第76話 王様のお墓あれこれ

★★★(アイア)



 まずったなぁ……。


 私は、鯱と格闘しながらちょっとだけ焦っていた。

 センナさんへの水泳の指導に集中し過ぎてて、こいつの接近にギリギリまで気づかなかった。


 不覚。


 まぁ、センナさんだけは、浜に投げ飛ばすことで逃がしたけど。


 ちょっとくらい怪我するかもしれないけど、センナさんには神の奇跡があるし。

 いけるでしょ。


 しかし。


 ほぼ無防備な状態で、急襲掛けられたから、非常に不利な状態になってる。


 ハッキリ言って、まずい。


 ……水着を食い破られたらどうしよう?


 私が気にしたのはまず、それ。


 身体は治るけど、破れた水着は治らないし。

 こんなところで水着を破られたら、ここ、ヌーディストビーチじゃないのに、大変なことになってしまう。


 しかし、鯱なぁ。


 鮫と違って、滅多に人は襲わないって聞いてたけど。

 まぁ「滅多に」だしね。

 絶対に襲わないってわけじゃないし。


 それに、こうも聞いたことある。


 人を襲った鯱は、鮫より怖いって。


 何故なら、鮫より知能が高いから、らしい。


 何故襲ってきたのかにも興味あるけどさ。

 同時に、こいつを逃がすと後々まずいのでは? という思いも。


 野生動物は、人の肉の味を覚えたら、人間ばかり狙うようになるって話はよく聞くし。

 こいつがそのルールの例外であるって考えにくいし。


 私たちを獲物として狙って来た以上、生かして返すわけにはいかないよね。


 どうしよう……?


 愛用の「ビクティ2せい」は、今は手元に無いし。

 素手で行くしか無いけどさ。


 素手で獣を殺した経験は……無いなぁ。


 まぁ、大概の人は無いんだろうけど。


 どうしよう……?

 ホントに。


 目を狙って、脳を破壊する?

 させてくれるかなぁ?


 目突きって、決めにくい技でもあるんだよね。

 当たり前だけど。


 見えてる部分のど真ん中を狙うわけだし。

 普通は避けちゃうよ。


 だから、基本的には「避けさせて」牽制したり、体勢を崩すのが主な使用法。

 必殺技では無いんだよね。


 ……じゃあ、絞め技で仕留める?


 胴体太いよ?

 腕、回る?

 ……キツそう。


 んじゃやっぱり、狙いにくくても目突きを狙うしか無いのかなぁ?

 それまでに、水着を破られて、絵草紙の「まいっちんぐま●こせんせい」みたいなことにならないようにして欲しい。


 そんなことを考えて、格闘していたら。


 足を噛まれた。


 痛ッ……!


 まぁ、骨まではいってないけど。

 皮膚までだね。


 私の筋肉を嚙み切ることはできないみたい。


 私の異能の力のおかげ。

 骨格と筋肉の強度が、私は人間の規格外になってるし。


 ふくらはぎを丸ごと咥えるみたいな感じで噛みついてる。

 そのまま、ぐいっと海に引っ張られた。


 わわっ……


 ズルッ、と体勢を崩して。

 そのまま、ジャボン。


 私は海中に引きずり込まれる。


 口に広がるしょっぱい味。


 ……まぁ、あまり慌てて無いんだけどね。

 私、無呼吸で30分は動けるんで。


 水に沈められたから、即溺死、ってなんないから。

 まだ、余裕はある。


 でも、あまり余裕をかましていると、いよいよ追い込まれてしまう、なんて事態にもなりかねないし。

 そろそろ決めなきゃ。


 鯱のやつ、もう「決まった」とでも思ってんのかな?


 海に引きずり込みさえすればこっちのものだ、って。


 まぁ、間違って無いんだけどね。

 相手がただの人間だったなら、だけど。


 勿体つけてる場合でも無いし。

 そんなつもりも無いし。


 私は嚙みついている鯱の両顎に手をかけた。


 この場合、これが最善手。

 それは間違いないよ。


 目突きは次善策。


 さて、どうなるか……


 両手に力を籠める。


 ……おお。


 生き物の噛む力って総じて強いものだけど、いけた。


 噛みついていた鯱の顎を、そのまま力で強引にこじ開けた。


 鯱のやつ、慌ててる。

 予想外だった?


 ……だろうね。


 でも、残念ながらここで終わるわけにはいかないんだなぁ。

 人を襲った獣は、殺さなきゃなんないからね。


 悪く思うなよ。


 鯱の顎をこじ開けて、強引に足を外した後。

 私はそのまま力を籠め続け、鯱の顎をさらに開いた。


 すぐに限界値が来て、抵抗が強くなる。


 鯱、暴れてる。

 これ以上されるとどうなるか、分かるんだろうね。


 ちょっと哀れではあったけど、しょうがない。

 さらに力を籠めた。


 手の中に、ちょっと嫌な感覚が伝わってくる。

 筋繊維が何か取り返しがつかないレベルで引き千切れ、広がってはいけない場所が強引に広がっていく感触。


 めきめきめきめきっ……!!


