第100話 メシアの瞳とは

 そして。


 あの後、一晩ゆっくり休ませてもらってから、朝日と共にすぐ出発した。

 マーカイ村の人たちには「お礼しきれていません。ゆっくりされては」って言ってもらえたんだけど。

 仕事中だしね。


「スミマセン。仕事やんなきゃなんで。失礼します」


 なるべく丁寧に断った。

 村を出るとき「ルゲンガは戻ってきてる様子無いし、多分もうロトアを完全に見捨ててると思いますけど、気をつけてくださいね」って言い残し。


 普通に考えたら、ロトアは村人のリンチに遭ってもう殺されていると考えるのが自然。

 戻ってきて救出を考える意味が無い。


 そもそも、助ける気があるなら、逃げるときにロトアを攫って行けばいいんだ。


 それすらしなかった。

 つまり、自分が逃げることを最優先にしたってこと。


 理由がよく分かんないんだけどね。

 まだ、戦える余地あったのに。


 むしろ、あのとき圧倒されていたのはこっちだったじゃない?

 何でなんだろう?


 万が一にも、逆転されて倒されることを恐れた?

 自分がアークデーモンの、アークカオナシ、もしくは魔神の最上位種であるデーモンロードのカオナシロードというレアものだから?


 ……うーん。


 いくら考えても、明確な答えが出てこなかった。




「本当にありがとうございました!」


 村を出るとき、オネシ君が最後に見送りに出てきてくれた。

 オネシ君、村人で子供のいない夫婦に引き取られて、そこの家の子として生きていくらしい。


 失ったものはもう戻らないけど、頑張って歪まないで生きていって欲しいよ。

 キミは、目的のために徹底的に自分を殺して、頑張りぬく強さがあるんだ。


 真っ直ぐに育ってね。


「なりゆきでやったことだから。お礼はいいよ」


「そうそう」


 来るときは私が手綱をとってたけど。

 出るときはアイアさんが御者で。


 アイアさんが馬の手綱を取りながら。

 私が荷馬車の荷台の上からそう返す。


 別に感謝されようと思ってしたことじゃないので、あまりお礼を言われまくると居たたまれない気持ちになってくる。


「そんなことを言わないで下さい!」


 オネシ君、一生懸命頭を下げて、感謝の意を示しまくってた。


 うーん……


 この場に居る限り、この子ずっとこうだよね……。

 そう思ったので、私たちはとっとと出発することにする。


 アイアさんが馬を歩かせはじめ、馬車が動き出す。


 すると


「最後にお名前を教えて下さーい! 村の皆に教えますー!」


 オネシ君、手でメガホンを作る感じで呼びかけて来た。


 ……うーん、実は村人には何人かには名前をすでに教えてるんだけど、ここでそれを言うのは無粋だよねぇ……


 だから、アイアさんとコンタクトをとって……


「クミ・ヤマモトだよー」


「アイア・ムジード~」


 なるたけ大きな声で、オネシ君に返事してあげた。




 そしてそのまま旅を続けて、2日後……


 とうとう、私たちは王都であるゴールに着いたのだった。


「ここが王都……」


 さすがに大きくて、立派だった。

 ゴール王国の王様が住まう街だしね……


 町並みは、スタートの街みたいな江戸調ではちょっとなくて。


 洋式の、石の家が多かった。

 木の、和の家も無くは無いんだけどね。


 街の人の服装は和服と洋服が半々な感じ。


 ……なんだか大正時代みたい。


「そういえば」


 ずっと聞いて無かったなぁ。

 この世界で、洋服っていつからあるのかな?


 ……アイアさん、知ってるかな?


「アイアさん、ここの人って、着物じゃない人が多いですね」


「そりゃま、王都だしね。『ようそう』ってのは20年くらいに突如はじまったハイカラ衣装だし」


 王都の人たちはハイカラ好きだから、ようそうを選ぶ人多いんだよ。


 ……あ~。

 そういうことだったのね。


 洋服の事を『ようそう』って言ってるのは知ってたけど。

 経緯については確認して無かったんだよね。


 別に知らなくても不都合は無かったから。


 20年前かぁ……


 なんだか、私みたいな感じで、異世界転生してきた人が広めたって疑い強いよね……。

 セーラー服も、ブルマーもその流れだったりして。


「あ、見て見て、あれが宮殿だよ」


 馬車を操りながら、アイアさんが指差す。


 その方向を見ると、白い石の壁が続いているのが見える。


 ……門は見えなかった。

 見えるのは、3メートルくらいの高さの白い壁。


 ……あれが宮殿?

 お堀も何も無いんだね。


 侵入者を恐れて無いって事?


