第98話 北風と太陽?
★★★(オネシ・ヨータ)
「何の用? 僕を笑いに来たの?」
僕は素っ気なく言った。
もう、この人たちには別に腹は立たない。
どうでもいいし。
明日になったら去る、ゴミみたいな世界のいち登場人物だ。
いちいち腹を立てる意味が、今の僕には無かった。
そんな僕に、眼鏡の人が言ったんだ。
「ロトアは倒したから」
……え?
と、ちょっと思った。
でも、また思い直す。
何回同じ失敗をするのかな? 僕は?
「そんな嘘を吐いてどうするの? 僕を騙す意味ってあるのかな? ……まぁ、どうでもいいけど。明日になったらどうせ終わるんだし」
女の人たちの方を見ないで、僕。
「噓じゃ無いから!」
背の高い、鎧姿の人が必死な感じで言ってくる。
ちょっと見ると、本気な感じだった。
右手を自分の胸に当てて、訴えかける感じ。
……背が高くて、顔も凛々しい感じの美人なのに、言い方に少し純粋さを感じた。
事情を知らなければ、あっさり信じたかもしれないね。
「噓だ」
プイッ、と前をまた向いた。
すると。
「噓じゃ無いって言ってるでしょうが!」
鎧姿の人が、イラついたのか牢屋の鉄格子を握ってガタガタ前後にやりはじめた。
……鉄格子がそれに負けて、歪み始めてるように思えるのは気のせいなんだろうか?
ちょっとだけ、怖かった。
「アイアさん落ち着いて」
眼鏡の人が鎧姿の人……アイアって言うのか……を諫めた。
言われて、アイアって人は鉄格子をガタガタ言わせるのをやめる。
すごく不満そうな顔で。
「ここは私に任せてください」
眼鏡の人。
すべてを知るまでは、僕の初恋の人だった女性。
その人が、鉄格子の向こうでしゃがみ込んで、僕に語り掛けて来た。
「ねぇ」
「何?」
すべてを知ったから、別にドキドキしない。
あんなクズ野郎の仲間なんだ。
好きになる要素が勘違いだったんだし。
恋心なんてとうに消えていた。
顔も見ないで、そっけなく返した。
「騙されるのってキミの中では悪い事なの? 恥ずかしい事なの?」
「良くは無いでしょ」
返答する。
自慢できるようなことでは無いと思うけど。
そしたら。
「ああ、つまり……」
眼鏡の人が続けた言葉。
キミの中では、騙すより騙される方が悪いってことなんだね?
……さすがに引っ掛かる。
ちょっと待った。
「何でそうなるんだよ!」
弾かれたように顔を向けると、眼鏡の人は笑顔だった。
で、さらに続けて来た。
「だってそうでしょう? それほど頑なに騙されることを拒否するってことは、騙すより騙される方が悪いって思ってると思うしか……」
「んなわけないだろ!」
何なんだその滅茶苦茶な言いがかり!
冗談じゃない!
なんでちょっと嘘を疑っただけで、お前は詐欺の常習犯みたいな考え方の持ち主だ、みたいな言われ方しなきゃなんないんだよ!?
そしたら
「だったら良いじゃん。もうちょっとだけ騙された履歴が増えるくらい」
言いながら、ポケットから鍵の束を取り出して。
ガチャ、と牢の鍵を開けてくれた。
「さ、出て。外は全部片付いているから」
そう言って、眼鏡の人は手を差し伸べてくれた。
どうせ嘘だ。
嘘に決まってる。
外は片付いているって言ってるけど、待ってるのはどうせ処刑台なんだろ?
