第77話 鯱とダチョウの話

「鯱、捕まえたんですか」


「捕まえたというか、襲われたから、返り討ちにした」


 私の問いに、平然と、アイアさん。


 アイアさん、黒と白のツートンカラーの海の生物、鯱を背中に背負ってて。

 聞いたら「狩った」とのこと。


 ……素手で野生動物を仕留めちゃうか。


 すっごいなぁ、アイアさん。


 サトルさん、ちょっと引き気味。

 さっき、でっかい戦斧を振り回して、ノラ軍団を撃滅する様を見てるわけだけど。


 私、素手で野生動物に勝ちました。


 これを宣言されると、やっぱ違うのかもね。

 私は「アイアさんならやりかねない」って内心思ってたから、そんなに驚いて無いけど。


 まぁ、勝ち方もあるかもしれないけど。

 鯱の下顎を引き千切って殺してる。


 異能とはいえ、どんな腕力だ。

 そこはちょっと思う。


 ただ仕留められた、だけならサトルさんもここまで反応しないか。


「なんで鯱をここまで持って来たんですか?」


 当然の疑問。ちょっとだけ予想はついてるけど。


 そしたら、案の定


「これ、食べられないかな?」


 やっぱり。




「ん~、鯨も海豚も、肉は臭いんですよ。多分鯱も同じはずです」


 アイアさんに食材として鯱を持ってこられて。

 私は一般論を口にした。


 するとアイアさん、納得いってないような顔で


「じゃあ、食べられないの? 食べるって話を聞いたことあるけど」


「いや、食べられますけどね、単純じゃないだけで」


 セイレスさんからの受け売りだけど。こう聞いている。


『鯨の肉は、単純に焼くと臭みが増して食べられなくなります。そうならないように、下処理は必須です』


 で、こうも聞いた。


『下処理がどうしても難しいなら、刺身でいただくのが一番楽ですね。酢味噌で食べることをお勧めいたします』


 酢味噌、あるかなぁ?


 私は受け売りを話す。


 そしたら


「俺、村の人にちょっと聞いてくるわ」


 サトルさんがパシってくれた。

 嬉しい!


 私はアイアさんに聞いた。


「解体はできますか?」


「やってみるよ」


 まぁ、アイアさん、冒険者歴長いし。

 食事を携帯食で無くて、現地で鹿やウサギみたいな野生動物を狩猟して食べることもあったんだろう。


 わりと慣れてる風に、鯱を解体していった。(当然素手で無く、道具を使って、だけど)


 私はその間に、海水をいっぱい汲んできて、用意。

 解体されて切り分けられた赤身を、いくつか小分けにさらに切り分けて、それを海水を入れたバケツにジャボンジャボン漬けていく。

 前の世界だと、環境汚染が進んでるからちょっと躊躇われるけど、こっちなら有害物質が溶け込んでなさそうだし、大丈夫だよね? 海水?


「……何してんの?」


「下処理です。刺身で食べてイケるなら、加熱して食べてみようって気になりますよね?」


 塩水で洗うってのも下処理なんだよね。

 確か、塩鯨っていう鯨肉を塩漬けにした食材があって。

 それは「塩気を抜けばそのまま調理して食べられる」ものだったはず。


 だから、多分これでもいけると思うんだけど……


 どうかな?


 そうやって、私が赤身のブロックが切り分けられる端から細切れにして、海水を何度も換えながらぐるぐる肉を洗っていると、サトルさんが帰って来た。


「酢味噌、貰えた!」


 小さな手桶みたいなものを手に。

 よっしゃ!




 車座に並んで。

 お昼ご飯として、鯱の刺身の実食。


 中央のお皿に盛った、赤身の刺身。

 ちょっとみると、ただの生肉。


 それを、酢味噌でいただいた。


 アイアさんが最初に行った。

 ぶっちゃけ、毒見の意味合いが強い。


 ダメそうなら、そう教えてもらうわけ。

 アイアさんなら、異能の力で食中毒も酷い事にはならないし。

 安心なんだよね。


 黄色い酢味噌に、真っ赤な鯱の肉を漬けて、口に運ぶ。


 もぐもぐ……


「ん」


 ごくん。


 咀嚼して、飲み込んで。

 アイアさんは


「確かに、これは臭い肉だなって予感するけど、酢味噌でそれが消えて、風味みたいなものになってるよ。危険な味もしなかったし、多分いけると思うよ」


 おお……


 じゃあ、次の毒見は私かな?

