第97話 絶望する少年
★★★(ロトア・スター)
え?
どうして居なくなってるんだ?
帰って来いよ?
まだ、敵を殺してないだろうが。
職務を放棄するのか?
そんなこと許されると思ってるのか?
オイ、オイ、オイ……
飛び去って行くルゲンガの姿。
あれだけの巨体なのに、もう雀ほどの大きさにも感じない距離……
一体何のために?
戦えば絶対に勝てるはずだろう?
何故だ、何故逃げた……!
ドシャア!
ペタンと地べたに崩れ落ちながら、俺が暗い空に目を凝らして、思考の中に嵌り込もうとしていたとき。
目の前に、レッサーオウガの斬殺死体が転がってきて、俺は現実に引き戻された。
その死体、頭から股間までを真っ二つに切断されていて。
頭頂部が砕けていた。
……あの化け物戦斧での唐竹割……。
死体を見てすぐ分かった。
その2つになった死体はそのまま、俺が見てる前で塵に変わって消滅する。
「それで最後よ」
斧を振り下ろした姿勢から、立ち上がってくる鎧姿。
全力の大上段を繰り出し、膝をついた姿勢から、立ち上がる。
面貌を上げ、肩にその戦斧を担ぎながら。
……中の顔は、女の顔だった。
……あの報告、本当だったのか!?
トミの護衛に、常識はずれの巨大武器を持ち歩いている女が居る、と。
オーバーに言ってるだけだろうと思った。
そしてあの小娘……偽トミがやってきたとき。
そんなものがどこにも居ないので、いい加減な報告をしやがったなと内心イラついていた。
本当だったのか……!
「これで、アンタの狂った王国は終わりだから」
偽トミが、俺のすぐそばに舞い降りて来た。
万事休す……!
俺にはそれが分かってしまう。
クソッ……! ルゲンガのやつ、何故逃げた……?
そんなことをすれば、こうなるのは自明の理だろうが!
畜生……畜生……!
偽トミは、俺の事をゴミを見る目で見下ろしている。
……終わりなのか……?
いや……まだだ!
あの鎧姿は論外として、この偽トミ、体格的には普通の女と変わらねえ!
いきなり襲えば、やりすごして逃亡だって……!
あの金属鎧だ、鎧の女戦士の方は走る速度は遅いかもしれない!
そうすれば、俺にも生き残りの目が……!!
俺は決断して即行動する。
全身の力を込めて、偽トミに飛び掛かる。
だが……
偽トミは、それを僅かな体捌きで躱してみせて……
次の瞬間、俺は衝撃を感じた。
全部喰らってから、俺は何をされたのかを理解する。
……偽トミは……その手に氷の棍棒を創り出し……躱しざまにそれで俺をぶっ叩いたのだ。
爪先からはじまり、顎を打ち抜き、脇を打ち据えた。
目にも止まらぬ三連撃。
「アガアアアアアアッ!!」
容赦ない三連撃を喰らい、俺は悶絶する。
そして。
そんな苦しみ悶える俺の手が、分厚い金属の具足に踏みつけられた。
骨を折るような激痛に、さらに悶える俺。
そんな俺に、声が降ってくる。
「……次に何かしたら容赦なく殺すからね?」
……あの、金属鎧だった。
声は冷え冷えとしていて。
片手で、あの巨大戦斧を軽々と肩に担ぎあげながら、俺にそう言う。
それが真実であることは、俺には分かった……。
目が、本気だったから。
★★★(オネシ・ヨータ)
僕は『校舎』の地下牢で、ひとり明日の処刑を待っていた。
……悔しかった。
悔しくて、最初はボロボロ泣いていたけど……もう、涙も出ない。
膝を抱えて、汚い牢屋で処刑の時間を待っていた。
父ちゃん……母ちゃん……ごめんよ。
僕、仇を取れなかったよ……。
僕は、たったひとつの目的のために、あのクズ野郎に従うフリをしてきたのに。
全部、無駄だったんだ。
あのクズ野郎、ラブレターを出すことは別に咎めていないようだったから、それを利用しようと考えて。
ラブレターに見えるように手を加えた封筒に、この村で起きたことを全部書いた手紙を入れて、持ち歩くようにした。
いつか、村の外から女の人がやってきたときに、好きになったから読んでくれと言って、惨状を伝えるために。
それが来たのが、今日だったんだ。
クズ野郎の信用を得るために、ニコニコして、大好きだった父ちゃんと母ちゃんの悪口も言った。
言って、クズ野郎の言う事を全部正しい、素晴らしいですとおべっかも使った。
そして、あいつの楽しみの、晩酌のつまみを酒場に受け取りに行く役を任せてもらえるようになった。
すべては、『校舎』の外に出て、村への訪問者に遭遇するチャンスを増やすため。
それが来たのが、今日だったんだ。
……と思ったんだ。
最初見掛けたとき、やっとこの時が来た、って思った。
知らない女の人がふたり、道を歩いてた。
外の人だ!
