど仕方ない。それ以外、あるの? 無いよね? 違う?」
……トミは黙っていた。
「さらに私は聞いたよね? 街を全滅させないといけないから仕方ないのかと。それに関してあなたは、そうじゃないとは言わなかった」
……だんまり。
何も言わない。
そう……だったら……
「じゃあ、目的がある場合、邪魔な人間は殺しても良いんだ。そう思ってるって結論になるよね? 違うかしら?」
トミは答えなかった。
彫像みたいに固まっている。
……私は、覚悟を決めた。
この、一言を発する覚悟を。
「でもそうなると、あなたが殺処分しなきゃいけないって考えてる人間。彼らも「俺たちの非道には理由がある」って言うなら、その悪事を不問にするべきじゃないかな? 違う?」
……そういえば、言ってたよね。
ムッシュムラ村で遭遇した、タイラーの混沌神官たちも。
自分たちの行為は、今までの不遇の埋め合わせであり、正当なものだ、って。
あいつらは、そんな理由で、罪もない人を食い物にしようとしていた……。
脳裏であいつらの言い分を思い出すと、許せない気持ちが高まってくる。
……ここで一度、私は言葉を止めて、息を整えた。
本当に、覚悟を決めた。
……そして、言ったんだ。
「あなたとあなたが殺すべきって考えている人間の違いって何なの? 本質的に同じよね? ……違うのは、言い訳してるかしてないか……それだけの違いよ!!」
「う……!」
うわあああああああああああああ!!
私がその一言を発した瞬間。
トミが、吠えた。
吠えて、手から血液を噴出させ。
真っ赤な薙刀を生み出して、斬りかかって来た。
……これを、予想してたから、覚悟を決めたんだ。
私は杖を構え、応戦した。
「黙れ裏切り者ッ! 家族をッ! パパとママを捨てた癖にッ!」
怒りに任せているから、単調な攻撃だった。
私は、冷静にそれを受け止め、捌いた。
「お前に何が分かるッ!? あの悔しさ、絶望、怒りを綺麗に忘れて、こっちの世界で男作って、結婚までした恥知らずなお前にッ!?」
般若の表情で、薙刀を振るいまくる。
叩きつけるような打ち込み。
怒りの覇気は凄まじかった。
単調な攻撃だけど、予想して覚悟して無ければ飲まれて、貰っていたかもしれない。
そんな攻撃。
だけど、私は予想して覚悟を決めていたから、冷静に対処する。
「自分が不幸な目に遭ったから、自分の判断は正しいと、そう言いたいの!? 甘えるのも大概にしなさいよ!」
トミの攻撃を防ぎながら、私はそう言葉を突き返した。
それが、さらにトミに火をつける。
「黙れッ! 私は正しいんだッ! フリーダの目指す世界が正しいと思ったからッ! 彼に乗ったんだッ!」
「ひとりの人間の判断が絶対視されて、そいつに認められないと人間扱いされない世界のどこが正しいのよ!」
まるで自分が正しいと吠え続ける壊れた機械。
そう思えたから、私は彼女にそう言い返したら。
「人間じゃないッ!」
……え?
打ち込みながら続いた彼女の言葉に、私は衝撃を受けた。
その言い方に、ただならぬものを感じて。
「フリーダは、人間じゃないッ!」
……それは、どういう……?
★★★(オータム)
「……ずいぶん頑張るねぇ」
「……あなたもね」
お互いに、天舞の術を発動させ。
高速飛行を繰り返し、彼は腕を変化させた蠍の尾のような触手からの毒針攻撃。
私は操髪斬での斬撃攻撃。
それを互いに応酬しあった。
かれこれ、何合くらいやっただろうか?
互いに向き合って、空中で停止した。
しばし、空中で対峙する。
向き合いながら、私は考えた。
正直、天舞の術の実力は、私が上だと感じている。
……大丈夫だ、勝算はある。
それが私の見立てだ。
この天舞の術の実力差が、やがて勝利の突破口になると。
それを予感していた。
……なのに。
彼は、フリーダは余裕を崩さなかった。笑みすら浮かべている。
まるで、万にひとつも負けはしない。
そう、まだ信じてるみたいに。
……ここまでやり合って、まだ決着がついていないのに。
一体何故……?
「……さて」
そのときだった。
彼が、スッと……笑みを引っ込めた。
「そろそろ、本気を出そうかな」
最初、彼のこの言葉をただの安い挑発くらいに考えていた。
予想なんて、出来なかった。
……出来ようはずがなかった。
「……本気? ……今までは本気じゃ無かったっていうの?」
「うん」
フリーダは、何の重みもない声音でそう返し。
私が「何を……」と言いかけた瞬間だった。
……フリーダが、変わったんだ。
私そっくりの姿に。
顔から、髪型から、服装から、体型から。
何から何まで、私そっくりに。
「……え?」
……何?
何なの……?
驚きのあまり、私の時間が、止まる。
「……驚いた?」
そいつは……私の顔でニヤア……と嗤った。
そして、続けた。
「実はねぇ、僕、人間じゃ無いんだよね」
衝撃の、告白。
「100年ほど前に、サイファーの奇跡の究極魔法を使用して、人間を辞めて、魔神に転生したんだ」
心底嬉しそうに、自慢げに続ける。
「魔神カオナシの最上位種……カオナシロード。つまり、デーモンロードに転生したんだ」
余程嬉しいのだろう。この事実を私に明かすのが。
その顔には、愉悦があった。
私の顔で愉悦の笑みを浮かべて、彼……いや、今は彼女は言った。
「……ちなみに、過去の歴史を振り返っても僕の領域に到達したサイファーの神官は他に1人も居ない。……だから僕は、究極神官なのさぁ……」
……と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます