第96話 え……?

★★★(ロトア・スター)



 え……?


 何が起こってる……?


 小娘の言った通り、村中の魔神に連絡を回し、普段監視に回している奴らまで集めて、整列させて……


 魔神たちの名前の確認をさせる。


 そういう話じゃ無かったのか……?



 小娘が、いきなり手に持った金属の棒を、仕掛けかなんかを作動させて、長い鎖状のものに変え……。

 それがまるで、蛇みたいに、ヒューッと伸びていった。


 最初、何をしてるのかが分からなかったが……


 鎖の蛇が、2列に並んで整列しているカオナシたちの間を突き進み、それが最後尾まで到達したとき。


 ぶるんっ


 と左右に振れて。


 カオナシたちの列に接触。


 同時に、カオナシたちが全て凍り付いて全滅した。

 俺の国を支える、鉄壁の俺の目たちが……


「え」


 あまりの光景に、言葉を失っていると。


 小娘は表情を動かさず、完全に決まった作業を続けている様子で、次の行動に出た。

 小娘は、宙に浮かび上がり……革鎧に仕込んでいた、6本のナイフを、見えない力で引き抜いて、それを見えない力で、投げたのだ。


 ……ヒトツメたちに向かって。


 ヒトツメたちは、突然の事で対処ができず、全弾被弾した。


 ……頭部に。


 ヒトツメたちの肉体強度は、人間とあまり大差が無いらしい。


 それで、全滅した。

 ヒトツメたちは、塵になって消滅した。


 事態は、それだけでは無かった。


 小娘の護衛まで暴れだしていた。


 レッサーオウガたちの隊列に飛び込んで、片っ端からあの馬鹿でかい戦斧で殺し始めた。

 レッサーオウガの身体は、並の剣では歯が立たないくらいの強度なのに、まるで粘土細工で出来てるみたいに両断されていってる……!


 護衛の戦士、とんでもない奴だとは思っていた。

 武器のサイズが常識外れだったから。


 あの両手持ちの戦斧。

 何せ、自分の上半身より刃の部分がデカイのだ。


 だが、同時にこうも思っていた。


 あんな武器で機敏に戦えるわけがない、とも。


 ……予想は完全に外れていた。


 武器の重さを利用したり、ときには完全に力で抑え込み、急な変化をつけたり。

 護衛の戦士の動きは滑らかで、素早く、洗練されていた。


 不意打ちを喰らって混乱しているレッサーオウガたちを、的確に屠っていく……!


「何をなさるんですかトミ様ーッ!?」


 俺の叫び。


 そのときだった。


「オマエ、トミ様では無いな!?」


 隣に控えていた俺の側近役の……ルゲンガがそう言い放ったのだ。


 の、ルゲンガが。



★★★(クミ)



「オマエ、トミ様では無いな!?」


 ……この一言だけは少しゾッとした。

 予想がついたからだ。


 あの男の隣に居た、女に見える存在の正体に。


 いきなり魔神たちの殲滅を開始した私たちだけど。

 この状況だけで、いきなり私の正体にまで言及するのは根拠不足だもの。


 ……そう。

 私の記憶でも読まない限り。


 ということは………


「アイアさん! ロトアの隣の女、アークカオナシです! そっちストップで最優先変更!」


「了解!」


 アイアさんにすぐさま指示。

 アイアさんはすぐに動いてくれた。


 全身鎧を着ているのに、それを感じさせない速度で突進していく……。

 戦斧を顔の前で、盾のように構えながら。


 魔法を警戒しているんだ。


 アークカオナシは魔法を使うことが出来る。

 しかも、決して低くないレベルで。


 記憶のコピーと魔法。そして変身能力。


 この場で、絶対に逃してはいけない相手は、こいつなんだ。


 だから、私も動いたよ。


 アイアさんを注視するなら、死角になるであろう位置に。


 だけど……


 アークカオナシ、私から視線を切らなかった。


 まるで、私の心を読んでるみたいな……って。


 そっか。


 記憶がコピーできるってことは、コピーし続ければそれは「心が読める」ってことになるのか……!


 まずい、どうしよう……!


 焦った。

 でもすぐに思い直す。


 私から視線を切らないってことは、あいつの注意は私に向く。

 そして、多分心を読める人間は、1度に1人が限度のはず。

 ならば、その間にアイアさんに……


 すると。


 アークカオナシの女、応戦を放棄したように、脱兎。


 しまった! 私の思考、筒抜けなんだっけ……!


 完全に背を向けて走り出す。そして……


 走りながら、変身した。


 女の姿から、馬の姿に。


 え……?


 今度は私の方が絶句した。


 カオナシって、人間以外にも化けられるの……?

 そう言えば文献にも「顔を向けた相手に化けられる」とは書いてたけど「人間以外には変身できない」とは書いてなかったな……!

 もっとよく、そこらへん調べておくべきだった……!


 馬の姿になり、護衛も何もかも放棄して逃げ出す。

 そして、十分に距離を稼いだと思ったのか、その女……いや、今は馬か……馬は。


 立ち止まり、こちらに向き直り……吠えた。


 クアアアアアアアッ!


 次の変身がはじまったのだ。


 雄叫びをあげながら、アークカオナシが、女の次に馬になり、馬からさらに変身したのは……


 メキメキと音を立てながら変身したのは……


 鰐に似た顔。

 太い角。

 長い首。

 背中から広がる巨大な皮の翼。

 緑の鱗に覆われた皮膚。

 赤い背鰭。

 そして凶悪な鋭い鉤爪……。


 それは、大きかった。ぐんぐん巨大化していく。


 この、監督官が住処にしている2階建ての村の建物に迫るほど。


 この生物の名は……


「ドラゴン……!」


 アークカオナシは、ドラゴンに変身した。



★★★(ロトア・スター)



 この小娘、トミでは無かったのか!?


 ふざけやがって! 絶対に許さねえ!!


 俺は怒りに震えた。

 これまでの屈辱、全て意味が無かったのか!?


 俺をハメた小娘に、俺はあらん限りの憎悪を向けた。

 そして、それは同時に、役立たずのアークカオナシ・ルゲンガに対しても同様だった。


 アークカオナシ・ルゲンガ。

 俺がフリーダから借りている魔神のうち、トップレベルで使えるヤツ……のはずだった。


 何せ、何にでも変身できるうえ、魔法を使え、しかも記憶のコピーまでが出来る。

 優秀過ぎる……と思っていた。


 だから俺の側近に指名して、普段は村一番の美女の姿に変身させていたのだが……

 この土壇場で、ここまで使えないヤツだったなんて……!


 ルゲンガのやつ、何故今まで記憶を読まなかった!?

 もっとはやく決断しろ!


 この無能め!

 そんなに我が身が大事か!?


 どうせアレだろ!?

 記憶を読んだことがトミにバレたら、フリーダから制裁を受ける可能性があるからだろ!?


 クズが!

 そのせいで、こんなことになったんだァァァァァ!!!


 ……だが。


 ギリギリ間に合った。


 まだ逆転できる!


 ルゲンガが、ドラゴンに変身したからだ。


 ルゴオオオオオオオオ!!!


 ドラゴンに変身したルゲンガは、大きく吠えると、羽ばたき、地面をその太い尾で叩いた反動で宙に舞い上がった。

 凄まじい風圧。

 

 俺をハメた小娘は、宙に浮かんだまま手で顔を庇うようにしてそれに耐えている。

 いいぞ!


 あの金属鎧の重戦士、どれだけ強いか知らないが、さすがにドラゴンには勝てまい!?


 思い知らせてやれ!!


「いいぞルゲンガ! 俺をハメたクズどもを皆殺しにしろーッッ!!」


 抱いた憎悪の深さのせいだろう。

 俺がそう叫んだとき、俺の気分は最高にハイになっていた。



★★★(クミ)



 ドラゴン……。

 神の流した血液に精霊が合わさって生まれた、イレギュラーな超生物……。


 本物のドラゴンは、自身の素になった精霊の種類に応じた精霊魔法を無制限に使用することが出来、かつその精霊の種類に応じたブレスを吐くらしい。


 ……こいつは、どうなんだろう?


 私は「飛翔の術」の効果で宙に浮かんだまま、目の前で羽ばたいている巨大な姿を見た。


 考えたくない事だけど、もしアーク種でなくロード種であるならば、精霊魔法とブレス攻撃もあるかもしれない。

 本来、精霊魔法は精霊との契約によって使用可能になるから、技能がコピーできるカオナシロードでもコピーできないハズなんだけど。


 でも、ドラゴンの場合、精霊魔法が使えるのは契約じゃ無くて持って生まれた能力だからね。

 ロード種まで行けば、多分使えると思う。


 そうなれば、こいつは読心能力に加え、サイファーの神の奇跡、精霊魔法にブレスまで持つ、とんでもない相手ってことになる……。


 どうしよう……?


 いや、そもそも。

 アーク種でも身体のコピーまでは可能なんだから。

 ブレスぐらいなら、吐けるかも……?


 ううう……


 こういうとき、私、弱いかも……?

 ドラゴンにカオナシが変身したとき、何が出来て何が出来ないか、そんな記録を読んだことなんて、無いもんな……というか。

 人間以外に変身したカオナシの事例ってのがまず、初耳というか、初見だよ……!


 恐ろしい……


 私は唾を飲みこんだ。


 ……このとき、サトルさんの言葉が頭に蘇る。


『いざとなったら、逃げてくれ』


 ……そんなこと、言われたっけ。

 後で何を言われても良いから、必ず生きて帰ってくれって。


 でも……


 ちらり、と地上に居るアイアさんを見た。

 私は逃げられるかもしれないけど、走るしかできないアイアさんは絶対に逃げきれない……!


 友達を見捨てて逃げるのは、どうしてもできません……。

 ごめんなさい……。


「いいぞルゲンガ! 俺をハメたクズどもを皆殺しにしろーッッ!!」


 ロトアが狂った笑顔を浮かべて、唾を飛ばしながら叫んでいた。

 ルゲンガ……それがあいつの名前なんだね。


 どう戦えばいいのか……?


 私は考えた。


 さすがにあのサイズだと、触れても凍結できるかどうか怪しい。

 あんな体積の物質を凍らせたことは無いから。


 触って「できませんでした」だと、私は窮地に陥る。


 ……だったら、ここはアイアさんに頑張ってもらうしか……!


 アイアさんの力なら、ドラゴン相手でも攻撃が通じる気がする。

 アイアさんの攻撃が決まるように、私はサポートに徹するのが一番良い手なんじゃないかな?


 そう、戦闘方針を頭の中で纏めていると。


 ルゲンガが大きく羽ばたいた。


 上空高く舞い上がる。


 ……急降下で体当たりでも決めてくるつもり!?


 どれぐらい障害になるか分からないけど、氷結防壁で邪魔を……!


 だが、ルゲンガは……


 さらに舞い上がった。


 私は戦慄する。

 当たり前だけど、急降下の高さが上がれば上がるほど、激突の衝撃は高まるハズ……!


 どうしよう……

 心臓を掴まれるような緊張感。


 そんな私が見守る中……


 さらに、さらに、舞い上がった。


 そしてルゲンガは……


 そのまま、どこかに飛び去った。


 ……え?


 固まる私。


 私は、ルゲンガの姿が、夜空の向こうに消えていくのを見送る事しかできなかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る