 臨界点を過ぎた後。

 鯱の顎が限界以上に広がって、胸元の肉と一緒に、下顎が千切れた。


 鯱はその瞬間、ビクッ、と痙攣し。

 死んだみたい。


 運が悪かったね。

 どういう理由で襲って来たか知らないけど、狙う相手を間違えたんだ。


 悪く思うなよ。


 何度も言うけど。


 ……さて。


 私は浜辺に戻るため、動き出した。

 鯱の死骸を持って。


 ……鯱って、食べられるのかな?

 海豚を食べるって話は聞いたことあるんだけど。




 浜辺に戻って、センナさんに傷を治してもらって。

 そのまま、鯱の死骸を持って、クミさんたちが待つビーチに引き返した。


 食べられるなら食べたいけど。

 その判断に関わる知識が私に無いし。


 クミさんなら知ってるかも。

 そんな期待を持ちながら。


 そしたら。


「……何やってんの?」


 てっきり、旦那さんとビーチで定番の遊びをしてるかと思ったのに。(水の掛け合いとか、水泳での追いかけっことか)


 このふたり、砂浜で山を作って遊んでた。

 三角の普通の山と、上から見ると鍵穴みたいな形の妙な山。


 後で聞いたら「砂で王家の墓を作って、その話をしてました」だって。


 じゃあ、三角の普通の山は「ゴール聖王陵」?

 鍵穴みたいなのはよく分からないけど。


 何か、外国の王家の墓?


 しかし、そんな砂遊び、海でやることかな?

 ふたりとも、一応大人だよね?


 ……頭のいい子のやることはホントよく分かんない!



★★★(クミ)



「クミさんクミさん」


 私はブツブツ言いながら、対応策について必死で思案していると。

 サトルさんに声を掛けられた。


「何でしょう? ちょっと今、必死で考えているんですけど」


 焦っていたので、ちょっと思いやりがない言い方。

 内心「あなたのためも思って考えているのに」という思いもあった気がする。


「センナさんたち、もう行ってしまったよ」


 そう言ってサトルさん、気にしないで自由にしてくださいだって、と続ける。


 そのときになって、ようやく気付いた。

 センナさんとアイアさんの姿が、もう無い、ってことに。


 あああ~~~っ!


 時間切れになってしまった!

 私は頭を抱える。


 どうしよう……?


 もう、仕事と夫婦関係の歴史の構築の両立は不可能なわけだけど……

 言われた通り、遊んじゃう?


 でもなぁ……


 アイアさんに仕事を押し付けて、全力で海を満喫するの、なんか違うでしょ。

 どうにもそれは引っ掛かる。


 でもなぁ……


 だからといって、何もしないでブラつくのはサトルさんに悪い。

 私が私のエゴで彼を振り回してるようなもんじゃん。


 うーん……


 思案。

 

 周囲を見回しながら。


 何をするべきか……


 そのときだった。


 砂遊びしたらいいんじゃない?


 閃くものがあったんだ。


 砂遊び。

 まぁ、対象年齢が気になるけど、海の遊びの定番じゃない?