ひとりは眼鏡の女の人で、賢そうに見えた。
髪の毛は首のあたりで切り揃えていて、活動的。良く似合ってた。
緑色の上着とスカートを身に着けていて、その上に革鎧を纏っていた。
全体的な雰囲気は、行動的で知的なお姉さん。
もうひとりは、すごく背が高くて、かなり綺麗な人。
髪の毛が長くて、綺麗な黒だった。前髪の一部だけ、赤く染めていたけど。
茶色の外套を着てて、中の服装がよく分からなかったけど、外套から覗く足がスラっとしてて。
ものすごくスタイルのいいお姉さんなのがすぐに分かった。
まあ、それよりも。
その女の人は、片手でメチャクチャでかい斧を持ってた。
それが一番目を引いた。
……斧が怖かったので、眼鏡の女の人に近づいた。
髪の長さとか、スタイルとかは正直、背の高い女の人の方が好みだったけど、斧を片手で扱うところが怖かったから、避けたんだ。
だってこのラブレター、本当じゃ無いから。
それがあるから、怒らせることをしているという自覚があるから、怒り出してもそんなに怖くなさそうな方を選んだ。
最初はそのつもりだったんだ。
でも……。
「ごめんね。私もう結婚してるからそういうのは受け取れないかな」
僕がやった偽りの愛の告白に、眼鏡の女の人は真面目に取り合ってくれて。
自分はすでに結婚してるからその気持ちは受け取れないって言われた。
僕としては、本当に告白してる気は無いし、なんとしてもこのチャンスに手紙を受け取ってもらわないとどうしても困るから。
結婚してても気にしないって、後で考えると、最低な事を言ってしまった。
でも、眼鏡の女の人は僕の事を怒らないで、穏やかに諭してくれたんだ。
「仮にだよ、私が今の夫を捨ててキミに乗り換えたとして」
……次の言葉で、僕は心を奪われた。
「その瞬間、私は『夫を裏切る信用ならない女』ってことの実績が付くんだけど、それ、分かってる?」
ああ、この女の人、すごく真面目で、頭良いんだ……。
見た目通りの女の人なんだ……。
そのとき、僕は生まれて初めて恋をして。
その瞬間、失恋した。
だって、この人はすでに結婚していて。
そして僕には入り込む余地が無くて。
仮にあったとしても、今、この女の人が言ったことを、僕自身が納得してしまったから。
どうやっても、この恋が叶うことはない。
それが分かってしまったから。
名前を聞きたかった。
聞きたかったけど、怒らせて受け取りを拒否されると目的が果たせない。
僕は食い下がり、手紙だけでも読んでくれとお願いし続けた。
そしたら。
手紙だけは、受け取ってもらえた。
……やった!