 王様の居城なのに?


 よく見ると、壁に忍び返しも無いな……


「……お堀、無いんですね」


「そりゃま、泥棒も宮殿には入らないし。陛下の傍には護衛がきっとキッチリいるのもあるだろうけど……」


 アイアさん、馬の手綱を取りながら、続ける。


「国王陛下の宮殿で、悪さしようなんて考えるのは、混沌神官くらいしかこの国には居ないから」


 ……ああ、ようは。

 家臣が反逆して来たり、民衆が蜂起することを、全く考えていないってことなんだね。


 王様の在り方としては、理想的な気がする。

 その時の私は、アイアさんの話をそんな風に聞くだけだった。




「ここがオロチ神殿だよ」


 アイアさんに紹介されて、私はオロチ神殿をこの目で見た。


 ……鳥居? みたいなのがあって、木製のでっかいの。


 それが奥の木造の大きな建物に向かって続いてて。

 神殿関係者が、そこを出入りして、鳥居? が聳え立つ道を行き交ってる。

 参道って言った方が伝わりやすいかな?


 まあ、参拝所みたいなのは無いんだけどさ。


「行こうか」


「はい」


 観光に来たんじゃ無いのだし。

 用件をまず済まさないとね。


 私たちは、参道を進んだ。


 途中、参道の脇に禿頭の逞しい男性の大きな銅像が建てられているのを目にする。


「これって……」


「オロチ様」


「あー」


 戦いの神オロチって、男神なんだっけ。

 ちなみに、知恵の神オモイカネは女神だったりする。


 実は最初、古事記に登場する思金神おもいかねのかみと名前一緒だから、関連性を疑ったんだけど、ただの同名の神様ってだけっぽい。

 まあ、神様界を覗いてきたわけじゃないから、断言はできないけどさ。


 そしてメシアは性別の無い神で、所謂独神ひとりかみだ。


 それは邪神であるサイファーも同じらしい。


 で、マーラが女神で、タイラーが男神だって。


 姦淫を司る邪神が女神で、嫉妬を司る邪神が男神……


 ……なんか、最悪度がマシマシだよねぇ。

 男の嫉妬は根深いっていうしねぇ……。


 ……

 ………


 まぁ、今はどうでもいいか。


 オロチ様の像の前を通り過ぎ、私たちは神殿内部にお邪魔した。




 えーと。


 中に入ったら、受付と思しきカウンターの人のところに、列がズラッと。

 かなり居る。


「……2時間待ち?」


 列の人数から、順番が回ってくるまでの自分なりの予想を口にするアイアさん。

 うん……私もぱっと見それが口をついて出てきそうな数だと思うよ……。


 う~ん。


 ……ここに並ばないといけないのかな?


 ここの人たちのお願いってなんだろう……?


 祈祷の依頼? それとも、冠婚葬祭の依頼とか……?


 いや、並べと言われたら並ぶけど。

 散々並んだ後に「いや、こちらではないですね」とか言われちゃうと……。


「どうしました?」


 ふたりして悩んでいたら、若い神殿関係者っぽい人に声を掛けられた。

 おお、ラッキー。

 教えてもらおう。


「あ、ちょっと手紙の配達を頼まれたんですよ」


「こっちに並べばいいんでしょうか?」


 列を示す私たち、


 すると。


「こちらは、オロチ神殿に仕事の依頼をされる方の列ですので、違いますね」


 ……違うのか。

 並ばなくて良かった。


「手紙なら私が預かりましょうか?」


 おお、親切。

 だけど……


「すみません。ちょっと重要文書かもしれないんですよ」


 だから、確実に本人に渡った証が欲しい。

 それを伝える。


「なるほど。ちなみに誰宛のお手紙ですか?」


「……司祭長の、ダイソー様です。差出人は、ガンダ・ムジードというオロチ神官」


 ……メシアの瞳っていうキーワード。

 言うべきかどうかを迷ったけど、ここではまだ使えない。

 そう思ったので、差出人だけの情報開示に留める。


 すると、その若い関係者の人に


「……ダイソー、ですね。分かりました。ちょっと上役を探して用件を伝えましょう。少々お待ちを」


 待合の椅子を指さしてもらい、しばらく待ってて、って言われた。


 ……やっぱすぐにはいかないよねぇ。

 司祭長、って肩書だしね。

 ひょっとしたらこの神殿でも相当偉い人かもしれないんだし……。


 長期戦を覚悟しつつ、私とアイアさんは待合の椅子に陣取って、待機。


 すると。

 わりとすぐ、それこそ、30分くらいで


「手紙をお渡しする算段がつきました。こちらに」


 呼び出してもらえる。

 おお……


 ひょっとしたら、ガンダさんの名が結構なネームバリュー?


