第75話 ふたりでよろしくやってれば?

★★★(クミ)



「一緒に行きましょうよ!」


「いや、だから、いいって! クミさんは自分の仕事をしたらいいよ」


 私たち夫婦はちょっと揉めていた。


 サトルさんが、私とアイアさん、センナさんと一緒に海辺で遊ぶ提案を断って来たからだ。

 ガンダさんと一緒に、昼ご飯用の魚釣りでもしてくると言って聞かない。


 私と一緒に居たくないなんてことは無いと信じたいけど。

 何でなんだろう?


 私は護衛としてここに来てるから、センナさんの傍を離れてサトルさんと一緒に居るわけにはいかないので。

 折衷案として、4人で遊べばいいのではないかと思ったんだけど。


 それを提案したら、秒で断られた。


 3人で行ってきて、って言うんだよね。


 でも、それはダメでしょ。


「新婚旅行に来たのに、夫婦バラバラで居たら意味なく無いですか?」


「一般的な新婚旅行ってのがどういうものかわかんないけど、多分そうなんだろうね!」


 だったら何でそんなことを言うんですかサトルさん!


「じゃあどうして!?」


 そう言うと、サトルさん、黙っちゃった。

 意味が分からない。


 私、多分恨みがましい目でサトルさんを見ていた。

 この新婚旅行で、彼との大切な思い出を作りたいのに。


 そのせいだろうか。


「……俺が他の女の子の事を、いやらしい目で見ても良いと?」


 ポツリ、とそんな事を言って来た。

 俯き加減で、すごく、言い辛そうに。


 でも私は


 ……ハァ?


 私はサトルさんのそんな言葉に、開いた口が塞がらないって心境になってしまった。


 サトルさんが? 他の女の子を?


 あのオータムさんを前にしても全く揺るがなかったサトルさんが?


 意味不明じゃない?


 というか、それが理由?


 自分がアイアさんや、センナさんに心惹かれてしまうかもしれないから、自衛のために同行しないと?

 そういうこと?


「ありえないことを言わないでくださいますか?」


 反射的にそう言うと。


「いや、ありえるだろ」


 数値化できないものに絶対の信頼を置いてはいけないって俺に教えてくれたのかクミさんだよね? とサトルさん。

 俺が絶対に他の女の子にいやらしい目を向けないと、言い切れる数値的根拠は?


 そう、突っ込まれた。


 ぐっ。


 確かに言った覚えがあったので、私は言葉に詰まってしまう。


「サトルさんはそんなことしません!」


「クミさんは自分が裏切る可能性があるから努力してる、って言ってたよね? 自分は自分を疑うのは良くて、俺が俺を疑うのは許してくれないんだ?」


 クッ……!


 サトルさん、そういうのを杞憂って言うんですよ! って言ってあげたかったけど。

 数値的根拠を示せ、って言われたら何も提示できないし。


 詰んでる……!


 そう思ったけど、私はここで引き下がる選択肢はありえなかった。


「サトルさんは絶対的に間違ってます! サトルさんが他の女の子に色目を使うなんて絶対にありえません!」


「絶対的なんて言葉は使ってはいけないって言ったのはクミさんだよね!? クミさんは男の勝手さを分かってない!」


 勢いだけでサトルさんを押し切ろうとしたら、すかさず理詰めで返された。

 でも、それは一般男性の話でしょ!? サトルさんにまで拡大するのは意味不明!



 そうして。


 私が拳を振り上げて、やいのやいのと言い募って。

 サトルさんがそれに言い返す、不毛な言い争いをしていたら。 


「……意味不明の理由で言い争いになるのは止めてくれないかな? クミちゃん?」


「……護衛の仕事は私だけで十分だから、2人で遊んで来たら? 邪魔だから」


 それをセンナさんとアイアさんに見られてしまった。


 ……うっわ……


 ……気まずい……


 2人とも、呆れ顔だった。

 揉めるなら2人ともどっかにいけと。


 言われてしまった……


 仕事人として、これはどうなんだろう……?