 これだと海辺で夫婦ふたり、仕事をアイアさんに押し付けてキャッキャウフフしてるよりは罪悪感無いし。


 それに、サトルさんを楽しませることが出来る自信があった。


「サトルさんサトルさん」


 閃いた瞬間、私はサトルさんを呼ぶ。


「何何?」


 来てくれたので、私は砂浜にしゃがんで腰を下ろして、砂を掘り始めた。

 乾いたところじゃなく、波がかかって濡れてる砂。

 まぁ、砂と言っても水に濡れてて、土って言っていい状態だとは思うんだけど。


「ちょっと、今からここにお墓を作ります」


「お墓?」


 いきなりな言葉に困惑するサトルさん。


 言葉が足りないよね。

 補足する。


「王様のお墓です。私の故郷の国も、王様が居る国だったんで」


「……普通そうじゃ無いの? ゴール王国の隣の国のオーサカ帝国にも帝王って人居るし、もう片方のトーホク連合国も盟主って人居るよ?」


 サトルさん、さらに困惑を深める。

 うーん。この辺は文化の違いかー。


「……私の前いた世界だと、そうじゃない国も多かったんですよ。色々経緯あってそうなってるんですけど」


 で、簡単に説明。

 国民の中から自分たちで国を代表する人を決める国があった、ってことを。


「……そうなんだ。言っちゃなんだけど、国民がやること増えて大変そうだね」


 サトルさんは別にそのことについて賞賛したりはしなかった。

 ただ「余計に考えることが増えて面倒くさそう」って感想。


 ……まぁ、ゴール王国、そんなに酷い政治してないしね。

 貴族が政治を動かしてるけど。


 貴族がやりたい放題で、メチャクチャだったら「なんて素晴らしい制度なんだ!」って感想になるんだろうけどさ。

 まぁ、私も民主主義が何よりも優れてるとは思って無いんで、そこは何も思わなかった。


「で、何で王家のお墓作るの?」


「砂浜の砂遊びの定番は、お城を作ることですけど、私、器用じゃありませんし」


 砂浜で砂のお城を作るのは、浜辺の遊びの定番だよね。

 でも、お城を作ると言われても、私、まともなお城を作れそうにないし。


「お城よりは作りやすいんですよ。王様のお墓。……前の世界だと、古すぎて誰の墓か分からないのもあって、古墳なんて呼ばれてましたね」


 言いながら、作業開始。

 砂を掘って、材料確保。

 盛り土して、作っていく。


「古いってどのくらい?」


「さぁ……? 少なくとも千年以上は前だと思いますよ?」


「せ、千年って……」


 サトルさん、絶句してる。

 ちょっと、おかしかった。


「地理的要因と、構造的要因で、文字が無い時代に国が起きて、そのまま滅ばずにずっと来たので、よく分からない国なんですよ」


「すごいね……」


 サトルさん、ちょっと感心してた。

 でもまぁ、私がすごいわけじゃないしなぁ。


 悪い気はしないけど。


「まぁ、運の部分もあると思いますし……と。こんな感じです」


 会話しながらも手は止めなかったので、出来た。

 まあ、形自体は単純だし。余裕だ。


 上から見ると、鍵穴みたいに見える、定番の形。


 イメージは仁徳天皇陵。

 前方後円墳。


「ぜんぽうこうえんふん、って言います」


 手で指し示して紹介した。

 サトルさん、興味深そうに見てた。


 こっちの世界では無い形なのかな?


「……妙な形だね。って、ゴメン」


「いいんです。私も変だとは思わないでも無いんで」


 サトルさん、そう感想を言ってくれた後。

 サトルさんの方も、作業開始。


「こっちの王様の墓は……」


 砂を掘り掘りして、山みたいなのを作って。

 パンパン叩いて、四角推みたいな物体を作っていく。


 ……なんだかピラミッドみたいだなぁ。


 見てて思った。


「こんな感じ。名前は……」


 ゴール聖王陵。

 なんでも、歴代ゴール王国国王がまとめて葬られているらしい。


「聖王デンカムイが税が納められなくて困っている国民に、税の代わりに労働奉仕を、ということで命じて作らせたらしい」


 なるほど。

 公共事業の産物なのね。


「歴代の王様全員が葬られてるんですか?」


「うん。……初代の聖女王ベルフェも、2代目の次代王ユキトも、その次も……葬られて無いのは、4代目の狂王オウンだけかな」


 あ、あの例の、恋に狂って暴君になってしまった悪い王様か。


「狂王は葬られて無いんですか?」


「うん。聖王デンカムイが、完成時に「初代様から今に至るまで全ての王をここで祀れ。……狂王を除いて」って厳命したらしい」


 ……先代だから、実父だよね。

 命じるとき、辛かっただろうね。


「でもま、狂王は、聖王崩御後に国民の一部が「狂王でも、一応我らの国の王を務めた方だし、きっとあの世で反省なさっておいでだろうから、祀るだけはしよう」って別に小さなお墓を作って祀ってるらしいけど」


 ……そういや、暴君だったって伝説がある武烈天皇も、一応お墓あるんだよね。確か。

 その時点で、国民の気持ちが王家から離れなかったから、そういうことになってるのかな?


 まぁ、こっちの場合は聖王の治世が相当良かったらしいから、そこで持ち直したのかもしれないね。


「狂王、嫌われてるんですね……王家で」


「そりゃま、1回それで国が滅びかけてるし。無理ないんじゃないかな。特に王家では」


 ……私はサトルさんのこういうところも気に入ってる。

 こういう、学問的な話も出来る人なんだよね。


 寺子屋での成績、悪くなかったらしいし。

 よく謙遜して「クミさんは俺より頭がいい」って言うけどさ。

 サトルさんに言われるほど、私多分頭良くないよ?


 読んでる本、刃物研ぎの本が中心だけど、読書習慣もある人だし。

 ホント、私は良い人に見初めてもらったと思う。


 とっても、ラッキー。


 そのまんま、砂浜に座り込んでゴール王国の歴史の話で話し込んでいたら。


「……何やってんの?」


 私たちの前に、鯱を背負ったアイアさんが、センナさんと一緒に現れたんだ。

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