嬉しかったけど、同時に切なさも感じた。
渡す前は、何も思ってなかったけど。
今はそうじゃなかったから。
あの女の人の旦那さんが羨ましかった。
あんな素敵な人を、お嫁さんにしたのか……。
顔も知らないのに、僕は少し、嫉妬していた。
……もし、この村の解放が終わった後に僕がまだ死なないで生き残っていたら。
今度は、あの女の人に似た人を探したい。
そう思いながら、僕は『校舎』に帰った。
すると。
「……とうとうやったな。いつかやると思ってたよ」
僕が、酒場からつまみを受け取り、クズ野郎にそれを届けに行ったら。
クズ野郎は、ニヤニヤしながら僕を見て、そう言ったんだ。
「な、何の事でしょう賢者様?」
僕は絶望しながらも、口の上だけは惚けた。
クズ野郎の言う「とうとうやったな」が何であるか。
そんなの、あれしかない。
あの眼鏡の女の人に手紙を渡したこと。
それ以外、無い……。
バレたんだ……!
「俺がお前の計画に気づいて無いと思ってたのか? そんなわけないだろうがよ」
心底馬鹿にするように、クズ野郎は言った。
稚拙なお前の計画にはとっくの昔に気づいてた。
俺はな、チャンスが来ても実行に移す馬鹿さ加減がお前に無いのであれば、許してやろうと思っていたのよ。
……まあ、多分やるだろうと思ってたけどな。
馬鹿の息子だしな。カエルの子はカエルってことか。
せせら笑いながら、そう言って来た。
「今はちょっと、この村に俺の上役が来ているから、お前の処刑は後回し。明日、日が昇ったら、お前は切刻んで肥溜めに捨ててやる。両親同様肥料になれや」
……心底愉しそうに言うクズ野郎。
恐ろしかったけど……それ以上に悔しさが上回った。
そして。
クズ野郎の手で牢屋に叩き込まれるとき、教えられたんだ。
僕が手紙を渡した相手こそ、あのクズ野郎の上役だったんだ、ってことに。
……何も信じられなくなった。
あんなに優しそうで、真面目な女の人が。
あのクズ野郎の上役……つまり、仲間だなんて。
この世は最低なんだ。
真面目に生きても意味が無い。
それを、思い知らされたようだった。
畜生……畜生……
こんな世界、滅んでしまえ。
悪がほくそ笑み、善人が泣くような最低の世界は。
存在する価値なんて、無いじゃんか。
明日処刑されて、あの世に行ったら、メシア様……いや、メシアに文句を言ってやる!
なんであんなゴミみたいな世界を作ったんだ、って。
それで地獄に堕とされたら、さらに言ってやるよ!
痛いところを突かれたら、即制裁かよ神様最低だな! って!
考えれば考えるほど、この世界への怒りが湧いた。
怒りが湧くほど、明日の処刑への恐怖が薄れていく……
そして……
今は、ただ何も無く、僕はからっぽになっていた。
色々あったけど、もう、何をしても無駄だな、って。
どうでも良くなってきていたんだ。
頑張ったけど、全部無駄に終わったし。
何も良くならなかったし、誰も救われなかった。
クズ野郎が幸せになって、罪もない人が惨たらしく殺される。
それがこの世界では普通なのか、って思うと。
なんだか、命への執着も無くなってきた気がする。
生きたいって、焦がれるような世界じゃないもの。
ゴミじゃん。この世界。
明日の処刑、なんだかもう別に怖くないや。
即死であればいいかな。
嬲り殺しで無ければ、もう僕はそれでいい。
……そして、膝を抱えてただ前を見ていると。
「ここだよ、クミさん」
「酷い臭いだね。ろくに掃除とかしてないんだろうね」
……聞き覚えがあるような声がしたんだ。
僕は別に何も思わずに、そちらを見た。
すると、牢屋の鉄格子の向こうに。
ランタンを持った、2人組がいた。
全身鎧を身に纏った、長い黒髪の女の人と。
眼鏡を掛けた、ショートカットの女の人。
……あのときの、あのふたりだった。
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