 一般の消化器官でどうなるかも見ておかないと、真の安心は無いでしょ。


「じゃあ次は私が……」


 センナさんを見ながら。

 もし、私だと食中毒になるようなら、解毒お願いするよ?


 で、食べようとしたら。


「クミさん、待った」


 サトルさんに止められた。

 ……うーん。


 気持ちは嬉しいんですけどね、サトルさん。

 これ、私の仕事の一環ですし……。


 何か、サトルさんが言いそうだなー、って予感はあったんだけども。


「……自分が毒見する、とか言い出しますか? ひょっとして」


「当然だろ。 ここでそのまま奥さんに毒見させるとか……」


「でも、私はこれが仕事……」


「それでも……」


 と。


 また、やいのやいのとやりかけたら。


 視界の端で動いてる人が居て。


 それはガンダさんだった。


 私たち夫婦がまた揉めようとしているのを尻目に、勝手に先に食べてしまう……というか。


 毒見役を勝手に代わられた。


「……これでしばらく待つとしよう。時は金なり、でござるからな」


 しれっと咀嚼して飲み込んで、ガンダさん。

 ようは揉めてる時間がもったいないから、自分が毒見役やるわ、ってことなのね。


 うう……。

 私、報酬泥棒のような気になってきた……。


「夫婦仲良いのは結構だが、あまり揉めないようにしてくださると助かるでござる。拙僧も一応、この旅の護衛役で雇われた冒険者なんでござるからな」


 ようは揉めそうなら積極的にこっちに仕事を振れと。

 そういうことでしょうか?


 ……そっちはそっちで抵抗あるけど……ガンダさん的には「揉められると面倒」が本音なんだろうね。

 うう。申し訳ございません……。




 で。どうも大丈夫そうだ、食中毒にはならなさそう、って判断したので。

 皆さん実食に移り。


「あ、すごい。単独で食べたら絶対不味いって分かるのに、酢味噌で欠点が消えてる感じだね!」


「なかなか無い味だよね。鯱ってこんなに美味しかったんだなぁ」


 センナさんとサトルさんが、刺身に舌鼓を打っていた。

 食材の処理に関わった身としては感無量だよ。


 処理が面倒、一筋縄でいかない食材を「美味しい」って言ってもらえるのは、作り手側の至福だよねぇ。


 私はニマニマしながら、もうひとつの、隠し玉を準備。

 さっき、海水で散々洗って、仕上げに塩塗れにしてみた塩鯨ならぬ塩鯱。


 塩を真水で茹でて抜いて、それを味噌で煮込んでみたんだけど……


 名付けて、鯱汁。


 これはどうだ?


 大鍋を持ってきて、車座の中央にドン、と置く。 

 鯱以外の具材は、水菜を貰えたから水菜を使った。


 味見の段階では、大丈夫だと思ったんだけど……?


 そしたら。


「豚とも鶏とも違う! 独特の風味で美味しい!」


「さすがセイレスさんを師匠にしてるだけあるね! 私もこういう技能身に着けようか、って気になるよ!」


「しっかりした料理になってるでござるな。すばらしい」


「今日も美味しいよ。ありがとう」


 好評。

 賛辞を貰った。


 よっしゃ!

 ガッツポーズ。




 そうして、楽しい昼食が終わり。

 残った肉を、酢味噌や水菜を分けて貰ったおうちや、今日泊まる宿屋のご主人にお裾分けした。

 ほっといても腐らせるだけだし、それに、お礼しなきゃね。


 そのとき「鯱ねぇ。普通はサドガ島近辺の海域にしかこの辺では泳いでないはずなんだけどねぇ」って言われた。


 サドガ島、この近くなのか……。


「サドガ島って近いんですか?」


 そう、聞くと。


「まぁ、ギリギリここからでも島の影は見えるかな。高台に登る必要あるけど」


 そう、言われた。

 高台に登るってことは、結構離れてるってことなのかな?

 人間が見れる水平線の彼方って、どのくらいだったっけ……?


 普段は鯱たちはサドガ島近海を縄張りにしてて、ここまでは出張ってこないらしい。

 ……サドガ島で何かあったのかな?


