第101話 ゴール王国のひみつ

「どういうことなんですかそれ」


「意味が分かりません」


 私たち2人が、口々にそう疑問を口にした。


 人の命の価値は平等だって言うけど。

 それは神様の目で見た場合の話で。


 現実の人間社会の都合というものを踏まえてみれば、その価値に差が出てくるのはしょうがないこと。

 それは私も理解している。


 死んでも国の運営に問題が生じない人間より、死なれると国の運営が行き詰まるかもしれない人間の方が命の価値が上。


 それは現実問題、しょうがないことだよね。

 ここに文句言う人は、現実が分かってない人だと思う。


 で。


 国王陛下って、その最たるものだと思ってたんだけど。

 もし暗殺されるようなことがあったら、国が大混乱に陥るのでは……?


 そしたら。

 ダイソーさん、言ってくれた。

 すごく言い辛そうだったけど……


「これは考えること自体が不敬になるとは理解しておりますが、もし法王猊下と国王陛下どちらかの命が確実に失われる状況であるならば……」


 続く言葉で、一応納得がいった。


「国王陛下には、たくさんの王子が存在し、もし暗殺により陛下が崩御されても、王太子に指名されている王子が、次の国王に即位すれば一応問題解決はできます」


 そして、ですが……、とさらに続けて


「法王は1世代に1人しか候補者が出現しないので、暗殺されたら次の成り手が居ません。というか、どうなるか分からない」


 ゴール王国700年の歴史上、法王が暗殺されたことは1回も無いので、だって。


 なるほど……代わりが居ない度が国王陛下より上だから、国王陛下よりも守らないといけないのか……

 でも、そこまでして守らないといけない法王の価値って……一体何なの?


 代わりが居ない度でいえば、突き詰めれば皆そうなんだし。

 私にとってのサトルさんだって、代わりは居ないよ。

 アイアさんだってそう。


 でも、2人の命が国にとって低い扱いになるのは、それだけが問題じゃ無いからだよね?


 そこまでして、守らないといけない役目が法王にあるんだ。

 きっと、そうだろう。


 だから、聞いたよ。


「……法王って、何をする役目の人なんですか?」


 メシア大神殿の頂点に立つのが仕事、じゃないよね?

 きっとそれ以外に何かあるはずなんだよ……。


 メシアの瞳の神官しかなれない、法王が国から担っている仕事が……。


 すると、ダイソーさんに私、感心したような目で見られてしまう。


「……鋭いですな。そこにすぐ思い当たりましたか」


 う~ん……褒められるようなことかな~?

 でも、ちょっと嬉しい。


 こういう、オーラを放てるような偉い人に褒められるのは。


 こそばゆいものを感じてる私に、ダイソーさんは教えてくれた。


「それは『神剣』の守護です」


 神剣……?


 確か、聖王デンカムイの活躍を描いた演劇で、そんな小道具があった気がしたけど……。

 実際にも、あったのか……。


 確か、邪竜ユピタの化身だった妖女ダッキを討つときに、天から授けられた神器、だったっけ……


「聖王を描いた演劇で見たことありますけど、本当にもあったんですか」


「演劇の方は存じ上げませんが、そうですな。聖王の時代に作られ、それ以降、国王即位の際に欠かせない神器となっております」


 神剣……何なんだろう?

 やっぱりこの国から欠かすことのできない、失いたくない最後の武器?


「それはすごい武器なんですか? 王様の権威を守るために、欠かせない、みたいな……」


 我ながら、ちょっとオバカっぽい聞き方だった気がする。

 でもしょうがないよ。


 想像できなかったから。

 人の命よりも重いって判断されるくらい「失われてはいけない道具」って。

 それ、どんななの? って。


「武器ではございませんな」


 だけど、ダイソーさんの返答は斜め上だった。


「……うーむ。例えるのは非常に心苦しいものがあるのですが、神剣は、呪物が一番近い存在であると捉えていただくと理解が早いかもしれませんの」


 呪物……混沌神官が『呪言の奇跡』を使用する際に、直接呪う以外の方法で対象を呪う際に、作り出すアイテム……!

 神剣って、それに近い存在なんだ……!


 えっと、つまり、それは何かすると呪われてしまうアイテムだってこと?


「呪物が一番近いんですか?」


「ええ……。神剣は、即位の儀を執り行い、その所有を宣言したものに、ある制約を掛けるのです。解除不能の制約を」


 それはどういう……?


 そう訊こうと思ったら。


「その即位の儀で、国王となったものは『個人の愛』を永久に失います」


 え……?

 それってどういうことなの……?


 この国の国王、王に即位したら愛を失うって事?


 全然想像してなかった答えだったから、私は混乱した。


 そしたら、ダイソーさんは教えてくれた。


 この国の王家では、幼少時から王子に何を教えているか。

 神剣が、どのような経緯で生まれたか、を……



★★★



 この国では、王子たちはまず3人の王の事について、徹底的に叩き込まれます。


 ひとりは建国王「聖女王ベルフェ」

 彼女がどんな思いで、邪竜ユピタの残虐な行いに苦しむ人間を救うために立ち上がり、立派な国を建てたか。


 もうひとりは最低最悪の魔王「狂王オウン」

 王でありながら、恋に狂い、国を滅茶苦茶にした最低の愚王。

 こんな王になってはいけない。その悪い見本として。


 そして最後のひとりが最高最善の賢王「聖王デンカムイ」

 悪と化した父を討ち、国を救った英雄王。

 全てのこの国の王となるものが、目指す姿として。


 で、その後に、デンカムイが悟ったことを教わるのですな。


「王は、民に対する愛以外の愛は持ってはならぬ。自分を愛してはならぬ。子を愛してはならぬ、伴侶を愛してはならぬ。親を愛してはならぬ。兄弟を愛してはならぬ。友を愛してはならぬ」