 この場合の私の選択肢は3つ。


1)提案を受け入れて、夫婦2人で遊んでくる。


2)食い下がって、サトルさんの説得を続ける。


3)サトルさんを放り出して、護衛の仕事の方を優先する。


 ……どうしよう。

 どれも、選べない……!


 どれを選んでも、かなり致命的な気がする……!


 ど……どうすればいいんだろう……?



★★★(センナ)



 いやもう、別にいいんじゃないの?

 アイアさん1人が傍に居れば、私は安心だし。


 無理にクミちゃんが付き合わなくても……


 そもそもとして、何故この旅行にクミちゃんの旦那さんのサトルさんまでついて来たかというと、クミちゃんが「最初の男性との旅はサトルさんで無いと嫌だから」だよね?

 私としては、そういうクミちゃんの態度、好感持ってるし、叶えてあげたいと思うよ。


 でも、そのせいで旦那さんと言い争いになって、クミちゃんの最初の旅行が停滞するのってどうなのかな?

 原因が「仕事」と「はじめての旅行」の両立。


 ……だったらいいよ。

 仕事しなくても。


 もう、ノラ系モンスターは排除したわけだし。

 要らないよね? 2人も護衛は。


 クミちゃんは自由時間で良いよ。

 これ、友達としての贈り物。


 そう、言ってあげようと思ったけど、クミちゃん何だかものすごい思考モードに入ってて、言葉が届きそうになかった。

 もう、目の泳ぎ方が半端なくて。口に手を当てて何か必死で考えている。

 しょうがないので旦那さんのサトルさんに「気にしないでおふたり仲良くしてください」って言い残して立ち去った。


 上手く行ってくれるといいけど。



「アイアさん、水泳できますか?」


 クミちゃん夫婦から離れてしばらくしてから。浜辺を歩きつつ、隣を歩いているアイアさんに私は聞いた。


「冒険者にとって、水泳、登攀、乗馬は必須技能だよ」


 歩きながらアイアさん即答。

 つまり、出来るってことだ。


 頼もしい!


「だったら、申し訳ありませんけど、私に水泳を教えてくださいますか?」


 スタートの街の寺子屋では、水泳を教えてくれなかったんだよね。

 貴族階級の子が通う、学院だったら教えてるみたいなんだけど。


 漁師になるわけでもないのに、庶民が水泳覚えてどうするの? って方針らしい。

 まぁ、当たり前か。


 ……でも、興味はあるわけで。

 水泳。


 このムッシュムラ村の旅行をプレゼントしてもらったとき。

 それを密かな楽しみにしていた。


 なんとなくだけど、誰か水泳が出来そうな人が居る予感はしてたから。


 そしたら


「お安い御用。遠泳は無理でも、1時間で泳ぐことだけは出来るようにしてあげる」


 ニコッ、と。

 爽やかで綺麗な笑顔で、快く了承してくれた。


 やった!



 そして。


 水に浮く練習からはじめて、バタ足、クロールを教えてもらう。


「そうそう。上手に泳ぐのはそれなりに修練が要るけど、ただ泳ぐだけなら誰だってできるんだよ」


 私を支えたり、手を引いたりしてくれながら、アイアさんはそう言ってくれた。


 アイアさん、教え方が上手だった。

 水の掻き方やら、基本フォームやらを分かりやすく教えてくれる。


 ……アイアさん、指導者としての才能もあるのかなぁ?


 なんて。


 間近にてゆさゆさぼよんぼよんしてる、アイアさんの見事な巨乳を拝みながら、私は考えた。


 ……いやま、もちろん真面目に指導は聞いてるんだよ?

 でもね、こんな立派なものを見せつけられたら……


 見ちゃうでしょ。


 もうホント、羨ましい。


 私の体格でこれを装備するのは不可能。

 私、胸ストーンだけど、背もわりと低い方だし。

 顔立ちも幼いってよく言われるし。


 この身体で、アイアさんのおっぱいを装備したら……


 春画師のセイジ・マツヤマの春画みたいな状態になってしまう。

 それはちょっと、変だよね。


「えへへ、ありがとうございます」


 突然の申し出を快く引き受けてくれて、的確に指導してくれて私に泳ぎを教えてくれたアイアさん。

 本当に素敵な人だと思う。


「海は海流があるから、私から離れないようにしてね。流されるとまずいから」


 そういうことも忘れない。

 すごいなぁ。


 こんな楽しい旅行ははじめて。

 情けは人のためならず、って言葉あるけど、その通りだよね。

 セイレスさんのお姉さんを助けただけで、こんな素敵な経験をさせてもらえるなんて。


 他人のために働くって素晴らしいよね!


