第99話 クミさんはズッ友

★★★(クミ)



 正直、こんな最低の人間と口をきくのは嫌なんだけど。

 しょうがないよね。


 だってこの状況、放置するのはありえないし。

 ここから先は村の問題。大体助けたこと自体がボランティア。これ以上求められても困る、って。

 何もしないのは気が引けた。


 他の村人に聞かれると問題あるので、アイアさんにお願いして、軽く人払いをしてもらう。


 私はロトアの前でしゃがみ込んで、彼と視線を合わせた。

 ロトアは、縛られて、不愉快そうに「何で俺がこんな目に……」「ルゲンガの野郎……」ってブツブツ恨み言、文句を言っていた。


「ねぇ」


 頭の中で論理展開を組み立てつつ、私は口を開いた。

 その一言で、ロトアが私に気づいた。


 どうせ聞く価値のない文句しか言わないの分かってるので、先にこっちから話を始める。


「あなたの主張は実利益の追求こそ是、なんだっけ?」


 まず、こいつの主張する事の骨子を確認。

 大事なことだし、会話するためにはまずこれだよね。


「……そうだ。歴史や伝統、しきたりなんて邪魔なだけ。実利益を犠牲にして守る価値は無い」


 私は正直、それは人の在り方じゃなくて動物の在り方だと思うので、これっぽっちも正しいと思わない。

 親や先祖が大切に守ってきたものを大切にせず、全部無視しろなんて。

 一番強い奴がボスになり、ボスが入れ替わったら劣っている元ボスの子供を「不要」と見做して皆殺しにしてしまうような、動物とどこが違うんだろうか。

 一見無意味に見えるものを後生大事に守ろうとするのが人間ってもんでしょ。


 だが私は、そんな反感はとりあえず封印し、話を進めた。


「実利益ってのは、お金を手に入れたりお腹が膨れたりってこと? 精神的な満足なんかじゃ無しに?」


 ここの確認。重要な事だから。

 すると。


「そうだ。精神的満足なんてただの妄想だ」


 ……それは単にあなたがこの村で浮いていたからそう思うだけだと思うよ?

 キチンとこの村に馴染もうとしていたら、そうは思わなかったんじゃないかな?


 まぁ、言っても無駄だし、話も逸れてしまうから言わないけど。


 ……確認が取れたので、論理展開に無理が生じないと判断。

 私は続けた。


 こいつにとって、猛毒になるような揺さぶりの一言を。


「だったら、あなた今、実利益を追求して無いよね? 二重基準じゃ無いの?」


「……何だと?」


 ……食いついた。

 さあ、ここからが正念場だ。


 続けてやった。

 こいつにとっての猛毒を。


「だってこのままだと、あなた処刑しか道が無いのに、全く足掻いて無いじゃん」


「それは……」


 そう。

 こいつは


 自身の生存の可能性を広げるための行いを。


 自力脱出はもはや奇跡でも起きないと無理な状況。

 だとするなら、やれることは何だろうか?


 ……こいつがそこに思い至るように、話を続けてやった。


「命ほどの実利益ってあるのかな? 死んだら何もできなくなるんだよ?」


 死んだら終わり。

 こいつの主張からするなら、それ以外あるだろうか?


 実利益なんでしょ?


 死んでも成し遂げたいって、意味不明じゃん。


 死んだ時点で終わるのに、それで成し遂げて何の利益があるの?


 後に続くものたちのために?

 それって精神的満足だよね? 違うかな?


「死後の世界ってあるって言ってるけどさ、誰も見た人居ないんじゃ無いの?」


 ……宗教的に反感買いそうだけど、こいつにしか言ってないし、まぁ良いでしょ。

 こいつの基準に合わせているだけー。私のモノの考え方じゃないので、そこのところお願いします。


「何、死んだ後の事でも気にしてるわけ? 死んでしまったあなたにはもう関係のない話なのに?」


 はいはいはい。

 じゃあどうするべきかなー?


 自分で考えようね?


「何で足掻かないの? 裁判になった時、ほんの少しでも裁判官の心証を良くするために、何かしとこうとか思わないわけ?」


 はいヒント。ついでに猛毒を注入した。

 自力脱出は不可能だから、やれることは裁判対策だ。

 じゃあこいつは、今何をするのが最善なのか?


 わかるかなー? 自称賢者さん?


「物事さ、そのときになってみないと分からないところってあるよね? ひょっとしたら対策を打っておけば処刑でなく終生遠島で許してもらえるかもしれないよねぇ。そのときになってみないとわかんないから」


 まあ、実際あり得ないとは思うけど。

 こいつ、村人を何人も魔神に命じて殺害し、その死体を肥溜めに投げ捨ててるし。

 許されるはずが無いよ。絶対に死刑になる。


 でも。


 未来なんて分かんないもんね。それは真実。

 それによく言うでしょ?


 溺れる者は藁をも掴む


 ってさ。


 ……さあ、この場合、どうすれば藁を掴んだことになるのかな?


「全く足掻かず、そのまま甘んじて裁きを受けるんだ? ふーん」


 決断を促すために、煽りを入れる私。


「潔いって、それって精神的満足なんじゃ無いの?」


 こいつの基準で言えばそうだよね。

 潔く死んでも、見苦しく死んでも、利益的には一緒なんだし。

 違うのは死後に一目置かれるか、笑いものになるか。それだけ。


 そんなの、あなたにとっては「精神的満足」以外無いよね?


 さあ、どうするかな?


「私には二重基準にしか思えないなぁ」


 さらにダメ押し。

 このままだと、自分の主張と違うことをすることになる、という、こいつにとっての正当性を与えた。


 まあ、この男が本音では「助かりたい」って思ってないわけないし。

 そういう正当性を与えられて、こいつはそのままで居られるかな?