いいよ。
分かってるから。
でも、言う通り、騙されたからって馬鹿にされる謂れは無いわけで。
だったら僕はこれ以上失うものは無いんだから、別にどうでもいい。
もし嘘だったら「地獄に堕ちろ」って言えばいいんだ……。
牢屋から出して貰えて、外に向かってふたりについて行く。
どうせ勝てないのは分かってるから、襲い掛かろうとか、逃げ出そうとは思わなかった。
そしてそのまま歩き続けて。
外に出た。
次に出るときは、僕が死ぬとき。
そう思ってたんだけど……
まだ、日は昇って無かった。
まあ、地下から1階に出たときにそれには気づいてたんだけど。
……そして。
僕らが収容されていた『校舎』の庭には、村の大人たちがたくさんいて……
「やめろ! 賢者様に手を出すな!」
「賢者様を解放しろ!」
「馬鹿な村の有象無象ども!」
……向こうの方で、クズ野郎に頭をおかしくさせられた、村の子供たちが、別の大人たちに羽交い絞めにされていた。
その視線の先には……
あのクズ野郎が、縄でぐるぐる巻きにされて、座らされていた。
周りを囲んでいるのは、棍棒を持った大人たち。
……これって……?
思考が停止しそうになる僕。
そこに。
「おめでとう。オネシ君」
「キミの勇気が、この村を救ったんだよ」
そんな、あまりの光景に、呆然としている僕に。
僕を救ってくれたふたりが、そう声を掛けてくれた。
……嘘じゃなかった。
夢みたいだよ……。
胸の中に、震えるものがあった。
頬を、熱いものが伝う。
……気が付いたら、泣いていた。
涙は枯れたって思ってたのに。
★★★(クミ)
うーん。
ロトアから鍵を奪い取って、ふん縛って。
その身柄を村人たちを呼んできて任せて。
そして囚人を閉じ込めておくなら地下だろうと、問題の建物の地下室を探したらビンゴで。
オネシ君を助け出したまでは良かったけど。
「馬鹿の癖に賢者様に逆らうなんて!」
「きっと罰が当たるぞ!」
……これ、まずいよねぇ。
オネシ君の、仲間たち。
……いや、仲間って言っていいんだろうか?
洗脳教育がやばいところまで行っちゃった子たち。
その子たちが「賢者様を放せ!」って言って騒いでる。
捕まって、おかしな教育を叩き込まれた子たち。
助け出したら、即そんなものを捨て去った子も勿論居たんだけど。
中にはこんな感じで、ロトアに心酔してしまってて。
抜け出せない子が居た。
洗脳って、された側がした側に感謝しているような。
そんな厄介な状況になってる場合が多いそうだから。
これ、放置してて良い問題じゃ無い気が……。
「……あの子たち、何なの? 解放してあげたのにまだ変な事を言ってるけど」
「……ロトアに洗脳されきって、心酔してるんですよ。可哀想なことに」
アイアさん、その辺の知識が無いせいか、私にコッソリと聞いてきたので、私も囁くようにして返した。
あまり大きな声で言うのは躊躇われることだしね。
「……魔法?」
「魔法じゃ無いです。変な事でも、閉鎖環境で「それが正しいんだ」って叩き込まれ続けると、染まっちゃう事があるんですよ」
アイアさんも手紙を読んだから、その辺の事は知ってたはずなんだけど。
そこからこの事態までは結びつかなかったか。さすがに。
アイアさん、私の話を聞いて焦っていた。
「え……マズイじゃん」
「ええ。マズイです。下手すると、ロトアのコピーになってしまう可能性すらあります」
それは最悪の結末。
本当に、あの男は罪深い事をしたよね。
子供に変な思想を吹き込んで、人生を潰すかもしれないような厄介な枷を与えたんだから。
己の自己顕示欲のために。
「どうしたらいいの?」
焦ったアイアさんの問いに、私は、そうですねぇ、と続けて
「……手っ取り早いのは、ロトアが賢者などではなく、ただのクズであるということを教えてあげることですかね」
心酔する価値のないゴミ人間だということを、知らしめてあげる。
多分、これが一番効果的。
最悪のなのは、あの子たちの中でロトアが賢者のままで死ぬことだ。
そうなると、それはあの子たちの中で永遠になってしまうから。
「……よーし」
アイアさん、それを聞いたら指を鳴らし始めた。
……えっと?