 ニコニコ笑顔で、泳ぎの指導を受ける私。


 そんな私の身体が……


 気が付いたら、宙を舞っていた。


 あれれ……?

 いつから私、ゼット戦士に……?


 そんな夢想は束の間。


 ドシャ!


 私が空を飛んでいたのは2秒くらいかもしれない。

 次の瞬間、私は砂浜に頭から突っ込んだ。


 そのからくりは単純で。


「いきなり何をするんですかアイアさん!?」


 砂を吐き出しながら、私は抗議した。


 ようは私は単純に、すっかり油断しきって機嫌よく泳いでるときにいきなりアイアさんに投げ飛ばされたのだ。

 砂浜に。


 どうして!? 私何かした!? そんなに巨乳を拝むのが悪い事なの!?


 この仕打ちに納得できなくて、私は投げ飛ばされた方角を見て……


 絶句した。


 そっちでは、バシャバシャ水が撥ねてて。

 アイアさんが、何か巨大な生物に襲われてた。


 それは、黒と白のツートンカラーの、大きな魚みたいな生き物。

 後で聞いたけど、鯱っていう海の猛獣らしい。


 そんなのが、このビーチにやってきてたんだ。


 どっかから、紛れ込んできたんだろう。

 ルートはよく分からないんだけど。


 私はそれを見て驚き……自分が何で投げ飛ばされたのかを理解した。


 アイアさんは寸前で接近する鯱に気づいて、私を助けるために浜辺に投げ飛ばしたのだ。


 で……


 アイアさんが、私の代わりに襲われている……あの生き物に……!


 そんな……!


 アイアさんと鯱は格闘してて、見たところ、アイアさんが不利な感じだった。


 海に引きずり込まれそうになってる。


 え……え……?



 そして……



 バシャア!


 大きな水音と共に。

 アイアさんの姿が、完全に海に消えた。


 そんな……!!


 私は、絶望した。

 友達のひとりを、こんな形で失うなんて……!


 探しに行きたい。

 でも。


 今私が海に入れば、アイアさんがしてくれたことが無駄になってしまう。

 どうしよう……?


 あ、クミちゃん。

 クミちゃんにお願いすれば……


 でも……間に合うの?


 無理じゃない? でも……それ以外に……?


 混乱、焦り。


 私の頭はパンクしそうだった。

 何をすればいいか分からなくて。


 だから、叫んでしまった。


「アイアさーん!!」


 そのときだった。


 バシャア!!


「はーい」


 アイアさんが、海から上がって来た。


 背中に大きな生き物を背負って。


 その生き物は、黒と白のツートンカラーの、大きな魚みたいな生き物で……


 ようは、さっきまでアイアさんを襲っていた鯱だった。


 もう、死んでたけど。


 死因は、一目瞭然。


 顎がね、裂けてた。


 強引に力で、顎を引き千切られてて、それで死んでた。


 ……アイアさん、こいつに海に引きずり込まれて、脱出するために顎を素手で引き千切って殺したんだ……


 すっご……


 アイアさんは別段怯えた様子や、青くもなってなかったけど。

 平然と、背中に鯱を背負って浜辺に上がってきてたけど。


 足を怪我してた。


 ふくらはぎのところに、明らかに鯱の噛みついた痕があったんだ。

 血が流れてて、とても痛そうだった。


 千切れるほどじゃないけど、それなりに深い傷。


「あ、大丈夫だよ。明日には治ってるし」


 私の視線に気づいたのか、アイアさんは笑顔でそう言った。


 そして、でも……と続けて。


「でも、出来ればメシア様の奇跡で治療してくれると助かるかも。ダラダラ出血してるのってうっとおしいし」


 何でもないように、そう言ったんだ。


 すごい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る