 餌が無くなったとか。

 何かを追いかけて来たとか。


 まぁ、どうでもいいけど。

 今の私たちには直接関係ないところの話だし。


 その後。



 私たちがやって来たのは。


『ムッシュムラむらこうえいダチョウぼくじょう ダチョウくらぶ』


 でっかい木の大看板に、そんな文字。

 奥には柵があって、大草原みたいな光景が広がってる。


 ……名前にまた思うところが無いわけでは無かったけど。

 それよりも……


 この村、ダチョウを家畜として飼育してて。

 食用、羽毛用、あと騎乗用として飼育し、名物にしてるそうだ。


 食用と、羽毛用ってのは分かるけど、騎乗用……?


 いや、ダチョウって大きな鳥だけどさ、あれって乗れたの?


 デカイにはデカイけど、骨格向いて無くない?


 そういう疑問があった。


「私、ナマのダチョウを見るのは初めてなんだよね! 行こうよクミちゃん!」


 センナさん、目を輝かせている。

 スタートの街には動物園なんて無いもんね。

 というか、この世界ではそんな施設自体が無いよねぇ。


 まぁ、私も間近でダチョウをみたことは無いと思うんで。(個人の記憶は全消し状態なわけですが)

 楽しみでないこともない。


 まあ、ツッコミめいたことを考えるのはやめて、私も楽しもうかな。

 サトルさんもわくわくしてるみたいだし。


 水を差してはいけないよ。


 ひょろひょろした、タレ目のおじさんに案内されて、ダチョウの生活スペースに連れていかれる。


「お客さん、あそこに居るのがこの牧場のダチョウたちですわー」


 手で示されて、教えられて。


 絶句。


 そこにいたのは……


 二本足の巨大な飛べ無さそうな鳥。


 なのはダチョウと一緒なんだけど……


 ふっさふさの黄色い羽毛。

 愛らしい青い瞳の大きな目。

 大きな頭。大きな黄色い嘴。


 ……えっと、違う。

 これ、絶対ダチョウじゃない。


 これ、違うやつ。


「うわー、これがダチョウかー。カワイイ! 初めて見た~」


「本で1回読んだことがあるけど、これが実物か~」


「ダチョウは食べたことはあるけど、生きてるのを見るのは初めてかな」


 センナさん、サトルさん、アイアさんが口々にコメント。


 私は絶句継続。

 これがこの世界では、ダチョウって呼ばれる生き物なんだ……!


「……クミさん? どうかした?」


 サトルさんだけが私の様子に気づいてくれて。

 そっと、耳打ちするみたいに聞いてくれる。


 だから、私は言ったんだ。サトルさんだけに聞こえるように。


「……前の世界で私が知ってた「ダチョウ」と、このダチョウは違うんです……」


「あ、そうなんだ……? 前の世界ではどうだったの?」


 同じように小さい声で聞き返してくれる。

 私はそれに「それは……」と返そうとしたら


「キイテナイヨー」


 ダチョウの鳴き声。

 それを聞いて。言葉が止まった。


 ……あ、これはダチョウだわ。

 私は納得してしまった。




「ダチョウたちに餌をあげます」


 飼育員をしているのか、案内してくれたタレ目のおじさんが、大きなタライにどっさり入った餌を、木製の台車みたいなもので運んできた。

 ダチョウたち、それに気づいて大喜び。


 その餌は……


「アツアツのおでんです。ダチョウはおでんが大好きなんですよ」


 言葉の通り、ダチョウたちは集まっておでんを啄んで食べまくっていた。


 うん。

 間違いなくダチョウだね。




「ダチョウの習性、お湯浴びです」


 おじさんの説明によると、元々ダチョウは高熱の温泉が湧いてるところで生息してる生物だそうで。

 砂浴びならぬ、お湯浴びをする習性があるんだって。


 おじさんが、ダチョウたちのために湯気の立つ熱湯を、お湯浴び用の金盥に入れ。

 さらにそれを、下に火を起こして追い炊きしてた。


 良い感じになったら、ダチョウたちが集まってきて。


 そのうち1羽が、金盥の上に跨るように飛び乗って。


「ゼッタイオスナヨ!」


 って鳴いた。


 すると、それを受けて。


 他のダチョウがやってきて、そいつのお尻にキック。

 金盥の中に転落。


 バシャバシャバシャ! と全身にお湯を浴びまくっていた。


 

 おじさんの説明によると、ダチョウたちはこれで身体についた虫を殺して綺麗にするらしい。

 だから定期的こんな感じで、ダチョウたちが浴びられる熱湯風呂を用意するんだって。


 なるほど。



 これは間違いなくダチョウだね!

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