「私に任せて。ロトアをボコにして「私は生きる価値の無いゴミクズです」って言わせてみせるから」
アイアさん、ノリノリ。凛々しい顔に、獰猛な笑みを浮かべてる。
多分、この状況に、腹に据えかねるものがあるんだろうね。
「ボコボコにされても意見を変えない人間って、そう多くないし。これが一番手っ取り早くて確実でしょ」
……拳による論破、説得……。
うん。その効果の大きさは、私も理解はしてるつもりだけどさ……。
前の世界でも、反対勢力の隣に首なし死体を並べるという説得方法を取る集団、結構居たと思うしね。
それは、その方法がとても効果的であるということの証拠だし。嫌なことに。
でも、それはちょっとなぁ……
「オネシ君の幻想を壊すんで、それは却下で」
「……あー」
辛い状況から救われて、喜んでいたのに。
その救い出してくれた救世主のお姉さんが、いきなり拳でロトアを論破してたら。
ちょっとキツすぎるでしょ。
「じゃあ、どうするの?」
ダメだしされたアイアさん。
納得はしているけど、ちょっと不機嫌だった。
頭を掻きながら聞いてきた。
代案無しで否定されたらまあ、面白くないよね……
思案する私。
ん~
しょうがない。
「ちょっと、揺さぶり掛けてみます」
私がやることにした。
「アイアさん、ちょっとだけロトアの周囲の村の人を、下がらせてもらえますか?」
それだけ、お願いした。
★★★(オネシ・ヨータ)
僕を助けてくれたお姉さん2人が、僕から少し離れて内緒の話をしてるようだった。
何を話しているんだろう?
……そんな事を思いながら、2人を見ている僕に、一緒に『校舎』に囚われていた仲間たちからの非難の声。
「オネシ! お前見損なったぞ! 賢者様を裏切るなんて!」
「お前はそこまで馬鹿だったのか!?」
……うんざりするけど、しょうがない。
あいつら、可哀想な奴らなんだから。
クズ野郎のせいで、頭がおかしくなったんだから。
僕は気にしなかった
無視する。
そんなことよりも。
お姉さんたちが動き出したのが、気になった。
眼鏡のお姉さんが、クズ野郎の傍に歩み寄る。
金属鎧のお姉さんは、クズ野郎の周りにいる大人たちに声を掛け、クズ野郎の傍から立ち退かせた。
その場に、ポツンとクズ野郎と眼鏡のお姉さん。
眼鏡のお姉さん、しゃがみ込み、小さい声でぼそぼそと、クズ野郎に何か言っていた。
クズ野郎は「何だと!?」「それは……」って、よく分からない返事をして。
しばらく、何か会話をしていた。
やがて。
眼鏡のお姉さんが、すっくと立って。
スタスタと戻って来た。
「終わりました」
そして金属鎧のお姉さんに、そう報告してた。
……何が?
って、ちょっと思ったけど。
次の瞬間に起きたことで、僕の意識は持って行かれる。
突如、クズ野郎が縛られたまま地べたに額を擦り付けて、こう言ったのだ。
「わ、ワタクシのいままで喚き散らしていたことは、い、いちからじゅうまで、全て間違っておりました。わ、ワタクシこそ最大の愚か者です。ま、全く価値の無いゴミムシであります。ふ、深く反省しております。こ、このとおりです……!」
声は、震えていた。
……え?
信じられないものを見た。
あのクズ野郎が……?
周囲が、ざわざわとざわつく。
「そんな!」
「賢者様が!?」
「どうして!?」
クズ野郎のそんな行動に、ショックを受けて泣き出す奴もいた。
特にクズ野郎にイカれさせられてる奴が。
僕は、動けなかった。
別の意味で、ショックを受けていたから……
……眼鏡のお姉さん、一体何をやったの?
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