「……かもね。『限界突破の奇跡』まで行使可能な神官って、そうそう居ないはずだから」


 そういう話をしたら、アイアさんがそう返してくれた。

 ちょっと嬉しそうなのが可愛いと思った。


 叔父さんが偉い人扱いなのが嬉しいのか……。

 そういうの、カワイイ。




 呼び出され、案内された先。


 そこは、6畳ほどの和室だった。

 畳の部屋。


 座布団が3枚。


 一応、ゲスト扱いだと思うので、こっちが上座なのかな……?


 2枚並んでる方に、「どうぞ」と言われたので私たちは腰を下ろした。


 うーん、緊張するなー。

 本人が来るのかな?


 それとも、それに準ずる偉い人……?


 ドキドキして待っていると。


 何やら黄色い袈裟みたいな衣装を纏った、見るからに偉いお坊さんみたいな年配男性が、従者さん数人と一緒にやってきて。

 一礼して、名乗ってくれた。


「……ダイソーです。ガンダからの手紙を預かってるとのことで……?」


 おお……


 まさかのご本人登場。

 ベストな展開だ。


 これなら、聞けるよね。

 色々と。


「はい。これなんですが……」


 私は、おそるおそる手紙を差し出す。

 ガンダさんが書いた、宛名が見えるように。


 すると。


「……確かに見覚えのある字ですな。わざわざありがとうございます」


 にこやかに笑って、受け取ってもらえる。


 ……よーし。


 私は、周囲を見据えて、ここだ、と思った。


 気合を入れる。

 偉い人相手だ。


 さすがに偉い人オーラを感じるので、プレッシャーを感じるんだけど。

 やんなきゃ、だから。


「すみません」


 さりげなく、そっと近づいて。

 ダイソーさん本人にだけ聞こえるような小さい声で。


「メシアの瞳案件だそうです」


 そう、囁いた。


 その瞬間だった。


 ダイソーさんの表情が、変わったね。

 それまえでは、温和な感じの表情だったのに。


 瞬時に、緊張した面持ちになった。


 そして、私を見据える。


 ……正直、気圧されそう。


 これだけの神殿で、従者付きで役職勤めをする人だから。

 勝ち抜いてきた人特有の、力強い生命力?

 そういうの、やっぱあるからね……。


 迫力が、凄いんだ。


 やっぱ組織で上に行ける人って、なんかあるんだろうねぇ……。


「……お前たち、下がってもらえるかな?」


「良いのですか?」


 従者さんたちは戸惑っていた。

 1人にして大丈夫? って顔に書いてた。


「……少し、この方たちと、秘密の話をせねばならないようだ。しばらく、この部屋に誰も近づけさせないように」


 荒げてはいないけど、有無を言わせぬ口調だった。

 だから、それ以上は従者さん、食い下がらないで。


「分かりました。そのように」


 すぐに、全員居なくなってしまった……


 その場に取り残される。私とアイアさん。


 そして、司祭長のダイソーさん。


 しばらく、向かい合って座ってた。


 5分くらいかな? そのぐらい、経過したとき……


「……申し訳ありませんな。お茶も出せず。でも、堪えてくだされ」


 やっと話し始めてくれた。

 こっちから催促はできないし、やりにくいオーラを出してる人だしねぇ……。


「お構いなく」


「それよりも……」


 聞きたかったから。


 メシアの瞳って何なの?

 思わず声が大きくなりそうで、抑えるのが大変だった。


「はい。この件で使いに選ばれたということは、あなた方には知る必要があるということですから」


 ダイソーさん、真摯な顔で、返してくれた。


 そして、言ってくれたよ。


「メシアの瞳とは、この国に生まれたメシア様に愛されし者の中で、1世代に1人だけ出現する、特別な神官を指す言葉です」


 メシアの瞳って、そういうことだったのか。

 この段階では、そんなに驚かなかった。


 ……その後の言葉には、絶句する以外、無かったな……


「そしてメシアの瞳は、代々この国のメシア大神殿で、法王の地位に就く運命にあり……」


 メシアの瞳の神官は、将来の法王……


 続く言葉が、本当に衝撃だった。


「そして法王は、この国で最後に守らねばならない存在です。それこそ、国王陛下よりも」


 え……?


 一瞬、理解できなかった。

 アイアさんも、同様のようだった。


 国王陛下よりも、法王の命の方が重い……?

 そう、今この人は言ったの?


 意味が分からない……

 国王陛下って、この国の国家元首なんじゃないの……?


 どういうことなの、それ……?

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