「それだけ。じゃね」


 ……それだけ言い残して、私はそこから立ち去った。


 ロトアが地べたに額を擦り付けたのは、それからすぐ後の事だった。



★★★(ロトア・スター)



「見損なった!」


「ただのクズじゃないか!」


「許せない!」


 ……馬鹿なガキどもが、俺の真意も読み取れず、俺に手のひら返しをしてやがる。

 ギャーギャーうるせえ!


 俺の言ったことから何も学んで無いんだな!?


 本当に救いようのない馬鹿ばかりだ!


 親が馬鹿だとやっぱり子供も馬鹿なんだな!?


 この場合、こうするのが最善手なんだよ!

 気づけや馬鹿が!


 裁判の日までに、馬鹿どもの筋違いの恨みの感情を少しでも和らげ、俺の運命を変えるためにはこれが一番の手なんだ!

 言っただろうが! 実利益をとことん追求するのが賢者の生き方だ、ってな!


 理性でモノを考えろ!

 だからお前らは馬鹿なんだよ!


 ……地べたに頭を擦り付けても、俺は少しも屈辱を感じていない。

 馬鹿どもをやり過ごすための振る舞いだからな。


 元々こいつら、俺と同格では無いのだし、そんな奴らにいくら頭を下げようとも……


 しかし、村人たちの怒号が煩い。

 謝ってやってんだから、黙れよ。ホントに。


 そう思っていたら。


 そんなときだ。


 あの、偽トミだった眼鏡の女が……さっき俺に、二重基準だとかほざきやがったあの女が、言ったんだ。


「はい、皆さん。この男の振る舞いに呆れ果てて、怒りが増幅したのは分かるんですけど」


 ……やけによく通る声だった。

 力強さがあった。


 体格は普通の女なのに。


 そして、次の言葉だった。


「衝動的にリンチにかけて殺してしまうのは待ってください」


 その女の言葉に俺は耳を疑った。

 あの女、俺の味方をするのか……?


 へへ、分かってるじゃねぇか……。

 そうか。何故かはわからねぇが、協力はしてくれんだな……?


 俺は頭を下げたまま、ほくそ笑んだ。


 だが、続く言葉で……


「この村の重大犯罪の処理方法は?」


 女が他の奴らに聞いたんだ。


「巡回の役人が裁判官になって、裁判をして処理することになってる」


 そして誰かが答える。


 女は、こう言った。


「だったらそれでお願いします。絶対に死刑は揺るぎませんし。それこそ、国が壊れでもしない限り」


 ……え?


 お前、裁判なんてやってみないと分からないって言ったよな?


 俺は固まった。


 女は続けた。


「冷静になってください。法に依らないで殺してしまうと、後で絶対に問題として残ります。あのときは皆で法律を無視したんだから、今回もいいだろう、って」


 ……顔を上げた。


 見ると、馬鹿どもが、目を吊り上がらせて石を拾い上げ、棒を振り上げて……


 俺はこのときになって、リンチは言葉の綾ではなく、本当の事だったと悟った……。


 俺が顔を上げたのを見て、さらに女は続けた。

 ……人間を見る目では無かった。


「……見てください。この顔。この男、今の今まで、自分は法の裁きを正当に受けられると信じてたようですよ。顔に書いてます」


 ……図星だった。

 犯罪者だからといって、自由に殺していい法律なんて無い。

 だから、俺は裁判をやり過ごすことだけを考えて……


 なのに……


 やめろ……


「これで分かりましたよね? こいつに、皆さんが悪い前例を作ってまで、手を汚す価値が無いってことに」


 やめろ……やめろ……


 眼鏡の女の声と、口以外が世界から、視界から消えたような気がした……


「賢者が聞いて呆れますよ。そんなものを自称するあたり、自分の頭の悪さがコンプレックスになってる証拠です」


 やめろやめろ……やめろ……


「とはいえ、自分の頭の良さを証明するものが無いものだから……」


 お願いだ……やめろ……


「他人とは違うモノの見方が出来る、ってのを拠り所にしたんでしょう。それがあっての「実利益優先」ですよ。本当に取るに足らない、ゴミみたいな、くだらないやつですよ」


 やめてくれええええええええ!!!


 女の言葉は、俺の心に突き刺さり、ズタズタに切り裂いた。


「うわあああああああああああん!!」


 俺は気が付くと泣いていた。

 声をあげて。


 赤子のように。



★★★(アイア)



 うわ……


 私は、目の前で子供みたいに泣き出した、髭面の大の男の醜態を見て、若干ヒク。


 クミさん、容赦ないわー。


 私は耳が超いいので、やりとり全部把握してたんだけど……


 ロトアと会話して、まず「偽物の謝罪で怒りを和らげてみよう」という、見苦しすぎる行為を誘発させて。

 それで村人が怒り出すと、それを利用してこのフィニッシュコンボ。


 ロトア、己の全存在を「ゴミ」と断じられ、泣き喚いている。

 完全に、5歳児の振る舞いだった。


 ……クミさん、ここまで計算してたのかな……?


 まあ、おかげで、あの洗脳されてた子供たち。

 完全に幻滅して、不安な顔してるよ……


 洗脳は解けたっぽいね。

 あんなみっともなくて見苦しい奴に、心酔なんてさすがに出来ないか……

 後は、あの子たちの親御さんに任せるとして……


 ……

 ………


 うん。


 クミさんとはずっと友達でいよう!


 ズッ友だ!


 私は、それを固く心に誓った。

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