 そういう、個人の愛の先に、狂王オウンの愚かな振る舞いがあると気づかれたのですな。

 オウンも、そういう心構えで王に即位したはずなのに、ダッキという愛してはならぬ女に恋をしたせいで、民を地獄に追いやった。


 王は、民を等しく愛する心以外の愛を持ってはいけないのだ。そのことに。


 ……とはいえ、そんなことを個人の信念だけで貫くのは無理があります。

 狂王オウンがいい例です。


 だから、聖王は命じました。

 妹であるミスズ姫に、その命と引き換えに『創造神降臨の奇跡』を使用し、神器と、その神器を守護する者を創り出せ、と。


 創造神降臨の奇跡は、メシアの神の奇跡の究極魔法です。

 術者の命と引き換えに、ごく僅かな間だけ、法神メシアをこの世に降臨させます。


 ミスズ姫もメシア様に愛されており、その位階は聖女王ベルフェを凌いでいたとか。

 父王との戦いでも、何度も兄を救ったそうです。


 そんな妹姫に、どんな思いでそれを命じたのか。

 そして妹姫は、それをどんな思いで受けたのか。


 そしてメシアに願い、叶えて創り出されたのが「神剣」と「メシアの瞳」なのですな。

 神剣は、王に即位するために必要不可欠なものであり、メシアの瞳はその守護者。


 メシアの瞳の力を受け継いだ者は、メシアの神の奇跡による治癒を受け続けた状態になる故


 怪我をしたら瞬時に直り、病気には決して罹らず、毒は効かず、呪われず、疲れないので眠らず。

 そしてメシアの意に沿わない思いを抱いた人間を、非常に広範囲で正確に察知できる能力も持つので……


 神剣を破壊しようと企む相手を、どんな状況でも確実に察知することが出来る。


 神剣はこの国の王に聖王の信念を受け継がせることに必要不可欠なもので、失われてはいけないもの。

 そしてメシアの瞳は、そんな神剣の守護者故、国王陛下よりも命が重いのですよ。



★★★



 ……すごい話だった。

 ダイソーさんはこうも続けた。


「……実質的にこの国を動かしている5大公家の人間は、この事を理解しています。そしてそんな王に仕えているのだから、自分たちも相応しい振る舞いが求められる。誰から国を預かっているのかを決して忘れてはならない、と肝に銘じるのです」


 なるほど……

 王様にそんな凄まじい犠牲を強いているのだから、自分たちが私利私欲で国を恣にするようなことは絶対にしてはならないと。

 そういうモラルに繋がってるんだね……。


 そういう意味でも「神剣は失われてはいけない」し、その守護者の命は「国王陛下より重い」んだ。


 なるほど……ワケが分かったよ……


 あ……だとすると……


 ひとつ、疑問点に関する答えが浮かび、私はついつい、聞いてしまった。


「……ひょっとして、デンカムイ以後に女王が即位しないのって……」


 神剣の制約のせいですか?


 そう、聞こうとしたら……


「その通り。察しがよろしいですな。やはりあなたは」


 その前に、答えが返ってくる。


 ……いえいえ。

 ダイソーさんに比べれば……。


 ダイソーさんは、教えてくれたよ。


「……即位してしまうと、我が子を愛する心を失うのです。この国の王は。……男は子を産ませる立場だから、まだマシです。しかし、女にそれを強いるのは、あまりにも残酷すぎる」


 だから、この国ではデンカムイ以降、女が王に即位することはできなくなりました。

 そう、予想通りの答えが返って来た。


 ……隣のアイアさんが気になった。


 アイアさん、女王が即位しないのは差別なんじゃ無いか、って考えてたけど。

 実際は、違ったみたいだね……


 どう、思ったかな……?


 すると……


「……正直、私は国王陛下についての敬意はありましたが……王位の継承に関しては疑問を持ってました」


 ポツリ、とアイアさんが言葉を発する。

 俯いて、少し、落ち込んでる風だった。


「女が軽んじられてるのじゃ無いか、って。でも、違ったんですね……」


 ……そう。違った。

 実は女は王に即位できないんじゃなくて、女は王への即位を免除されてたんだ。


 誰だって嫌だよ。顔もよく分からない国民以外、誰も愛せなくなるようになってしまうなんて。

 でも、女は女というだけで、それを強いられずに済んでたんだ。この国では。

 それが、真相。


 恥ずかしいって思ってるの?

 でも、それはしょうがない気が……


 だって、知らされて無いし、知らなかったんだから。


 一般に隠されているのは多分、ゴール王国を滅ぼしたいと考えている勢力への対策だろうね。

 国を滅ぼしにかかる場合、相手以上の軍事力を備えて襲い掛かるよりも、相手の国を内紛その他でグチャグチャにして、その上で襲った方が上手く行くから。

 そして逆に、国の内情が鉄壁だと、例え軍事力は総合的に上回っていたとしても、滅ぼすまでのコストを考えると、戦争を仕掛けるのは愚策になってしまうから。


 厄介なんだよ。国を滅ぼしたいとき、滅ぼしたい国が安定国家だというのは。


 そういう勢力にとっては、神剣の存在が明るみに出た場合、なんとしても破壊したいアイテムになってしまうに違いない。


「そうやって、反省できるだけアイアさんは立派だと思いますよ……。意地になって、真相知っても自説を曲げない人、たくさんいるんですし……」


 そう、声を掛けてあげた。

 友達として当然の行いだ。


 落ち込んじゃだめだよ。アイアさん。

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